M-038 ガリナム傭兵団
陸港のちょっと大きな宿の広間を使って、出発のセレモニーが始まった。
新たに数人の騎士団員が増えたのは納得できる話なんだが、何と傭兵団を期間限定とはいえ同盟関係を結んだらしい。
軍の払い下げの駆逐艦を改造したらしいが、艦砲が多ければ助かることもあるだろう。それに足回りを強化することでヴィオラよりも巡航速度が高いそうだ。
さらに武装は魔撃槍を2連装砲塔にしたものを3基も甲板に並べている。その他に前装式の大砲を第二甲板に数門ずつ並べているんだから、かなりの強武装駆逐艦になっている。
「とんでもない傭兵団ね。あれなら単独行動しても小型の魔獣なら狩れそうだわ」
「ドミニク団長の友人らしいわよ。でも、そうなると魔獣狩りを頑張らないと赤字になってしまいそうね」
フレイヤがそんなことを言って笑ってるけど、実際のところはどうなんだろう?
戦機が1機増えているし、僚艦はあの武装だ。少しは狩りがスムーズに運ぶんじゃないかな。
それに、海賊や私掠船の脅威も少しは減らせるだろう。それがドミニク達の狙いかもしれない。どうにか修理を終えたけど、故障でもしたら砂の海ではどうしようもない。僚艦がいるだけで、かなり安心を得られることも確かだろう。
「フレイヤの方は傭兵団の監視部門と連携するんだろう?」
「あの傭兵団はガリナムという名なんだけど、団長は女性なの。確か、クリスチーナと言ってたわよ。連携の打ち合わせは30分後からだわ。少しは負荷が減るといいんだけど」
セレモニーが終わると、フレイヤと別れて先にヴィオラに向かう。
出発は3時間後らしいから、フレイヤ達の打ち合わせも基本事項の確認ということになるんだろう。ある程度はドミニクの副官であるレイドラが詰めているはずだ。
船尾にある自室に着くと、お湯を沸かしてポットに入れておく。火の魔石と魔方陣の働きで数日は沸かした状態で保てる便利な品だ。
たまにはコーヒーの豆を挽いて飲むのもいいけど、いつもなら粉を溶いて作る方が手軽だからね。
陸港で買い込んだマイカップにコーヒーを作ると、たっぷりと砂糖を溶かして頂く。コーヒーの甘さが体に染み入るな。
デッキに出て陸港を眺めると、大勢の魔導士や技師達が陸上艦を囲んで最終チェックをしているのが見える。
アリスが魔道機関で動いていると言っていたが、魔道機関の扱いにかなり無理があるのかもしれないな。
一服を終えたところで部屋に戻り、店で買い込んだ本を取り出した。王国間の争いを記録したものらしいが、これもこんな本が無いか? と店に聞いたら店主が持ち出してきた本だから、この世界の本屋は本をたくさん売ろうとする意志は無いのかもしれない。
過去に存在した一大帝国が他の大陸の帝国と交戦したのが、この本の初めのようだ。魔道大戦と今では呼ばれているようだが、およそ5千年も昔の話らしい。
かなり長い空白期間があったようだが、何も無かったとは思えないな。千数百年前に2つの王国が興り、それが分裂して6つの王国ができたのが千年前。現在の9つの王国になったのは、ほんの数百年前らしい。
最初の2つの王国の血筋を引いた王国はすでになく。ウエリントンを含む6つの王国は、その名残りを少しは残しているらしい。
ヴィオラ騎士団の所属するウエリントン王国は1千年の歴史を持っているということになる。
問題は、新興国なんだろうな。
ウエリントン王国より西に位置する、ガルトス王国やウエルバン王国は好戦的だと書かれているが、著者がウエリントン王国の民だから、少しは割り引いて読む必要もありそうだ。
のんびりと読書をしていると、ドラの音が何度か聞こえてきた。
出港の30分前の合図だから、フレイヤ達も陸港から乗船してくるだろう。もっとも、俺達のような暇な部署じゃないから、真っ直ぐ持ち場であるブリッジの最上階に向かうのかもしれない。
やがてゆっくりとヴィオラが桟橋を離れていく。
微速前進という感じだから、人が歩くほどの速度だが、陸港を出れば少しは速度を増すはずだ。
することが無いなら、眠るのが一番。
窓にカーテンを引いて、ベッドにもぐりこむ。夕食前には目を覚ますだろう。
眠りから覚めたのは、16時前だった。
数時間は寝ていた感じだが、カーテンを開けて窓から見える風景は、まだ王都の石作りの家々が点在している。さすがに密集はしていないが農場地帯にまでは到達していなかったみたいだな。
ワインをカップに注いでデッキに出てみると、直ぐ後方にガリナム傭兵団の駆逐艦があった。
俺達のヴィオラと違って、船首は鋭角で鉄骨を使っている。あれで突入すれば、装甲艦でもなければ舷側を破壊されてしまうだろう。
軍の機動艦隊同士が戦うときには、そんな使われ方があるのかもしれない。
とはいえ威圧感が半端じゃない。じっと見てると少しずつ近づいてくるようにも見えてくる。 早めに中に入った方が良さそうだ。
フレイヤが部屋に帰ってきたところで、夕食を取りに2人で甲板に向かう。甲板を見渡したけどアレク達はいなかったから、すでに食事を済ませたのだろう。
右舷の擁壁に背中を預けて、夕日を眺めながら食事をする。
「北の石壁を抜けるのは明日の早朝になりそうよ。ヴィオラの魔道機関を強化したらしいけど、それほど速度は変らないらしいわ」
「後ろのガリナムと少しは合わせたいところだけどね」
速さが売りの駆逐艦だからねぇ。ヴィオラの前身が試作巡洋艦であっても、速さの違いは歴然としているだろう。ヴィオラは長期活動を重視しているはずだし、駆逐艦はそれほど長い活動を意図していないはずだ。
だが、そうなるとガリナムの補給はどうするんだろう? 消耗品をたっぷりと搭載したのなら、かなり窮屈な艦内生活をしているのかもしれない。
「それで、フレイヤ達はどんな連携になるの?」
「工房都市を過ぎたところで1KSt(1.5km)の距離を保って並走よ。互いに方舷方向の監視を薄くできるし、自走車の偵察範囲を少し削減できるわ」
ガリナムには自走車まで搭載してあるようだ。ということは小さいながらもカーゴ区域を持っているということなんだろう。
いくら魔道科学で空間を広げることができるといっても2倍にすることはできない。あの船体ならば、2台ぐらいなんだろうな。それでも偵察範囲を広げることはできる。
フレイヤが範囲を削減できると言ったのは、ヴィオラの偵察車に限ってのことだろう。
「食事を終えたら、4階の後部デッキに行ってくるよ。騎士が1人増えたからアレクも作戦を変えるかもしれないし」
「兄さんは意外と頑固なのよ。変化するとは思えないけど」
妹さんからは酷評されているアレクだけど、俺にはそうは思えない。いつも俺達を気にしているような気もする。
夕食に付いていたカップに半分ほどのワインを飲んだところで、フレイヤと別れてブリッジの4階に向かった。
デッキに出ると、後ろを走るガリナムを見ながらカップを傾けている連中が目に入る。空いているベンチに腰を下ろすと、サンドラがカップを渡してくれた。
いつもはカリオンだけのベンチに見慣れない若者が座っていた。
「遅かったな。ギジェを通り過ぎたらここで待機だ。こいつが新たなヴィオラの騎士、ベラスコだ。俺の戦機を使うことになるが、動きはまあまあだから、カリオンが指導していけば問題ない。
ベラスコ。こいつがリオだ。リオの戦機は小型だから俺達とは行動を共にできないが、結構役に立つ」
ベラスコと呼ばれた青年がベンチから腰を上げると俺の前にやって来た。
ご挨拶ということなんだろう。俺も立ち上がって互いに手を握り合う。背中を任せることになる騎士の1人ということだから、長く友人でいたいところだ。
とはいえ、まだ少年に見えなくもないほどの童顔だ。
歳を聞いたら17歳というから俺より1つ年下になるんだろうか? なんとなく弟ができた感じがしたから、思わず笑みが浮かんでしまった。
「さて、リオがきたから、もう一度狩りの手順をおさらいするぞ。基本は待ち伏せだ。リオが囮となって魔獣を連れてきたところを、罠で足止めしてヴィオラの砲撃でし止める。
全て狩れるものでもないし、ヴィオラの舷側砲は前装式だ。次弾発射までは時間が掛かる。それを俺達で何とかする」
目を瞑って聞くなら、高名な作戦家の話として聞いていられるのだが、そんな話を小さなテーブルの上にワインのビンやグラスを並べて説明するから、酔っ払いの迷言に聞こえてしまう。
「リオさんは、それで魔獣に捕まらないんですか?」
「小型だが、機動力は他の戦機に抜きんでているからな。炸裂弾を撃ちながら誘ってくれるから狩りが楽になった」
「魔撃槍は使わないんですか!」
炸裂弾と聞いてベラスコが驚いている。戦機は魔撃槍と考えていたんだろうが、固定観念を若い内から持つのは問題なんじゃないかな?
「魔撃槍なら3発だけど、銃なら4発撃てるからね。なるべく大きく炎が上がるように炸裂弾を工夫してあるんだ」
「罠の手前で素早く左右どちらかに移動すれば、後は俺達の仕事になる。大きく迂回してベラスコの補助に回る時には狩りは終わっているはずだ」
それでも、前回はカリオンが跳ね飛ばされていた。ヴィオラの艦砲も増えたし、ガリナムもいるから少しは効率的な狩ができるかもしれない。
王都の北の長城を過ぎたところでアリスを具現化する。
カーゴ区域の一番奥まったところにアリスを置いてあるから、アリスを見るものは限られている。
長城を過ぎて3日目の夜にギジェを通り過ぎる。物資は王都の陸港でたっぷりと搭載しているから、寄らずに来たに向かうらしい。