M-044 フェダーン王妃
さぞかし上空から眺める姿は威風堂々とした艦隊ということになるんだろうな。
ヴィオラのデッキで眺める王国艦隊の姿は迫力があった。
「それにしても俺達の報告を、よくもまあ信じることができましたね」
「カテリナ博士の同席だということだろうな。王国の魔道科学のトップに近い人物だ。かつてはライバルとも言うべき存在がいたらしいのだが、ここ10年以上その姿を見たものはいないらしい」
そんな人物がヴィオラで魔石狩りに同行しててもいいんだろうか? 王宮の地下辺りで魔方陣を弟子達と睨んでた方が、俺の精神衛生上も好ましいんだけどな。
「その上でだ。王宮に姉を妃として送り込んでいる家柄だ。生憎と男子がいないから家はドミニクが相続することになるんだが」
「ドミニクは貴族だったんですか?」
「貴族ではない。代々魔道科学を研究してきた家柄だ。とはいえ、発言力は貴族以上ということなんだろうな」
王宮への力関係が後ろに見える艦隊になったんだろう。
一介の騎士団の団長が報告したのなら、駆逐艦が数隻も同行すれば良い方だ。それが存在するとカテリナさんが言うだけで王国は動いたということなんだろう。
「ん? あの飛行機はいつものよりも大型だぞ!」
アレクが指さした空飛ぶ座布団はいつもの倍以上の大きさがある。真っ直ぐにヴィオラに向かってきているが、何かあったのだろうか?
俺達の頭上を飛び越えて行ったが、かなり低い高度だ。前方の偵察ということではないのだろう。
しばらくすると、ネコ族のお姉さんが息を切らしてデッキに飛び込んできた。乱暴に開けられた扉に驚いて振り返った俺達を、お姉さんが眺めている。次の瞬間、いきなり俺に腕を伸ばした。
「会議室に来るにゃ! 皆待ってるにゃ」
「ん? 俺なのか」
「さっきの飛行機の来客ということだろう。隠匿空間の話を聞きたいのかもしれん。行ってこい。騎士は貴族と同格だ。卑屈になるなよ」
それならアレクが適任だと思うんだけどなぁ。
とりあえず席を立って、お姉さんと一緒に会議室に向かう。同じ4階だけど、数段の階段を上がったところが本来の4階になる。
先行偵察の報告を行ういつもの会議室の前に立つと、お姉さんが扉をノックして俺を連れてきたことを報告している。
扉を開いてくれたのはレイドラだった。ネコ族のお姉さんに礼を言って、俺に入るように促す。
「失礼います。命に応じてやってきました」
「ご苦労様。席に着いて頂戴」
ドミニクの言葉に、レイドラが椅子を引いてくれた席に座ったんだが、隣がカテリナさんなんだよな。座った途端ににこりと俺に微笑んでくれたけど。
「フェダーン、貴方が知りたかった青年よ。リオという名なの」
「では彼が隠匿空間を探し出したと?」
一瞬、驚いてしまった。テーブル越しに座った若い女性が現国王の妃の1人であるフェダーン王妃になるらしい。
美人だけど少しきつい顔立ちだ。軍を率いるなら似合ってる感じだけどね。
「古の帝国の遺物となれば、貴方が絡んでいることは間違いないと思ってはいたけど、発見者は別なのね」
「私も驚いているの。彼はドミニクが風の海で保護したらしいんだけど、あいにくと昔の記憶がまるでないのよ。かなり古い記憶を持ってはいるようなんだけど、それはこの世界の記憶とは限らないわ」
俺がこの世界とは異なる世界から来たということを、カテリナさんは薄々感じているのだろうか?
カテリナさんの言葉に益々俺の顔をじっと王妃が見ている。
美人に見つめられるのは嬉しい限りだが、その視線は俺を探る眼なんだよな。
ネコ族のお姉さん達が、ワインを持ってきてくれたので、とりあえず一口飲んでしまったが、ここはお客が飲むまで待った方が良かったのかもしれない。
でも、直ぐに王妃がワイングラスを持って俺にカップを差し出す仕草をしたところで口に含んだ。
そんな王妃をカテリナさんが笑い顔で見ているんだから、豪胆というかなんというか。
「まぁ、どこにでもいる青年とは少し違うかもしれないけど、私の研究にはありがたい存在になっているわ。古代文字を読める上にそれを話せる人間なんて、竜神族の中にもいないんじゃないかしら」
「竜神族の青年だと思っていたけど?」
「竜神族ではないわ。宣託はドミニクの隣のレイドラが告げたらしいけど、隠匿空間を見つけ出して、その仕掛けを解いたのは間違いなく彼よ」
「王宮に欲しいくらいだけど、推薦はしてくれないんでしょう?」
その言葉に、フェダーン王妃とカテリナさんの表情が逆転した。
かなりきつい目でフェダーン王妃を睨んでいるし、王妃はおもしろそうに笑みを浮かべたままだ。
「フェダーン。貴方、王国を潰すつもりかしら?」
カテリナさんの言葉に、一瞬会議室に動揺が走った。フェダーン王妃も思わず表情を改めたほどだ。
「そんな野心は持ってないけれど、この青年にその力があると?」
「あるわ。でも本人は気が付いていないでしょうけどね。その実力を見れば他国の使節がどう思うかしら? 戦で勝ち目がないと分かれば王国内の破壊工作が始まるわよ」
落ち着こうとして王妃がワインを口に運んでいる。俺達はカテリナさん達の会話を呆然とした表情で見守るばかりだ。
「カテリナの危惧は何からくるの? 目の前の青年なら、私が一刀で切り伏せられるんじゃないかと思うのだけど」
「獲物を狙ってダイブしてきたファルコの首を刈れる腕よ。貴方では相手にならないでしょうし、問題は別にあるの。よく聞いて、彼は本当の騎士ではないわ。たぶん戦機を動かすことはできないでしょう。でも彼は自分の戦機を動かすことができる」
「新たな魔方陣が開発されたのなら、王国の利になるでしょうね。でも、貴方がそれだけ念を押すとなれば……。戦機でない戦機を彼が個人的に持っているということになるわ。でもそれなら騎士でしょう?」
「固定観念に囚われすぎている感じがするわ。リオの駆る戦機は戦姫なの。しかも王国の戦姫を超えているわ」
カテリナさんの爆弾発言に、フェダーン王妃が大きく口を開いて絶句している。まさかの事態ということなんだろうな。
やはり俺がいることはこの世界には良くないんだろうか?
「ウエリントン王国だけの問題ではないわ。同盟さえ瓦解しかねない。彼の秘密を知る者は限られてるんでしょうね?」
「少し変わった戦機ぐらいに思っているんでしょうけど、少なくともヴィオラ騎士団と隣を並走しているガリナム傭兵団の一部に知られていることは間違いないわ」
カテリナさんの言葉に王妃は目を閉じた。
ジッと考え込んでいる感じだな。その結論が気になるところだ。
「隠匿空間の発見は諸王国にとっても良かったと考えるべきでしょうね。国王は王女の安全を図るために防衛を任せる決定を下したけど、彼がいれば王女の安全を担保できるし、彼の事は王女の戦姫で隠蔽も可能に思えるわ。カテリナも隅に置けないわね。ヒルダに提言したんじゃなくて?」
その言葉にカテリナさんが笑みを浮かべている。やったということなんだろうな。そんなことに気を遣わねばならないなら、俺には王宮勤めは無理だということになるんだろう。
「王女には、貴方を守る騎士がヴィオラにもいるぐらいは構わないわよ。でも王女のお相手にはなれそうにないわ」
「まだ14歳ですよ。さすがにそれは……」
今度は2人で笑い出している。まさか俺の嫁になんて考えてないだろうな? カテリナさんが一応ダメ出しをしてくれてるから、その心配はないと思いたいところだ。
「一度、見せてもらいたいところだけど……」
「そうね。リオ君、フェダーンを連れてラゼール川の渡河地点周囲を探索してきてくれない。私も乗れたんだからフェダーンなら問題ないわ。元騎士でもあるから戦姫の機動を見せてあげなさい」
「是非ともお願いするわ」
思わずドミニクに顔を向けたんだが、俺に向かって頷くだけだった。母親たちの会話には付いていけないって感じだな。
「それでは、フェダーン様。御同行願います」
俺の言葉が終わらない内に、王妃が席を立った。慌てて俺が席を立つと、カテリナさんも付いてくる。
部屋を出る時にちらりとドミニクを見ると、諦めたような表情で俺に頷いてくれた。
ややもすると俺達が置いて行かれそうな勢いで王妃がカーゴ区域に向かって足を速める。カーゴ区域の場所がどこにあるか分かっているんだろうか? それとも船の構造はどれも似たり寄ったりなのかもしれないな。
「あれがリオの駆る戦姫、アリスよ。綺麗でしょう?」
まるで友人におもちゃを自慢する口調だが、カテリナさんの言葉に王妃が深く頷いている。
「戦姫に間違いなさそうですね。ウエリントンの戦姫と比べてもまるで新品そのものだわ」
王妃がアリスを見上げている間に、ベルッド爺さん達がアリスにタラップを設置してくれた。
「それじゃあ、一度体験してきなさい。ラゼール川の渡河は明日の昼になるでしょうけど、アリスでの先行偵察ならすぐに終わるわよ」
「先に上って、シートの後ろに立ってください。座っても問題ありませんが、前を見るなら立ってシートの後ろのバーを握ることになります」
俺の言葉に頷いた王妃が先にタラップを上っていく。ドレスでなくて上質の革の上下でやってきてくれたから助かるな。
アリスの中に王妃が入ったところで、タラップを急いで登りシート着いた。
「アリス、同行者がいる。コクピット内の振動を抑制してくれないか?」
『了解です。加速度を低減します』
やはりアリスとの会話は異質なんだろうな。王妃が辺りに視線をむけて声の主を探しているようだ。
「今の女性は?」
「この戦姫、アリスそのものです。アリスの操縦は、俺とアリスの両者で行いますから」
「魂を戦姫に封じているわけではなさそうね?」
「アリスの魂はこの機体と共に生まれたようです。ですが、俺には1人の女性にしか思えません」
「貴方の良い友人なのね」
タラップが外されたところで胸部装甲板を閉じると、全周スクリーンが周囲を映し出す。
後ろからため息が聞こえてきたから、王妃が駆った戦機にはこんなものは無かったということなんだろう。
ゆっくりとアリスをカーゴ区域の中を移動させて、開放された舷側の扉を目指した。
「出発しますよ!」
開口部から大きくジャンプさせてヴィオラと並走する形で滑空する。少しずつ速度を上げて、ヴィオラが見えなくなったところで一気に速度を上げた。