M-036 お礼は撃った弾丸の数
アレクの別荘を出ると、九十九折りの道を北に向かって歩く。
隣と言っても小さな尾根を1つ越えた感じになるな。道は尾根を切り崩して作ってあるようだ。
海を見下ろす感じだが、水面まで10mというところだろう。アレク達のコテージのリビングの眺めが道沿いに続いている感じだ。
「兄さん達の近くには作りたくはないけど、こんな景色があるといいわね」
「その辺りは、フレイヤに任せたいね。だけどこんな景色なら申し分ない」
アレクが海辺にコテージを作ったのは農場で暮らしていた反動かもしれない。となればフレイヤが海にあこがれるのも分かる気がする。
20分ほど歩いただろうか。前方に小さな広場が見えてきた。馬車を回すための広場だろうから、あの奥に別荘への入り口があるのだろう。
広場の奥に生け垣が伸びている。アレクの別荘は白い漆喰の平屋が直ぐに見えたんだけど、この家は生け垣と立木で館を隠しているようだ。
「この奥だよね。石畳みが続いてるから、間違いないとは思うんだけど」
「間違ってたら、謝ればいいさ。行ってみよう」
迷路のような生け垣を進んでいくと、立派な玄関が目の前に現れた。
この別荘は石作りだ。玄関奥の扉は両扉で、2本の円柱がアクセントになっている。開けば3人が並んではいれそうなほどの大きさだ。
貴族趣味ってことなんだろうな。木製の分厚い扉の表面には紋章のようなものが彫り込んであった。
しばらくあっけに取られて見ていた俺達だったが、ここに来たのは俺を招待した目的を確かめることにある。
ドアノッカーをコンコンと叩く。
小さな音だ。これでは別荘の中には聞こえないかもしれないな。誰も来ないようならもう一度叩いて帰ろうかと、ドアノッカーに手を伸ばそうとしたときに扉がゆっくりと左右に開き始めた。
「あのう……」
「ヴィオラ騎士団の騎士、リオ殿でございましょうか?」
「はぁ、俺がそうです。何か御用とお聞きしましたので、フレイヤを伴ってやって来た次第です」
「お待ちしておりました。フレイヤ嬢もどうぞご一緒に、私が御案内いたします」
ひょっとして執事とかいう人なんだろうか? 初老の男性がきちんとした服装で、俺達を案内してくれた。通路の左右に肖像画がずらりと並んでいるし、石畳の床は絨毯が敷かれている。
壁の明かりは照明球のようだ。どんな館なんだか気になるけど、通路の長さを考えるとかなりの大きさに違いない。
「ここでございます。若と若を頼っていらした騎士団長御一行が歓談しておりますから、しばしお待ちいただけますか?」
言葉使いが丁寧だから、どう応対していいか迷ってしまう。とりあえず頷くことで了承を伝えたんだが、それでは失礼に当たるんじゃないかと悩んでしまったりしている。
案内人がコツコツと扉を叩くと、「失礼します」と言いながら扉を開き、中に向かって1礼して部屋に入って行った。
思わずフレイヤに顔を向けると、不安そうな表情をたたえたフレイヤが俺を見上げていた。
「だいじょうぶかな?」
「一応、騎士だから何かあれば俺の後ろで援護してくれればいいよ」
頷いてはくれたけど、さてどうなるかだ。
扉が開き、案内人が俺達に部屋に入るように告げた。扉の内側に案内人が立っていて、部屋の奥には大きなテーブルがある。
そのテーブルを囲むように男女が立っているのは、俺達を迎え入れるための礼だということなんだろう。
とりあえず部屋に3歩ほど歩み入り、隣にフレイヤを立たせたところで挨拶する。
「お招きを受けて参上しました。ウエリントン王国を母港とするヴィオラ騎士団の騎士、リオです。同じくヴィオラ騎士団のフレイヤを同行してまいりました」
俺の話を聞いて、1人の男が俺のところまでやって来た。アレクよりは年上だが、この世界は魔法で肉体年齢を固定化できると聞いたことがあるからなぁ。
「よく来てくださいました。私はマクシミリアン家のケーニアスと申します。現在は王国軍の1艦隊を父上に替わって預かる身と覚えおきください。
どうぞこちらへ、いろいろとお聞きしたいこともありますし、リオ殿に会見したいと願っている騎士達にも紹介しなければなりません」
握手した手を放さずに、そのまま丸いテーブルに案内してくれた。
フレイヤと一緒に案内された席に座ると、三角形になって俺達が席に着いているのが分かる。
マクシミリアン家のケーニアスという男性は、すでにマクシミリアン家の実権を握っているのだろう。
艦隊の1つと言っていたのも問題がありそうだな。砂の海や風の海で海賊や私掠船と一戦しているから、それを知って俺達に圧力を加える魂胆なんだろうか?
「ブリアント騎士団を覚えておいでですか? 私はブリアント騎士団長のリストナと申します」
黒髪をきちんとそろえた女性が俺に言葉を掛けてきた。
ドミニクよりも年上に見えるが、綺麗な女性だな。この世界の女性は皆綺麗なんだろうか?
「確か、救難信号を発した騎士団だと記憶していますが。困ったようでしたので少しお手伝いをしました」
「大型アウロスの群れを2つも倒していただき感謝します。12騎士団の1つを自負しておきながらあのような様をお見せしたことを恥いるばかりです。
これはリオ殿の倒したアウロスの魔石、私共が受け取ることはできません。どうぞ、お受け取りください」
リストナ団長の隣に座っていた大柄な男が席を立つと、俺のところに大きな革袋を持ってやって来た。
「私からも礼を言う。おかげで亡くした部下は2人で済んだ。あのままでは全滅してもおかしくない。ブリアント騎士団騎士筆頭のジョイルという。何かあればいつでも頼ってくれ」
「改まった席での言葉使いができないことをお許しください。何か、勘違いしておられるようですね。
助けを求める声に応じただけですから、報酬を受け取ることは道義に反するように思います。自分にできる限りの事を尽くすのは騎士の勤めと筆頭にも教えられています」
フレイヤに顔を向けて頷くと、フレイヤが席を立って先ほどの革袋を両手でブリアント騎士団長のところに運んで行ってくれた。
確かに欲しいところではあるが、それなら自分達で魔獣を狩ればいいことだ。
狩ったのは俺になるけど、その状況を作り出したのはブリアント騎士団だし、少なからずの犠牲者を出しているんだからな。その人達への補償金として使うべきだろう。
「近頃、珍しいほどの騎士振りですな。ブリアント騎士団もそのような騎士に助けられたことを誉と思うべきでは?」
「それでは、他の12騎士団の誹りを受けかねません。やはり礼は受け取って頂きませんと……」
頭が固いんだろうか? それとも12騎士団というのは互いに足を引っ張り合っているとでもいうのだろうか?
そうなると、妥協点を早めに決めてしまえばいいはずだ。
「ところで、アウロスは何頭いたのでしょうか?」
「16頭です」
「なら、中級魔石16個を受け取りましょう。俺が放った弾丸はその数のはずです」
アウロスならば魔石の数は中型を標準に数個を持つはずだ。それぐらいならブリアント騎士団の懐は痛まないだろうし、放った弾丸の数だけ魔石を送ったと言えば世間的にも頷けるに違いない。
「おもしろい話ですが、本当なのですか?」
マクシミリアンさんがリストナに顔を向けて訪ねている。さっきまでのこの場を楽しんでいる表情が消えて、真剣な眼差しだ。
「事実です。全てアウロスの頭部を一撃で粉砕していました。あのような攻撃を行うには標準的な魔撃槍をゼロ距離で用いなければ不可能なことと思っておりました。
リオ殿は、アウロスの群れの中を縦横無尽に動いて相手を翻弄し、無駄玉を撃つことなく倒したのです」
「アウロスは駆逐艦の艦砲を弾くとも言われる皮膚を持っていますぞ。一体どのような魔撃槍を持っていると!」
「魔撃槍とは少し異なります。どちらかというと銃に近いものです」
俺に顔を向けるとニコリと笑顔を見せたけど、その笑顔の裏には新たな武器を知りえたということなんだろうな。
だけど、レールガンをこの世界では作れないだろうし、一番似たものは魔撃槍ということになるんだけどね。
「私もリオ殿の言葉に賛同します。魔獣の襲撃にあって馳せ参じた騎士の放った弾丸は16発。放った数だけ礼をするなら騎士団同士の義にも叶うのでは?」
「魔獣が大型のアウロスであることは伏せておけと?」
「それがヴィオラ騎士団にも都合がいいようです」
中々に交渉が上手いな。確かにその方が助かることは確かだ。でないと、どんな兵器を使ったかと変な詮議を受けかねない。
マクシミリアンさんもそのことを言わないようだ。いつか何かの機会にその見返りが必要になるのかもしれないが、それはそれというやつだろう。
改めて16個の魔石の入った革袋を頂いたところで、ワインが運ばれてきた。
俺達の狩りの成功を祈ってマクシミリアンさんがグラスを掲げる。
そのグラスのワインを1口飲んで驚いた。
こんなに美味しいワインは初めてだ。喉にすっきりとした甘さを残すのだが、口の中はさっぱりとしている。甘口のワインは口に残るんだが、このワインにはそれがまるでない。
まじまじとグラスを眺めていると、マクシミリアンさんが俺に笑顔を向けてきた。
「ははは、初めてでしたかな? 私の実家で作らせているワインです」
「こんなワインを飲んだのは初めてです。今日お招き頂いたことを感謝します」
俺の答えが気に入ったのか、自らワインを注いでくれた。
その後は、互いの騎士団暮らしを披露する場になったのだが、とうとう夕暮れになってしまった。
さすがに夕食は遠慮してフレイヤとマクシミリアン家の別荘を後にする。玄関まで見送りに来てくれた執事が渡してくれたワインは、今まで飲んでいたあのワインだろうか?
ありがたく3本頂いてアレク達のコテージに帰ることにした。