M-290 砦作りが始まった
『リバイアサンの周囲を飛行機が飛んでいます。情報は渡したのですが、再度確認ということでしょうか?』
「何事にも手を抜かないのがフェダーン様だからなぁ。魔獣が多いから、いつもより慎重な動きなんだろうね」
再度上空から、魔獣の動きを確認したところで、リバイアサンに帰ることにした。
駐機台から指揮所に向かうと、結構賑わっているな。
フレイヤ達は制御室で周囲の警戒を行っているのだろう。あわただしく動いているのは軍人達だけだ。
「帰ってきたのだな。情報を貰ったがその後だいぶ時間が経っている。偵察を出したのだが、リオ殿のような状況図を作るのはかなり面倒だ」
「現在の状況を確認してきました。今、映し出します」
直ぐに、大型スクリーンの1つに画像を映し出した。
俺達が出発するときの状況と、現在の状況を1つの画像にアリスが編集してくれたから、一目瞭然だな。
「先ほど緊急連絡をしてきた飛行機は、あの群れを見たということですか?」
「移動方向的には問題ない。監視所から連絡があってからでも間に合うだろうが……」
フェダーン様達の作業が一時止まってしまったようだ。皆が大型スクリーンを眺めている。
「これがリオ殿の一番の能力であろうな。周囲150ケムの動きが手に取るように分かるのだから」
「戦術を練るには最高ですね。こんな偵察が飛行機でできれば良いのですが」
現在位置を正確に確認できなければ、脅威の存在を見付けても上手く報告ができないだろうな。かつての飛行機では飛行時間が30分ほどだったらしいから、偵察距離も短かっただろう。飛行時間が長くなったことで、自分達の艦船が見えなくなってしまった事にも原因があるのかもしれないな。
母船の位置と自分達の位置が正確に分かれば、現在表示している画像を作れるかもしれない。
陸上艦用の位置測定用電波局を作るのも大事だが、偵察機の位置測定用の電波局も必要になってきそうだ。
『飛行機に搭載するなら極超短波の送受信機が使えそうですね。数式を供与してもよろしいかと』
『用意だけはしといてくれないか。少しは考えさえないと俺達に頼りきりになるのも問題だと思うな』
「リオ殿には感謝してもしきれないな。だが、これでリバイアサンより艦船を出せそうだ。エルンスト、ブリアント騎士団と軽巡、それにエミー殿にドックを開いて、予定位置に艦船を移動するよう依頼してくれ」
「了解です。戦闘態勢で移動するよう依頼します」
いよいよ始まるんだな。
防衛体制を構築したところで、輸送艦を下ろし工兵隊が動きだすのだろう。石を切り出し、魔法で石のブロックに加工して積み上げるはずだ。隠匿空間の軍の桟橋は思ったより早く仕上がったからなぁ。
魔道科学が廃れると、巨大建築物を作るのに苦労するかもしれない。
「万が一の事態にはリオ殿にお願いするぞ」
「エミーに連絡して頂ければ、直ぐに出発できるようにしておきます。夕刻に再度偵察を行うつもりですから、夜間も少しは安心できるでしょう」
指揮所を後にして、プライベート区画へと向かう。
これで夕方までは、とりあえずのんびりできそうだ。デッキで様子を見ていようかな。
リビングには誰もいなかったが、コーヒーカップが4つ置いてある……。デッキに目を向けると、カテリナさん達が北の山脈を眺めていた。
王都付近にも小さな山があるけど、それとは比べ物にならない規模だからなぁ。その迫力にファネルさんの奥さん達も驚いているに違いない。
「あら、帰ったの。リバイアサンが予定位置で着底してから1時間も経たないわよ。見慣れた風景だと思っていたけど、やはり間近に見ると迫力があるわね」
「指揮所は忙しそうでしたよ。そろそろ艦船が動きだすとのことです。先ずは防衛対策を行って、ということでしょうね」
「リバイアサンの斜面の一角が開き始めましたわ。船が数隻リバイアサンに入っているということが信じられませんね」
「客室も第1離宮の個室より広いんですもの。王侯貴族が羨ましがるのも無理はありませんね」
ファイネル様の奥さん達にも好評のようだな。
リバイアサンのような移動要塞が、再び見つかるのを期待しているようにも思える。だけど動かせないんじゃないか。
たまにアリスが、生体電脳のリプログラミングをしているみたいだからね。
デッキからリビングに戻ると、ソファーに腰を下ろす。
仮想スクリーンを開いて桟橋の様子を眺めると、指揮所など問題にならないくらいの賑わいだ。桟橋から落ちないかと心配してしまう。
そもそも、今まで暇だったんだから急いで荷を積み込むようなことはないと思うんだけどなぁ。
よく見ると賑わっているのは輸送船だけのようだ。大急ぎで荷を積み込んだから工事の最初に使う品が輸送船内に入っているとは限らないのだろうか?
斜路が伸びたようで、軽巡洋艦がゆっくりとリバイアサンから出て行った。
リバイアサンと工事を行う谷の距離はおよそ500m。広場のような土地の西を軽巡が担当し、東はブリアント騎士団の陸上艦とヴィオラ騎士団の戦闘艦が担当する。
戦機を下ろして戦闘態勢に移行するまでは、もうしばらく掛かるだろうな。
「いよいよ始まるにゃ。リオ様はここでのんびりしていても良いのかにゃ?」
「嫁さん達が有能だからねぇ。何かあれば連絡が来るよ。何事が無くても、夕食前に一度周囲を偵察に出るつもりだ」
頷きながら俺にコーヒーを渡してくれたから、遅くなっても夕食は残しておいてくれるに違いない。
一服しながらのコーヒーは格別だな。
仮想スクリーンを開いて、アリスと脳内対話をしながら、飛行機の使用について話し合う。
『偵察専用というより多目的に使えるようにすべきでしょう。偵察要員を乗せなければ、人間1人分の重量軽減が出来ますから、その重量の爆弾を搭載できるはずです』
『ポット式の銃を搭載しても良さそうだな。空中戦の機会はそれほど多くは無いだろうけどね』
仕様が決まると、それに合わせて外形がデザインされる。
魔道タービンの排気を使うだけでは速度は出ないからなぁ。タービン軸からギヤで駆動するプロペラを付けてみた。
短くて太い翼に設けると、結構様になるな。さらに翼が左右に伸びていく。
『揚力を理解してるとは思えませんね。これだけで飛行時の魔道機関の出力を大幅に低減できます』
『燃費が良いということか。飛行時間は?』
『3時間を超えるでしょう。巡航速度は毎時150kmですから、周囲100kmほどの監視を行うには十分だと推察します』
長くなった翼は折りたたむことができるらしい。現用の飛行機よりは一回り大きくなるがリバイアサンなら中隊規模で搭載しても問題は無いだろうな。
とはいえ……。
『少なくとも、現在使っている飛行機の大きさを超えるとなれば、軍艦に搭載できないんじゃないかな。外形寸法は現在の飛行機を越えないように再設計して欲しい』
『了解しました。搭載装置を含めて概念設計を行います』
後は任せておこう。
再度桟橋に画面を切り替えると、だいぶ落ち着いてきたようだ。
工兵の一団が整列してるけど、やはり工兵はドワーフ族がほとんどだ。トラ族や人間族が混じってはいるが、さすがにイヌ族やネコ族の連中はいない。
『戦闘艦が定位置に着きました。リバイアサンの監視所からの情報は指揮所を通して各戦闘艦に連絡体制が出来ているようです』
『了解。アリスの方でも情報を確認しておいて欲しいな。何かあれば知らせて欲しい』
となると、そろそろ輸送船が動くんじゃないかな。
先ほどまで整列していた工兵達が、続々と輸送船に乗り込んでいる。すでに戦機輸送艦で分隊規模の獣機が出掛けたようだから、今頃は測量と杭打ちが始まっているに違いない。
いよいよ砦作りが始まるんだな……。
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昼食は女性4人と俺1人の食事になった。
カテリナさんと俺以外は王族になるから緊張してしまうのは仕方がない。
サンドイッチとスープにオレンジ味のリンゴのような果物が昼食になる。皆上品に食べているけど、俺にマナーを要求されてもねぇ……。
「直ぐに始まるのかと思いましたが、やはり順番があるのですね」
「測量結果に基づいて、今頃は図面に修正を行っているはずです。城壁の石を探しに谷の奥に戦機輸送艦が向かいましたから、案外土台造りの掘削は午後にも始まるかもしれませんよ」
高さ20スタフ(30m)の城壁は、底辺の横幅だけで15スタフ(23m)だ。城壁の上には10スタフの回廊が作られる予定だ。谷の横幅だけで500スタフ(750m)もあるからなぁ。土台造りだけで1か月は掛かるんじゃないか?
「フェダーンの話では、城門の上に駆逐艦の2連装砲塔を乗せるらしいわよ。その方法なんだけど、飛行船を使うと言ってたわ」
「大丈夫なんですか? かなりの重量になると思いますけど」
「5トワ(15t)ほどなら問題ないみたいね。総重量は10トワ以上ありそうだから、いくつかに分割して運ぶんでしょうね」
クレーンはあるんだろうけど、移動して使える物でもなさそうだ。それに釣り上げ荷重が3トワも無いらしい。
飛行船の利用が上手く行けば良いんだが、ちょっとした見物かもしれないな。
昼食後、カテリナさんの生物の分類についての疑問に答えていると直ぐに夕刻が近づいてきた。
夕食前の偵察は早めにやっておいた方が良さそうだ。
「偵察に出掛けてきます!」
「帰ったら続きをお願いね。まだまだ疑問はあるんだから!」
「行ってらっしゃい」と軽くキスしてくれたんだが、隣のユーリルさんが噴き出したいのを必死になって我慢している。肩がピクピクと動いてるんだよなぁ。
エレベーターに向かって歩きながら、ライターモドキの磨かれた表面で顔を見ると、しっかりとキスマークが付いていた。
急いでハンカチで落としたけど、誰かに見られたら笑いものになるだけでは済まないような気がする。
俺で遊ぶのは、ある程度周囲を気にして欲しいところだけど、カテリナさんだからなぁ……。
アリスに乗って離着陸台に向かう。
飛行機の整備をしているドワーフ族に、アリスが片手を振ると、俺達に向かって一生懸命手を振ってくれた。
俺が動かしてると思っているのだろうけど、ちょっとした動きは全てアリスの自律電脳が判断して行っている。
そのしぐさを見てると、やはりアリスは人間なんじゃないかと思ってしまう。
『私はロボットを越えていると自覚していますが、人間ではありませんよ』
「そうかな? 整備員に手を振ることはロボットならしないと思うよ」
『ベルッド様と一緒に、私をいつも磨いてくれるんです』
そういう事か。知り合いってことなんだろうな。
それはかなり人間臭いと思うんだけどね。
「周囲200kmを見て来ようか? 大型魔獣なら一晩で100km近く移動しそうだからね」
「了解しました。それでは出発します!」
ジョイスティックをグイッと手前に引く。それがトリガーとなってアリスは離着陸台から勢いよく上空へと飛び立った。