M-035 お隣さんからの招待
夕食は、焼き肉だった。あれほど釣り上げた魚かと思ってたんだけどねぇ。
スープに少し魚の切り身が入っていただけなんだよなぁ。
ひょっとしてアレクは魚嫌いなのかも知れないぞ。釣りは好きだが魚は嫌いという人もいるようだからね。
「相変わらず好き嫌いが激しいんだから!」
「だいぶ食べられるようにはなったんだぞ。明日はフライに挑戦だ」
アレク達の会話が聞こえる。やはり魚嫌いだったか。
でも無理して食べるよりは、好きな物をということになるんだろう。ましてや休暇中ということもある。
陸上艦の中では出された食事を食べるだけだ。艦を下りている間ぐらいは自分の好む料理を食べたいというのは理解できる。
俺にだって苦手な食べ物はあるからなぁ。
「明日は日の出のすぐ後だから、無理して起きなくてもいいぞ。せっかくの休暇だ。のんびりと過ごしてくれ」
「それはアレクも一緒でしょうに。それに10日も休めないと聞きましたよ」
「戦鬼の慣熟操作を始めなければならない。騎士もやってくるだろうから、素質を見ておかないと」
「それより新型の魔撃槍を早く使いたいんじゃないの?」
「それも少しはあるな」
食後のワインを飲みながら話が弾む。アレクは戦鬼用の魔撃槍を特注したのかな? 標準化してあるような武器だったが、どこに改造の余地があるんだろう?
「魔撃槍は戦機の標準武装ですよね。戦鬼でも同じで良いような気もしますが?」
「戦機と戦鬼ではパワーがまるで違うんだ。稼働時間はそれほど変わらないらしいが、力は2倍近くあると聞いている。自量もそれなりだ。それなら重武装にしたくなるだろう?」
カテリナさん達の出した改造案は、従来の魔撃槍内部の弾丸加速用魔石リングを増やし、ついでに3発だった弾倉を5発にしたらしい。
「弾丸の口径は同じだが、弾速は格段に上がるらしい。5発あれば狩りには十分だな」
「カリオンさんも、新人と一緒に戦えますね」
「そうだ。この間はリオのおかげで軽症で済んだが、救援が遅れたならトリケラに潰されていたかもしれん」
「2機いれば互いに攻撃できるわ。カリオンの怪我も、魔撃槍を替えようとしていた時でしょう」
威力はあるんだが、たった3発だけだからねぇ。せめて5発は欲しいところだ。アレクの新たな魔撃槍はそれを形にしたということなんだろうな。
サンドラ達の魔撃槍も1発ぐらい弾丸を増やせれば良いのだけれど。
ワインを頂いたところで、部屋へと引き上げる。
フレイヤと夜の海をしばらく眺めていたが、明日も朝早くから釣りがあるということだから早寝をすることになった。
まだ21時にもなっていないんだけど、寝られるんだろうか?
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アレク達のコテージにやってきて3日目も過ぎると、さすがにここでの生活にも慣れてきた。
要するに、釣りに合わせて早寝早起きをするという極端な生活なんだが、フレイヤの実家も似たようなところがあったんだよね。
日の出とともに起きて、夜は早めに眠る。それが人間本来の暮らしなんだろう。
「あれ、もう終わったの?」
「とりあえず、3日後にやってくると言ってたわ。兄さん達はその時に一緒に帰ると言ってるけど、私達はもうしばらくここで暮らすようにって」
クロネルさん配下のネコ族の若者が自走車でやって来た。
俺達がやって来た時のように、後ろに荷台を引いている。魚を入れた大きな木箱を3個載せて帰って行ったけど、アレクとしばらく立ち話をしていたんだよな。
ヴィオラの様子と今後の対応について、ドミニク達からの伝言でもあったのだろう。
「ねぇ、リオはカヌーを漕げる?」
いつものように、フレイヤが突然問いかけてきた。
デッキのタープの陰で昼寝をしようと思っていたんだけどなぁ。
「あんなのパドルで漕げばどうにかなるんじゃないの?」
疑問に疑問で答えることになったが、フレイヤは俺の言葉に満足したのか笑顔で頷いている。そして、背中に隠していたパドルを俺に向かって突き出した。
「行くわよ!」
俺の手を握るとデッキの奥に駆けだした。
とりあえず付いていくしかなさそうだな。周囲を一回りすれば満足してくれるだろう。
デッキの一番西側の奥に、2人乗りのカヌーがデッキの柱に繋がれている。
船べりが無く、ほとんど一枚板のように見えるが、あれでもカヌーといえるのだろうか? ちょうど腰を下ろすあたりが2つ凹んでいるから、2人乗りなんだろうけどね。
「転覆しても水着だから問題なし。私は泳げるけど、リオもだいじょうぶよね?」
とりあえずだいじょうぶだと答えると、フレイヤがカヌーに乗り込んでいった。
ここまで来たら後には引けないだろうから、その後に続いて乗り込むと、カヌーを繋いでいるロープをほどきデッキの柱を足で強く蹴ってカヌーを前に進ませる。
「これはリオの分よ。2人で漕げば疲れないでしょう?」
「そうだね。ところでどこに行くの?」
パドルを受け取りながらフレイヤに訪ねると、後ろを振り返って俺の前にある板をずらした。
どうやらこのカヌーは中空になっているようだ。2人乗ってもそれほど沈まないからおかしいなとは思ってたんだが。
「これを楽しむの。大きいのが釣れるってシレインが教えてくれたわ」
「それを流しながら釣るの? 果たして釣れるかな」
「シレインとサンドラが先行してるわ。私達も頑張らないとね」
ほんとうに負けず嫌いな性格だな。フレイヤが笑みを浮かべて沖を指さしている。先ずは岸を離れるということなんだろう。さて何が釣れるんだろうか?
コテージに帰って来たのは昼を大きく過ぎてからだった。
へとへとになって帰って来たのだが、1m近い獲物を2匹持ち帰ったから、フレイヤの機嫌は良い。
背中に担いで魚を入れとく木箱に持って行ったけど、かなり魚臭い体になってるんじゃないかな。
とりあえずはシャワーを浴びてお昼寝だ。デッキの釣りは夜釣になるようなことをアレクが言っていたから3時間は眠れるに違いない。
バケツ2杯分のお湯を魔法で作ったところでシャワーを浴びる。最初は恥ずかしかったが、この頃はフレイヤと一緒のシャワーも慣れた感じだな。
だけど、シャワー室に2人はどうにかはいれるけど、アレク達は3人だ。どうやって入ってるだろう。
「疲れたね。あれほど漕ぐことになるとは思わなかったよ」
「でもおもしろかったわ。カヌーを引っ張りまわすような魚が釣れたんですもの」
実際にカヌーを引いていたんだよな。疲れたところを取り込んだから楽だったけどね。
「明日は、体を休めるよ。数日後ならもう一度カヌーを漕いでもいいけど」
「ほんとね!」
俺に体を向けて、頬に軽くキスをしてくれた。
さて、少しでも体を休めねば、フレイヤを抱き寄せて目を閉じた。
目が覚めた時にはすでに夕暮れが終わっていた。急いで衣服を整えてリビングに向かう。まだ19時にはなっていないから、アレク達は窓辺のソファーで軽くワインを飲んでいた。
「かなりの大物だったらしいな」
「2匹釣り上げたのよ!」
アレクの言葉に、得意げにフレイヤが答えたから、俺達が笑みを浮かべるのは仕方がないところだ。
「引き釣りはそれなりにおもしろいんだが、やはり竿で釣るのが一番だ。今夜は夜釣りになるが手伝ってくれよ」
「だいじょうぶです。いつも同じ時間かと思ってましたけど、少しずつ遅くなるんですね」
「あの月との関係があるらしい。詳しくは分からんが漁村の網元が時間帯を教えてくれるから、俺達はそれに合わせて竿を出すんだ」
わからないところは地元に聞くってことなんだろう。
料理が並べ終えたことをお姉さんが教えてくれたところで、ソファーから腰を上げて夕食が始まった。
「そうだ! このコテージの北隣に貴族の別荘がある。明日の昼過ぎに訪ねてくれないか? リオを名指しで招待状が届いているそうだ」
「俺に貴族の知り合いなんていませんけど?」
「お前にはいなくとも相手はお前を知っていた、ということになるんだろうな。休暇中ということで、私服で訪ねても問題はあるまい。
長剣と拳銃は持って行ってもだいじょうぶだ。フレイヤも用心に連れて行っても構わんぞ」
「貴族の別荘ともなると、男女で訪ねるのが正式なの。服装は休暇中で相手の招待があってのことだから問題はないけど、女性同伴ぐらいは考えておかないとね」
その理由というのが、もしも男性だけで行ったなら、その男性に見合った相手を探してやるのが貴族の矜持ということになるらしい。とんでもない話だから、無理矢理にでもフレイヤを連れて行かねばなるまい。
「それにしても誰かしらね。マクシミリアン公爵を動かせるとなれば、かなりの人物になるんだけど」
「まさか、あのぼこぼこにした騎士団の関係者ということはないでしょうね?」
「それはない。ドミニク達も了承しているということは、別口になるな」
別口と言っても、俺にはさっぱりだな。
とりあえず、明日隣の別荘を訪ねれば分かるだろう。
その夜は、昼間の疲れも忘れて入れ食いの釣果を得たんだけど、その反動は翌日の昼までの熟睡ということになってしまった。
暑さで起きたのは初めてじゃないかな。午後には貴族の別荘を訪ねることになっているから、新しいシャツとグルカショーツに着替えることにした。
遅い朝食を終えると、シャワーを浴びて衣服を整える。リボルバーを腰のバッグの下のホルスター入れれば俺の準備は完了する。長剣は持たなくても良いだろう。
少し歩くから、帽子を被った方が良さそうだな。
準備ができたところで、デッキの椅子に座ってタバコを楽しむ。
フレイヤのメイクはいつになく念入りのようだ。普段のままでも美人なんだけどね。化粧を少ししただけで、グラビア嬢も逃げ出す感じに変身するんだよねぇ。
「お待たせ! 準備できたわよ」
俺達の部屋の扉から出てきたフレイヤに思わず見とれる始末だ。こんなに美人だったかな? 美人は7難隠すと言われてるけど、フレイヤならもっと隠せそうだ。
「出掛けましょう! でも、リオを名指しで招待するのが私も気になるのよね」
「招待というからには、悪い話じゃなさそうだ。俺達に不利な交渉があるのであれば、ドミニクに話が行った段階で断ってるはずさ」
別荘に入り階段を上ってリビングに行くと、いつもの場所に3人がくつろいでいた。
「では行ってきます」
「おう、問題が出た時には銃を撃って構わんぞ。リオには言い忘れていたが、俺達が騎士である時には、貴族と地位が一緒だ。向こうの無理に付き合う必要はないからな」
励ましてくれたんだろうが、いきなり銃を撃ったら問題になりそうだ。とりあえず立場が一緒だということを頭に入れておこう。