M-030 フレイヤとの同棲
「砲撃停止!」
魔石通信でドミニクの指示が飛んできた。
全周スクリーンに目をやると右上にマガジンの残弾が表示されている。その数は8個だから12発を放ったということになる。
仮想スクリーンを新たに表示させて、相手騎士団の陸上艦を拡大すると、甲板部分が吹き飛んでいた。火災を懸命に消しているのが見えるけど、大砲の火薬にでも引火したらたちまち跡も残さず吹き飛びかねないな。
「被害状況を報告。獣機の点呼が終了次第発掘を継続する。戦機は現状位置で待機せよ」
今度はレイドラの声だ。
先ほど立ち上げた仮想スクリーンでヴィオラの状況を見ると、舷側の何カ所に穴が開いている。
今頃はベルッド爺さん達が懸命に応急修理を行ってるんじゃないかな。
痛み分けかと思っていたが、ヴィオラは軽症というところだろう。それに引き換え、ファンデル騎士団の方はかなりの痛手だ。1機の戦機は片腕を千切られている。修復するにしても長く掛かるんじゃないか。
『いろんな騎士団がいるのですね』
「だね。だけど、騎士団として砂の海で狩りをするなら、売られた喧嘩なら受けて立つぐらいがちょうどいいのかもしれないな」
ファンデル騎士団からこの場を離れる旨の通信が入ると、戦機を船に乗せてゆっくりと俺達から離れて行った。
ジッと砂の中に潜んでいる海賊船の襲撃に怯えながら進むことになる。あの速度でちゃんと工房都市まで戻れるかが、彼らの次の戦いになるんだろうな。
車輪や魔道機関の納まった船体下部については意図的に攻撃しなかったが、ヴィオラの艦砲やアレク達が俺と同じ思いだとは限らない。
場合によっては、戦機を奪われ満身創痍で砂の海を南に下るのが俺達であったかもしれないのだ。
俺達にヴィオラへの帰還指示が出たのは、それから2時間も経ってからだった。
帰還の前に大きくヴィオラの周囲を巡って周辺状況を確認したのだが、ファンデル騎士団は俺達から30kmも移動していない。速度は15km/hをどうにか保っているといった感じだ。
ヴィオラに戻ると、ドミニク達に状況報告したところで甲板に向かう。夕暮れにはまだ早いけど、ヴィオラに戻る時に、甲板でネコ族のお姉さん達が夕食の準備をしてるのが見えたからね。
「リオ、こっちだ!」
今にも壊れそうな舷側の板を背にして、アレクが手を振っている。軽く手を上げて了承したことを伝えると、夕食を受け取る数人の列に並んだ。
いつものように代わり映えしない食事だけど、この荒れ地で御馳走をそもそも期待する方が無理なことは理解している。飲み物はワインを受け取って、干した果物を数個トレイに乗せてもらった。
「とんでもない騎士団でしたね」
アレク達の輪に割り込みながら言葉を掛ける。
「まったくだ。だが、あれはまだ良い方だ。いきなり大砲を撃ってくる奴らもいるからな。ある意味海賊と変わらん。騎士団と海賊を明確に分けることは困難かもしれんな」
カリオンが頷いてるから、それも一理あるということなんだろう。
だけど、この騎士団はまともだし、この間助けた騎士団も礼儀は忘れていなかった。海賊まがいの行為をする騎士団は数が限られているのかもしれないな。
「魔石通信の記録は残っているから、賠償金が転がり込んでくるわね。修理費の2倍というところかしら?」
「妥当なところだろうな。ケリをつけておかないと、ギルドから軍に捕縛依頼が出されかねない。そうなると工房都市での補給すらできなくなるぞ」
あれ? ちょっとおかしくないか。
「でも、工房都市には海賊船も入港するんですよね?」
「入港もできるし、補給もできる。海賊ギルドがあるからな。
先ほど言ったのは騎士団ギルドから追い出され、海賊ギルドにも入れない状態で起こるんだ。海賊ギルドの入会審査は騎士団ギルドの比じゃないぞ。早くて3年は掛かるんじゃないか」
そういうことか。集団に属せなくなる、ということになるわけだな。
「そうなると、ヴィオラも狩りを中断して帰ることになるんでしょうか?」
「ヴィオラの走行装置に問題はない。舷側を何カ所か破られたが走行しながらベルッド爺さん達が復旧してくれるだろう」
「で、あの戦鬼にはアレクが乗るんでしょう? そうなると急いで騎士を探さなくちゃならないわ」
「戦鬼を動かすには一ヵ月は必要だろう。その後に慣熟操作も必要だ。次の寄港も長い休みになるかもしれん」
新たな騎士はその時に見つけるのかな? そうなると、もうしばらくは狩りを続けることになりそうだ。
まあ、稼ぐ時には稼ぐのが騎士団なんだろうけどね。
食事が終わると4階のデッキで周囲の監視になるんだが、アリスで周回したところでは半径50km以内に魔獣はいなかった。
それでもヴィオラの進行速度なら、2時間もすればその範囲を超える。やはり皆で見張っていた方が良いのかもしれない。
「ところで、フレイヤは気に入ったか?」
「元気いっぱいの妹さんですね。美人ですし……」
「そうか、そうか。上手くやれよ」
アレクが笑顔で俺の肩を叩いたんだが、フレイヤの性格はちょっとキツメなんだよね。優柔不断な俺にはありがたい存在なんだけど。
「職場が別なのは問題かもしれないけど、フレイヤの周囲はネコ族の女性達だから心配はいらないわよ」
シレインがサンドラと顔を見合わせて笑いながら、俺に話してくれた。
ひょっとして、フレイヤを彼女にしろってことなのか?
そりゃあ、俺にはもったいないくらいの美女だけど、向こうにだって都合があるんじゃないかな?
「生憎と、あの農場はレイバンに継がせるつもりだ。今の内に貯めこんでおくんだぞ」
アレクの言葉に、サンドラ達も頷いているから、アレク達も貯金はしているってことになるんだろうか? 報酬を全て飲んでいるんじゃないんだな。
4人の良い酒の肴になった気がしたところで、部屋に引き上げることにした。
部屋に帰ると、いつものように小さなグラスで果実酒を飲みながら本を読む。例の長い本を読んでいるんだが、中々におもしろい。
大陸の南岸に点在する王国の状況が書かれているんだが、主要な街道や、町の位置に人口等々。小さな王国がたくさんあるんだから、こんな情報は秘密にするんじゃないのか?
軍隊の駐屯地まで描かれているし、艦体の編成まで記載されている。俺が国王なら著者を厳罰にするところだ。
それでも読み進めていると、各王国の繋がりが親密であることも分かってきた。王族の婚姻は必ず別の王国と行っている。それも複数なのだ。
さらに、王国ごとに特産物もあるらしく、それを商う商会も活発に活動しているらしい。
要するに、秘密にする必要もないということになるんだろうが、ちょっと理解に苦しむところだな。
長い本を読んでいると、扉を叩く音がする。
またカテリナさんじゃないだろうな? ちょっと警戒しながら、「開いてますよ」と扉の向こうに声を掛けた。
ヒョイッと部屋に入って来たのはフレイヤだった。
「やって来たわよ。今日から一緒に暮らすからね!」
「ちょっと待った! それってどういうこと?」
いきなりの言葉に、思わず大声を上げてしまった。
「あら、後で部屋に行くと言ったじゃない」
腕組みして俺を睨んでいる。そんなこと言ったかな?
しばらくして思い出したのは、この部屋にやって来た時だった。
確かフレイヤがそんなことを言っていた気がする。
だけど、あれって遊びに来るっていう意味じゃないのか? 一緒に暮らすとは思わなかったんだけどなぁ。
フレイヤが俺をジッと見ている。アレクもひょっとしてフレイヤから相談を受けたんだろうか? だとしたら……。
「歓迎するよ。何もない部屋だけどね」
「兄さん達も似たような部屋らしいから、私達の方が贅沢になるわ。今日からよろしくね。それで、これはどこに置いたらいいのかしら?」
通路から、よいしょと運んできたのは大きなトランクだった。
クローゼットを開いて何とか収めたけど、一回り小さなトランクを買った方が良くないか? 魔法の袋もあるんだしね。
とりあえず2人暮らしを祝ってワインで乾杯はしたんだが、寝る時になってこの世界の風習に戸惑ってしまう。
何と! 裸で寝るらしいのだ。
そういえば、フレイヤの実家で目が覚めたときには裸だったんだよな。
フレイヤの寝相が悪くないことを祈りながらベッドに入ったんだが……。
眠れん!
どうしても隣で寝ているフレイヤが気になってしまう。
フレイヤはすでに夢の中なんだが、明日の偵察はアリスに任せて俺は寝ていることになりそうだ。
睡眠不足の日々がしばらくは続いたけど、慣れというのは恐ろしいもので、いつしかフレイヤを抱いて眠れるまでになってしまった。
アレク達には寝不足な表情を散々からかわれたけど、少しはアレクにも責任があるんじゃないのか?
ファンデル騎士団と交戦してから10日が過ぎると、ヴィオラが南西に進路を変える。
今までに得た魔石の数はすでに数百個を超えているはずだが、まだまだ狩りを続けるのだろうか?
「この先は星の海よ。小型の魔獣がたくさんいるから、得られる魔石の多くが青の魔石になるわ」
「まだまだ狩りが続くのは問題ないんですが、カテリナさんはここにいていいんですか?」
「あら、患者の状態を診るのは医者でもある私の勤めに思えるけど?」
椅子に座りながら体を重ねるのが診療というのだろうか? まったくこの御仁は何を考えてるんだか。
「完全に人間族の青年ということになるんでしょうね。あの姿と検査結果を私が知らなければ誰にも分らなかったでしょうけど」
「俺は人間ですよ」
「そう、確かに人間だわ。少し変わってるけどね。でもそれが興味をそそられるのよ」
この関係は、今後も続くんだろうか?
フレイヤの勤務を知っているのかな? フレイヤが部屋にいる時には気配すら見せないんだけど。
『カテリナ博士は「パラケルス」という人物をご存知ですか?』
カテリナさんが衣服を着けたところで、アリスがバングルを使って問いかけてきた。
「そうね。ウエリントン王国で知らない人はいないでしょうね。火の高位神官だけど、その実態は禁忌にも平気で足を踏み入れる異端の魔導師よ。
でも、不思議なことに10年以上前に突然姿を消したわ。空間魔法の研究をしていたはずだから、どこかの異空間に閉じ込められたのかもしれないわね」
『博士との関係は?』
テーブル席でバングルを見つめているカテリナさんは、アリスの質問がおもしろいのだろうか? 嬉しそうに微笑んでいるんだよな。
俺は関係なさそうだから、コーヒーセットを使ってポットにコーヒーを入れる。
出来立てコーヒーを2つのカップに注いで、テーブルに運んだ。
「……という関係になるわ。王立アカデミーでは私達の論争がいつも話題だったのよ」
『そうですか。少し安心しました。パラケルスはこの世界に存在しません。私が彼の研究室とともに破壊しました』
危うく持っていたカップを落としそうになったのは、それだけカテリナさんが受けた衝撃が大きかったに違いない。
「パラケルスならリオ君を実験に使ってもおかしくはないか。それで6つの魔石が体内にあるんでしょうけど、反応はあるけど位置が不明。これも謎の1つよ。
でも、そんな行為をしたのならアリスが彼を殺したのは理解できるわ。完全に殺人行為ですからね。誰にも言ってはダメよ。今でも彼のシンパはいるんだから」
『了解です。カテリナ博士の研究に、少しはお役に立つと思います』
何か悪だくみをしている雰囲気だな。
にこにこしながら博士がコーヒーを飲み終えると、俺にキスをして部屋を出て行った。
慌てて長剣を抜き取り、鏡代わりにルージュが付いていないことを確認する。