M-046 空気よりも軽いもの
朝食を終えると、なぜかフレイヤ達の手伝いを命じられた。
アリスを使って荷を移動したり、組み立て式の住居や、石組も俺の仕事になるらしい。一番大変なのは、石組の建物にすぐそばにカテリナさん達の研究所を作ることだろう。
弟子達が獣機に乗って頑張っているんだが、どうやら地下室を作るようだ。かなり深く掘り下げているんだが、この閉鎖空間の地下はどれだけあるんだろう? 泉や小川もあるし、少し気になるところだな。
「爆発しても、この建物に被害が出ないようにするって言ってたわ。でも、だいぶ深く掘ってるよね」
フレイヤが建物の屋根に上って隣の建築状況を見ている。100mほど離れているから確かに爆発しても被害は少ないだろうし、それを一番気にするのはカテリナさん本人だ。危険な魔道実験はしないんじゃないかな。
「それで、フレイヤ達の住居は、このログハウスでいいのかい?」
「個室は無いけど、ベッドは個人に割り当てられるから十分よ。門に向かって石垣を積んだのは、万が一の事態に備えるためね。大砲も準備してるから小型魔獣が紛れ込んでも何とかなるわ」
周囲に何も無ければ、この土地にはログハウスが良く似合うんだけどね。
夕食前に作業場所を片付けて、ヴィオラ船外で皆と食事をする。今夜も焚き火を囲んでダンスをするんだろうか?
横目でこの間の焚き火の跡を見ていると、数人が木箱の残骸を積み上げていた。どうやら確定みたいだな。
俺達が輪になって踊っていると、輪の外からカテリナさんが俺を呼ぶ声が聞こえた。
焚き火の明かりで照らされた人達の中で、カテリナさんが俺においでおいでと手を振っている。
フレイヤ達の手を放してカテリナさんのところに向かうと、フェダーン王妃と一緒に小さな少女がいた。
この子がウエリントン王国の戦姫を駆る王女様なのかな?
「紹介するわ。ウエリントンの末の王女ローデリア王女よ」
「はじめてお目に掛かります。ヴィオラ騎士団所属の騎士リオとお見知りおきください」
「うむ、騎士リオじゃな。我の事はローザで良いぞ。同じ騎士であれば身分の差は持たぬ。じゃが、我の駆る戦機は戦姫なのじゃ」
ほう。けっこう勝気な王女様だな。
騎士同士だからローザでいいと言ってるけど、そうもいかないだろう。ここは王女様で通した方が良さそうだな。
「彼がこの場所を見付けたのよ。若いけど、将来性があるわ。貴方がもう3つほど年が行ってたらとこの頃思わない日は無くてよ」
「ほう、フェダーン様をもってそう言わしめる騎士ということじゃな。魔獣狩りが楽しみじゃ」
王宮生活は退屈だったんだろうか?
それならここは面白みがあるかもしれないな。でもその前に。
「王女様、我ら騎士団のパーティです。一緒に踊りませんか?」
「良いのじゃな!!」
慢心の笑顔で答えてくれた。
焚き火の周りを音楽に乗って手を繋いでくるくると回るだけだ。ステップが少し変わってるけど俺にだってすぐ覚えられたから大丈夫だろう。
王女様に手を引っ張られるようにして輪に入る。直ぐに嬉しそうに足を高く上げながら、王女様がステップを踏み始めた。
やはり一緒に踊りたかったようだ。こんなダンスは見てるよりも参加するに限るからな。
「あの小さな女の子を連れてきたときには驚いたけど、王女様だったのね」
「ジッと皆のダンスを見てたからね。喜んでたみたいだよ」
深夜にデッキでフレイヤとワインを楽しむ。たっぷりと買い込んできたからしばらくは楽しめそうだ。
そんな俺達のところにカテリナさんがやって来た。船医だからと言ってマスターキーを使って個室に入ってくるんだから困った人だ。
「フェダーンが喜んでいたわ。これはお礼ということになるわね」
カテリナさんが持ってきたワインは、見るからに高級そうなボトルに入ってる。何かイベントでもあった時に楽しむことにして、俺達が飲んでいたワインをカテリナさんにもグラスで渡してあげる。
俺の座っていた椅子を開けて、2人の後ろで舷側に体を預けながら立つことにした。
「カテリナさん達は、まだ穴掘りを続けるんですか?」
「深さはあれでいいけど、広げないといけないわ。土砂は魔法でレンガにするけど、私達で使い切るからフレイヤ達にはあげられないわよ」
レンガは魔法で作れるんだ。そうなるとカテリナさんの研究所はレンガ作りになるんだな。フレイヤ達はとりあえずログハウスで我慢するんだろうが、その内にレンガ作りを要求しそうだ。
「そうなると、桟橋もレンガで作るんですか?」
「さすがにそれは無理があるわ。石を積み上げることになりそうね。王国の石工達が次の便でやってくるんじゃないかしら。それまでに縄張りと櫓ぐらいは作らないと」
重機が無いから、獣機を使うのかな?
それでも石を組み上げるとなれば大変な労力になりそうだな。
「ある程度、長期の仕事になりそうですね」
「だから、商会も動くのよ。作業員の休養もあるだろうし、食料や燃料も運ばなければならないでしょう?」
そうなると、俺のアイデアをなんとかしたいところだな。
操船要員以外に人なら30人、荷物なら2tを王都まで運べるとなれば、需要もあるんじゃないかな。
速さも必要だが、自走車の魔道機関でプロペラを回せばそれなりの速度が出せそうだ。
カテリナさんが帰ったところで部屋に戻ると、コーヒーを飲みながらメモ用紙を広げて概略図を描いてみる。
葉巻型の硬式飛行船になってしまうな。動力は魔道機関が4つもあれば良いだろう。
ある程度構想がまとまったところで、大きな問題があることが分かった。
この世界でヘリウムガスが手に入るのだろうか? もし、入らないとなると熱気球を応用することになるが、そうなると積載量がガクンと減りそうだし、燃料の積み込みも馬鹿にはならない。
困ったな?
『カテリナ博士に相談してはどうですか?』
「何とかなると思ったけど、アリスもそう思うなら明日にでも相談してみるよ」
アリスが介入してきたということは、アリスにもヘリウムガスに代わるものが考え付かないということなんだろう。
電気分解で水素という手もあるが、近くでタバコも吸えないんじゃ問題だろう。
翌日も、カテリナさんとフレイヤ達の荷物運びを手伝う。
アレク達はヴィオラ騎士団の桟橋の基礎工事を始めたようだ。こんな仕事が数日は続くに違いない。
休息時に皆でコーヒーを飲んでいる時、昨夜描いたスケッチをカテリナさんに見せた。それを見せた途端に俺を見る目が、まるで肉食獣が獲物を見る目に変わっていた。
「これは、空を飛ぶのね。飛行機はあるけど、それを知ってこれを描いたということは、きちんとした目的があるんでしょう?」
「軍の飛行機がどんな原理で飛んでいるのかはわかりませんが、乗る人間は多くても2、3人ですし、運行時間も1時間に満たないものです。速度はヴィオラの巡航速度の3倍以上、乗員30人以上、最後に稼働時間は1日以上がコンセプトなんですが……」
俺の話を聞いているのだろうか? ジッと俺の描いたスケッチに目を凝らしてるんだよな。
「でも、大きな課題があったわけね?」
「分かりますか? それがカテリナさんにそのスケッチを見せた理由です」
やはりこの世界の著名な博士だけのことはある。専門が魔道科学だとはいえ、自然科学についての知識が全くないわけでは無いようだ。
「リオ君は飛行機を見たことがあるでしょう? あの飛行機が4辺の張り出しを持つ理由が分かるかしら」
「何らかの、重量軽減魔法、浮遊魔法、それに任意の方向に移動するための魔法を生み出す魔方陣が内部に描かれていると考えています」
俺の答えに、一瞬口を開けて驚いていたようだったが、直ぐに笑顔に戻って俺を見ている。
「十分に初心者クラスの魔道学園に入校できるわよ。その他に、魔道機関を搭載しているわ。飛行機の稼働時間が短いのは魔道機関がフル稼働しているからなんだけど」
カテリナさんの話では、浮遊魔法で得られる最大荷重が問題らしい。飛行機から張り出す4つの辺に、それぞれ魔方陣を描いているらしいが、それによる浮遊は身長ほどの高までになるらしい。
「魔方陣が大きくなりすぎるの。だけど飛行機を大きくすれば荷重が増すでしょう? だから、一番効率的なところで折り合いを付けてるのよね。そのため、高度を稼ぐために、下向きの風を作ることになるんだけれど……」
本来なら、風の魔方陣を組み上げたいところらしいが、もう一つの方向を変えるという課題がある。このため魔道機関で下向きの風を起こし、その向きを可変することで飛行機を操縦するということだ。
下向きの風はプロペラを回転させることで得るらしい。
「私が興味を持ったのは、この大きな船体ね。この中なら思い切り大きな魔方陣を描くことができるわ」
「その部分は、中空の袋なんです。空気よりも軽い気体を入れて、浮力を得るんです」
「そんな気体があるの?」
「簡単に得る方法もあるんですが、あまりにも危険な機体ですから、この中にその気体を詰めて火花を1つ作ったら、ドカン! と爆発してしまいます。それに代わる軽い気体があればいいんですが」
浮力という言葉で、眉が少し動いたぞ。新しい概念を知ったということなんだろうか?
「他の手段として、この袋の下で火を焚くということも可能です。熱した空気は比重が軽くなりますから同じような効果が得られるでしょう。ですがあまりお勧めはできません。熱した空気の温度が下がれば元の空気ですから、常に空気を温めることになります」
さっきから、急にカテリナさんが無口になった。何かを真剣に考えているみたいだな。
だけど、さっきからの様子ではカテリナさんは空気より軽い気体を知らないようだ。となると、やはり熱気球になってしまいそうだ。王都への定期便には使えそうにないが、周辺の偵察ぐらいには活用できるかもしれない。