★ 06 リオを前例にするらしい
「リバイアサンのプライべート区画の調度類は殆どウエリントン王国の宝物庫から持ち出したものだ。おかげで宝物庫1つが空になったようだが、新たに宝物庫を作らずに済むのが何よりだな。もっとも殆どが美術家達の献上品ではあるのだが、下手に処分も出来ないような代物だ。あそこに飾るなら丁度良いと陛下も喜んでおいでだった。ナルビク王国もそれに倣おうと思う。王女から聞いた話によると、新たな陸上艦を作って、その中に自分達の部屋を作ったようだな。見せてくれぬか。その陸上艦を」
しょうがないなぁ。のんびりと内装を考えるつもりだったんだけど……。
アテナに頼んで俺達の座っているソファーの横に、仮想スクリーンを作って陸上艦の画像を表示した。
「形状はこのような形です。俺が魔法を使えないことは以前お話した通りですから、この陸上艦も魔導技術は一切使っておりません。俺1人でも動かせますが、この船は王女様達に動かして貰おうかと考えております」
「寸法が書かれているようだが、我等には分からん文字だな。長さと直径はどの程度なのだ?」
「長さは40mで直径が約8mになります。俺の身長が1.8mですから、直径は俺の役4.5倍。長さは22倍ほどになります」
「駆逐艦より小さいのか……。それに連装魔撃槍が2門では、狩を行うには心もとない気がするのだが?」
「リオも同じことを言ってましたが、これは魔撃槍ではありませんよ。アリスの持つレールガンと同じです。もっとも弾速はアリスのレールガン程上げられません。リオの話では魔撃槍と呼ばれる魔導科学で作られた大砲から発射される弾丸の数倍の速度で、このコーヒーカップほどの太さを持つ鉄棒を発射します」
その話を聞いてポカンと口を開けているんだよなぁ。アリスのレールガンの威力を見たことがあるのかな?
「速度は、地上走行時で巡航速度が時速50ケム。3時間程度なら、さらに20ケム程上げることも可能でしょう。リバイアサンのように、10m程の高さを飛行するとなれば巡航速度100ケムを軽く超えられます」
テーブルの上に灰皿があるのに気が付いたから、タバコを取り出して王子様に見せると小さく頷いてくれた。
タバコを1本取り出して火を点ける。
呆れたような顔をして陸上艦を見てるんだけど、そういえばこの世界の陸上艦は時速20ケム前後だったんだよなぁ。ちょっと過激すぎたかな?
「これを2人の王女に託すのかい?」
「はい。操縦は1人で出来るでしょうし、もう1人がレールガンを担当すれば問題ないかと……。敵対するものがあったとしても、特殊な金属で船殻を作っていますからアリスの計算では重巡の主砲が直撃しても穴が開くことはないとのことでした。もっとも、機動力がありますから、当たるようなことにはならないと思っています」
「この車輪には動力伝達シャフトが付いていないようだが?」
「空回りする車輪です。駆動方法はリバイアサンと似た方式を使っています。こちらの陸上艦の方が少し性能は高いですよ」
「確かにリバイアサンは浮かんで移動しているな。車輪は見せかけになるのか……。だが、リバイアサンの制御室は、かなり大きいぞ。この艦も大きくなると思うのだが?」
画像を変えて、コントロールルームを表示する。3D画像だからゆっくりと回転して部屋の詳細が見えるのだが。椅子が4つしかないんだよなぁ。しかもレーシングカーのような体を包み込むような構造でシートベルトは4点式だ。
「この艦は、自走車レースをするよりも高機動を得ることができます。座席から投げ出されないように体を座席に固定しての操縦になるんです。舵輪での操縦ではなく、座席のアームに付けられたジョイスティックと呼ぶ操縦装置を動かすことで操縦します。飛行機に似た操縦ということになりますね。隣の席が火器管制を行う座席になります。正面にある画面で武器を選択し、自動で攻撃するかそれとも手動で行うかを判断して攻撃します。誤発射を防止するために、いくつかの安全装置を事前に解除しない限り、トリガーを引いても砲弾が発射されることはありません」
後部座席2つは、通信と船体各部の状況監視、および動力炉の出力状況の確認用が、常にだれかが席にいなければならないということはない。船に搭載された電脳が状況監視を行ってくれる。万が一異常が生じた場合は、操縦席のスクリーンに警報が出るからね。
「榴弾砲が使えないのは問題があるのではないか? アオイは知らぬだろうが、レッドカーペットの危機がこの世界にはあるのだ。さすがに爆発しない砲弾ではレッドカーぺットに使えんだろう」
「2連装レールガンは副砲ですよ。主砲は、艦首を開いて発射します。リオからレッドカーペットの脅威について散々レクチャーされましたから、ここに搭載しました。リバイアサンの荷電粒子砲には劣りますが、拡散荷電粒子砲を搭載しております」
「あの荷電粒子砲をこの小さな陸上艦に搭載したのか! となると発射間隔は1日に数回ということになるのだろうが、とんでもない陸上艦だな」
「継続発射ということであれば、10分間隔で放てますよ。射程はおよそ3ケム、この陸上艦の3倍ほどの直径に膨らむ2千度を超える火の玉になるはずです」
「この艦1隻で、艦隊を葬れそうだな……」
「ウエリントンにリバイアサンがあるとしても、我が王国にこの艦があるなら陛下も安心できるだろう」
「さすがに問うのが憚れる話だが、此処だけの話として教えて欲しい。もしもだ。この陸上艦とリバイアサンが交戦したなら、どうなる?」
「それはありませんよ。俺とリオはこの世界でただ2人の仲間です。俺達が仲違いをしたなら、それはアリスとアテナの戦いになりかねません。この世界そのものが無くなるでしょう」
リオにも話していない俺達の切り札があるし、リオ達にもそれはあるはずだ。それを使ったなら、この恒星系そのものが次元振動で破壊されるに違いない。
どんなに考え方の相違が起ったとしても、大人しく語り合うことになるんだろうな。それでも俺達が互いの主張を譲らない時には、俺がこの世界を去れば良い。
次元振動に巻き込まれた植民船団が1つとは限らないだろう。俺達に寿命は無いからなぁ。そんな時には、この陸上艦を改造して星の海に漕ぎ出せばいい。
「なるほど……。どちらも覇を唱えることは無いということか……。それが出来る人物であればこそ、それをしないということか……。失礼した。私の問いは無かったことにして欲しい」
「すぐに忘れますよ。気にしないでください」
「ここがリビングでこちらが寝室になるようだな。兄上……」
「分かっているよ。アオイ殿、さすがに殺風景なリビングでは気の毒だ。リビングと寝室、それにサニタリーの調度は我が王国とエルトニア王国が準備しよう。王女達の感性が試されるぞ。一度連れて行ってもらって、必要な家具のリストを作るが良い。それと、エメラルダ王女の降嫁に伴い、メイドが2人付いて行ったと聞いている。その後も増えたようだが、さすがにメープル嬢と言うわけにはいかぬのが我が国の実情だ。今まで2人の傍仕えをしていたメイドを2人ずつ、我が王国よりメイド長を1人を合わせて5人のメイドを降嫁に合わせて向かわせる。これで、この艦にいても食事には困らないはずだ」
フェダーン様とエルトニアの使節も頷いているんだよなぁ。
断りたいけど、王女様というからには料理や掃除などしたことも無いのだろう。俺がやるのもねぇ……。ここは頷くことになりそうだな。
でも、5人は多くないか? 陸上艦のお守りを頼むことになるかもしれないなぁ。
「ところで、この陸上艦の名前は?」
「『ボルテ・チノ』と名付けようかと」
「聞いたことが無い名ですね。人名でしょうか?」
「アテナの記憶の中にあった名前です。人名と言うよりも神のような存在だったのかもしれません。意味は『蒼き狼』でした。荒野を風のように疾駆する陸上艦にはふさわしいかと」
あれからアテナが改修しているらしいから、さらに速度が上がってるんじゃないかな?
だけど、最初から速いと教えておくなら、違和感を持たれることは無いだろう。
「最後に1つだけ……。リオ殿を例にして申し訳ないことではあるのだが、結婚式は執り行わない。身一つの降嫁になる。とは言っても、当座の身支度品は持参させるよ。これも貴族達の動揺を招かないためと思って我慢して欲しい」
申し訳なさそうな表情を皆がしているんだけど、俺にとってはありがたい話だ。
堅苦しいのは願い下げだからねぇ。
リオもそれを嫌ったということになるのだろう。案外分かりやすい性格のようだ。
「ボルテ・チノの内装は王女達に任せれば良い。ダイニング等はメイド長に頼んでおこう。少なくとも、半年後にはすべてが整うはずだ。その時にナルビク王国の実験農場を確認して貰おう。学府にも1度は顔を出さねばならんな。学長にはナルビク行きの前に伝えれば良いだろう」
どうやら、この話はここまでのようだな。
頃合いを見計らったかのようにフェダーン様が席を立ち、部屋の扉近くにいた、メイドのお姉さんのところに向かった。
直ぐに帰って来ると王子様に耳打ちしている。
うんうんと頷いた王子様が、俺達に視線を移すと、昼食の準備ができたことを告げてくれた。
部屋の真ん中にあるテーブル席に場所を移しての昼食会になったのだが、作法がまるで出来ていないからなぁ。
ここは自己流がベストの精神で行こう。
俺の食事作法がなっていないことに直ぐに気が付いたようだけど、気が付かない振りをしてくれるんだからありがたい話だ。
やはり最低現の作法は教えて貰った方が良いのかもしれないな。




