M-048 魔獣狩りを始めよう
『ワシはここで暮らそうと思う。この異形を、いつまでも王宮に晒すわけにはいくまい。そこでじゃ、門の開閉の呪文を我に教えてもらうわけにはいくまいか?』
導師の問いに、思わずカテリナさんに顔を向けた。
「そうね。この空間を見付けたのはリオ君だし、その呪文を知って詠唱できるものは他にはいないわ。リオ君がいつもこの地にいるわけにはいかないでしょうし、私からもお願い」
「確かにそうですね。俺達は騎士団ですから。それにカテリナさんの恩師であれば問題もなさそうです。その代わりと言ってはなんですが、少しご教授願いたいことがあるんですが」
俺の話におもしろそうな思念が伝わって来た。話ができたなら笑い声が聞こえてきそうだ。
『すでに弟子を取る身ではないが、リオ殿の疑問には知る限りの事を答えよう。それでよいか?』
「十分です。それでは呪文ですが……」
俺の詠唱を聞いて頷いている。意味が分かるんだろうか?
『呪文の言葉は理解したつもりじゃ。たぶん思念を放っても動くじゃろう。リオ殿は柱の前に立って詠唱したようじゃが、離れていてもそれは可能であると思うぞ』
「これで俺達も魔獣を狩れます。閉鎖空間の維持管理をよろしくお願いします」
『任されたぞ。確か、カテリナの研究所近くの石作りの館があったが、そこで周囲を確認できるのじゃったな?』
「そうです。現在はヴィオラ騎士団の監視部隊が常駐しています」
『我の任地はそこで良いじゃろう。そこでなら門の開閉ができるはずじゃ』
少し違和感がある人物だけど、ネコ族のお姉さん達はあまり気にしないんじゃないかな? 一緒になって騒ぐことはないだろうけどね。
「導師のお世話はカテリナに頼んでも大丈夫?」
「隣に私の研究所を作ってあるから1部屋を開けられるし、弟子達の指導もお願いできそうね。私に任せて頂戴」
『ところでリオ殿は我にどんなことを聞きたいのじゃ?』
「空気より軽い気体をどうやって得るか? もしくは大重量の物体を浮かす術はないのか? という疑問です」
俺の話に、カテリナさん以外の人物が驚いている。そんなことを考える者は今までいなかったのかな?
『さても、おもしろい命題じゃな。最初の問いには否と答えよう。次の問いは少し考えるべきこともある。飛行機は知っておるじゃろう。あれが1つの答えではあるのじゃが、リオ殿はそれに満足しないということになるのう』
「彼は荷役が可能な飛行機を考えているようです。私にこれを見せて、空気よりも軽い気体と問いを出したのです」
『これを描いたということは、リオ殿はこの機体を見たことがあるのだろう。リオ殿の過去の記憶はワシにも見ることができなかったが、このような物が宙を飛ぶ世界に住んでおったということになるのだろうな』
「異界の者だと?」
フェダーン様が俺を見ながら導師に問い掛ける。
『異世界と呼ぶべきじゃろう。悪魔の住まう世界ではないぞ。我等と同じように暮らす者達がおる世界じゃ。空間魔法の実験を通して、過去には何度かそのような世界を見たという文献を読んだこともある』
「異空間を操れる術を持つ種族がすでに存在すると?」
『カテリナも言っておったろう。リオ殿は一瞬にして移動したと。本人の意思で発動するか否かはわからぬが、必要に際しては作動するのじゃろうな』
さすがはカテリナさんの師だな。かなりの洞察力だ。
だけど、軽い気体が無いとなればどうしたらいいんだろう?
『だが、リオ殿がこの飛行機を欲しがる理由も分かるつもりじゃ。従来型なら2人を乗せて高度200スタム(300m)がいいところじゃろう。速度は偵察車より少し早い程度で1時間も飛ばすことはできぬが、リオ殿はこれで王都とここを往復させるつもりじゃろう?』
「それでは王国の飛び地ではないですか! でも……、魔獣に怯えることもなく一般人がこの地を訪れることもできるのよね」
驚いたような口調で俺に顔を向けてきた。美人に睨まれるとちょっと怖くなる。
どちらかというと、ここで暮らす人達の便宜を図るためなんだけどね。
万が一そんな気体が見つからない時の措置として、熱気球について話を始めた。
フェダーン様達は驚いたような表情で聞いていたけど、導師と呼ばれる人物は真剣な思念を俺に送ってくれている。
ある程度俺の話が理解できるのだろうか? そうなると自然科学についての造詣も深いということになる。
『熱することで空気が軽くなるなら、常に空気を温めておけばよい。その浮力を高めるのは強化魔法が使えるはずじゃ。重量軽減魔方陣を大きな船体の内部に描くこともできよう……。
カテリナ、小型の飛行船とやらを作っても良さそうに思えるのじゃが?』
「滞空時間が2時間以上もあるなら軍に払い下げて頂きたいものですわ。当然、パラメントはリオ殿に属するのでしょうけど、その対価は十分にお支払い出来ますよ」
「アイデアはリオ君が、作るのは私と導師、それを王国に広めるのはフェダーンということね。2割でいいかしら?」
カテリナさんの言葉に、フェダーン様が腕を伸ばしてカテリナさんと握手をしている。交渉成立ということなんだろうが、果たしてちゃんとできるのだろうか?
できればアルミの骨材が欲しいが、この世界で得られるかも怪しい限りだ。どんな材料で作るのか俺にも興味が出てきたぞ。
「導師がここにいてくれるなら、私は拠点造りに目途が立ったところで王国に戻るわ。だけど、王女はこの地に残ることになる。王女を一時的にヴィオラ騎士団に預けることは可能かしら?」
「王国軍を離れて?」
カテリナさんの問いにフェダーン様が首を振る。軍籍はそのままでということは、出向ってことなんだろうか?
それ以上の問いをカテリナさんがしないところを見ると、ドミニクに丸投げする気らしい。
導師は、まだカテリナさんが取り出した俺の描いたスケッチを見ているようだ。良いアイデアを出してくれればありがたい。
しばらく雑談したところで、巡洋艦を後にする。
カテリナさんが俺を誘ったのは、師である導師に俺を見せたかったのだろう。さらにスケッチを見せることで俺達の計画に導師を巻き込みたかったのかもしれない。ある程度は王宮の息の掛かった人物らしいけど、この閉鎖空間を任せられる人物なのは間違いなさそうだ。
「次の便には元ヴィオラ騎士団の連中もやってくるわ。そうなると、この拠点を中心に稼がないといけないわね」
「星の海の北ですから大型がいるとは思うんですが、狩りをするのは大変ですよ」
「だから王女様を騎士団に託そうとしてるんじゃないかしら。この場所にいるよりは外にいた方が緊急時に介入できるでしょう?」
レスキュー部隊として俺達を使おうとしてるんだろうか? だが、俺達にだって仕事はあるし、陸上艦の速度は相変わらずだ。
そんな計画を持っているなら、まったく別種の陸上艦が必要になってくるんじゃないかな。
ヴィオラに帰還したところで、フレイヤ達の様子を見に出かけた。
荒れ放題だった石の建屋は綺麗に掃除が終わって、外界を監視する壁面に対してテーブルと椅子が備えてある。テーブルの上には2台の魔石通信機が置かれているのは、ヴィオラ専用の回線と一般の回線を区別しているのだろう。
3人のネコ族の男女が当直に立っている。部屋の隅には小さなストーブが置かれて、大きなポットが乗せられていった。
俺が部屋に入った来たのを、ソファーセットで休憩していたフレイヤが見つけて手を振ってくれた。
「殺風景だけど、監視には十分だわ。問題は門の開閉なんだけど……」
「その人材をフェダーン様が見つけてくれたよ。カテリナさんの元恩師らしい。導師と呼ばれていたけど、深く僧衣のフードを被ってたな。フードを外したらヘルメット姿だった」
「ヴィオラ騎士団と縁がある人物なら問題ないわ。いつから来てくれるのかしら?」
「ちょっとわからないけど、隣のカテリナさん達の研究所で暮らすらしいから、いつもはそっちの部屋にいるんじゃないかな。距離が短いからその都度呼ばないとダメだろうけどね」
この世界の人物だから、不審な陸上艦を招き入れることはないだろう。
隣の研究所の様子を聞いたら、地下空間を確保したらしく、周囲にレンガで壁を作っているらしい。
どんな研究所になるかわからないけど、地上はこの建物よりも大きくなりそうだな。
夕食は、再び外で取るようだ。いつの間にかテーブルまで並べられている。これも運んで組み立てたんだろう。
夕食後は、会議室に集まる。
今日はクリスまで来ているし、俺の隣にはアレクまでが席に着いていた。いよいよ狩りの始まりになるんだろうか?
ワインが配られたところで、ドミニクの話が始まった。
「元騎士団員が次の便でやってくるわ。彼らに建設工事の監督を任せて、私達は本来の仕事に入ることにします。
とはいえ、周囲の状況が分からないのは問題だから、明日リオに先行偵察をしてもらいます。周囲100KSt(150km)の探索を夕刻に行ってもらえば、その夜に狙う獲物を決められそうだわ」
テーブルの上に広げられた周辺の地図はアリス監修のものだ。精度はかなりのものだろう。変化に乏しい土地柄だけど、周囲300kmの範囲にはいくつかの小さな丘があるし、南に200kmほど向かえば星の海があるんだよな。
「先ずは南だろうな。星の海の周囲は緑地帯がある。草食獣を狙う魔獣が豊富だろう」
「かなりの大型よ。前回は体高20mを超えるチラノまでいたわ」
アレクの言葉に、クリスが注意を促す。
確かに大きかったが、レールガンで頭を粉砕できたから、アリスならそれほど無理なく狩ることができるだろう。だが、騎士団であれを狩るのはリスクがありすぎる。
「狙いは中型で行きましょう。大型はまだまだ手に余るわ」
まだまだ中規模騎士団だからなぁ。もう1隻駆逐艦があれば少しは楽になるんだろうけど、無い以上は無理は禁物だろう。
「中型だな。2日も進めば狩りができるとは……。作戦はいつも通りでいいのか?」
「リオが囮になるのは同じだけど、陸上艦はこのように配置するわ。ヴィオラとガリナムの間が50スタム(75m)ほど空くけど、十分に艦砲で斉射できるはずよ」
獲物に向かって鶴翼に艦を配置するのか。確かに互いの艦砲で十字攻撃を与えられるだろう。ガリナムにも1班4機の獣機を揃えているから獣機だけで20機近くになる。戦機が5機に戦鬼と戦姫が1機ずついるんだから、アリスがいなくとも中型クラスなら苦労することはないんじゃないかな。