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M-034 漁暮らし


 朝食は少し早めの昼食になってしまった。

 簡単なスープとパンの食事は陸上艦と違って生鮮野菜がたっぷりだから、農場と同じように美味しく頂ける。


 食事が終わったところで、海釣りについてのレクチャーが始まった。

 ワイン片手のアレクの話は、何となく自慢話に聞こえてくる。海の魚が潮の動きで活発に活動するというのは長年の経験なのかな。


「1階のデッキで釣るなら、どこでも大して変わらんぞ。デッキの下は大きな穴になっているからかなり深いんだ。いろんな魚が釣れるが、先ずはこの仕掛けで試してみるんだな」


 俺達の竿とリールを見て頷いているのは、これで十分だということなんだろう。

 仕掛けもいくつか買ってきてはいるんだが、アレクは自分で作っているようだ。

 木の枠に巻かれた仕掛けをどうやってつけるかはわからないけど、釣りを始める時には教えてくれるに違いない。


「浮きが付いてますね?」

「ああ、海面から1スタム半(約2.3m)ほど下の魚を釣るんだ。お前達の竿の長さは3スタム(4.5m)で標準品だな。先調子だが大物が掛かれば胴にも乗るから丁度いい。リールの使い方は知っているのか?」

「糸巻ではないんですか?」


 それからしばらく、アレクによるリールの講釈が始まってしまった。

 30分ほど続いたんだが、リールの糸巻き部分に指を乗せることでブレーキを掛けることができるらしい。

 大型が釣れた時には、相手が弱るまでリールから糸を出したり巻いたりすることになるとのことだ。

 そんなに大きな魚が釣れるんだろうか?


「弱ったところを引き寄せて、タモ網ですくい取る。まあ、こんなな感じだが、釣りを始めればすぐに分かるだろう」

 アレクが指さした先にあったタモ網はかなり大きなものだ。あれだったら、フレイヤが海に落ちてもすくえるんじゃないか?

 

「潮が動くまでは、もうしばらく掛かる。それまでのんびりと過ごすんだな」

 

 兄貴の話が終わったとみるや、フレイヤが俺の手を取ってリビングを後にする。

 アレクに片手を振るとアレクも片手を上げて挨拶してくれたが、隣の2人は口元に手を当てて笑いを堪えているようだ。


「まったく、兄さんは釣りになると話が長いんだから。せっかく来たんだから泳ぐわよ!」


 そのまま階段を下りてデッキに出ると、シャツを脱いでデッキの端から海に飛び込んだ。

 海面から1mほどの高さだから飛び込むのは構わないが、どこから上がるんだ?

 

「ほらほら、見てないで飛び込む!」


 フレイヤの言葉に俺も飛び込んだが、秋だというのに海水温は意外と高い。そういえば周囲の木々も針葉樹じゃないんだよな。亜熱帯ということなんだろうな。


「メガネを付ければ、水の中も見えるのよ」


 そういえば、買い込んできたな。ポケットのあった眼鏡は小さなものだが顔に密着するから水が入ることはないだろう。

 顔を着けて確かめたところで、水中にダイブした。


 アレクが大きな穴になっていると言っていたが、よくもこんな場所を見つけたものだ。水深5m程の磯場の中に、直径30mほどの穴が開いている。穴の深さは10mを越えているように思える。

 アレクの別荘のデッキは、その穴の縁に沿って作られているようだ。


 穴から大きな亀裂が西に向かって伸びているから、魚の群れはあの亀裂沿いにやってくるのかもしれないな。

 ツンツンとフレイヤが俺を突く。フレイヤに顔を向けると、腕を伸ばして何かを教えてくれた。

 腕の先にいたのは岩礁に体を密着させた大きな魚だった。

 体長は1.5mほどもありそうだ。あんな魚なら銛で仕留めることもできるだろうが、釣り師は竿で釣り上げるのが正道ということになるんだろう。

 いることは分かっているから、いつか釣り上げてやろうとアレクは考えているに違いない。


 30分ほど泳いだところで、デッキの何カ所かに作られたハシゴを使って上に上がった。

 とりあえずは部屋に帰ってシャワーを浴びることになったのだが、何も一緒に浴びなくてもいいと思うな。

 お湯の節約にはなったんだけど、そのままベッドに行ったからもう一度シャワーを浴びることになってしまった。


 ベッドから抜け出して衣服を整える。

 フレイヤが乱れた髪をブラシで整え終えると、俺に顔を向けた。


「そろそろ時間だわ。たくさん釣るのよ!」

「頑張ってみるけど、フレイヤだって釣るんだろう?」

「兄さんに釣れるんだったら私にだって釣れるはずだわ」


 それはどうかな? ここで口に出したらさらに色々というに違いないから、笑顔で頷いておく。

 なんとなくフレイヤの扱いが少しずつ分かってきた。

 2人でデッキに出ると、アレクが竿を取り出して釣り針をヤスリで研いでいた。


「お、やって来たな。釣り竿に仕掛けは付けておいたから、直ぐにも釣りを始められるぞ。餌は魚の切り身だからフレイヤも問題ないだろう」

 

 フレイヤが頷いているところを見ると、ミミズみたいな餌だったら俺に餌付けをやらせるつもりだったに違いない。

 サンドラ達がバスケットを持ってやってきた。タモ網を持っているのは理解できるんだが、シレインが持っているのはどう見ても棍棒だ。長さが1mもありそうだし、大きなヤットコとナイフも腰のベルトにぶら下げている。


「先ずは針に餌を付けて投げ込んでおけばいい。竿の後ろに紐が付いているだろう? それを欄干に巻き付けておけば竿が飛んでいくことはないからな」


 アレクのするとおりに自分の仕掛けを海に投げたところで、フレイヤを手伝ってあげる。こんなところで手間取っていては先が思いやられる。

 

 フレイヤの竿の紐を欄干に結んだところで皆の方に顔を向けると、テーブルの周りでワインを飲み始めたようだ。

 待つのが釣りとはいえ、酒盛りはまずいんじゃないか?


「その内に竿が暴れだす。そうしたら巻き上げるんだぞ」


 アレクの言葉にフレイヤが自分の竿をじっと見ている。あまりにも真剣な表情をしているからサンドラ達が口元を抑えているぐらいだ。

 ここはのんびりとタバコを楽しむか。ワインは少しずつ飲めばいい。


「来たぞ!」


 アレクの竿先がぐいぐいと引かれて、今にも海に持って行かれそうだ。グラスをテーブルに置いてアレクが竿に向かっていく。


「貴方達にも掛ったみたいよ」


 サンドラの言葉に少し離れた場所に置いてあった竿を見ると同じように竿が暴れている。フレイヤがすでに飛び出して自分の竿を手にしている。

 これは遅れるわけにはいかないな。急いで竿に向かって大きく合わせるとリールを巻き始めたのだが、ともすると巻き取るよりも出ていく糸の方が長いように思える。


 フレイヤはどうしたかなと隣を見ると、体全体を使って竿を立てながら少しずつ糸を巻き取っているようだ。

 同じようにして竿を立てながら糸を巻き取る。やがて仕掛けが見えてきたら、隣から大きなタモ網を持ったサンドラが姿を現した。


「タモ網を入れるから、その中に魚を誘導して!」

「了解です!」


 網ですくうんじゃなくて、網に入れるんだな。

 紡錘形の魚体が青銀色に見えてきたところで、網の中に竿を使って誘導すると、サンドラがいきなり網を持ち上げた。中でバタバタと魚が騒いでいるがもう逃げられることはない。

 暴れている魚をシレインが棍棒で叩いておとなしくさせた。仕掛けを返してくれたから餌を付けて再び海に投げ込むと、隣のフレイヤの様子を見る。

 フレイヤの方もサンドラが網を海中に入れているから手元までは引き寄せたんだろう。

 フレイヤの方の始末が終わるのを待って、ハイタッチをした。


「兄貴にでも釣れるんだから、私でも釣れるわけよ」

「だけど引きが強い魚だね。手元に寄せるのに苦労したよ」


 うんうんとフレイヤが頷いている。

 すぐに竿が暴れだした。群れが寄っているんだろうな。手返しよく釣らないと数が出ないぞ。


 1時間ほど釣れていたのだが、突然ぱったりと当たりが止まってしまった。群れが去ったんだろう。海に飛び込み、体を冷やしたところでテーブルに向かう。


「おもしろいだろう? 2人で10匹以上の釣果だったからな」

「兄さんはどれぐらい釣れたの?」

「俺は15匹だ。慣れと、タモ網を使わずに釣り上げることができたからだろう」


 タモ網を使わないって、どうやるんだろう? 次の群れが回ってきたらアレクの釣りを少し見ていようかな。


「今朝の分と合わせれば木箱1個になるわ。明後日までには3箱は欲しいところね」

「腕が棒になっちゃうわ。次はサンドラ代わってくれない?」

「いいわよ。普段使わない筋肉を使ったんでしょうね。慣れると力を加減できるんだけど」

 

 サンドラが快く引き受けてくれたようだ。確かに獲物が大きかった。

 だけど、力を加減するなんてしばらくは俺にも無理だ。やはり、長く釣りをしなくちゃそんな心境にはなれないんじゃないかな。


 20分ほどすると再び群れがやって来たようだ。

 今度は少し要領が分かってきたし、アレクが竿の弾力を利用して魚を知らに放り上げるように取り込むのを目にしたから、俺も真似してみることにした。

 引きの弱い魚なら俺にもできたが、大きな奴はそもそも海面にも姿が出てこない。

 やはり無難にタモ網を使うのが一番なんだろう。


 群れが去ったのは夕暮れ時だった。ちょうどいい時間だ。

 道具を片付けて部屋に戻ると、シャワーを浴びて着替えをする。Tシャツのような上着にグルカショーツで、デッキのベンチに座り一服を楽しむ。

 きれいな夕暮れだ。アレク達はこれを見たくてこの場所にコテージを作ったのだろうか?

 砂の海の夕暮れもきれいだが、海に沈む夕暮れの美しさはまた格別だ。



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