M-039 レイドラの宣託
工房都市ギジェ近郊を通過して、すでに2日。
俺の日課は朝夕の周辺監視が任務になった。周囲200km近い地域を一回りしてドミニク達に報告したところで、操船楼の後部デッキでたむろしているアレクに再度報告する。
「そうか。北東を先行している陸上艦は、他の騎士団だろう。この街道を利用しているなら隣国の所属騎士団であっても問題はあるまい」
「本当に北東に50ケム(75km)付近にまで偵察をしたんですか? 戦機の稼働時間と速度では不可能に思えます」
俺の報告を聞いたベラスコがアレクに問いかける。そう思うのも間違いではない。戦機を使うなら周辺10kmにも満たないだろう。
「それができるところに俺達の強みがある。昔は全員で周囲を見ていたからな。
今では偵察部門の連中以外は、あまり周辺監視をしないで良くなってきたことも確かだ。とはいえ、ラゼール川を渡れば厳戒態勢だ。リオ、地中に隠れる魔獣もいるんだからな!」
アレク達はワインだが、俺とベラスコはマグカップでコーヒーだ。数日前まで後方を走っていたガリナムは俺達の右舷側に位置を変えている。1ケム(1.5km)ほど離れているから小さく船体が見えるだけだ。
「2日程でラゼール川に到達する。明日からは革の上下にするんだぞ。いつ狩りが始まるかわからないからな。ベラスコの武器はどうなってる?」
「長剣と拳銃を持ってきました。革の上下革を配布していただきましたから、いつでも対応できます」
長剣を使えるのは羨ましいな。俺のは少し短いから、銃を使って皆の後ろで援護をすることに徹しよう。
アレクが今までの狩りの様子を話すのを、ベラスコが目を輝かせながら聞いている。
早く狩りをしたいのかもしれないが、街道沿いの獲物は早々あるものではない。
やはり、ラゼール川の緑地帯付近が最初の狩りになるんじゃないかな。そうなると、明日の昼には、今航海の最初の狩りが始まりそうだ。
夕暮れ時の偵察では、北方に灌木の林が点在していた。明日の朝には緑地帯となるんだろう。
偵察を終えてヴィオラに戻ったところで今日の仕事は終了だ。
「明日からが本番だ。フレイヤ達も気を付けた方がいいぞ」
「すでに厳戒態勢よ。川に近づいたもの」
まだ自走車を出してはいないらしい。巡航速度で一路北上して緑地帯に沿って浅瀬を目指すということだ。
フレイヤ達偵察部門の詰め所は操船部門の真上だから、相互に連絡を取り合っているんだろうな。
「今回は北の浅瀬を目指すらしいわ」
「西の王国が動いてると?」
「陸港でそんな話を聞いたらしいわよ」
前回は敵対する機動艦隊が西の浅瀬に展開していたから、無用な争いを避けるためなんだろう。
明日の仕事に備えて部屋の明かりを消すと、フレイヤを抱き寄せる。
翌日の先行偵察では、ラゼール川の対岸にまで足を延ばすことになった。少し広範囲だが、浅瀬を渡るならそれぐらいの用心が必要ということになる。
いつも渡る浅瀬の上流60km付近に同じぐらいの規模の浅瀬を見付けたから、これを渡ることになるんだろう。
浅瀬の周囲を入念に探索すると、小型の魔獣の群れがいくつか発見できた。角を持たないトリケラタイプだからデールと呼ばれる魔獣なんだろう。
『群れが小さいですね。すでに騎士団が狩ったということでしょうか?』
「対岸に轍があったね。それほど前じゃないのかもしれない。となれば、俺達の北東を先行していた騎士団かもしれないな」
ある意味、ラッキーということかもしれない。浅瀬の上流下流とも深さは10mもないから大型の水生魔獣に襲われることもなさそうだ。
深夜に方向を変えて東に向かう。騎士団の陸上艦が渡河した後なら、リスクがかなり減るとドミニク達も判断したようだ。
翌日は早朝の先行偵察を終えた後に朝食を食べて再度の調査に向かう。調査というよりは万が一に備えるためだろう。数kmほどの小さな周回を行いながらヴィオラとガリナムの渡河を援護する。
相変わらず周辺には小型の魔獣が数頭の群れを作っているだけのようだ。危険はなさそうだな。
ガリナムが先行渡河して様子を見守る中、悠然とヴィオラが渡河してく。渡河を終えると、緑地帯を最短で抜けるべく北を目指して動き出した。
ヴィオラの前方100kmほどを確認したところで帰還する。
いつものようにドミニクに状況報告を行なったところ、夕刻の偵察についてのコースを指定された。
「このコースでお願いしたいわ。やはり星の海が狙い目ね」
「かなり北に向かいますが?」
「ガリナムもいるし、貴方もいるわ」
俺に顔を向けると笑顔を向けてウインクをしてくれた。とりあえず頷いておいた方がいいのかな。
会議室を出ると、直ぐに後部デッキに向かいアレクに状況を伝える。
ちょっと驚いているが、ある程度は予想していたのかもしれない。
「前回の続きということなんだろう。確かに獲物は豊富だ」
「でも、コースが気になるわね。それだと星の海の南東付近ではなく、北に向かうことになるわ」
「危険なんですか?」
ベラスコがアレク達に聞いている。
「ああ、危険だな。大型魔獣がわんさか出るぞ。12騎士団でさえあまり近づかんところだ」
それも気になるところだ。単に獲物を狙うなら星の海の北に向かうことはないだろう。東や南側で十分に稼げるはずだ。
ひょっとしてドミニク達が狙うのは特殊な魔獣なのかもしれない。あまり知られていない魔獣はたくさんいるそうだ。雑貨屋で購入した本にもそんなことが書かれていた。
「一応、臨戦態勢で待機しているが、この先は罠を仕掛ける暇もないかもしれん。その時は……」
アレクがテーブルで基本的は配置をベラスコに教え始めた。
頷きながらちゃんと聞いているのは、早くそんな事態が訪れることを心待ちにしている感じに思える。できればそんなことが起こらないようにしてほしいところだ。
その夜、フレイヤがレイドラを連れて部屋にやって来た。
椅子が足りないからデッキから折り畳みの椅子を持ち込む。フレイヤがコーヒーをテーブルに並べたところで来訪の目的を聞いてみた。
「リオは竜神族という種族を知っている?」
「本で読んだことがあるよ。古の王国の血を引く種族ということだが、今では小さな集落を作っているだけだと書かれていた」
「確か占いが得意と聞いたことがあるわ。王都にも竜神族の占い師が何人かいるらしいけど」
「半分以上が偽物でしょうね。それに我等種族の占いは可能性の数値化です」
選択時にどちらを取るべきかが数値化されるのか? どういう頭をしてるんだろう?
「数日後にリオが見るものを幻とは思わないでください。それを伝えに来ました」
それだけ俺達に伝えると、コーヒーのお礼を言って部屋を出て行った。
フレイヤと顔を見合わせて互いに首を振る。
一体何のことか、理解すらできない。
ベッドに入ってもレイドラの言葉が頭に残る。すでにフレイヤは夢の中だ。
俺だけ目が冴えた状態で起きているんだが……。
『未来を数値化するというのは理解ができません』
「たぶん根は単純かもしれないよ。状況を分析して過去の事例としてどちらの選択が良かったのかが分かるのかもしれない」
『そうでしょうか? この世界は魔道科学が発達しています。魔法の種類がどれほどあるのかはわかりませんが、場合によっては時間を操れるのかもしれませんよ』
操れるというより、未来を覗けるということなんだろうか?
それも凄い話だけど、それって魔法なのか。超能力の一種に思えるけど。
ラゼール川を渡河して、ひたすら北に数日進んだところで、進路を北西に変えた。
さすがは砂の海だけあって、あちこちに魔獣の群れがいるんだが、狩れそうな魔獣でもドミニクは狩りをする様子を見せない。
何を探しているのだろう? やはりまだ見ぬ魔獣なのかもしれないな。
そんなある日のことだ。珍しく日中の探索をドミニクに仰せつかった。その上、北西に150カム(約230km)だ。
そういえば、レイドラが気になることを言ってたな。「見たものは幻ではない」とはどういうことなんだろう?
アリスに乗って前方10kmほどまでは地上を滑走して、そこからは地上20mほどのところを滑走していく。
地上を滑走すると砂塵が舞い上がる。この地では見つかるということ自体が危険に直結する。
「これがレイドラの占いと関係するのかな?」
『「見たものは幻ではない……」意味深な言葉ですが、そうなると幻は何を見せてくれるのでしょう?』
魔獣、野獣それとも建物なのか? いやいや単にきれいな風景ということもあり得るな。
幻というからには蜃気楼の一種なのかもしれない。ということは、やはり遠くの景色を見せてくれるということになるのだろうか。
200km近く進んだところで、高度を一気に上げて周辺の光景をアリスが確認している。周囲の地形図を作るつもりなんだろう。
さらに北西に進み、予定の距離を探査し終える。
そろそろ引き返そうとした時だ。
前方の尾根の谷間に、キラリと何かが光ったことに気が付いた。
何だろう? と近付いてみる。
尾根の谷間にあったのは、何かの目的で作られた金属製の円柱のようだ。
「どう見ても円柱だな」
『材質は青銅ですね。かなり古いものですが腐食した痕跡がありません』
古代王国の遺跡なんだろうか? だけど周囲には何も無い。直径5mほどの円柱なんだが高さが1mほどだから遠くから見たんではなんだかわからないな。砂の中に埋まっているようだが、掘り出すほどの価値はあるんだろうか?
『向こうにも1個埋まってます。私達が少し高度を取っていたから、この円柱の頭に日光が反射したのでしょう』
尾根の谷間の横幅は150m程だ。谷間の入り口から500m程のところに尾根入り口を示すように2本の円柱がある。
近づいて円柱を調べてみる。
天辺の平たい部分に、何やら文字が書かれているけど、これってこの世界の文字なのか? 本の文字とはまるで異なるぞ。
外に出て、アリスの手の上でその不思議な文字を眺める。
『イデル・デノア・ラクトス……』
「イデル・デノア・ラクトス! ってなんだ?」
思わず声を上げてアリスの告げた言葉を発した時だ。地鳴りを伴って青銅の円柱が大地からせり出してきた。