M-037 休暇が終わってほっとした
「これが噂に聞くワインか……」
アレクにワインを1本進呈すると、ラベルを目を見開いて見ている。
サンドラ達もアレクの様子に傍に寄ってラベルを見ているんだけど、確かに美味しかったことは確かだ。
残った2本については、ドミニクに1本を渡せばいいだろう。最後の1本はフレイヤとゆっくり味わえばいい。
「王都の酒屋に持って行けば、普段飲んでるワイン100本と交換してくれるんじゃないかしら?」
「貴重品なんでしょう? 意外と美味しくなかったりして」
サンドラやシレインはあまり興味がないみたいだ。それでも、ワイン100本の価値があるんだとしたら交換するのも考えてしまうな。
娘さんが俺達に夕食の準備ができたことを伝えてくれた。
魚嫌いのアレクのためなのか、あまり魚料理が出ないんだよな。それでも今日はアレク以外には魚の塩焼きが1皿追加されている。
食事を終えたところで、アレクが問題のワインのボトルを開けて皆のグラスに注ぐ。
「次にいつ飲めるか分からないから、ここで飲んでしまおう。市場に出るのは年に100本ということだからな」
グラスの香りをゆっくりと楽しんで口に含む。
皆の顔に笑みが浮かぶのは仕方のないことだろう。やはり美味いものは美味いのだ。
「残り2本があるんでしょう?」
「ドミニクに1本を渡して、残りはフレイヤと楽しみます」
サンドラが残念そうな表情で俺達を睨んでるけど、それぐらいは役得として認めてほしいなぁ。
「ははは……。だがマクシミリアン家とリオにパイプができたと考えれば、これが最後になるとも思えんな。俺達の都合が付く限り協力してやれば、向こうも無下に扱えないだろう」
サンドラにアレクが話しているけど、貴族とのパイプなんて必要ないように思えるんだけどね。
とはいえアレク達を見てると、俺をダシにしてマクシミリアンワインを手に入れようという魂胆が見え見えだ。
「とりあえずは、俺達が戻った時にドミニクに報告しておく。貴族達はそれなりに忙しいと聞いたことがあるから、これ以上俺達に何かをするとも考えられないが、判断に迷うことがあるならヴィオラに連絡を入れることだ」
「そうします。というより、俺達も一緒に戻った方がいいように思うんですが?」
「それは、それだ。ここでのんびりしてるんだな。それにあまり早く引き上げるとクロネル部長ががっかりしそうだからな」
それも問題があるように思えるんだけどねぇ。アレク達の釣果次第でヴィオラのオカズができると知った時には驚いたからな。
だけど、ネコ族の連中が喜んでくれるなら、頑張ってやろうと思ってしまう。いつも元気な姿を俺達に見せてくれるんだから。
3日後に、アレク達は魚の入った木箱と共にヴィオラに帰って行った。
残ったのは俺達2人に、漁村からやって来た2人のお姉さん達だ。今夜から頑張って魚を釣らねばなるまい。
「リオさんは魚を捌くことができるんですか?」
「生憎と、釣ることと食べることしかできないんだよねぇ」
「なら、私達が手伝ってあげますよ」
漁村だから、親の手伝いを小さなころからやってるに違いない。2人のお姉さんに深々と頭を下げてお願いすることにした。
その夜は、まだ日のある内に夕食を食べて1階のデッキで夜釣をすることになった。
潮の満ち引きと魚の活性が関係あるのはアレクが教えてくれた。
それが何時になるのか最初は分からなかったんだけど、リビングにある振り子時計の文字盤に潮の満ち引きを現す文字盤が組み込まれているのを、お手伝いにやって来たお姉さんが教えてくれた。
定期的に合わせる必要があるようだけど、1カ月程度なら十分に活用できるらしい。ある意味、カラクリ時計の一種とみるべきなんだろうな。
ドワーフ族の連中は器用な人が多いらしいから、こんなカラクリは簡単なんだろう。
1日2回の釣り時に合わせて竿を下ろして、ひたすら魚を釣ったけど、これってある意味仕事ってことにならないか?
なんだか休暇を過ごしている気がしないんだけど、フレイヤはお手伝いの娘さんと一緒に釣果を競って楽しんでいるようだ。
中々趣味の世界は奥が深い。ちょっと釣りが得意ぐらいでは、アレクの境地には程遠いんだろうな。
そんな日々が続いてアレクが帰ってから3日目に、ネコ族の若者が魚を引き取りにやって来た。
ちょと少ない気がするんだけど、ネコ族の若者は嬉しそうに木箱を偵察車に積んで帰って行った。
さすがに、10日以上も魚を釣る日が続くといい加減に飽きてくる。
そしてついに休暇の終わりに俺達を迎えに来てくれたのはシレインだった。
「どう? 2人で過ごせて良かったんじゃない」
「その辺りはご想像にお任せしますけど、これで魚を釣らずに済むと思えるのが一番嬉しいです」
俺の話にフレイヤも頷いているから、きっと同じ思いに違いない。
潮の時間が少しずつ遅くなってくるから、ほとんど深夜の釣りもあったんだ。睡眠時間が不規則になってしまったから疲れが残っているのも問題だ。
荷物を纏めて帰り支度をしていると、シレインがフレイヤを手招きしている。何か内緒話をしているようだったけど、最後にえっ! という感じでシレインの顔を眺めている。
フレイヤに笑顔でシレインが頷いたら、ちょっと悩んでいるようだったけど小さく頷いているから納得したってことかな?
女性同士の会話に割って入るのも失礼だから、後でフレイヤに聞いてみよう。
やがてトランクを偵察車に繋いだ荷車に乗せると、お姉さん達に手を振ってアレクのコテージを後にした。
一緒にやってきたもう1台の偵察車は、魚の入った木箱を積んですでに出発したようだ。
眺めの良い海辺の道をのんびりと偵察車が走る。
魔道機関によって動く4輪駆動の偵察車は2人乗りだから、俺は荷馬車で周囲を眺めながらタバコを楽しむ。
途中何度か休憩をしながら王都へ偵察車を進めたのだが、王都の陸港に着いたのは夜中になってしまった。
シレインに礼を言って、ヴィオラの俺達の部屋に向かう。
今夜は釣らなくてもいいと思うだけで、何となくほっとした感じになってしまうのは、あまりにも漁師生活が続いたためだろう。
陸港の屋台で買った串焼きサンドといつものワインが夕食だ。小さなテーブルで2人で食べるとなんとなく落ち着いた気持ちになる。
「あんな兄さんでごめんなさいね」
「でも、楽しかったのは確かだよ。だけどしばらくは釣りをしようとは思わないだろうな」
半月ほど休暇を過ごしたはずなのに、なぜか疲れが残った感じだ。
食事が終わったところで今夜は早めにベッドに入る。満潮前に起きる必要が無いだけでこんなにも安心して眠れるんだということが身に染みた休暇だった。
別荘でシレインとしていた内緒話は、お手伝いに来てくれた娘さん達に着ていた水着を送るという話だったらしい。
王都で最深流行の水着はお古でももらってうれしい物のようだ。
まだ2日程休暇があるからなのか、ヴィオラ艦内での食事は準備が整わないようだ。
陸港にはそんな連中を相手にする食堂がたくさんあるし、朝早い内から屋台まで出ている。
フレイヤと一緒にどこにしようかと陸港の桟橋を歩いていると、誰かが俺達に手を振っているのが見えた。
フレイヤが手を振り返して答えてるけど、俺達を呼んでいる感じだな。足を速めて店の外にまでテーブルを並べた店に向かう。
「なぁんだ。兄さん達だったのね!」
「なんだとは言われたくないな。せっかく2人にしてあげたんだぞ」
そうなのか? まぁ、その言葉自体に間違いはないが、それなら釣りのノルマを免除してほしかった。
とりあえず隣のテーブルから椅子を移動して、アレク達と朝食を一緒にする。
店ごとに得意な料理があるらしく、この店はスープリゾットが売りのようだ。運ばれてきたスープリゾットをスプーンで一口食べてみると、塩味がいい感じだ。
食事の後のコーヒーも俺好みだ。砂糖をスプーンで2杯入れてよくかき混ぜる。
「相変わらずの甘党ね。コーヒーにはミルクなのよ」
サンドラが飲んでいるのは紅茶だからミルクが合うと思うけど、コーヒーにはねぇ……。そんな俺達を見ているアレクは朝からワインだ。フレイヤが呆れた目をして睨んでいる。
「それで、戦鬼の方は?」
「かなりうまく使えるぞ。今は魔撃槍の照準を合わせている。少し大きくなったから、予備を持てないのが難点だな。だが、弾丸は5発だ。それに加速用の魔石リングを増設しているから威力は十分満足できる」
魔撃槍は性質の異なる魔石の反発力を利用しているような話だった。果たしてどれぐらいになったかは次の狩りで直ぐに見せてくれるだろう。
「明日には新しい騎士がやってくるわよ。リオと年代が近いんじゃないかな?」
「男性ですよね?」
フレイヤの問いに、シレインがニコリと笑みを浮かべて頷いた。
途端に、ほっとした表情を見せるフレイヤを見てアレクが噴き出す寸前の状態だ。早くワインを飲まないと大変なことになりそうだ。
どうなるかな? と見ていると無理やり飲み込んだらしい。俺達から顔を背けて咳き込んでいる。
「腕は?」
「一応騎士の資格を持っているだけだ。ヴィオラに来てから訓練することになるが、元は俺の戦機だからなぁ。調整もあまり必要はないだろう。とはいえカリオンの背中を守れなければ論外だな」
騎士であれば戦機を駆ることができる。だが、その技量は戦機に乗らせてみなければわからないということになるんだろうか?
これから戦鬼の調整だというアレク達と別れて、フレイヤと陸港のお店を見て回る。
グラスのセットとコーヒー、それに酒とタバコ……。この後は、魔石を取りに向かうのだ。嗜好品と暇をつぶすものを探すなら、今の内になる。