M-047 ブライモス導師
艦隊が閉鎖空間に到着してから5日後に、5隻の輸送艦が6隻の軍艦と共にウエリントン王国に帰って行った。
新たな荷物と職人を運んでくるのだろう。
巡洋艦1隻と駆逐艦が数隻残ったのは万が一の防衛のためだそうだ。
フレイヤ達の監視部門も10人の編成で、石作りの建物の中で壁に映し出される画像で閉鎖空間周囲の状況を見守っている。10km四方を観測できるらしいから、門を出て直ぐに戦闘ということにはならないだろう。
「それにしても、こんな場所でも雨が降るのね」
部屋の窓から外を見ていたフレイヤが呟いた。
俺も最初は驚いたけど、この空間の大地は草原だからたまに雨が降るんだろう。軍の連中は、雨を集めて貯水池を作るような計画を持ってきたらしい。
せっかく小川が流れてるんだから小さな池を作れないかな。上手く行けば養魚場を作って鮮魚を仲間達に供給できそうだ。
「アレク達がデッキにテントを張ると言ってたよ。部屋は窮屈だからね。開放的な場所が欲しいんだろうな」
「外にもテントがあるけど、荷物が積んであるし、そうでないのは食事用でしょ。今はネコ族の人達がゲームをしているらしいわ」
小さな厨房や、倉庫では可哀そうだ。テントぐらいは譲ってやってもいいんじゃないかな。トラ族の連中は艦砲が設置されてる第二甲板にいるんだろう。ドワーフ族の連中はカーゴ区域がある。
それを考えると俺達の居場所は3階のデッキしかないんだよなぁ。あそこを居心地よくするほかになさそうだ。
今からテントを張っても濡れるだけだろう。今日は我慢して部屋にいる外になさそうだ。
翌日は抜けるような青空だ。
朝から大勢の人達が外に出て、桟橋作りに勤しんでいる。俺も住居作りに駆り出されるかと思ったら、カテリナさんと一緒に軍の巡洋艦に向かうことになってしまった。
「自走車の運転なら、俺でなくても良かったんじゃないですか?」
「会ってもらいたい人物がいるのよ。私のかつての恩師なんだけど、今回の遠征に参加してると聞いて」
カテリナさんの恩師となれば、かなりの歳なんじゃないか?
魔道科学の発展した世界だから姿を若いままに留めることはできても、寿命はやがてやってくる。老い先短い期間を王国のために使おうとしている人物なんだろうか?
それとも、カテリナさんのように自分の興味を満たすために一生を送ろうとしている人物なんだろうか?
「軍艦内で、俺が気を付けることはありますか?」
「そうね……。いつも通りでいいわよ。騎士であれば士官と同等。騎士の中には粗野な連中が多いから、向こうもそれほど気構えないわ」
普段通りで良いということだな。それなら、同行しても問題はないだろう。
フレイヤに無理やり革の上下を着せられ長剣を背負わされたけど、カテリナさんはいつも通りの動きやすそうな綿の上下だ。俺もそれで十分だと思うんだけどね。
駐屯地に近づくと、軍の武装自走車が行く手を遮った。ゆっくりと武装自走車の手前で停止すると、1人の兵士が降りてきて俺達の行き先と目的を尋ねる。
「フェダーン王妃の招きで、ウインザム2世に向かうんだけど」
「お待ちしておりました。我等の後に付いてきてください」
カテリナさんの返答に、答えると兵士は足早に武装自走車に向かう。
どうやら俺達を出迎えてくれたらしい。かなり気さくな王妃様だけど、軍隊内ではそれなりの地位にあるんだろうな。
武装自走車の道案内で、巡洋艦のカーゴ区域の扉に自走車でそのまま入って行く。作りはヴィオラとあまり相違が無いが、こっちの方が少し大きいんじゃないか?
ヴィオラは先行試作艦だから本来の巡洋艦よりも小さいのかもしれないな。
武装自走車から降りた兵士の案内で船尾のブリッジに向かう。階段を上るのかと思ったらエレベーターのような仕掛けがあった。
ゆっくりと木枠で作られた台車が昇って行くんだが、ロープで釣り上げているわけではなさそうだ。後でどんな原理なのかカテリナさんに聞いてみよう。
4階でエレベーターを降りると、扉が並んでいる通路を歩く。その中の1つの扉を前にして兵士が立ち止まると扉を叩く。
「ヴィオラ騎士団のカテリナ博士、騎士リオ殿をお連れしました!」
扉が内側に開くと、兵士が騎士の礼を取り俺達に道を開ける。
カテリナさんが無言で部屋に入って行くのを見て、俺もその後に続いた。
「お呼びだてして申し訳ないわ。どうぞ座って頂戴」
「まさか、ブライモス導師が乗船しているとは思わなかった。呼んでくれたことを感謝するわ」
フェダーン様とテーブル越しの席に着いたところで、さっそく2人の話が始まった。問題の老人はまだやってきていないようだ。
フェダーン様の副官らしき人物が部屋の隅で飲み物を準備している。
「この部屋なら自由にタバコを楽しめるわよ。換気については私の要求をきちんと満たしてくれているから」
「相変わらずね。リオ君、タバコは許可されたわよ」
カテリナさんが俺に顔を向けて許可を出してくれた。ありがたく頷いたところでタバコを取り出すと、副官が俺達の前に灰皿を用意してくれた。
「導師が興味を持ったのは、ヴィオラ騎士団の騎士リオ殿みたいね。カテリナもそうでしょうけど、私も興味が尽きないわ。
かなりの堅物と思いきや、王女を踊りの輪に誘ってくれるんだから」
「王都にいるような普通の青年よ。優しい人柄で聡明でもあるわ」
「カテリナのお気に入りというわけね。私も欲しかったけど諦めるしかなさそうだわ」
「今のところお相手は少ないから、王国の思惑の介在する余地はありそうだけど、彼が騎士団を離れることはないでしょうね」
カテリナさんの言葉にフェダーン様の顔に笑顔が浮かぶ。俺を使ってどうしようかと話し合っているようだが、俺には何のことかさっぱりだ。
「形ができたところで王宮に1度は戻ることになるでしょう。国王の驚く顔が思い浮かぶわ」
「あまり派手に動いてはダメよ。貴族達の権益に足を踏み入れれば、彼らは黙ってはいない」
「私兵はいるけど、お飾りのようなものよ。魔獣を相手にした騎士の敵ではないわ」
話に付いていけないから、副官の入れてくれたコーヒーを飲みながら部屋の中を観察することにした。
火を点けたタバコの煙は天井に到達することなく消えていく。やはりこの部屋にはいくつかの魔法が施されているようだ。
魔法1つではどうしようもないことでも、いくつかの魔法を組み合わせることで目的が叶うのかもしれないな。
カテリナさんが話してくれた飛行機についてもそうだったからね。
『中々鋭い思考の持ち主じゃな』
突然頭の中に力強い念が送りこまれてきた。アリスとは少し異なるな。はっきりとその念を送って来た相手の場所が特定できる。
俺が扉に顔を向けると同時に、扉が叩かれた。
「導師ブライモス殿がお見えになりました」
副官が扉を開けると、白い僧衣のフードを深く被った人物が部屋に入って来た。カテリナさんとフェダーン様が席を立ったが、俺はどうするんだ?
『お主はワシの愛弟子ではないからのう。そのままでよいぞ』
思念が伝わって来た。
この人物は声を失っているのだろうか? ちょっと疑問だな。
導師が席に着いたところで再び話が始まったが、今度はこの閉鎖空間の話らしい。
カテリナさんの言葉に導師が途中何度も頷いている。
明らかに質問がカテリナさんに伝わっているんだろう。話の途中に、導師への答えが混じっている。
やはり声を失ってるようだ。それに、俺達には出された飲み物が導師の前に置かれないのもおかしな話だ。
ひょっとして、導師はすでに人としての形を無くしているのかもしれない。
『そこまで推理するか。ワシの弟子として育てたいところだが、カテリナが離しはすまい。残念なことじゃわい』
思念が俺に伝わると同時に、真深く被ったフードをはらりと跳ねのけた。そこに現れた頭は銀色に光るヘルメットだった。
目の部分は横に伸びた細いスリットだが、そこから俺を見る眼光は鋭い。実験で酷い傷を受けたんだろうか? それとも……。
「あまり驚いてはいないわね。カテリナが事前に話していないとなれば、かなりの胆力だと思うしかなさそうね」
『そうではない。どうやらワシと似た存在を見たことがあるようだ。少し記憶を探らせてもらってもよいかな?』
「構いませんが、出来れば俺にも教えていただきたいところです。ヴィオラ騎士団に拾われる前の記憶がかなりあいまいなものですから」
導師がゆっくりと席を立つと俺の席まで歩いてくる。全身をプレートアーマーに包んだ体なんだから金属音がするかと思ったんだが、そんな音がまるでない。それに、歩くのではなく滑るように僧衣を引いて俺の傍にやって来た。
右腕を俺の頭に乗せたが、重さは感じないな。それでも何かが俺の中に入り込んでくるような錯覚を覚える。これが記憶を探るということなんだろうか?
時間にしたら1分も無かったんじゃないか? 右腕が俺の頭から離れると再び導師は前の席に着いた。
「導師殿、何かわかりましたか?」
『そうじゃな。先ずは陳謝しなければなるまい。リオ殿は、我が愛弟子パラケルスの手に落ちたようじゃ。体に6個の魔石を埋め込むなぞ、言語道断!
それだけで極刑を科しても問題あるまい。我でさえこの始末じゃ。それも3個でじゃぞ!』
「でもリオ殿は普通の青年に見えるのですが?」
『それが最大の謎じゃな。我にも理解できぬ。カテリナはその変異を一度目にしておるのじゃな?』
「ダイブするファルコの首を一刀のもとに斬り捨てたそうです。ですが距離が離れていたため、瞬間移動を行ったようです。
その後の彼の体を見ました。明らかに我等とは異なります。ですが数日で元の体に戻っています。
体に魔石を埋め込まれているのはその時に知りましたが、彼の体のどこにも見当たりませんし、傷跡も残っていません」
魔石は人間に毒らしいから、魔石の微粉末を刺青のようにして体に魔方陣を刻む騎士は、酷い傷跡を残すらしい。
『微粉末ではなく、魔石そのものを埋め込んだらしい。だが、我にもリオ殿の体のどの位置にそれがあるのかが分からぬ。確かに6個あるのじゃが……』
「それで、我が兄弟子はどうなったのでしょうか?」
『生きながら、砂に埋もれたようじゃ。アリスと呼ばれる戦姫の怒りによってな。
まるで生きているとしか思えぬ存在じゃな。喜怒哀楽の思いがある。感情を持った存在であれば、我等と同列とみなしてもよいじゃろう。我と体が異なるが外見は似ておるしのう』
確かに導師が10倍ぐらいに大きくなれば、戦機と言っても良さそうな感じだな。
「我が王国に害をもたらす存在ではないと?」
『害をもたらす存在になるかどうかはお前達次第じゃ。パラケルスもリオ殿を助けたならば、かなりの見識を得ることができたに違いない。
だが彼は野望を抱いていたようじゃな。本来であれば我が引導を渡してやりたかったが……』
弟子の不始末は導師の責任ということかな? だけど俺は今の生活に満足してるから、陳謝してもらったことで十分だ。
それよりも、導師の持つ見識と知恵を頼りたいな。