M-045 拠点造りの始まり
先行偵察からヴィオラに戻って来た俺達だったが、王妃は名残惜しそうな感じで何度もアリスを振り返りながらカーゴ区域を後にした。
会議室に戻ると、すでにドミニク達とカテリナさんが席に着いている。
改めて王妃が席に着いたところで、紅茶とコーヒーが運ばれてきた。
「どう? 凄いでしょう」
「凄いという範疇を越えてるわ。カテリナが王国崩壊をほのめかすのも無理が無いわね。例えウエリントン王国の戦姫が通常に機動できても、あれだけの性能は出せないわ」
そう言って俺の顔をじっと眺めている。
何か良からぬことを考えているようにも思えるんだが。
「あまり工作しないでほしいわ。私がここにいることで納得してくれるとありがたいんだけど」
「他国からの干渉を防いでくれるなら、それで満足しろと?」
「現時点ではそこまでにしてほしいわ。あまり干渉するのも問題よ。彼は貴族でもないんだから、ウエリントン王国に母港を持つ騎士団の名目的な騎士ということで満足してほしいわね」
「貴族ならいつでもなれるわよ。でも、そうなると……」
「そういうことよ。だからヴィオラの騎士が一番だと思うわ」
2人で頷きあっているところが怖いところだ。
何らかの暗黙の同意ということになるんだろうけど、それを互いに口に出すことはない。俺達に知られるのはまずいということなんだろうな。
「貴方にはいつも驚かされるわ。となると、王都の研究所もこちらに持ってくるの?」
「場所は確保してあるし、リオ君も協力してくれるから、あの子達も補給船に便乗しているわよ」
どうやら、俺を巡る話は一区切りついたようだな。
少し温くなったコーヒーを飲みながら、今後の計画を話し始めたドミニク達に耳を傾ける。
話題は、軍の占有区画の大きさらしい。三分の一だから、この艦隊を全て収容しても十分に余裕があるはずなんだが、どうやら一部区画を商会に明け渡してリベートを得る考えでいるようだ。当然、ドミニク達もそれを考えていたんだろう。
途中で生活武門の長であるクロネルさんまで呼び出す始末だ。そろそろ俺はここを離れても良さそうだな。
カテリナさんに小声で聞くとOKを出してくれたから、席を立って皆に頭を下げると会議室を後にした。
とりあえずはデッキに向かってアレクに報告した方がいいだろう。
デッキに出ると、アレクが手を振って俺を迎えてくれた。シレインの差し出してくれたグラスを持つと、アレクがワインをたっぷりと注いでくれた。
有難迷惑なんだが顔に出すことはない。アレクにグラスを掲げて先ずは一口飲んだ。
「飛行機でやって来たのはフェダーン王妃でした。どういった経緯で隠匿空間を見付けたのかを説明しました。カテリナさんは俺のアリスが戦姫であることをばらしてしまい、王妃を伴ってレザール川の先行偵察に行ってきましたよ。
今のところは渡河地点は安全です。現在は互いの区画を一部商会に譲ってリベートを得る相談をしている最中です」
俺の話を興味深く3人が聞いていた。戦姫の秘密をバラしたのをあまり驚いていないということは、ある程度の人物には知らせた方がいいと思っているのかもしれないな。
「まあ、ご苦労なことだ。カテリナ博士が伝えたのは、あの巡洋艦にウエリントン王国の戦姫が積まれていることにも関係してるのだろう。それにしても商会との話し合いはドミニク達にできるとは思えないな。何らかの妥協点が出たところで、王宮に頼むに違いない」
やり手の商会だということなんだろうか? 言いくるめられたらおしまいということかもしれないな。
まあ、その辺りは俺には関係ないだろう。
とりあえずは衣食住が確保されて、給料がもらえれば十分だ。
度々フェダーン王妃が訪れるようになってきたが、俺達の航海は順調だ。たまに進路を変えるのは魔獣の群れを飛行機が発見したからなんだろう。
魔石を得るための航海でない以上、陸上艦を停止させることはない。なるべく早くに隠匿空間に到着することが今回の目的に他ならない。
9日掛けて目標地点に着いたところでアリスと共に先行する。
門を開けると、前方に緑の回廊が広がる。その空間に向かってヴィオラが進んでいくと、軍の艦隊も後に続いて入って行った。
最後は俺になるんだが、この門を閉じる役目も負わされてるんだよなぁ。
中の空間に飛び込んだところで門に向かって詠唱すると、門の円柱が地中に沈んでいった。
艦隊は分割された場所に停泊しているようだ。ヴィオラとガリナムの近くに輸送船が2隻停泊しているのは、俺達への便宜を王国が図ってくれたのかな。
獣機が舷側の開口部から続々と姿を現しているのは、荷物を下ろすためなんだろう。俺達も手伝うことになりそうだ。
そんな中、王国軍の区画から数台の荷台を引いた大型自走車が中央に向かって進んできた。少し西寄りの場所で止まると、ヴィオラからも2台の自走車がその場所に向かっている。
あまり眺めているのも問題だな。とりあえず戻ろうかと考えていると、ドミニクから通信が入ってきた。
どうやら、自走車が集まっている場所に向かえばいいらしい。
数台の自走車が集まった場所には、ドミニクとレイドラがいた。
レイドラから1枚の紙を受け取ったんだけど、図面のようだな。
「隠匿空間の縄張りをして欲しいの。アリスを使ってこの座標に杭を打ってくれないかしら」
「版図の確定ですか! 良いですよ。それで杭は?」
「自走車が引いている台車に乗っている。直ぐに始められるか?」
軍の士官らしい男性が自走車の後ろを指差して教えてくれた。
アリスなら正確に杭を打つ場所を確定できるんじゃないかな?
一度ヴィオラに戻って、アリスの搭乗する。
戦機が来たと思っているようだけど、それなら都合が良い。
魔道通信機で士官と連絡を保ちながら、図面の区画ポイントに正確に杭を打ち込む。
一緒にやってきた自走車が大きなテントを張っている。
商会区画ではあるけど、しばらくは来ないだろうから集会場にするのかもしれない。
いくつか小さなテントも作られているのは会議室の代りなんだろう。
杭打ち作業を終えたところでヴィオラに戻ることにした。ヴィオラのカーゴ区域にもたっぷりと荷が積まれていたのだろう。獣機がヴィオラの開口部近くに荷物が積み上げている。
アリスを固定したところで、会議室に戻り簡単に報告を済ませる。
ドミニク達は、新たな拠点の構築図をテーブルに広げて明日以降の仕事の段取りを考えているようだ。
ガリナムにも積み荷はあるだろうし、輸送船の積み荷は手つかずだ。明日は輸送船の荷下ろしがありそうだな。あれだけ大きいから戦機も総出となるかもしれない。
夕食は外で取ることになる。
完全に外界と切断された空間だから、どんなにはしゃいでも魔獣や野獣が入ってくることはないのが嬉しい限りだ。
軍艦の方も大勢が外に出て周囲を散策しているらしい。
食事が終わったところで早めに部屋に戻ると、外のデッキでフレイヤと一緒にワインを傾ける。ここならタバコを楽しめるから俺のお気に入りの場所だ。
「明日はあの石作りの建物を整備することになるわ。カテリナさん達も隣に研究所を作ると言ってるんだけど、あまり監視の邪魔をされたくはないわね」
「あの仕掛けが気になるんだろうな。だけど監視の邪魔はしないはずだ。監視要員は増員されたのかい?」
俺の言葉に頷くと、10人ほど増えたと教えてくれた。
何といっても、この閉鎖空間から外を監視できる唯一の施設だからね。常時監視をドミニクは考えているんだろう。
本来は騎士団の活動に必要でない騎士団員もこの閉鎖空間を得たことで増員しなければならないんだよなぁ。
商会に土地の一部を提供してリベートを得る話は、それと結びつくのだろう。
「アレクのところにも話があったそうよ。実家の農場で働いているネコ族の何人かを、ここに派遣してもらえないかということらしいわ」
「ここに農場を作るのかい? そんな話もあったけど、上手くいくのかなぁ」
考え方は悪くないんだが、軌道に乗るかは別の問題だろうな。アレクのところの農場で働くネコ族の連中は元騎士団員らしいから、そんな冒険じみた話についてこれると考えたのかもしれない。
「当初の倍近くに家族が増えているらしいから、アレクは賛成しているけど母さん達や本人達の意向もあるでしょうからね」
「本人の意思が一番だろうね。それなりに安全は担保できそうだけど、陸の孤島には違いない」
定期便でもあれば良いんだが、急いでも王都に8日の距離があるから早々帰れるものでもない。
何といっても陸上艦の速度が遅い。荷をそれほど運ばなければ飛行船みたいなものでも良さそうなものだ。
そういえば、軍の使っている飛行機は短時間の飛行が可能だ。高度はさほど取れないけれど、艦隊の周囲を1周すればそれなりに脅威を認識できる。
あの原理と、ヘリウムガスで気嚢を膨らませれば、案外うまくいくんじゃないかな。
翌朝は、まだ寝ているフレイヤを部屋に置いたままでヴィオラから降りると、小川で顔を洗った。
魔法で作ったお湯よりも、やはり流れる水の方が気持ちがいいし、水の冷たさが頭をすっきりさせてくれる。
咥えたばこで、ヴィオラの騎士団員が朝からワイワイと騒がしくしているテントに向かうと、ネコ族のお姉さん達が食事の準備をしていた。
俺に気が付くと、直ぐにコーヒーの入ったマグカップを渡してくれたけど、朝食はまだまだ先だと教えてくれた。
ネコ族のお姉さん達はいつも楽しそうだな。
仕事をしながら仲間達と噂話に余念がないんだが、そんなに話題があるんだろうか? 俺とアレクだったら数分で話が終わりになりそうだ。
「リオさんは、朝が早いんですね」
聞きなれた声に後ろを振り返ると、ベラスコがオレと同じようにマグカップを持って立っていた。
近くの木箱に腰を下ろして2人でのんびりとコーヒーを味わう。
俺は愛煙家だけど、ベラスコは違うと思っていたんだが、今朝はタバコを咥えている。もっとも咥えているだけで火は付いていない。
「どう? だいぶ慣れたかな」
「カリオンさんが色々と教えてくれますから、だいじょうぶですよ。でもまだ狩りをしてないんですよね。給料を貰えるのはありがたいんですけど」
そういえば、前回の航海で狩りをしたのは俺とガリナム傭兵団だった。少しは魔石を持ち帰ったけど、今度も俺達で行うのだろうか?