M-287 生物を分類するのは案外難しい
「ただいま戻りました。状況を説明します。アリス、お願いするよ」
偵察から帰ってきた俺は、直ぐに指揮所へと向かった。
ヴィオラ艦隊周辺の偵察を終えたところで、今度は砦建設位置周辺の偵察をこなしてきた。
制御室でも、エミー達が状況報告を聞いているに違いない。
「砦建設はこの谷になります。画像もありますから、後で確認ください。谷の東西200ケム、谷の奥と谷から星の海までの魔獣の分布はこのようになっています」
「赤がチラノタイプ、黄色がトリケラタイプということだな。『〇』印の大きさが個体の大きさというわけだ……。となると『×』印は何なのだ?」
「獣を分類してみました。赤が肉食と思しきもの、黄色が草食性です」
「ここまで北上すると、チラノもトリケラも無いだろうな。同じように危険な魔獣になるだろう。獣も星の海の南岸よりは獰猛なのだろうが、やはりオオカミの類か?」
「星の海近くのグリーンベルト地帯にはトラが潜んでいましたよ。群れを作りませんが、体長3スタフ(4.5m)を超える怪物です」
「建設時の警備について再考した方が良さそうだな。リオ殿にも期待しているぞ」
「了解です。それと、この谷の奥まで言って気が付いたのですが……」
谷そのものが岩山のようだ。谷の出口が扇型に細かな砂利が堆積していたから、長い年月で雨が削ってできた谷ということになる。
谷底に何度か下りてみたのだが枯れかかった草がところどころに生えているぐらいで乾いた土地そのものだ。
「最大の課題は水の確保になりそうです。北の大山脈の麓ですから水脈はあるでしょうが、見た限りでは、水脈があるかどうか疑わしいですね」
「30スタフ程度なら、魔道機関で動かす揚水機がつかえるが……。場合によっては、隠匿空間から運ぶことになりかねんな。砦建設位置から星の海まではどの程度の距離になるのだ?」
「およそ100ケム(150km)ほどであったかと」
隣の副官に問いかけると、副官が直ぐに即答した。彼なりに砦位置についていろいろと調べたんだろう。
「場合によってはリバイアサンで水汲みを考えれば良かろう。輸送船1隻よりも一度にたくさんの水を運べそうだ」
それも仕事の内ってことかな?
アリスが囁くように教えてくれた話では、大型輸送艦2隻ほどの水をリバイアサンの中に蓄えてあるらしい。
コーヒーを一杯頂いたところで、指揮所を後にした。これから防衛計画の見直しをするそうだから、俺はいなくとも大丈夫だろう。
エレベーターホールに向かって歩いていると、フレイヤとロベルがキックボードに乗って通路を走ってきた。
「お帰り!」
「会議かい? ご苦労様!」
防衛計画の見直しとなれば、ヴィオラ騎士団からも参加者が必要だったということか。確かに俺よりフレイヤが適任だろう。ロベルは副官扱いということになるのかな?
どんな防衛対策を行うかは、夕食時に教えてくれるに違いない。
リビングに戻ると、いつものようにカテリナさんとユーリルさんがソファーに座って仮想スクリーンを見ながら話し合っているようだ。傍に行くと捕まりそうだから、デッキに出て望遠鏡で進行方向を眺めてみた。倍率は10倍なんだけど、まだ湖岸の緑が見えないな。
夕暮れ近くになれば見えてくるに違いない。途中で狩りをしたけれど、航行予定に遅れはないようだ。
風で作られたさざ波を眺めながら一服を終えると、吸殻を携帯灰皿の入れてリビングに戻った。
「まだ見えなかったでしょう? エミーに聞いたら3時過ぎには見えるかもしれないと教えてくれたわよ。マイネにワインをお願いしてくれない。コーヒーは飽きてしまったわ」
思わず自分を指さしてしまったけど、カテリナさんが頷いているからマイネさんが見つからない時には俺が運ばないといけないようだ。
カウンターから、奥に声を掛けると、直ぐに奥の部屋の扉を開けてミイネさんが顔を出してくれた。
「ワインを3つにゃ? 了解にゃ」
ほっとしながらカテリナさん達の座るソファーに向かうと、テーブル越しの位置にあるソファーに腰を下ろした。
「やはり魔獣はいたのかしら?」
「チラノが3頭、トリケラ数頭の群れが2つというところですね。3つの群れとも建設予定位置から10ケムほどの距離でした。明日の確認次第では、リバイアサンの副砲で追い払うことになるでしょう」
「やはり北の回廊は、危険性が高そうね。騎士団も単独移動ではなく、同盟関係の騎士団と協力しながらの移動を考えるべきかもしれないわ」
「場合によっては、軍の補給艦隊と行動を共にするということもあるでしょう。新たに作る砦は4つ。最後に作る砦は星の海の西岸ですからね。輸送計画をきちんと立てないと、魔獣の脅威もさることながらハーネスと同盟軍との一戦もあり得る話です」
「ようやく、この何もない風景も終わるのね。たまに島があるけど、この辺りはかなり湖が大きいみたい」
「湖は1つだけでは無かったのですか?」
「たくさんの湖があるのよ。沼みたいな小さなものだってあるの。不思議なことに、この湖に流れ込む河は1つだけなのよ。でも流れ込む水量より多くの水が星の海から王国に向かう2つの河に流れているわ」
湖のどこかに北の大山脈に振る雨が伏流水となって湧き出しているのだろう。
湖の調査なら、そんな調査をしてほしいところだ。
そういえば、しばらくハーネスと同盟軍の調査船を見ていないけど、明日は少し足を延ばしても良さそうだ。
「ところで、リオ君。鰻と蛇は同じ動物なんでしょう?」
質問が曖昧過ぎるぞ。それなら動物ということで同じになってしまうけど、まったく別ものだ。爬虫類と魚類だからね。似ているのは同じように体が長いってことだけなんじゃないかな。
「同じ動物ではあるんですが、2つとも幹から延びる枝が分かれているわけではありませんよ。カンニングより答えになってしまいますが、ヘビはトカゲの一種ですし、ウナギは魚の仲間です」
「でも、案外似てるいのよ。違いは鱗や毒の有無ぐらいじゃないかしら?」
やはり外見を優先するとこうなってしまうのか……。魚やカエルを解剖したことはないんだろうな。
「こんな道具を作ってくれませんか?」
先端形状の異なるメスが3本に大小2つのハサミ。それにピンセットが2種類と先が真っ直ぐな針の付いた棒が2本……。これぐらいあれば十分かな?
「何をする道具なの?」
「動物の体を切り開いて、その構造を調べるんです。外形だけでなく、体全体を調べればさらに分類が捗りますよ。とはいっても、人を解剖するようなことはしないでくださいよ。将来的には必要でしょうけど死者に対する冒とく行為として神殿から訴追されかねませんからね」
俺の話している途中から笑みが浮かんでくるんだから、まったく困った人だなぁ。
「死者を切り刻むのは確かに問題になるでしょう。ですが、それができる場合もあります」
「極刑を執行された犯罪人ね。それでも神の身元に行けるようにと、神官が刑の執行前に祈りを捧げると聞いたことがあるけど?」
「私は1度極刑に立ち会ったことがあります。首を斧で刎ねられた後は家畜運搬用の荷車に載せられて船で沖に運ばれました……」
「その後のことは私も聞いたことがあるわ。体をずたずたに斧で断ち切って海に流すらしいわね。……確かにその時なら人体をばらばらにできるわ!」
カテリナさんの魔道具で体の中を見られる大きな拡大鏡のようなものがあったけど、あれってどれぐらいの性能があるんだろうな。
それで事前に調べるのも1つの方法だと思っているんだけど……。
「良いことを教えて貰ったから、サービスしないといけないわね。ちゃんと飲んでいるんでしょう?」
「一応飲んでますけど……」
「次も期待してて良いわよ。今調合しているところなの」
何の期待なんだ? そもそもあれは、サプリメントみたいな代物だったはずなんだが。
ワインを飲みながら2人の話を聞くと、やはり1人より2人ということになるな。それなりに思索が深まっているのが分かる。導師も隠匿空間の弟子達と討論を繰り返しているかもしれないし、学生達だって大勢いるんだから常識にとらわれない発想をしているんじゃないかな?
「……なるほど、あの魔道具で体を調べるのも大事だという事ね。生きてるならよりその動きが分かるのなら、魔道具の改造も必要になってくるわね……」
「俺としては魔獣の分類についても考えるべきかと思っています。一口に魔獣といっても種類は多いですし、魔獣と言われていても魔石を持たないものもいるみたいですね。アレクの話では星の海の北方を囲むグリーンベルトには魔石を持つ獣もいるという話でした。なぜ、魔石を造れるのか……、人間はなぜ魔石に強い拒否反応を起こすのか。興味は尽きませんね」
「系統樹を作ることでそれが見えるかもしれないという事ね? となると、確かに外見だけで分類するのは危険かもしれないわ」
「でもリオ様は、系統樹の姿を知っているのでしょう? なぜそれを今教えてくれないのか理解できないのですが?」
「答えを教えて貰うのでは学問は発達しないと思っているんです。『なぜ?』という疑問に答えるべき努力することで学問は発達してきたはずです。リバイアサンを見る限り、古代帝国の科学は途轍も無く高度で体系化されていたとしか思えません。
その過程で禁忌に触れ、なおかつ時の施政者がそれを利用しようとしたために、取り返しがつかない泥沼の戦いが始まったかのように思えてなりません」
「安易に知ることで、不幸を未然に防ごうと……。なるほど、理解致しました。答えは教えずにヒントを与えるということですね」
それでも、古代帝国の歩んだ科学の道を大幅に狭めることができるだろう。
人道に外れた行為を監視する導師の役目は、かなり重要になるはずだ。