M-295 お宝を見付けた
夕暮れが始まる2時間ほど前にリバイアサンを飛び立った。
周辺偵察を早々と終えて、リバイアサンに偵察状況を送ると南へ進路を変える。
『ハーネスと同盟の調査艦隊が、予定位置にいなかった理由を確かめるのでしょうか?』
「引き上げた代物を持ち帰ったんだろうけど、もう1つ艦隊がいたはずだ。そっちの状況だけでも、と思ってね」
あのロボットを分解するとなれば、ハーネスト同盟の魔導師達が死亡することになるだろう。それだけ帝国の遺物を手にする機会が減ることになる。
自業自得ではあるんだが、ちょっと気が滅入る話だな。
上空2万mを東西に移動しながら南へ少しずつ下がっていくと、ようやく小さな艦隊を見付けることができた。
『調査しながらの航行とは思えませんね。航跡からの推測では、あの艦船の巡航速度毎時12kmです』
「どこかに向かっているということなのかな?」
『進行方向に、小さな島があります。比距離65kmです』
「それほど大きな島ではないね。……ん! 何かあるぞ」
星の海は何度も往復しているから、アリスが地図を作っているぐらいだ。その上重力変異の地図まで作っているぐらいだから島の総数を即座に答えられるのはアリスぐらいなものだろう。
だが、個々の島の詳細までは調査していない。
帝国の遺産とも言うべき大型兵器の存在の有無だけを確認していたからなぁ。
『神殿に類似してますが……。調査しましょうか?』
「カテリナさんへのお土産に良さそうだね。敵対生物の存在は?」
『在りません……。理由が判明しました。地表温度56度です。かなりの高温ですが、人工的なものではありません』
地熱ってことか? かなり地表に近いところに高温の岩盤があるようだな。その内に噴火でもしそうだけど、砦までは数百kmほどありそうだから影響はあまりないだろう。
だが、よくもこんな場所に神殿を作ったものだ。
何か残されているかもしれないから、一応調べておくか……。
「リバイアサンに帝国の遺産を見付けたことを報告してくれないか? 輸送艦隊の周辺を偵察するのは少し遅れそうだが、リバイアサンの通信機なら偵察遅れを輸送艦隊に知らせることも可能だろう」
『了解です……。地表探査時には、戦闘モードにマスターの体を変化させます』
アリスがゆっくりと島に降下を始めた。
やはり神殿らしいな。崩れた列柱がかなり風化しているが、長い年月が経っているからなぁ。列柱の色が黒いのは、大理石ではなく玄武岩辺りを使っているのかもしれない。
『リバイアサンとの交信を終了。「十分に気を付けて調査するように」との事です』
「了解だ。下りて調査するしかないと思っていたが、あの神殿ならアリスは入れるんじゃないか?」
列柱の奥にぽっかりと穴が開いている。洞窟のようだが、装飾がまだ残っている崩れた石材を見ると、かつては創玄な神殿であったに違いない。
『このまま入ってみましょう。マスター1人に調査させるよりは安全です』
ゆっくりとアリスが洞窟へ足を踏み入れた。
もう直ぐ夕暮れが始まるが、アリスの肩の装甲板の一部が開いてライトが点灯する。
暗かった洞窟内が照らし出されると壁一面に刻まれた壁画が現れた。
「記録しといてくれよ。後でゆっくりと解読してみよう」
『どうやら、戦の顛末のようですね。魔道大戦と呼ばれた旧帝国最後の戦に相当するものかと……』
ゆっくりと洞窟内部を進んでいくと、300mほど進んだところで大きな広間に出た。
どうやらここがこの神殿の最奥部に当たるらしい。
アリスのライトが正面を照らした途端、思わず体を前に出して見入ってしまった。
「神像……、ということかな?」
『位置的に間違いないかと。ですが、この神殿の大きさに見合っていませんね。周辺の祭具は純金のようです。まとめて亜空間へ収納します。マスターは外に出て、祭壇の左右の部屋の調査をお願いします。バッグにライトがありますし、マスターの視野を通して得られた画像は全て私が記録します』
まるでアリスの端末に思えてきたけど、それが俺とアリスの関係でもあるからね。
了解を伝えると、コクピットを下りてバッグからライトを取り出す。
先ずは左手から行ってみるか……。
床は六角形の敷石が敷き詰められた広間だが、すっかり埃で覆われている。埃を足先で払って初めて敷石の形が分かるほどだからなぁ。
部屋への出入り口には扉の残骸がある。奥にライトを向けると長い回廊が伸びていた。
回廊の左右に部屋があるが、どうやらかつては居住区として使われていたらしい。朽ち果てた木材はベッドや机だったに違いない。
錆だらけの金属は、元の姿も分からないほどだ。遺骨すらないところを見ると、対戦終期にこの神殿から神官達は立ち退いたということになるのだろう。
続いて右の部屋へと入っていく。
こちらは左手の部屋よりも大きな部屋が並んでいる。めぼしいものは無いし、壁にレリーフが描かれているわけでもない。
あの神像と広場それに広場に至る回廊に刻まれた彫刻が、探査の成果と言うことになるのかな?
『マスター! 宝物を見付けましたよ』
「なんだって!」
広間に戻ろうとしていたところだったから、駆け足でアリスの元に戻ってみると、アリスが神像の台座跡を指さしている。
2m四方ほどの台座だったのだが、その台座があった跡にはぽっかりと穴が開いていた。中には黄金色に輝いた壺や装飾品が乱雑に投げ込まれていた。
『頂いていきましょう。プライベート区画に良い展示品が出来ました』
「まあ、相続人はいないだろうからね。貰っていくか……」
俺の返事と共に、目の前の宝物が全て消えて行った。
便利な技だよなぁ。感心してしまう。
1.5mほどの四角い穴には、金貨1枚すら残っていないんだからね。
ん? 四角い穴の中心部に丸い凹みがある。何かをしっかりと抑えていた感じだな。
「アリス、あの位置に何かあったかい?」
『クリスタルで作られた容器がありました。中身は後程解析してみます』
アリスならリバイアサンにバイオハザードを起こすことも無いだろう。
金属元素が高密度に溶け込んだ液体というのが少し気にはなるが、劇毒物ならカテリナさんに預けるよりも安心だ。
「これで引き上げられそうだね。ハーネスと同盟の調査隊も、この島で得られるものはかつての大戦の記録だけのようだ」
『歴史を知るだけで、隠匿された兵器の位置を記した痕跡はありません。お宝を売れば少し裕福になれるかもしれませんよ』
それも問題がありそうだ。金貨なら売ってしまっても良さそうだけど、装飾品はそれ自体が芸術的な意味合いも高いだろう。
王都の博物館に展示するか、リバイアサンのプライベート区画の装飾に使うのが良いところだろうな。
島を飛び立つ頃には、すっかり辺りが暗くなっていた。
時刻はすでに20時を過ぎている。
急いで、輸送艦隊に向かい周辺状況の画像を納めた、プロジェクターを手渡してリバイアサンへと戻ってきた。
「遅れると連絡があったから、ちゃんと残して置いたにゃ。でも、できれば皆と一緒に食べて欲しいにゃ」
マイネさんにペコペコと頭を下げながら夕食を頂く。
そんな俺の姿が面白いのか、フェダーン様達がワインを飲みながら笑みを浮かべているんだよなぁ。
「ハーネスト同盟の調査艦隊に先んじて神殿を見付けたのは、良いことに違いない。神殿ではさすがに兵器を隠匿しているとも思えんが、何か面白いものを見つけて来たようだな」
急いで口の中の物を飲み込んで、「宝物を見付けました」とだけ伝えておく。
途端に、カテリナさんやユーリルさんの目が輝きだした。
早く見せなさい! という感じがひしひしと伝わってくるんだけど、食事が終わるまでは待って欲しいものだ。ついでにコーヒーと一服を終えるまでも……。
厳しい目で睨んでいるから、美味しい食事が台無しなんだよなぁ。
何とか終わらせて、コーヒーを飲み始まると、さっそくカテリナさんが催促を始めた。
「アリス。ここに具現化できるかい?」
『埃がかなり凄いですから、テーブルクロスほどのシートを用意して頂けますか?』
直ぐにカテリナさんが、マイネさん達にシートと誇りを拭うためのバケツや布を用意させている。
マイネさんもせっかく掃除したリビングが汚されないかと、モップを用意して近くで待機しているようだ。
カテリナさんの日頃の行いがそうさせるんだろうな。たまに汚れた白衣を見かねて強奪まがいに剥ぎ取っているからね。
そんな時に限って挑発的な下着姿で俺に助けを求めてくるんだから、困った人であることは間違いない。
「これで良いでしょう。お宝なのよね?」
「黄金細工の品々でしたよ。アリス、準備できたようだ」
『了解しました。少し下がってください』
たちまちシートの上に黄金細工の小山が出来た。確かに埃にまみれているな。マイネさんがさっそく雑巾を取り出したぐらいだからね。
「まとめて一回『クリーネ』を掛けるにゃ! それから細部を洗えば良いにゃ」
「そうするしかなさそうね……。『クリーネ』!」
たちまち黄金の輝きが増してきた。
それにしてもいろんな品があるなぁ。後でリストを作るしかなさそうだ。
「かなり手の込んだ意匠だな。それで、魔法陣は描かれているのか?」
「見たことも無い魔法陣があるわね。魔法陣の調査だけでも、かなり時間が掛かりそうよ。これはリオ君の私物で良いんでしょう?」
「荒野に落ちていた物をリオ殿が拾ってきたということになる。とはいえ、魔法陣の描かれていないような品をいくつか王宮に届けた方が良さそうだな。王宮としても何らかの見返りを送ってくれるだろう」
たぶん買い取ったということにしたいのだろう。廉価でも金貨数十枚ぐらいにはなるんじゃないかな。リバイアサンの運用資金にできるのならありがたい話だ。
いつの間にかユーリル様までカテリナさんと一緒になって装飾品の細かな意匠を眺めている。
女性は何時の時代でも光物に目が無いのかもしれないな。