M-003 騎士団の仲間達
海上を進む船に似せた作りの陸上艦の中を、アレクに連れられて船首方向に歩いていく。途中の階段を上がって甲板に出ると、舷側近くにシートで包まれた大砲が置かれていた。
アレクに気が付いた甲板員が、片手を上げて挨拶してくれる。軽く頭を下げて答えたから不作法者とは思われないだろうな。
甲板はよく磨かれ、ゴミはどこにもない。俺達の歩みで軋むこともないから、かなり分厚い板を張っているに違いない。
「甲板はトラ族達の持ち場になる。俺達騎士は船首の高台だ」
前方に木の地肌が出ている壁が見えてきた。真ん中に10段程の階段があり、階段の左右の壁に扉がある。階段の上から話声が聞こえてきたから、何人か集まっているみたいだな。
「仲間を連れてきたぞ。今日からもう1人の騎士が加わる」
階段を上がりながらアレクが仲間に言葉をかけている。船首の高台とアレクが呼んだ場所は3mほど甲板から高く作られた船首部分だ。
船首方向に頂点を伸ばした三角形の広場にも見える。甲板側の1辺だけでも10mはある。風当たりは強そうだけど、眺めは良さそうだ。
「あら! だいぶ若いのね。よろしくね」
アレクと同じような革の上下を着た男女が4人、車座に座り真鍮製のカップで酒を飲んでいた。昼間から飲んでいてもだいじょうぶなんだろうか?
「まあ、座ってくれ。ここが俺達騎士のたまり場だ。左から、シレイン、カリオン、それにサンドラになる。……こいつが今日から仲間になるリオだ。小型の戦機だがなかなかに使えるぞ」
「よろしくお願いします」
とりあえず挨拶はしとかないとな。
「女性型の戦機があったのね。私達の分を見つけてほしいところだわ」
サンドラがアレクに要望を伝えながらも、俺にワインを入れたカップを渡してくれた。アレクは苦笑いで応じているけど、戦機にはいろんな形があるんだろうな。
ワインを一口飲むと、良い香りが鼻に抜ける。かなり上等なワインみたいだけど、いつもここで飲んでいるんだろうか?
「俺達の部屋はこの真下だ。甲板の真下の2番甲板には舷側砲が並んでいる。その下が戦機や獣機を格納するカーゴ区画になる。
食事は晴れていればブリッジ前の甲板で取れるし、荒れた天気なら2番甲板になる」
甲板を指さしてアレクが教えてくれた。寝る場所と食べる場所が分かれば、とりあえずは問題ない。
「階段の左右にある扉から直ぐにカーゴ区域に行ける。それで、武器は持っていないのか?」
カリオンの質問に思わず首を捻ったが、俺を見ている4人は皮の上着に太いベルトを着け、剣帯で長剣下げている。要するに白兵戦ができるかということなんだろうな。
「銃は持っていますが、剣は大型のナイフだけです。次に寄港した時にでも揃えます」
「革の上下は騎士団から出してくれる。下に着る綿の上下を買い込めばとりあえずは十分だろう。だが、長剣は自分持ちだ。ベルッド爺さんに話せば何とかしてくれるぞ」
ベルッド爺さんとは、戦機や獣機の整備をしているドワーフ達の頭らしい。仲よくしておくに越したことはなさそうだ。
ドワーフ族の連中は、カーゴ区域にいると教えて貰ったから、アレク達に席を外すと断って出かけてみることにした。
船首の高台下にある扉から、下に向かう階段を降りると直ぐに扉が3つあった。この部屋が騎士達の部屋になるんだろう。
舷側に下に降りる階段がある。これでカーゴ区域まで下りるんだろうな。下の方から話し声や、怒鳴り声が聞こえてくるから、戦機の整備の最中かもしれない。
長い階段は途中に踊り場まである。どうにか格納庫の床に降り立って辺りを眺めてみると、ドワーフ達が戦機や獣機に取り付いて何やら作業をしているのが見えた。
だけど、ちょっとおかしくはないか?
「アリス、この空間は広すぎないか?」
『どうやら、魔法で空間を広げているようですね。私のように物理法則を書き換える働きが魔法の中にあるのかもしれません。とはいえ、この船でこのような空間は3つあるだけのようです』
それでこんな空間ができたんだな。アリスに搭乗して入って来た時に気が付いたが、階段を下りてくると改めてその異様さに驚いてしまった。
さて、ベルッド爺さんは誰になるんだろうか?
「ベルッド爺さん、どこですか!」
とりあえず口に両手でメガホンを作って大声を出した。
「……ワシじゃ! 大声を出さんとも聞こえるぞ」
アリスの前に立って、じっと眺めているドワーフがベルッド爺さんらしい。
ゆっくりと近づいてベルッド爺さんの視線の先を見ると、微笑むようなアリスの視線と目が合った。
「ベルッド爺さんですか? リオと言います。アレクに相談するように言われたもので」
「リオ? ああ、この戦姫の騎士じゃな。まったく、不思議な機体じゃ。
戦姫は王都で一度目にしたことはある。確かに凡庸の戦機とは違っておったが、この戦姫は前に見た戦姫と明らかに異なる。まるで生きておるようじゃ。で、用はなんじゃ?」
アリスから俺にようやく顔を向けてくれた。
「実は……」と長剣が欲しいことを告げると、俺を格納庫の一角にある詰所のような場所に案内してくれた。
格納庫に入った時には気が付かなかったが、舷側の開閉扉の近くに詰所があった。カーゴ区域の扉は、外側に開く斜路のような扉と、横に開閉する扉の2つがあるようだ。
俺をベンチに座らせて、ベルッド爺さんがテーブルに紙を広げる。
すでに長剣が描かれている。手に筆記具のようなものを持っているから、注文に応じて形を変えてくれるのだろう。
「これが標準品じゃな。長い方が男性騎士で、少し短いのが女性騎士が用いるのじゃが、騎士のほとんどは特注品じゃ。リオはどうするんじゃ?」
「特注となればお金が掛かるんじゃありませんか? どのぐらいを考えれば良いんでしょう?」
「そうじゃな……。長さと重さ、それに装飾にもよるが、金貨1枚前後になるじゃろう」
持ってる金貨は2枚ある。なら、贅沢にしてみるか。
詰所の片隅からベルッド爺さんが持ち出してきた二振りの長剣を持ってみると、男性用というのは俺には少し重すぎる感じがするし、女性用は軽い感じがするな。
中間の重さで、片刃、若干の反りを加えて貰うことで金貨2枚を差し出した。
「変わっとるが、金貨2枚出すなら良いものが作れるじゃろう。ワシが作っても良さそうじゃな。その間はこれを下げておけば十分じゃ」
差し出された長剣は女性用のものだ。ありがたく頭を下げて借用する。ついでに剣を差す革ケースの上下にベルトを着けてもらい、背中に背負えるようにした。ベルトに下げると歩きにくそうだからなぁ。
ベルッド爺さんに礼を言って、改めてアレク達のところに向かう。
「ほう、女性向けだな。長剣を習ったことはなさそうだが、持っているだけでも十分だ」
アレクは形だけで十分ということらしい。
「でも海賊が来たら、一緒に戦うことになるわよ。甲板員と一緒に稽古をした方が良いかもしれないわね」
俺から甲板に顔を向けたシレインの視線の先には、屈強な男達が長剣を振っていた。その姿はネコ族に似ているけど筋肉半端じゃないな。服の上からも発達した筋肉がここからでも解るぐらいだ。
「甲板員はトラ族が主だ。獣機にも乗るが、主に甲板とすぐ下の大砲を担当する」
「この船にはイヌ族の人達もいるわよ。偵察車で周辺の探索をするの」
カリオンの言葉に続けるようにサンドラが教えてくれた。要するにヴィオラ騎士団には、人間族以外にドワーフ族、ネコ族、イヌ族それにトラ族の連中がいるということになる。種族の特徴を生かして騎士団の活動を続けているのだろう。
「それで、帰還の途中でしたよね。どこに向かっているんですか?」
「ウエリントン王国のギジェだ。工房都市と言った方が良いだろう。ドワーフ族の工房と商人達がいる。
この陸上艦の補修も行わねばならんし、食料等の補給も必要だからな。3日程滞在して、次の狩りに出かけることになる」
「宿舎は騎士団から提供される。食事も宿舎で取れば金は掛からん。いくつか店があるから嗜好品が欲しいなら購入しとくんだな」
アレクの説明に、カリオンが追加してくれた。
とりあえずは、帽子とサングラスだろうな。砂ぼこりが結構あるし、日差しも強い。皆が被っている帽子はテンガロンハットのような縁の大きなものだ。
夕暮れが近づいたところで船尾の方から鐘の音が聞こえてきた。食事の合図ということだから、少し時間をずらして皆と一緒に船尾に向かう。
船尾付近の甲板で数人のネコ族のお姉さんがパンと具沢山のスープを入れたトレイのような食器を渡してくれた。
アレク達と一緒に甲板で車座になって食事を楽しむ。トレイの仕切りを利用してドライフルーツが一掴み入っている。ワインを入れた小さなカップもあるから、食後の楽しみということになるんだろう。
先割れスプーンがあったことにも驚いたけど、アレク達から騎士団の暮らしを聞きながら食事を楽しむことになった。
「食事は朝夕の2回になる。腹が減る時には、これが重宝するぞ」
バッグから出して見せてくれたのは、ビスケットのようなものだった。携帯食料になるんだろうか? 俺も買っておいた方が良いかもしれないな。
「朝はお茶だが、夕食にはワインが付く。酒を飲む習慣があるなら買い込まねばならんぞ。タバコはいつでも楽しめるが、甲板の上だけだ。船内は厳禁だと覚えておけばいい」
船火事を恐れてのことに違いない。それに大砲は前装式らしいから、火薬のタルなんかも船内のあちこちにあるんだろう。
「甲板の4隅とマストの側にある大きなタルは水タルだ。消火用だから飲むことはできんぞ。毎朝半タブのお茶を水筒に入れてくれるから、それが一日分だ」
このカップに3杯分だと教えてくれたから1タブはおよそ2ℓ程度にはなるんだろう。
食事にスープが付くしワインを3杯以上飲んでるなら、1日の水の必要量に問題はないのかもしれない。
食事が終わると再び船首に腰を据えて待機することになる。日が暮れたから少しずつ涼しくなってきた気がする。
「どいて、どいて!」と言いながら小さなタルのようなものを運んできたのはネコ族の青年達だった。
船首の欄干の間から外にタルを突き出すようにしたところで、指先でタルの胴体に何かを描いた。
次の瞬間、タルから前方に光が伸びて行った。
唖然としてその光を見ていたけど、この世界のサーチライトということかもしれない。光の帯が2本、陸上艦の前方を照らしている。後ろを振り返ると、舷側から同じように何本かの光が周囲に伸びていた。
「だいぶ、あちこちに点けてますね。10個近くありそうです」
「正確には12個だ。航海には進路の確認が必要だし、夜間に襲ってくる獣もいる。それにたくさん明かりがあれば、盗賊も大型の陸上艦と思ってくれるからな」
船体の規模に比べて明かりの数が多いということなんだろう。だけど、盗賊だって襲う相手がそんな予防策を取っていることは重々承知しているはずだ。
「明日にはギジェに到着するはずだ。今夜が無事ならば少しは安心できるぞ」
「やはり出かける時よりは、帰る時ということですか?」
「船にある魔石の数が大きく違うからな。だが、出かける時でも皆無ではないと俺達の先任が教えてくれた」
アレクが明かりに照らされた前方を見ながら呟いた。
ここにいる連中はヴィオラ騎士団の騎士達だ。
戦機を操る騎士には誰もがなれるわけでは無いらしい。更に騎士として活躍できる期間も限られているようだ。
17歳から30歳近くまで戦機を操るということだ。その後は獣機に搭乗したり、騎士団を離れて暮らすのが一般的だと、記憶が浮かんできた。
アレク達の年齢は20代中ごろに見えるから、これから数年は戦機を駆ることになるんだろう。
翌日も、朝食を終えてからは船首で騎士の仲間達と過ごすことになる。
アレク達は1日にワインを2本飲むようだ。それでも足りずにキルシュと呼ぶ蒸留酒をストレートで飲んでいる。原料はサクランボらしいが、俺には強すぎるから1杯頂いた後は遠慮することにした。
俺も一緒に飲んでいるんだから、工房都市に着いたら店をのぞいてみよう。ワインを1ダースも買い込めば十分だと思うんだけどねぇ。