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M-004 工房都市キジェ


 今日中には工房都市に着くと聞かされても、どんな場所なんだかさっぱりだ。

 だけどちょっと楽しみでもある。きっと、ベルッド爺さんみたいな連中がたくさん住んでいるに違いない。

 昼を過ぎたあたりでカリオンが前方に腕を伸ばした。


「見えるか? あの煙の筋が上がっている場所がギジェだ」

「だいぶあるようですが、夕暮れ前には着くんでしょうか?」

「だいじょうぶだ。日のある内には到着するぞ。今夜は久しぶりにベッドで寝られる」


 大きな丘を真っ二つに割ったような溝が見える。垂直の崖のところどころから煙がいく筋も上がっているから、工房都市ギジェは丘を掘り抜いて作ってあるんだろう。あの溝が工房都市のメインストリートになるんだろうな。

 ベッドで寝られるのもありがたいところだ。陸上艦はベッドではなくハンモックを使っている。

 確かに揺れには強いし、場所を取ることもない。だけど、なんとなく熟睡できないんだよなぁ。慣れればそうでもないんだろうけどね。


 陸上艦が高さ50mはありそうな石壁で囲まれた工房都市の門をくぐったのは、日暮れ前のことだった。

 カリオンの話では門の扉は常時開けてあるそうだ。海賊や危険な獣が近づいた時に閉めるらしい。


 門も鉄で補強された頑丈なものだ。これなら陸上艦が体当たりしても壊れないんじゃないかな?

 数百mほどの広場を横切ると、横幅200m以上ありそうな岸壁が2km以上続いている。

 地上から20mほどの位置に段差があるのは桟橋ということになるんだろうか?

 俺達の乗った陸上艦は、桟橋の左手の一角に横付けされる。大きな船がゆっくりと桟橋に横付けされる光景を船首で眺めていたら、後ろから声を掛けられた。


「荷物があるなら今の内に部屋から運んで来い。ここで待っていれば、宿の手配が済み次第教えてくれる」


 アレクが腰を上げながら教えてくれたけど、俺の荷物は小さなバッグ1つだからね。銀貨が入った袋が腰のバッグに入っているから、それで十分だろう。この町で身支度を整えることを考えた方が良さそうだ。


 甲板でしばらく周囲を眺めていると、アレク達がトランクのようなバッグを持って集まってきた。

 部屋の棚に置いてあったものだな。個人の荷物はあのトランクに入るだけということなんだろう。


「銀貨5枚で購入できる。1つ購入しとくんだな。それと、これもだ」


 アレクがトランクを広げて教えてくれたのは、皮製の大きな袋だ。薄手の袋のようでくるくると隅に丸めてあったのだが、説明を聞くと魔道具と呼ばれる収納袋らしい。


「トランク3つ分ほどの容量があるんだ。俺達のトランクが小さいのはこれのおかげだ。銀貨10枚ほどだが、両方とも雑貨屋で購入できるだろう」


 片手で楽に持ってきたトランクにはそんな秘密があったようだ。とはいえトランクの中に酒のボトルが2本入っているのにも驚いたけどね。


「教えて頂きありがとうございます。その他に、用意しといたほうが良いものはありますか?」

「もう1つ水筒を買っておいた方がいいだろう。万が一の時もあるからな。魔石付の水筒なら1年経っても中の水は飲めるぞ」


 非常用ということなんだろう。非常食のビスケットと合わせて用意しておくか。

 パタパタとネコ族のお姉さんが靴音を立てて俺達のところにやってきた。


「アレクさんのところは5人にゃ? 左3番通りのエンドルホテルにゃ」


 アレクに3枚のコインのようなものを渡して去って行った。意外と忙しそうだな。


「俺達はこれだな。リオとカリオンはこれになる」


 渡されたコインはホテルの名称と部屋番号が書かれている。ひっくり返しながら見ているとサンドラ笑い顔で話を始めた。


「そのコインと腕のブレスレットをカウンターに見せれば部屋に案内してくれるわ。チップはこれを使いなさい」


 サンドラが、額面に10と刻印されている銅貨を数枚分けてくれた。

 通貨の単位はデルと呼ばれているんだけど、一般には銀貨、銅貨と言われることが多い。

 一番小さな穴の開いている銅貨が1デルで、穴が空いて無ければ10デル。

 銀貨は2種類で大きさが異なる。小さい方が100デルで大きいのは250デルになる。金貨は1種類だけだが額面の数字は1万デルだ。

 まだ物価が理解できないところがあるけど、俺の貰った報酬はかなりの高給であるらしい。


 それにしても、チップが必要な世界ということか。

 注意しとかないと騎士団の質が問われかねない。早めに小銭を集めておいた方が良さそうだな。


「さて、出かけるぞ。夕食時には、どれぐらい休めるかが分かるだろう」


 ホテルの場所が分からないから、アレクの後について陸上艦を下りる。桟橋と船の間にはタラップが掛けられていた。大型の自走車がすぐ横に留まっていたから、移動式のタラップということになるのだろう。

 少し桟橋の方が高いから、もっと大きな陸上艦の利便性を考えているのかもしれない。


 石畳を敷き詰めたような桟橋に下りて、アレク達の後に続いて歩く。

 桟橋の横幅は30mほどありそうだ。正面には岩壁がまっすぐにそそり立っている。壁にいくつもの窓やテラスがあるから、町一つがこの岩の中に作られているのがよくわかる。

 100mほどの間隔で入口があるが、どの入り口にも屈強なトラ族の男が2人、槍を携えて立っていた。警備員なんだろうけど、物々しいな。


「ギジェは、相手が海賊でも入港を拒まないわ。町で騒ぎを起こさない限りね」


 サンドラがおどおどしている俺を見て教えてくれたんだけど、それもすごい話だ。

 治安維持をどんな形で行っているのかと、首をかしげてしまう。


「ヴィオラ騎士団の騎士5人だ」

「確認します……。どうぞ中へ」


 先頭を歩いていたアレクの言に、腕のブレスレットで身分を確認したところで通してくれた。

 海賊もこんな感じで中に入るんだろうか?

 盗賊ギルドで身分が保証されているとは聞いたんだけど、海賊も職業の一つとは思わなかったな。


 岩屋の中は、通路の角毎に行き先の表示板がある。これなら俺にでも目的地にたどり付けそうだ。

 ホテルのある左3番通りとは、入口から奥に進んで3つ目の十字路を左に進んだ通りらしい。

 十字路を左に進むと途端に通りがにぎやかになる。色とりどりのランプに店の看板が照らされているけど、ランプにしては嫌に明るく感じるな。定期的に左右に立っている街燈の明かりがあまり目立たない。客寄せとはいえ少しやり過ぎなんじゃないかな。


「ここだ。入るぞ!」


 アレクが振り返って教えてくれた。皆が知ってるはずだから、たぶん俺に言ったんだろう。

 木製の両扉は、少し古びて風情がある。扉の上には石壁に直接店の名前が彫られていた。近くの街燈に照らされているから分かるようなもので、他のお店のように看板を派手に表示していないのも宿の品位を感じるところだ。

 アレク達に続いて中に入ると、広いエントランスになっている。数人が座れるソファーが3つほど置いてあるから、ちょっとした待ち合わせには使えそうだ。


「ヴィオラ騎士団の者だ」

「はい、連絡を受けております。部屋は3階になりますね。これが鍵です」


 カウンターのネコ族のお姉さんにアレクがコインを渡している。俺とカリオンもコインを渡して部屋の鍵を受け取った。


「食事は1階の大食堂が予約されています。部屋に荷物を置いて集まるようにとのことでした」


 カウンターのお姉さんの言葉に頷くと、歩き出したアレクの後ろをあわてて追いかける。この宿の構造も良く分からないから、アレクの後ろを歩いていけば問題ないだろう。

 階段を上って3階の通路に出ると左右に部屋番号が書かれた矢印があった。


「リオは左側だな。部屋を確認したら下りてこい。1階の食堂に集合だ」


 左手には俺とカリオンが向かう。こっちがシングルになるのかな? 少し歩いたところで鍵の札に付けられた番号と同じ扉を見つけた。

 カリオンはさらに先になるようだ。軽く手を振って扉の鍵を開けて中に入る。


 木のベッドが1つに、窓際のテーブルにはランプが1つあるだけだ。窓に歩み寄って、窓の外を眺める。

 すぐ下に桟橋が見える。俺達のヴィオラに大勢の人間が乗り込んでいるのは陸上艦の整備を行う連中なんだろう。

 定期的に工房都市を訪れているのは物資の補給だけではないらしい。遠くの方にも陸上艦が停泊しているようだ。ギジェの利用者はかなり多いということになるのだろう。

 ベッドに腰を下ろすと少し硬めだが、寝心地は良さそうだ。

 部屋の様子が分かったところで、1階の食堂に向かう。

 

 カウンターのお姉さんに食堂の場所を教えて貰って、カウンターの近くにある奥に続く通路を進んでいった。

 突き当りの扉の前に、ドアマンが立っている。

 どうやら食堂は貸し切りみたいだな。ヴィオラ騎士団のブレスレットを見せると、軽く頭を下げて扉を開けてくれた。

 

 大きなテーブルの上に乗せられたランプに様な明かりで広間がぼんやりした明かりに包まれている。

 あまり俺には関係なさそうな光景なんだが、上流階級の連中はこんな場所で食事をするのかもしれないな。


 場外れな光景を見ていたら、俺に手を振っている男性に気が付いた。

 たぶんアレク達に違いない。早々に来ていたみたいだ。


 10人ほど座れるテーブルセットに腰を下ろすと、食堂のお姉さんが夕食を運んでくれる。陸上艦のいつもの食事と違って新鮮な野菜のサラダまでついている。


「まずは食事だ。その後で団長の状況説明がある」


 となれば、早めに食べないとね。アレク達はもうすぐ食事が終わりそうな雰囲気だ。

 むさぼるように食事をするのも問題なんだろうけど、美味しい食事は時間をかけたいところでもある。

 何とか早く食べ終えると、食器を下げにやってきたお姉さんがワインの入ったグラスを置いてくれた。

 アレク達は、すでに2杯目のワインを飲んでいるようだ。


「静かに! ヴィオラ騎士団員に連絡する。出発は2日後の午後を予定している。15時の鐘が過ぎてから1時間後に出発する。

 時間に遅れた場合は自動的に騎士団員の資格を失うから注意するように。次の航海は15日を予定している。今度は真っ直ぐに王都に向かうから纏まった休日を過ごせるはずだ。

 最後に新たなヴィオラ騎士団の騎士を紹介する。リオ、立ってくれ……。彼がリオだ。小型の戦機を駆る騎士と覚えておいてくれ」


 とりあえず、席を立って皆にぺこぺこと頭を下げる。

 拍手で迎えてくれたのは礼儀なんだろうが、自己紹介はしないで済んで良かった。

 ドミニク団長の一方的な連絡が終わると解散になる。今夜はベッドで足を延ばして眠れそうだ。


 翌日は、1階の食堂でサンドイッチの朝食を終えると、トランクを買いに行くことにした。工房都市の中では騎士の武装が許されているから、リボルバーだけをベルトにホルスターを着けておく。さすがに背中に剣を背負って歩くのも考えてしまう。


 カウンターのお姉さんに雑貨屋を教えてもらうと、お姉さんに軽く手を振って宿を出る。

 雑貨屋は、通りを1つ戻った十字路の左側にあるらしい。

 朝が早いせいなのか、通りのは人通りが少ない。

 岩盤をくりぬいて作ったような町だから、日中でも街燈が点いている。さすがに酒場と思われる店の看板を照らすランプは消してあったが、目が慣れたせいなんだろうか、昨日よりも遠くまで見通せる感じがする。


 やがて前方に教えられた通りの看板が見えてきた。ハート型の盾の中に丸と三角なんて、教えてもらわなければ雑貨屋とは思われないんじゃないかな?

 看板を照らすランプに明かりが入っているから、朝早くから開いているということになる。

 片開きの扉を開けて、「おはようございます」と言いながら店に入った。

 

「おはようにゃ。何を買うにゃ?」


 慣れた口調でカウンターのお姉さんが話かけてくる。このお店もネコ族が運営しているみたいだ。サービス業へのネコ族の進出は驚く限りだ。


「実は、トランクと魔法の袋を探してるんだけど……」


 カウンターに近寄ってお姉さんに話すと、すぐにトランクの置いてある場所に連れて行ってくれた。


「騎士なら、これぐらいの大きさになるにゃ。それにセットする魔法の袋はこれになるにゃ」


 勧められるままに買い込んでしまうのが情けない。それでも、綿の上下と下着を追加したら、ベルトを1本サービスしてくれた。

 とはいえ、このトランク……、外側が赤い革製なんだよなぁ。しかも肉球がペタペタと歩いた後のように染め抜かれていた。

 デザインなんだろうけど、案外売れ残りじゃないのか?


「外にもあるかにゃ?」

「ワインとタバコぐらいかな? そうだ。水筒と携帯食料があれば追加してくれないか」


 さらに品物が増えたけど、必需品であれば仕方がない。それにしても、雑貨屋で全て揃えられるとは思わなかったな。

 ワイン2ダースが銀貨8枚を超えるとは思わなかったが、とりあえずアレク達に教えてもらった代物は全て揃えた感じだ。


 トランクの下には小さな車輪が付いていたから、ガラガラと石畳の通りを押しながら帰ってきたが、ハンドルを付ければ動かしやすいと思うのは俺だけなんだろうか?

 魔法の袋に入れた分については、重さを感じないんだけどね。

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] ヴィオラ騎士団かっこいいです。 世界観に没入できました、まるで深夜アニメを見ているような感じでした。
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