M-291 ファネル様とは長い付き合いになりそうだ
砦作りが始まったということで、今夜の夕食はいつもより料理の数が多い。
騎士団員や兵士達も今夜はワインを傾けながら美味しい食事をしているに違いない。
「防衛位置に付いている艦船にも、戦機輸送艦で料理を届けている。ワインはファネル殿の配慮と伝えてあるぞ」
「国王陛下より、兵を大事にせよと仰せつかっております。あれぐらいではその言葉を実践したとも思えません」
フェダーン様がファネル様に笑みを浮かべた顔を向けている。
先ずは最初が大事ということなんだろう。兵を大事に……、と言うのは簡単だけど、案外漠然としている言葉だ。
現場で兵の動きを見ながら、その場で最善の指示を出すということかな? メリハリを付けることも大事だろうし、無駄な命を散らすことが無いようにしなければなるまい。
離れた場所で指示を出すようなことになれば、現場の兵士の苦労を知らずに無茶な作戦を考えることも無いとは言い切れない。
国王陛下は、現地で指揮を執るファネルさんに『常に民衆と共にあれ』と教えたかったのかな。
最前線で指揮を執るということは、兵と一体になって戦術を考えることになる。兵士の命の重みを肌で感じながら、指揮を執ることになるのだ。
今回は戦とは異なるが、大規模な砦の建設には予定外の事が色々と起こるだろう。その時どのような対応を取るのか……。フェダーン様がしっかりと後ろから見ているんじゃないかな。
まぁ、それぐらいはファネルさんも重々承知しているはずだ。
判断に迷うことがあれば、フェダーン様は親身になって相談に応じてくれるだろう。
「ところで、リオ殿に朝夕の周辺偵察をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「元よりそのつもりです。リバイアサンの監視所もありますが、広く偵察を行えばそれだけ安心して工事を行えますからね」
「ファネル殿も偵察の重要性を知ったようだな」
「あのような精密な偵察を行うためには、どうしたらよいかと考える次第です。常にリオ殿を頼るようでも問題ではないかと」
フェダーン様が嬉しそうにワインを口に含んだ。
「ある程度考えをまとめたところで、リオ殿に相談すればよい。国王となったなら、それを他の者に任せることになるのだが、ただ指示をするのではその者の評価に繋がらん。
自分の考えを相手に伝えて、その先を行わせればよい」
なるほどねぇ……。フェダーン様の理想とする国王はそういう人物ということか。
プランと実行、そして評価……。評価が出ればいかに改善するかも見えてくるってことかな?
重鎮を交えた会議でプランを選択し、それを誰にやらせるか考えるんだろうな。
ただやらせるだけでなく、それを見守ることも必要だろう。その結果を自分なりに評価して、課題を見付ける。その改善策を再び重鎮達と話し合うってことになるんだろう。
まぁ、1人で行うのは大変だから、トリスタンさんのような人物を見付けて相談することになるのかな。
だけどトリスタンさんだって、「こうしなさい」とは言わないはずだ。
選択肢を絞るとか、現在の状況に応じた重点課題を提言するぐらいだろう。
「リオ殿がいつも隣にいてくれるとありがたいのですが……」
「さすがにそれは出来かねます。色々と肩書を頂いてはおりますが、今でも騎士団に所属する騎士であることに誇りを持っておりますから」
「国王陛下も狙っておったぞ。それだけの見識を持っているということだな。だが、もう1つ、ファネル殿下の隣に置けぬ理由があることは知っておいでか?」
「まさか、身分の高低を問うわけではありませんよね。高い見識を持つなら、身分違いを理由に国王陛下が諦めるとも思えませんが?」
「はっきり言おう。リオ殿を宮殿に取り込んだなら、ブラウ同盟が瓦解しかねない。見識だけなら問題ない。リオ殿というより、リオ殿が操るアリスが問題なのだ」
フェダーン様が説明し始めると、最初は興味深々な表情で聞き入っていたファネルさんの顔がだんだんと青白くなってきた。
「あの戦姫1機で他の王国を攻略し得ると!」
「それだけの実力があるのだ。リオ殿単独であったなら、何の問題も無い。だが、リオ殿の愛姫であるアリスが加わると、そうもいかなくなる。ブラウ同盟、コリント同盟の戦姫が隠匿空間で訓練を積んでいるが、その元となっているのはアリスの助言を得たカテリナ殿の成果でもある。アリスなら、6機の戦姫を簡単に無力化できるのだ。リバイアサンにしても、アリスがいなければ今でも星の海に鎮座していたはずだ」
確かにアリスの能力は桁外れだからなぁ。
だけどそれほど恐れる必要はないはずだ。自律電脳はアリスに自ら善悪を判断できるようにしているようだからね。もっとも怒らせたなら、パルケルスと同じ目に合わされそうだけど……。
「少なくとも帝国によって作られた戦姫とは思えんが、姿は戦姫そのものだ。リオ殿は性能を押えているようだが、たまに表に出てしまうようだな」
俺を見て笑ってるんだから困った人だ。
カテリナさんと付き合っている内に、影響されたんじゃないかな?
「さすがに私の代で、ブラウ同盟を瓦解させるわけにはいきませんね。でもそれならば、リオ殿はこの世界を統一させることも出来るということになりませんか?」
「できるだろうな……。だが、残念なことに、本人に覇気がまるでない。困ったものだとリオ殿を知る者達が言っているぞ」
「そんな事をして、一番困るのは俺ですからね。一大国家を作ったりしたら、民衆の為に日々努力しなければなりません。それなら気楽に魔獣を狩っていた方が良いですよ」
俺の言葉に、ファネルさんが呆気にとられている。フェダーン様はファネルさんの奥さん達と一緒に苦笑いを浮かべているし、エミー達は嬉しそうに笑みを浮かべている。
今の暮らしが一番だと思うんだけどねぇ……。エミー達には分かって貰えたようだな。
「だが、いつでも大国を作れるという人物がいることは、忘れてはならんぞ。それはファネル殿の鏡ともなりえる存在なのだから」
「分かりました。ですが私が間違った事を始めたら、それを諫める存在が近くにいるということを理解できたことが何よりです。そういう意味においても王宮に留め置くのは難しそうですね」
「窓口が無くなったわけでは無い。リオ殿の妻達が王都にサロンを開くのはそれほど先ではないようだ。リオ殿についても国王陛下が王宮に部屋を設けたと言っていたぞ」
「貴族は王宮に部屋を持つとは聞いてましたけど……。俺はいつも不在になってしまうと思いますよ」
そんな俺にフェダーン様が下したのは、長期休暇の度に3日間だけ部屋を使えとの指示だった。
誰も訪ねては来ないと思うんだけどなぁ。
だが、待てよ……。ひょっとしたら、のんびりと3日間は昼寝ができるんじゃないかな?
のんびりした休暇を過ごせないのを憐れんで国王陛下が擁してくれたのかもしれない。
ここは仰せのままに使わせて貰おう。
大きな部屋だろうから、簡易ベッドを置くぐらいはできそうだ。
「どうした? 急にニヤニヤした顔になって」
「国王陛下のご温情があまりに嬉しくて……」
「そうか? それなら良いのだが……」
少なくとも3日間はのんびりできると思うと、天に上ったような気分になってくる。
王宮を皆は嫌っているし、エミー達はサロン活動があるはずだ。俺一人でのんびり過ごせるかと思うと、嬉しくて視野がぼやけてきたぐらいだ。
夕食を終えると、ソファーに座ってのんびりとワインを傾ける。
フレイヤ達はファネルさんの奥さんと共に、デッキで星空を見上げているようだ。
「明日はどのようになっている?」
「土台造りの為の掘削と、城壁用の石切りですね。1個小隊は桟橋作りの測量と杭打ちを行う手はずです。リオ殿の周辺偵察結果を基に、作業部隊出発前に防衛部隊の調整を行う予定です」
魔獣の状況次第で戦機を出動させるのかな?
戦機輸送艦にはちょっとした休憩所が付いているから、戦機のコクピット内で長時間過ごすことも無い。スコーピオ戦で、軍の方もだいぶ使い慣れたんじゃないかな。
「順調であることを確認するのではなく、課題が無いかを良く見極めるのだぞ」
フェダーン様の言葉に、ファネル様が力強く頷いている。
それぐらい知っていると思っていても、やはり王妃様の言葉は重く受け止めているに違いない。
そういえば、2人の奥さんは将来王妃様になるはずだが、2人の得意分野は何なんだろう?
フェダーン様のような武闘派の王妃様では無くて、ヒルダ様のような存在になるのかもしれないな。やはり王妃様が軍の重鎮にいるというのも考えてしまうんだよなぁ。
「ところで、ファネル様の奥さん達の名前を教えてくれませんか? できればどのように及びしたら良いかも教えて頂けると幸いです」
俺にとっては極めて大事なことなんだけど、問いかけた俺の顔を呆れた表情で2人が見てるんだよなぁ。
「ファネル殿、教えていなかったのか?」
「てっきりフェダーン殿が教えているものだと思っていました……」
苦笑いを浮かべた後で溜息を吐いたフェダーン様が、ゆっくりと俺に顔を向けた。
「エミー達があのように歓談しているところを見ると、互いに名を知っているということだろう。さて、ファネル殿、妻の紹介を改めてしてあげてはどうだ?」
「私が言うのもなんですが……、良い妻達ですよ。いつも髪を結いあげてる方がシグリッド、ナルビク王国より娶りました。フェダーン様の姪に当たります。神官風に前髪を揃えた妻がブリュンヒルデ、エルトニアから娶りました。どちらも愛称のシグー、ブリューと呼んでください」
「戦の女神ですか……。フェダーン様も安心できますね?」
俺の言葉に、再び2人が顔を見合わせている。
確かそうだった気がするんだが、この世界では違っているんだろうか……。