M-042 急いで帰ろう
ヴィオラとガリナムが円柱の中に入ったところで、再度周囲の探索を行いアリスを閉鎖空間の中に進ませた。
緑の回廊に入ったところで円柱に向かって詠唱を行うと、青銅の円柱が地中に潜り込み外部との門が閉じる。
ヴィオラは大きな内部空間の中央付近に、ガリナムと並んで止まっていた。
舷側の開口部が開き、自走車が四方へ走っていくのが見える。俺達はとりあえずヴィオラに戻ればいいだろう。
カーゴ区域に入ると、アリスを固定したところで搭乗タラップが運ばれてきた。先に下りながら、カテリナさんタラップに手を掛けるのを補助してあげる。
どうにかカテリナさんが床に下りるとベルッド爺さんがやってきて、カテリナさんの腰を叩きながら感想を聞いている。
笑顔で素晴らしい機体だと褒めてくれたから、俺まで嬉しくなってしまう。
「さぁ、今後を話し合う必要が出てきたわね。リオ君も付いてくるのよ」
カテリナさんに腕を掴まれて、拉致されるように会議室に向かう。そんなに急ぐ必要があるんだろうか? この中ならとりあえずは安心できるんだけどねぇ。
部屋にいたのはドミニクにアレク、それにガリナム傭兵団のクリスがテーブルを囲んでいた。とりあえずアレクの隣に腰を下ろすと、ネコ族のお姉さん達がワインを運んできてくれた。
先ずは乾杯ということなんだろう。
「先ずは私からでいいわね。古代帝国の遺産と言っていいわ。今でも当時のままに稼働しているなら、私達が使うに何の問題もないはず。強いて言えば、閉鎖空間への出入りに呪文を詠唱する必要があるぐらいかしら」
「これだけ北に移動しても安心して眠れるなんて信じられないわ。それでこれをどうするの?」
クリスにはまだ教えていないのだろうか? 皆の顔がドミニクに向くのは仕方ないな。
「ここをヴィオラ騎士団の中継点にするわ。他の騎士団も受け入れることになりそうだから、小さな工房都市となるのかしら。問題はその認知ね」
「利権の一部を王国に渡して保護を受けるということになりそうだな。だが、他の王国がどう出るかが予想もできん」
莫大な利権になりそうな気もする。砂の海で活動している騎士団の多くがラゼール川を越えれば毎日が命がけだ。
そんな場所に安全な場所を提供することができるんだからね。それに陸上艦の破損をある程度まで修理できるなら、多くの騎士団が北を目指すことになるだろう。
宿泊費を2倍にしても利用してくれそうな気がする。
「先ずはこの空間の大きさね。リオ君が見つけた石作りの建物はヴィオラ騎士団で利用すればいいわ。泉も占有して水路を作ることも考えた方がいいかもしれないわよ」
「生命線はヴィオラで抑えるということか。それで王国は満足するだろうか?」
「満足しなければ同盟国に話を持って行くこともできるわよ。でも、ウエリントン王国はヴィオラ騎士団の提案を飲むんじゃないかしら? 西の3王国への睨みを利かせることもできるのよね」
となると、カテリナさんに交渉役をお願いしたいところだな。
基本的には中継点とすることで了承して、次は王国との交渉で何を引き出すかが焦点になる。
色々とあるようだが、小さな工房といくつかの店ということだから、やはり工房都市が各自の頭にはあるようだ。
と言っても崖もないし、平地に近い土地だ。小川が流れる程度の勾配だから、陸上艦の桟橋を作らねばなるまい。少なくとも数隻を繋ぐ桟橋となれば大工事になりそうだ。
「しばらくは、私達の手でこの版図をなんとかしなくてはならないわね。私の貯えを使ってもいいけど、見返りに私の研究所をこの場所に移したいわ」
カテリナさんの言葉にドミニク達の顔色が変わった。どんな研究をしてるんだろう?
人道的であれば問題はないと思うんだけど、ドミニクの顔色は何となく優れないな。
「どれぐらいの大きさを?」
「あの石作りの建物に併設するわ。少し調査もしたいし、貴方達には無用の長物でしょう? もっとも監視部の連中を何人か欲しいわね。あの装置で周辺監視は私の仕事ではないわ」
確かにジッと周辺監視をしてたら研究はできないだろう。ドミニクが渋々、現在の石作りの建物の3倍の土地の提供で妥協している。
それで、建設資金を頂けるなら十分だと思うな。
日暮れはこの空間でも同じように起こるようだ。
そろそろ夕食ということで会議を中断したんだが、夕食は陸上艦を下りて野原での食事だ。
小さな焚き火まで作られている。
今夜は焚き火を囲んで遅くまで踊ることになるのかな?
・
・
・
翌日は痛む頭を抱えて会議室に向かった。だいぶアレクに飲まされてしまった。カップ3杯程度で止めとけば良かった。
それでも小川の冷たい水で顔を洗うと、少しはマシになってきた。
朝食は食べる気も起きないが、コーヒーだけは受け取っておこう。
小川のほとりでコーヒーを飲みながら一服を楽しんでいると、フレイヤが俺を探しにやって来たようだ。
「皆が、探してたわよ。でもここはいいところね。私も朝はここで朝食にするわ」
「俺を探してるって? すでに議題は俺の仕事を越えてるんだけど?」
フレイヤを見上げながらそう言ったけど、彼女は首を横に振るだけだった。
「兄さん達は獣機の連中と荷下ろしをするみたい。私は監視体制をいじらなくちゃならないから夕食まではあの建物よ。リオには別の仕事を頼むとドミニクが言ってたわ」
別の仕事が思い浮かばないな。やはり戻って確認した方がいいだろう。
痛む頭を押さえながら小川を後にしてヴィオラに戻った。
会議室にいたのはドミニクとクリスの2人だった。俺とクリスで何をするんだ?
「やって来たわね。これで狩りができるわ」
「本当に可能なの? 私の艦には獣機は1班だけなのよ」
ひょっとして、俺に狩りをしろということか?
アリスなら、大型魔獣でも短期で狩れるだろう。だけどそれだと騎士団としての協調が取れなくなってしまいそうだ。
「まったく魔石が無いとなれば問題だわ。とは言っても、途中で狩るなら時間が掛かる。そこでリオに周囲の魔獣を狩ってほしいの。種類は問わないし、狩るだけで解体するのはガリナムの獣機に任せるわ」
「動きはヴィオラの機動を超えるけど、リオの戦機は本当に単機で魔獣を狩れるの?」
「狩れますよ。ですが……」
「クリス。いずれ分かることだけど、リオの戦機は戦姫なの。機動は戦機を遥かに超えるし、その武器は戦艦の艦砲を超えるわ」
「本当なの?」
あまり驚いた様子が無いのは、俺の先行偵察範囲が通常の戦機を遥かに超えていることを知っているからなんだろう。
「なら、問題はないわ。リオが魔獣を倒して、私達が片っ端から解体すればいいわけね」
「そういうこと。今日から出られるかしら? できれば魔石100個以上を用立ててほしいわ」
それなら早速出掛けるか。
アリスに搭乗すると、ガリナムを率いて門を開き砂の海に出た。
ガリナムの周囲を周回しながら南を目指し、群れを発見するたびにレールガンで魔獣を倒していく。
ほとんどが中型ぞろいだ。 1度は大型のチラノタイプに出会ったけど、レールガンで頭部を1撃で破壊する。
ガリナムの獣機も数は4機と少ないが、解体作業は手慣れたものだ。次々と心臓付近から魔石を取り出している。
夕暮れが訪れる前に戻って来たけど、かなりの数を手に入れたに違いない。
アリスをヴィオラのカーゴ区域に戻したところで、少し遅れてしまったが夕食を頂く。
やはり昨日と同じく外での食事だ。梱包してきた木箱を解体した焚き火が盛大に燃えている。
焚き火用の焚き木も用意しとく必要があるんじゃないか?
そんな狩りが3日続いた。得られた魔石は300個近いということだから、とりあえずここで終わりになるんだろう。
「積んできた資材は全て降ろしたわ。一旦王都に戻り、ギルドを通して王宮と相談ということになるんだけど」
「誰にも盗られないわよ。留守番は必要ないわ」
次は大きなカーゴ区域を持った船を伴わなければならないだろう。できれば王国軍の何隻かが同行してくれるなら助かるんじゃないか。
「自走車はここに置いてもだいじょうぶね。リオに先行偵察をお願いするわ」
「しばらくここで暮らすなら、大型の魔法の袋が欲しいです」
「だいじょうぶ。十分購入できるわ。リオ君達が集めてきた魔石は、上位魔石が100個を越えてるし、20個近く白と黒があるのよ」
俺達の給料もあるんだろうな。ちょっと心配になってきた。
だが、魔石狩りに来て獲物無しというわけにもいかないだろうし、カテリナさんからの借金は利子が高そうな気もするんだよね。
降ろせるものは全て降ろしたのは翌日になってからだった。かなり食料事情も怪しくなっているらしいが、昼夜を問わずに走り抜けることを考えているらしい。
そうなると、俺の睡眠時間が怪しくなってくるけど、その分給与を上乗せしてくれるとの一言で引き受けることになってしまった。
昼を過ぎたところで、門を開きアリスで先行する。周囲を素早く偵察し、脅威が無いことを確認したところでヴィオラに通信を送った。
ゆっくりとヴィオラとガリナムが砂の海に姿を現す。直ぐに進路を南東に向けて進みだしたのを見届けて門を閉じた。
「とりあえずは先行して150kmほどの範囲を確認しよう。ヴィオラの速度は最大でも20km/h程度だから7時間程度の到達範囲になる」
『現状では特に問題なさそうですね。この群れは北に進んでいますし、進路方向に進む群れは時間差がかなりあります』
往復で確認すれば群れの移動にも対処できるだろう。アレク達も今回は後部デッキで双眼鏡を覗いているんだろうな。