M-049 獲物がいっぱい
いよいよ狩りの再開だ。
騎士団の収入は、魔獣の持つ魔石の売り上げになるから、俺達の本業を再開することは騎士団一同がこの時を待っていたはずだ。
閉鎖空間の土地を商会に貸すことで利益は得られるが、それはあくまで副業と考えるべきだろう。
ドミニクが狩りの再開を俺達に告げた翌日。俺とアリスは門の向こうの世界へ飛び立った。
すぐに周囲の脅威を確認したが、周囲10kmには魔獣が近寄らないようだ。何か古代の別の仕掛けが動いているんだろうか?
『一番近い群れでも、南に30kmほどです。その他には北に2つ、西に1つですね』
「一応、周回して群れの規模と動きを確認しておこう」
ドミニクに指示された偵察範囲は周囲150kmになる。一度上空3kmほどに上昇して広範囲に群れを確認し、座標を索敵地図に落とし込む。
それが終わったところで、地上100mまで降下すると一路南を目指した。
「南の群れは2つだな。120km付近にもう1つの群れがあるぞ」
『その少し東にも小さな群れがいます。奥の群れを狙う肉食獣と推測します』
チラノかな? 大型の魔獣それも肉食であるチラノは大きな群れを作らない。せいぜい数頭というところだ。だがその巨体は戦機の1.5倍ほどの体高を持っている。極めて好戦的な魔獣なんだよな。
やがて俺達が目にしたのは、20頭ほどのトリケラと星の海に向かって進んでいる二本脚の草食魔獣だった。大型のチラノは2本脚を狙っているみたいだが、十数頭の群れはまだチラノに気付いていないようだ。
西に進路を取り、次の群れを探す。さすがに星の海の北側だけあって、あちこちで群れが見つかる。
夕暮れが近づいているからあろうか、群れの動きは緩慢だ。
2時間ほどの偵察を終えて閉鎖空間に戻って来た。
アリスが導師に連絡したのだろう。俺達の目の前で青銅の柱が地中から姿を現し門が開いた。
「便利に使えそうだね」
『騎士団の標準通信で偵察部署と連絡が取れました。導師があの館にいたんでしょうね』
カテリナさんの研究所にいても、偵察部署から連絡が行くんだろう。
これで俺達がいなくとも閉鎖空間を任せられる。
ヴィオラに戻ったところで夕食を取る。
この地について最初のころはあちこちに座って食べていたんだが、今ではテントの下に10脚以上のテーブル席が3つほど作られていた。やはりテーブルで食べた方が少しは落ち着ける気がするな。
食事を終えてタバコを楽しみながらワインを飲んでいると、フレイヤが俺を探しに来た。
「ようやく見つけたわ。2000時からの会議に出席するよう伝えてほしいと、ドミニクに頼まれたの」
「了解だ。たぶん偵察の結果報告だろうな。いよいよ狩りの再開だ。あちこちに魔獣の群れがいた」
「ここの暮らしもいいけれど、私達は騎士団員だからね。私もなんとなく嬉しくなってしまうわ」
そんなことを言いながら、近くを通ったネコ族のお姉さんにワインを頼んでいる。
運ばれてきたワイングラスを持ったところで、グラスをカチンと鳴らす。
フレイヤの気持ちも分かる気がするな。そうなるとアレクやベラスコ達も、さぞかし今頃は明日の狩りを夢見ながらワインを飲んでいるに違いない。
ワインを飲み終えたところでヴィオラに戻った。会議の開始時間まで30分近くあるから遅刻にはならないだろうが、明日の狩りを楽しみにしている連中が早々に集まってるんじゃないかな。早めに出掛けた方が良いかもしれない。
会議室の扉を叩いて開くと、部屋の中には主だった連中がほとんど集まっていた。
「偵察、ご苦労様。先ずは状況を説明して」
「了解です」
ドミニクに答えたところで、メモを見ながらテーブルの上に広げられた地図を指で示しながらの状況説明を始めた。
報告を聞いたレイドラが小さな魔獣の人形を地図の上に並べていく。大きさが同じ銅製の人形だが、姿はトリケラとチラノだから少しは全体像が見えてくる。
できれば大きさを変えて群れの大きさまで分かるようにしたいところだ。
「かなり群れが多いな。下手に罠を張ると、後ろから襲われそうな場所もあるぞ」
「その上、最低でも中型です。私としては、この群れを狩りながら西に向かいたいですね」
アレクの言葉に、トラ族の男が言葉を重ねた。
トラ族は艦砲を担当してるから、この場に来ているんだろう。髭面の顔はアレクよりも年上に思えるんだが言葉使いは丁寧だ。
「そうなると、3番目にはここにいるチラノを狩ることになるのね?」
「2日目になるでしょう。チラノの移動速度は速いですから、2日目にいるとは限りません」
草食魔獣を狩る連中だからな。チラノの内臓から魔石が出てくることがあると聞いたが、いつも出てくるわけではない。ほとんどがフンと一緒に大地に埋もれていくらしい。ある意味、もったいないということになる。
10人以上でワイワイと自説を言い合っているから、会議室は賑やかだ。窓を開け放って、魔法で風を起こしているからタバコの煙で文句を言う者もいないが、そんな魔法が無ければ俺達の頭上に雲が浮かんでいるに違いない。
「それで、リオのお勧めは?」
ぼんやりとタバコを楽しんでいた俺に、ドミニクが問いかけてきた。慌ててタバコを消して、ワインで喉を潤す。
「特にありませんね。星の海の北は群れが豊富です。どこから狙っても昔よりは稼げるでしょう。とはいえ、俺が思うにヴィオラ騎士団の狩りができる群れを狙うべきかと」
「確かにリオの言う通りだ。新たな狩の方法も考えなくてはならんだろうが、それには訓練もいるだろう。俺達の狩りができる相手を探すことに俺も賛成だ」
アレクがグラスを俺に掲げているのは、すでに酔っているからなんだろうな。だけど隣のトラ族の男は感心したような表情を俺に見せながら頷いている。
「私もリオに賛成だわ。狩りをするための航路を決めるのではなく。狩りができる航路を考えましょう」
ドミニクの言葉に一同が頷いた。
「となると、最初はこの群れからだな。この群れが気にはなるが、夕暮れの偵察で20カム(30km)も離れているなら問題あるまい。草食獣が夜間にそれほど移動することはないからな」
「トリケラが20頭ですか……。ガリナムの支援があれば容易でしょう。その次はこの群れを迂回して、こちらになりますね」
「距離的には翌朝になりそうだから、都合がいい。これを狩る時には……、これと、この群れの動向だな」
「西と北に自走車を出しておけば安心できます。場合によっては東に脱出できますからね」
イヌ族の若者は偵察要員らしい。自分の役目をきちんと理解しているようだ。となれば俺は囮役に専念できるけど、アレク達の狩りの間は現場から周囲30kmほどの監視ということになるんだろう。
明日の夜明けとともに出発することが、再度ドミニクから伝えられたところで会議はお開きになる。
石作りの館には、レイドラがこれから連絡するんだろう。
ドミニクとクリスが握手しているのを見ながら、会議室を後にした。
ポン! と俺の背中が叩かれた。振り返るとアレクが笑い顔で俺を見ている。
「いつも通りで狩りをするが、ベラスコは初陣だ。明日の狩りはカリオンの補助も頼んだぞ」
「それも、いつもの事じゃないですか。だいじょうぶですよ。それにベラスコだって、上手くやれると思ってます」
俺の言葉に、ついに笑いをこらえ切れなくなったようで、大笑いを始めた。
自分の老婆心を笑ったのかな? だけど、それだけ気配りができるのがアレクの良いところなんだよな。
俺の肩をがっしりと握ってアレクが頷いた。俺が頷き返したところで肩を放してくれたから互いに思うところは同じということだな。
ベラスコのフォローは何度か行わねばならないだろう。だけどそれほど長い期間ではないはずだ。
部屋に帰ると、フレイヤはまだ起きていたようだ。
明日の動きを簡単に話すと、少し考えながらも頷いてくれる。フレイヤ達もマストや4階の監視部署で色々やることがあるんだろう。それに艦砲を管理する火器部門との連携もある。狩りが始まってしまえば連携なんてなくなってしまうんだろうが、最初の一斉射撃はいつも整然と行っているからね。
翌日はフレイヤに叩き起こされた。
文字通り頬を叩かれて起こされたんだよな。窓の外はまだ薄暗いんだが、いくら早朝の出発と言っても早すぎるんじゃないか?
「ほらほら、早くベッドから出て服を着る! 長剣は背負わなくてもいいけど、革の上下はちゃんと着るのよ」
まったく、母親並みの指示の仕方だ。
何か言おうものなら、数倍の文句が帰ってきそうな雰囲気にのまれて、しぶしぶベッドから抜け出して衣服を整える。
濃いコーヒーのマグカップを渡されたから、デッキに出て味わうことにしたんだが、ヴィオラのあちこちから笑い声が聞こえる。
やはり早めに起きた連中が多いということなんだろう。
「ちょっと出かけて来るけど、ちゃんと部屋にいるのよ」
デッキの扉から顔だけ出したフレイヤに、頷くことで答えておく。
アレクも農場では散々にフレイヤから文句を言われ続けたに違いない。サンドラ、シレインともフレイヤとは真逆に近い性格だからなぁ。
隣のガリナムを見ると、明かりが煌々と灯っている。向こうも気が早い連中が多いようだ。となると、日の出前に出発しかねないぞ。
俺達の朝食はどうなるんだろう?
そんな心配をしていた時だ。デッキの扉が開くとフレイヤがデッキに出てきた。俺の隣の折り畳み椅子に腰を下ろして、紙包を小さなテーブルに乗せる。
「朝食はこれになるわ。野菜サンドに焼き肉サンドよ。たっぷり食べてね」
フレイヤが渡してくれた焼き肉サンドを頂きながら閉鎖空間を眺めた。すでに薄明が始まっている。やはり出発は朝日が出る前になることは確実のようだ。