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M-288 系統樹の根元


 デッキから星の海の北の果てが見えたのは、17時近くになってからだった。

 グリーンベルトの幅を考えると、今夜の内に抜けてしまいそうだな。明日の早朝には目的地に到着できそうに思える。

 となると……。


「今夜は徹夜になりそうだわ。砦建設位置の手前300スタフ(450m)にリバイアサンを停めるまでは制御室にいるつもりよ」

「俺も、待機しているよ。夕方の偵察結果では数頭のチラノが10ケム以内をうろついていたからね。とりあえず危険はないけど、荷下ろしを始める前には再度偵察してくるよ」


 フェダーン様達は指揮所で食事をしているらしい。

 制御室近くにも休憩所があるんだが、あまり利用されていないようだ。制御室の連中は交代で食堂まで食べに行くらしい。


 エミーがマイネさんに夜食を頼んでいたから、制御室に大皿に山盛りにしたサンドイッチが届けられるんじゃないかな。


「いよいよ始まるけど、先ずは谷を塞ぐ城壁造りからだろうね。昔、フェダーン様に谷に作る砦について何度か話したことがあるんだ。アリスが詳細な図面まで作ったんだが、場所に合わせて少し直さなくてはならないだろう。それは軍の方で変更を掛けたはずだし、尾根を利用した宿舎や、桟橋はかなり変更がいるだろうな」


 見た目は岩肌なんだが、どんな岩なのか確認していないんだよなぁ。

 強度不足となれば、別の谷に変更することも考えなくてはなるまい。 

 だけど、岩の強度はどうやって測るんだ?


『戦機を使って鉄の杭を打ち込むようです。ハンマーで3回叩いた時に杭がどこまで深く刺さるかが強度判定の目安になります』


 原始的だけど、理には適っているかな?

 1回でなく3回というのは力加減の平均化ということなんだろうな。経験則のような判定基準だが、大まかな評価はできそうだ。

 エミー達の仕事が一段落してからが俺の仕事になる感じだけど、寝ていることは出来ないだろう。

 リビングで、ずっと待機しているか。


 1人でのんびりできそうだと思っていたんだが、同じように当座の仕事がない人物が2人いたようだ。

 カテリナさんとユーリルさんが、俺と一緒にリビングで待機している。

 アリスから贈られた顕微鏡で小さな世界を楽しんでいると思ったんだけどなぁ。


「おかげで極端に生物の範囲が広がった感じね。あんなに小さな虫がいたなんて信じられないわ」

「虫の種類は足の種類で大別し、その後で羽の有り無しで細分化できそうです」


 中々良いところに着眼しているみたいだ。思わず笑みが浮かんでしまった。


「あらあら、その分類で良いってことかしら?」

「先ずは外観からということでしょう? バッタとクモが枝を分けますね」

「ミミズもそうね。でもこれだと分類できない種類が出てくるの」


 カテリナさんの話では、バッタと蝶の違いが問題らしい。変態をどう捉えるかが課題になったようだ。


「カテリナさんは、蝶の一生についてどれほどご存じですか?」

「蝶でしょう? 卵から毛虫になって、さなぎを経て蝶になるのよね。それぐらいは知っているけど、毛虫と蝶では変化があり過ぎるわ。あれって完全に別の生物になったんじゃないかしら?」


「基本は成虫というか大人の状態で判断すべきでしょう。成長するにしたがって形を変える生物はかなり多いですよ」


 カエルだってそうだし、ウナギだってそうだからなぁ。カニやエビは孵化直後なら姿が似ているんじゃないかな。


「知っているようで案外知らないことが多そうですね。私のライフワークとして取り組んでも良いでしょうか?」

「ユーリル様なら、最適かもしれないわ。先は霧に覆われているけど、私達の体が魔石に対して強い拒否反応を示す理由が分かるかもしれないわ」


 それを考えると、魔獣の解剖は早く行ってみたくなるんだよなあ。

 偵察帰りにやってみようと思っても、中々時間が無いのが問題だ。

リバイアサンを停泊させてから、何とか行ってみよう。


 たまにカテリナさんがエミーに状況を確認している。

 現在はグリーンベルト上空を移動しているようだ。時刻が22時を過ぎているから、やはり到着は明け方になるだろうな。


 日付が変わったと思ったら、ミイネさんがテーブルにコーヒーとサンドイッチを運んでくれた。

 3人で系統樹を眺めながら夜食を頂く。

 最初から比べてだいぶ枝が増えている。それに書き込みがまるで葉のように枝にさがっている。まだまだ書き込みが増えていきそうだから、まるで大樹を描いた絵のようになってしまいそうだ。


「これを見ると、リオ君が生命を大樹に例える意味が良く分かるわ。でも、これって別の意味があるようにも思えるんだけど……」

「大樹の根元……、そこにいる生命体は何か? という疑問ですね」

「リオ君は分かっているのね?」


「分かっているというか、人間の成長をカテリナさんに見せましたよね。あの最初の状態がいかにして生まれたか。それを取り入れた魔道科学はカテリナさんだって行っていますよ」


 俺の言葉にちょっと首を傾げていたカテリナさんだったが、やがて、ポンと膝を打った。


「ホムンクルス……。疑似生命体ね。あれだけ大きく育つんだけど、自律神経組織が育たないの。おかげで、人間が動きを制御することになるのよ」

「最初にその話を聞いた時は驚きました。この世界は命を作っていると思ったぐらいです」


 だけど直ぐに、生命とも呼べないことを知った。ホムンクルスは人間が管理していないと、直ぐに壊死を起こし始める。その上子孫を残すことはない。生きているとは言えないだろうな。それで生命体とは異なるということで疑似生命体と呼ばれているようだ。


「俺が着目したことは、ホムンクルスが筋肉組織は持っていますが、消化器官を持っていないことです。肺もかなり変わっていますね。あれは設計通りに動く有機的なゴーレムと言った方が適切かもしれません」


 ゴーレムなら、指示に従って動くことができるが、ホムンクルスは魔道科学術式により操者である獣士の思考が無ければ動くことが出来ない。

 ある意味、戦機よりも獣機の方が動かし方は複雑な気もするが、獣機を動かすのは誰でもできるんだから不思議な話だ。


「ホムンクルスを作っても、脊髄に魔法陣を描かなければ動くことはないわ。ゆっくりと腐敗していくだけよ。いくつかの魔法陣を刻むことで初めて獣機に使えるの」


 小さな傷でも動物のように治ることはない。それなりに強靭な体ではあるけどね。

 ホムンクルスの体を維持するために、循環系に定期的な栄養源を補給すること、その循環系を魔道機関で強制的に動かしているらしい。

 

「ホムンクルスを動物とみなすことは出来ないでしょうね。ゴーレムにしても同じよ。となると、また疑問が増えてきたわ。生物っていったい何なのかしら?」

「神が作り出した動物……、それを生物と言えれば一番なんでしょうけど」


 思わずユーリルさんに視線が行ってしまった。

 中々鋭いな。その御業を追求していけば、本来の系統樹と古代帝国によって作られた生物の違いが見えてくるかもしれないぞ。


「神が作り出したものが生物という事ね……。神殿が喜びそうな答えだけど、リオ君的には反論があるんでしょう?」

「反論できないんです。前に人が生まれるまでに母親の体の中で起きる画像をお見せしましたよね。なぜ、最初の1個の小さな細胞が複雑な人の体を作るのか……。俺には神の御業としか思えません」


 俺を見つめるカテリナさんに笑みが浮かぶ。


「神を探すことが自然科学の目標でもある、と言ってたわね。リオ君は神を信じるということが良く分かったわ。現状でそれ以上することができないと分かった時に、神の偉大さが自覚できるという事かしら」


「それでも、科学が進めばその謎が解けると思いますよ。ですが、その後に新たな御業を見出すことになるでしょうね。どこまで行っても終わることがない。それが魔道科学とは異なる新たな科学なんですから」


「神殿の神官とは異なる、新たな神官の形なんでしょうか?」

「違うと思うわよ。神殿の神官は神に祈るだけ、リオ君の場合は神を見付けようとしているのかもしれないわ。あるいは……」

「神になろうなんて野望はないですよ」


 一応、言っておこう。

とは言っても、邪な考えを持つ科学者が出てこないとも限らない。そういう連中の中には、自分の発明や発見を見せて神を語る者も出てこないとは限らない。だがそれは詐称であって、人間が神になるなんてことは無いからね。

 神を名乗る輩が出たなら、異端者として社会から早めに抹殺した方が皆の幸せに繋がるだろう。


「神の存在を辿る学問、ということですね。それは巡礼の旅に似ているのかもしれませんね。できれば私も同行させて頂けませんか?」

「今、ここで話を一緒にしているんですから、すでに仲間だと思っています。古代帝国の断章は神話や聖典の中にも入っていると思いますから、ユーリル様の意見は俺達にとって貴重だと思っていますよ」


 とはいえ、全身に魔法陣を彫って魔石の粉を擦り込んだ人物だからなぁ。今でもユーリルさんを抱くと魔法陣が白い肌にピンク色で浮かんでくる。

 普段は聡明で大人しいんだけど、心根はかなり過激な人物じゃないかな。

 導師と異なり肉体の外形が変わったわけでは無いんだが、カテリナさんの診断結果では少し内臓の変化がみられるとのことだ。

 だけど、カテリナさんは人体解剖をしたことが無いらしいから、あくまであの虫眼鏡みたいな魔道具を通した所見なんだろうけどね。

 神に仕える神官であることを名目に、科学実験や論文の内容に目を通して、新たな科学という学問が人道に外れないように見守ってくれれば良いのだが……。


「そういえば、1つ疑問があったんだけど……」


 コーヒーカップをカウンターに戻して、代わりにワインとグラスを運んできたカテリナさんが呟いた。

 グラスに並々と注がれるワインを、飲んで大丈夫かな? という思いで眺めていたから、カテリナさんに向かって首を傾げる。


「この世界のすべての動物は、この系統樹のどこかの枝の先にあるわけよね。それなら魔獣も、この系統樹の中に入らないとおかしくない?」


 気が付いたということかな。

 それがこの世界に矛盾点だ。1つの世界に2つの系統樹があることが不自然だからね。

 

「前にも話したことがあると思うんですが、この世界には2つの生態系があるということで説明がつくと思います。

 1つは20憶念以上かけて穏やかに枝を伸ばした系統樹を元にする生態系。もう1つは古代帝国が何らかの手段で作り上げた魔獣の生態系です。さすがに20億年もかけることができませんから、急激にそれらを人為的に構築したのでしょう。魔気を作る魔獣、魔石を作る魔獣の関係はまだ詳しくは分からない状況です」


「魔獣を作ることができるの?」

「進んだ科学は魔法と同じです。アリスを戦姫とカテリナさん達は呼んでいますけど、まったく別の存在ですよ。アリスが魔法を使えるのはパルケルスの文献を全て読破したからですし、使ったことは先のスコーピオ戦で俺の使う魔法を拡大しただけですからね。アリスの持つ能力全ては、科学の力の産物です」


「アリスはゴーレムでは無かったのね……。となると?」

「アリスの大元は、あの物騒なロボットだと思います。自分の事を人によって作られたと言っていましたから」


 だが、アリスをロボットと言って良いのだろうか? 微細な名のマシンやピコマシンの集合体が、アリスであり俺だからなぁ。

 すでに無機生命体といっても良いような存在、それが俺達なんじゃないかな。


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