M-029 戦鬼を見付けた
眠りから覚めた時には陸上艦の揺れが収まっていた。
時計を見ると3時間ほど寝ていたようだが、カテリナさんはいつ帰ったんだろう?
起きようとして毛布を剥いだら、どうやら裸で寝ていたらしい。
それに、この香水は……。ひょっとして確信犯か? あのワインも少し怪しいな。飲んだら、すぐに眠くなった。
とりあえず着替えを済ますと、恐る恐る窓を開けてみた。外壁の窓の扉を開くと、月明かりに照らされた荒れ地が見える。どうやら嵐は去った感じだな。
夕食時は当に過ぎているけど、あの嵐の中で調理したとも思えない。とりあえず甲板に出れば少しは様子も分かるだろう。
3階と甲板は同一の高さだ。通路を船首方向に歩いて扉を開けると、思わず目を見開いてしまった。
騎士団総出で甲板の砂を除去している。 魔法で除去する方法もあるようだが、せいぜい汚れを落とすぐらいだからなぁ。
まるで砂場のように膨大な砂の量ではどうしようもなさそうだ。スコップにバケツとホウキが主戦力になっている。
「ぼうっとしてないで、これを使うにゃ!」
ネコ族のお姉さんに渡されたバケツを使って、甲板の砂を集めて荒れ地に投げ捨てる。
何か、個室で食事の連絡を待っていた方が良かったようにも思えるけど、これをどうにかしないとヴィオラを動かせないということなんだろう。
「リオじゃない!ドミニクが探してたわよ」
ホウキを使って集めた砂をバケツに入れようとしたら、フレイヤに声を掛けられた。
「あまり待たせちゃまずそうだな。ところでアレク達を知らないか?」
「兄さん達なら獣機と一緒になってタイヤを掘り出してるわ。今魔獣に襲われたら全滅しかねない状況よ」
「分かった!」と答えたところで操船楼に走っていく。
確かに、動けないんじゃ防ぎようもないってことだ。カテリナさんを恨みたくなるけど、今更言っても始まらない。
会議室の扉を叩き、返事が返ってくるよりも先に扉を開いた。
ドミニク達と、なぜかカテリナさんが椅子に座ってコーヒーを飲んでいる。
「すぐに出発してくれない?」
「周辺の偵察ですね。万が一、接近する群れがあった場合は処置しても構いませんね」
「この状況では、他に方法が無いわ。動ける状態になったら連絡するから、それまでの対処は全てリオに任せます」
とりあえず追い払うことを主眼としよう。それでもダメなら、ということで対処すれば良いだろう。俺とアリスで大型魔獣の群れでも狩ることになったら、騎士団が俺達に依存してしまいそうだ。
ドミニクに了解を告げて部屋を出たのだが、ドミニクが珍しく大きな声で話しているのが聞こえてきた。カテリナさんを叱責してるんだろうか?
実の母親なんだけどねぇ……。
カーゴ区域に行くと、舷側の扉がすでに開いている。
俺の姿を見付けたベルッド爺さんがタラップの手配をしてくれた。
「皆はすでに出ているぞ。じゃが、リオは別命じゃな?」
「周囲を確認してきます。銃は弾丸が入ってますよね?」
「準備できとるぞ。とりあえずは3時間を確保するよう頑張ってくれ」
タラップを上ろうとした俺の腰をポンと叩く。
コクピットに納まったところで、胸部装甲板を閉じながら扉にアリスの体を向けると、ベルッド爺さんの合図でヴィオラから走り出した。
ヴィオラのマストにある監視台から視認できない距離を取ったところで、地上を滑空する。
『あのワインですが、催眠導入剤が混入していました。毒ではありませんからそのままにしたのですが』
「とりあえず目が覚めたからいいけど、万が一の時は起こしてほしいな」
ひょっとして、マッドな魔道士を魔導師ということになるんだろうか?
アリスが俺を人体実験に使った魔導師を葬ったと言っていたが、博士と言われる高位魔導師は、皆マッドなのかもしれない。
次に会う時には気を付けた方が良いだろうな。
ヴィオラを起点に周囲100kmの状況を確認したところで、ヴィオラに符丁を使って状況報告を行う。
さすがに嵐が去ったばかりだから野獣も魔獣も大きな群れを作っていない。南東方向60km付近に1つの群れが作られ始めているが、群れが移動するまでには至っていないようだ。
ヴィオラの様子を、赤外線センサーを使って状況を見ながら周辺の監視を続ける。もう少し外側を一度確認しようと、ヴィオラからの距離を30kmほど離れて周回を始めた時だった。
『マスター、微弱ですが金属反応があります』
「金属鉱脈ってことかい?」
『いえ鉱脈ではありません。……少しコースを変えて確認します!』
アリスが北北西に進路を変えた。すでに真っ暗闇だから、かなりの砂塵を上げたはずだけど誰も見る者はいないはずだ。
『地下10m付近にかなり大型の物体が埋もれています。大きさは戦機に近いのですが……』
要するにはっきりと断定はできないということなんだろう。
砂の海にたくさんの戦機が埋まっているとは聞いたけど、果たしてこれがそうなのかはわからないな。
露出してるなら分かるんだろうけどね。
「符丁で通信を送れるかな? もっとも戦機らしきもの発見なんてのは無かった気がするけど」
『文字コードで送ります。3桁の数字で表音文字を送れば分かるでしょう』
アリスが座標を特定したから、再度この地を見付けるのは簡単だろう。俺達は周回コースに戻り、アリスはヴィオラに通信文を送った。
通信文を送って数分も経たぬ内に、【場所を確保せよ!】との通信が舞い込んできた。真偽がまだわからないけど、可能性があるなら掘ってみるということなんだろう。
アリスが目標の方向と距離を再度暗号で送信したところで、俺達も先回りをして待機することにした。
『タイヤの掘り返しは終わったみたいですね。速度20km/hは昼間の巡航速度と変わりません』
「だけど2時間近く掛かりそうだな。となると、この動きも気にはなるぞ」
この付近で活動している騎士団の1つが近づいている。このまま進めばヴィオラがこの場所に着く前に、3kmほど北を通過するだろう。
果たして俺達に気が付くだろうか?
埋設物だから俺達がいなければそのまま通り過ぎるようにも思えるんだが。
一応、アリスが追伸として接近する騎士団について通信をしたようだ。さて、ドミニクはどうするのかな?
ヴィオラとの距離が10kmほどになった時だ。ヴィオラから高機動の物体がこちらに向かってくる。
『戦機ですね。場合によっては1戦を覚悟したようです』
「物騒だな。やはり戦機とドミニクは考えたみたいだけど」
仮想スクリーンには戦機に続いて自走車まで発進した様子が見て取れる。
さすがに獣機までは出さないようだ。だけど発掘のためにカーゴ区域で準備は進められているのだろう。
アレク達の戦機が2kmほどに近づいた時、上空に信号弾を発射して位置を教えてあげる。
すぐに、俺達の方に進行方向を微妙に変えたから、弾丸の炸裂を視認したんだろう。
「そこか!」
「この下です。でも何があるのかまでは分かりませんよ」
「それは気にしなくてもいい。だが場合によっては、ということで俺達は十分だ」
全速力で俺達のところにやってくると、俺の傍にザクッと音を立てて、魔撃槍を突き立てた。
「この周囲を俺達で確保する。リオは周辺の監視を続けてくれ。万が一にも他の騎士団と争うような時には遊撃してくれよ」
「分かってます!」
アレクとの通信を終えると、直ぐにその場を後にした。数kmの範囲で周回すればいいだろう。すでにヴィオラは10kmほどのところまで来ている。
『どうやら、この騎士団はヴィオラ騎士団の動きに気が付いたみたいですね。周囲に数台の自走車を出しています』
「規模としてはヴィオラ騎士団と同じぐらいの陸上艦だな。戦機も同じぐらい揃えてるかもしれないぞ」
『レールガンなら大破は容易いです。敵対したらということでいいですね?』
敵対行動を見せるなら即時介入ってことか?
それも少し性急な気がするな。相手と撃ち合ってからでも十分なんじゃないか。
「こちらはナルビク王国所属のファンデル騎士団。貴騎士団の名は?」
「こちらはウエリントン王国所属のヴィオラ騎士団。ファンデル騎士団との通信を得て光栄の至り。現在作戦途上であれば、貴騎士団の接近をご遠慮願う」
中々おもしろそうな名乗りを上げてるな。
さて、相手はどう出るんだろう? 少なくとも周辺に自走車を出してはいるが、すべてアリスが状況を確認している。
「ヴィオラ騎士団との最接近はおよそ1.5カム(2.2km)となる。進路変更が必要や否や」
「1カム以内でなければ進路を変える必要なし。貴騎士団の健闘を祈る」
たぶんギリギリまで近づくんじゃないかな。偵察車は更に接近するだろう。ヴィオラから3kmほど離れて状況を見守ることにした。
ヴィオラが目標地点近くに止まった。舷側の扉が開き、獣機が飛び出して穴を掘りを始める。
それだけなら狩りの下準備に見えなくもないが、細長く溝を掘るのではなく一カ所を掘り始めたからなぁ。ファンデル騎士団の陸上艦が速度を落として、ヴィオラの作業現場に近づいているのが動態センサーではっきりと確認できる。
互いの偵察車が数百mほどに近づいているけど、偶発的に戦闘が始まることも考えなければなるまい。
光球を使ったランプの下で穴を掘っていた獣機の姿が、いつの間にか穴の中に隠れてしまった。かなり深くまで掘り進んだのだろう。
2隻の陸上艦がにらみ合いを続ける中、【発見!】との通信が通常の魔石通信で周囲に伝えられた。
アレクが現場に出向いて確認しているのが見える。
「ドミニク、戦機じゃないぞ。これは戦鬼だ!」
アレクの通信が伝わると同時に、ファンデル騎士団の陸上艦がこちらに進路を変えた。走行しながら舷側を開いて戦機が次々と周囲に展開する。
「どうでしょう。我等に譲って頂くわけには? 中位魔石を100個進呈できますが?」
「発掘したのは我等ヴィオラ騎士団。こちらこそ戦機を中位魔石100個で譲って頂きたいところです」
「我等の戦機は6機。そちらは4機とお見受けします。そもそも戦にならないと思うのですが?」
「そうですね。我らが勝利するのは確定ですから。今の状況で進路を変えるなら王国間のトラブルには発展しないと思います。会話は魔石に記録しておりますから、ファンデル騎士団壊滅の報告をしてもヴィオラ騎士団が罪に問われるとは思いません」
「どうしても譲らぬと?」
「取引はしません!」
すでに獣機は陸上船の後方に退避したようだ。
アレク達も地に伏せて身を隠しているけど、戦機の位置は向こうには分かっているようだな。
「アリス、陸上艦の舷側を狙え。この成り行きじゃ、1戦しないと収まらないぞ」
『舷側砲を狙うんですね。了解です。照準補正は私がします』
何もない空間が歪んでその中に手を伸ばしたアリスがレールガンを掴んだ。
距離は少し遠いが、なんとかなるんじゃないかな。
陸上艦の舷側から次々と大砲が出てくる。20門近くあるんじゃないかな。
ゆっくりと進路を変えて、ヴィオラに舷側を向ける。距離は700mほどだ。どれほどの威力かわからないけど、試作巡洋艦の強度に期待するほかないな。
陸上艦の舷側から突き出た大砲に、レールガンの照準を合わせようとした時だ。
陸上艦の舷側砲が火を噴いた。
レールガンのトリガーを引く。着弾を確認せずに横方向に照準を移してトリガーを引き続けた。