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M-033 釣りをしたくて建てたのか


 扉を開けた先は大きな広間だった。南に大きなガラス窓があり、そこからは海が見えるだけだ。窓伝いに左に向かうと、小さな漁村が見える。

 真ん中にある丸いテーブルがアクセントらしいが、10人以上は座れそうだな。

 窓際に、こじんまりとしたソファーセットが置いてある。夕暮れを眺めながら飲む酒は普段の酒を数倍も美味くしてくれるに違いない。


「やって来たな、リオ。ここが俺達のコテージだ。部屋が多いから俺達の友人もやってくるが、今回はお前達2人だけだ。部屋はフライヤに教えてあるぞ」

「しばらく厄介になりますけど、話を聞いて釣り竿を買い込んできました。釣りを教えてください」


 俺の言葉に、アレクが笑顔を浮かべる。良い仲間ができたと思ったのか、それとも初心者に教えるのもおもしろそうだと思ったのかは定かじゃない。


「良い釣場がこの下にあるんだ。サンドラ達も一緒に楽しむんだから、リオにもできるはずだ。フレイヤもやってみるんだろう?」

「リオにできるなら、私にもできるはずだわ」


 フレイヤの根拠はどこにあるんだろう? 実家で厄介になった時だって一緒に釣りをしたのはレイバンだけだった。

 お土産のワインをテーブルに並べ終えたところで、フレイヤに連れられて部屋に向かう。

 アレク達のコテージは岩場の斜面を利用して作られているらしい。道から見れば平屋なのだが、下にもう1つの階がある。


「兄さん達の部屋は一番南端なの。通路に沿って部屋が3つ。北の突き当りが私達の部屋よ」


 かなりデラックスなコテージだな。アレクが丸太作りの小屋を作ったとばかり思っていたんだが、現実はかなり違っていた。

 フレイヤが開いた扉の先には、フレイヤの実家並みのリビングが広がっている。


「こっちが寝室だけど、リビングとのあいだに壁も無いのよね。あっちの扉はシャワールームよ。外にはあの扉から出られるわ」

 

 外への扉を開けると、竹を並べたようなデッキが先ほど通って来た通路の外側に広がっている。岩場に足場を組んで作ったようなデッキだが、竹製だから少し弾力がある。

 いくつかベンチが置いてあるけど、ここなら座り込んでも寝転んでも良さそうだ。

 

 デッキは扇型に作れれているのだが、要となる場所は大きく開いて手すりが付いていた。傍に寄ってみると、海面まで2mもなさそうだ。ひょっとしてアレクが釣りを楽しむのは、この穴なんてことはないだろうな?

 なんとなくドーナッツを半分にしたような作りだけどね。


「結構深いのよ。水遊びなら兄さん達の部屋から続く砂浜が一番なんだけどね」

「プライベートビーチってことなんじゃないかな。俺達の部屋からでも海には入れるし、魚釣りもできるんだったら十分だよ」


 部屋に戻ったところで、着替えをする。すでに秋だけど、低緯度地帯では少し涼しくなるだけだ。冬でも昼間は泳ぐ連中もいるらしいからね。

 フレイヤがビキニに着替えて、上にシャツを羽織る。アレクもサーフパンツだったから俺も似たような形に着替えたところでサンダルに履き替えた。

 アレクの実家よりもくつろいだ格好だ。こんな場所でくつろげるならアレクが実家に帰らないのも少しは理解できる。


 その夜は、アレク達が王都から買い込んできた料理が出てきた。

 冷たくても食べられるらしいけど、スープだけは暖かだ。


「漁村から2人の娘さんが俺達の料理を作るためにやってくるんだ。10日で銀貨2枚だから格安なんだが、周囲にコテージが増えてきたから将来はどうなるかわからんな」

「自分で料理しようという選択もありますよ」


 俺の言葉に女性3人が苦笑いをしてるってことは、誰も料理ができないってことなんだろう。一般家庭でも侍女を雇うこともあると、アレクが言っているのはサンドラ達への援護射撃に違いない。


「でもそれで漁村の人達にお金が落ちるなら、私達はこの関係を続けるつもりよ。今では10人近くの娘さんが、私達とおなじようなコテージでの生活を支えてくれているわ」

「10軒近くに膨らんだが、常に2、3軒に滞在しているような感じだ。コテージのおかげで、娘さん達が都会に出なくてもいいと村人が言っているよ」


 持ちつ持たれつというよりは、騎士としての矜持の意味合いが強いのかもしれない。

 5人だと、瞬く間にワインが無くなってしまう。20本を買い込んできたが、このままでいくと、お土産のブランディーを飲むことになりそうだ。

 少し酔いが回ったフレイヤを抱えるようにして部屋に戻る。

 シャワーを浴びるといって駄々をこねるフライヤに困り果てて、一緒にシャワールームで水を浴びる羽目になってしまった。

 簡単に【クリーネ】で済ますのが嫌なようだが、それはそれで便利だと思うんだけどねぇ。


 髪が濡れてしまったから、しばらくはベッドに入れそうにない。

 腰のバッグに入れた魔法の袋から水筒を取り出し、いつものワインをシェラカップで飲み始めた。

 体をふき取ったフレイヤが隣に座ると、俺の肩に頭を乗せて休んでいる。

 透き通ったガラス窓越しに見えるのは星空だけだ。まだ月は上らないようだ。

 シンとした静けさの中で時間の流れが見えるように過ぎていく。

 荒野での緊張した暮らしは、こんな場所でのみ癒されるんだろう。

 少なくとも、ここは安全だ。

                 ・

                 ・

                 ・

 翌日はグルカショーツのような短パンにしようかと思ったら、水着で十分だと言われてしまった。

 シャワーを浴びてさっぱりしたところで、フレイヤのメイクが終わるのを部屋の外でタバコを楽しみながら待つことにした。

 竹を敷き詰めたデッキの中心にあるドーナツの穴には、パラソル付きのテーブル席に座ったアレクがいた。もう1つの椅子に釣り竿を置いているから、朝から釣りを楽しんでいるんだろう。いきなり始めなくても良さそうに思えるけどねぇ。


「釣れてます?」

「10匹を超えたぞ。朝方が上げ潮だったんだ。夕暮れ前にもう1度潮が満ちるから、その時は皆で釣ろう」


 隣の椅子に座って、アレクとたわいない話をしながらタバコを楽しむ。

 そんな俺達に声を掛けてきたのは、メイクの終わったフレイヤだった。

 直ぐに始めなくても! と兄に食って掛かってるけど、アレクはどこふく風と聞き流しながら竿を畳んで獲物をどこかに運んで行った。


「たぶん朝食は少し遅くなるかもしれないわ。でもコーヒーは飲みたいでしょう?」


 フレイヤが俺に腕を絡めたところで、コテージの中に入って行く。

 階段を上がった先のリビングには、サンドラ達がくつろいでいた。


「あら、だいぶ早起きねぇ。アレクも釣りを終えたはずだから、もうすぐここに来るわよ」


 昨日とは異なる水着を着ている。

 フレイヤも2着買ったんだから交互に着るのかもしれないな。とはいえ今朝は昨日と同じ赤いビキニだ。

 

 フレイヤとソファーに腰を下ろして窓越しに外を眺める。小さな漁村は入り江の奥にあるようだな。昨日は気が付かなかったけど遠くにも岬が見える。


 シレインの入れてくれたコーヒーを受け取って、テーブルのトレイに乗せてあったシュガーポットから砂糖を入れたんだが、2杯目を入れるとフレイヤが顔をしかめている。

コーヒーは甘いものだということが、あまり知られていないのかもしれないな。


「相変わらずの甘党ね。アレクも朝だけはコーヒーなんだけど砂糖はいれないわよ」


 サンドラの言葉にフレイヤも頷いているけど、それは人の好みの問題でもあるはずだ。コーヒーに氷砂糖を入れて飲む人だっているらしいからな。


「シレイン。俺にも頼む!」


 奥の方からアレクがやって来た。赤銅色に焼けた素肌はここでの暮らしで得たものなんだろう。

 サンドラの隣のドカリと腰を下ろして、俺達2人を眺めている。


「まぁ、フレイヤにはできすぎかもしれんな。リオと一緒に暮らせば少しはおとなしくなるかもしれん」


 アレクの言葉に顔を赤くして、もごもご口の中で文句を言っているようだ。とりあえず兄貴としてアレクを認めてはいるのだろう。


「元気な妹さんじゃないですか。俺にはもったいないくらいです」

「まぁ、それは認めるが……。フレイヤ、あまりリオに迷惑を掛けるなよ。イゾルデ母さんも心配して俺に便りをくれたぐらいだからな」


 益々赤くなってるけど、それって家族承認ってことなのか? 何か大きな問題が出てきたようにも思えるんだけど。


 そんな話はここまでにして、これからの計画を話し合う。

 やはりメインは釣りになるようだ。上げ潮に合わせて魚の群れがやってくるらしい。


「釣れたら、内臓とエラを取って箱に入れる。そこに魔法で氷を作って入れるだけだ。明後日の夕方にクロネルさんの部下が魚の箱を取りに来る」

「報酬は1箱に付きワイン3本なの。頑張ってね」


 いつも飲んでいるワインはこうやって手に入れるのか! 自分達で買うワインもあるんだろうが、さすがにあれだけ飲んでいる足りなくなりそうだからなぁ。

 俺もごちそうになっているから、少しは頑張らなくちゃならない。

 最初に話を聞いた時には現金収入かと思っていたんだが、王都での暇つぶしと自分の趣味を両立させ、なおかつ騎士団の食料事情を支えているようだ。称賛はされても、悪く言う団員はいないんじゃないか。

 

 俺達がコーヒーを飲み終えるころになって、2人の娘さんがやってきた。どうやらあの娘さんが俺達の食事とコテージの掃除をしてくれるらしい。

 ハウスキーパーみたいな感じなのかもしれないが、年間で1人銀貨5枚。日当は5日で銀貨2枚になるらしい。

 漁村での若者の平均月収が15枚程度らしいから、1カ月も働けば銀貨12枚と言うことになる。

 漁村で喜ばれるわけだな。


「リオ達も、近くにコテージを作ればおもしろいんだが」

「はぁ、まだまだ蓄えもありませんし、作るとしてもかなり先になってしまいそうです。そのころにはこの辺りの土地は全て売られてしまうんじゃないかと」

「そういえば2割ほど値上がりしたそうよ。金貨15枚は貯めないと土地さええ買えないわ」


 サンドラの話を聞いてフレイヤががっくりと首を落としている。でも、まだそれぐらいなら、目標を金貨20枚として貯めればいいんじゃないかな。

 それに、もっと別な場所だってあるはずだ。アレク達だって良い場所があれば、ここを離れるかもしれないし。



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