M-279 1人でものんびりはできないようだ
軽巡の仕官室ではエミー達ご婦人方が、スゴロクゲームに興じている。
俺は甲板で、スキットルのブランディーをチビチビと飲みながらの一服だ。
今朝早くに王都の長城を越えたらしいから、明日の夕刻には軍の拠点に到着するだろう。
この船1隻だけかと思っていたんだが、通常型駆逐艦と輸送船2隻が随伴している。
ヴィオラⅡは元が巡洋艦だからだろう、すでに俺達の視界の先に進んでいるみたいだ。
「ブリアント騎士団の陸上艦は昨日の昼に出発したらしい。軽巡洋艦の改造型だから
戦力的には問題あるまい」
「カテリナさんは少し遅れるようです。飛行船で追いかけてくると思います」
俺の隣にフェダーン様がやってきて舷側の手すりに身を預けている。木枠じゃなくて鉄のポールと鎖だから、ちぎれて落ちることはないだろうけど……、ちょっと心配だな。
「長距離通信機とはなあ……。今頃は弟子たちを使って組み立てているに違いない。王宮とリバイアサンの間で通信ができるならかなり役立つだろう。前に頂いた通信機よりも通信距離が数倍伸びているのだからなぁ」
スキットルを手渡したら、そのままグイっと飲んで返してくれた。
俺があんな感じで飲んだら、しばらく咳き込んでしまうんだけどなぁ。
「中々良いブランディーだ。リオ殿がブランディーを好むなら、用意しておこう」
「お気持ちだけで十分です。それより、明日はリバイアサンに向かいますので、エミー達をよろしくお願いします」
「拠点の客室で待たせておこう。それでリバイアサンはどの辺りにいるのだ?」
「拠点の北東500ケム、というところでしょうか。毎時12ケムで拠点に向かって進んでいます」
「到着は2日後というところか……。輸送準備が出来そうだな。リバイアサンに到着したなら、通信をしてほしい。正確な到着時刻が必要だ」
「了解です」と答えると、笑みを浮かべながら片手を振って艦内に入っていった。
さて、もう一服したところで俺も戻ろう。あまり長く外にいると埃っぽくなるとフレイヤに怒られそうだ。
食事は士官室で士官達と時間をずらしていただく。王族が乗船しているからだろう。普段よりも贅沢な食事だ。
フレイヤ達はヒルダさんに教授されたテーブルマナーで食事をしているけど、俺はいつも通りに食事をする。
ファネル様が笑みを浮かべながら食事をしているのは、俺の食事風景を見ていたからに違いない。
士官室にダブルベッドがあるのは客室としても使えるようにだろう。
3人で寝るには少し小さいんだけど、何とかフレイヤの蹴りを受けずに過ごしている。
翌朝。フレイヤ達をマイネさんによろしくお願いしたところで、アリスに乗ってリバイアサンへと向かう。
お弁当を2食分持たされたけど、明日の朝食はデッキで携帯食料を食べることになりそうだ。何とか明日の夜までには拠点近くに移動しないといけないだろうな。
亜空間移動により、一瞬でリバイアサンのアリス専用駐機台へと移動する。
コクピットから飛び降りると、アリスに指示通りに制御室へと向かった。
艦長席に座ると、制御室のスクリーンが次々と周囲の映像やリバイアサンの状況を映し出してくれる。
まず確認するのは、現在位置ってことかな……。
『軍の拠点まで283ケム。リバイアサンの移動速度は毎時12ケムですから、23時間35分で到着します』
明日の今頃ってことか。昼食はともかく夕食は皆と一緒に食べられそうだな」
多分マイネさん達が、お弁当を沢山持ってやってきそうな感じだ。さすがに明日の夕食を、リバイアサンで作るのは難しいだろうな。
「速度を、これ以上出せないのかな?」
『自動航行を半自動に切り替えましょうか? 毎時15ケムまで速度を上げられます。最大20ケムほどに上げることは可能ですが、マスターもしくは私が制御することになります』
現在時刻が1030時だから、最大速度を出せば真夜中には到着するのか……。早く着いたら、直ぐに積み込み作業をフェダーン様が言い出しかねないな。
兵士達にゆっくり休んでもらうためにも、毎時15ケムで行くことにするか。それなら日の出時刻ごろだろうから、兵士達も朝食を食べての作業になるだろう。
「半自動航行にしよう。アリスに制御はお願いするよ」
『了解です。マスターはプライベート区画でゆっくりお過ごしください』
さて、これでのんびりと過ごせそうだ。
プライベート区画に向かうと、お湯を沸かしてコーヒーを飲むことにした。
陸港の売店で粉のコーヒーを見付けたんだよね。角砂糖も20個入りの箱を買い込んできたから、ゆっくりと味わえる。
マイネさんが淹れてくれるコーヒーとは比べられないだろうが、手軽に飲めるコーヒーとして兵士達に人気があるらしい。
ポットのお湯が沸いたところで、バッグから真鍮製のカップを取り出し、茶漉しにコーヒーの粉を入れてお湯を注ぐ。
安物のコーヒーの匂いがするな。砂糖を2個入れて、事前に開いておいたデッキに向かう。
すでに荒地から草原に周囲が変わっているようだ。大河を越えてだいぶ経つのかもしれないな。
リビングからベンチを持ち出して、コーヒーを飲みながら一服を楽しむ。
この辺りもそれなりに危険な区域なんだろうが、リバイアサンにいる限り魔獣や獣に脅えることはない。
この大きさだからなぁ、海賊だって襲うことはしないはずだ。
「アリス。フェダーン様に到着予定時刻を連絡しておいてくれないかな。500ケム程度なら相互通信ができると思うんだ」
『了解しました』
これで『連絡ぐらいするものだ!』と言われずに済みそうだ。
『時間があるのでしたら、楽譜の学生から提出された質問書を読んでみますか?』
「受け取ってるのかい? それなら読むしかないけど、事前にカテリナさんや導師が選別してくれるはずじゃなかったかな?」
『カテリナ様も質問書を読みながら頷いていたようです。カテリナ様が読み上げた質問書を記録しましたので、プロジェクターを操作することで仮想スクリーンに文字として表示することができます』
選別できなかったということかな? それなら優先順位でも良かったんだけどね。
リビングに戻ってソファーに腰を下ろすと、テーブルの上にプロジェクターを置いて仮想スクリーンを作り出す。
なるほど……、アリスが一応分類してくれたみたいだ。
先ずは生物学から見てみるか……。
1番目は、『生物の分類について教授願いたい』とある。中身を読んでみると、生物といっても多種多様だからその分類に悩んでいるみたいだな。
獣や魔獣、人のように動くものを生物とした場合、野菜や穀物、野の草花は生物としてとらえるべきか否かということらしい。
やはり博物学から入門すべきなんだろうか?
動物、植物、鉱物の3種類毎に少しずつ分類をしていくのが一番だろうな。
動くものは動物とみなすということは極論過ぎるだろう。そうなると食虫植物は動物になってしまいそうだ。
案外動物と植物の区分けを一言で言うのは難しいようにも思える。これも1つの課題になるだろう。さすがに鉱物とは区別できそうだけどね。
それぞれ似た者を集めて分類したところで、なぜその分類になるのかを皆で話し合っても良さそうだ。種、族、目といった系統樹が作れそうだな。
植物学も同じで良いだろう。分類は皆で討論した方が楽しいに違いない。
『今の流れで、報告書を纏めます』
「今考えたことで良いのか?」
『きっかけを作るだけですからそれで十分だと。どのような分類になるのか楽しみです』
後で読ませて貰おう。俺の名で答えるんだから本人が知っておかねばなるまい。
化学を志す連中は、比重に着目したらしい。取り掛かりは良さそうだな。金、銀、銅、それに錫や鉛等が手に入りやすいからだろう。とはいっても不純物が混じっていそうだからなぁ。同じ元素と思っていても、その値がバラ着くことに気が付くのは案外早いんじゃないかな。
確認したいことはこの間の実験だな。空気より軽い物体を固体化する方法はあるのかと書かれていた。
あることはあるんだよな。
多分外惑星のいくつかは水素の金属核を持っている可能性がある。それを採りだすのは現在の魔道科学では無理だろう。
ここは、将来的には可能だろうと応えるしかなさそうだな。方法としては冷やすことで良いはずだ。もう1つ、超高圧での圧縮が考えられるけど、地上でそんな圧力が作れるまでになったなら魔道科学を超える時代がやってきたことになる。
火薬に関わることも書かれてある。現在の火薬を超える爆発力で、サザーランドを壊滅させた爆発までいかぬ火薬は作れるかと書かれているが、答えをどうするかだな……。
『在ると答えるべきかと……。ただし実験する際には、マスターに事前報告を義務付けるべきでしょう』
「それで行くか……、いずれはニトロ化反応に辿り付きそうだからね。強固な実験室と保護具を使えばある程度被害を小さくできそうだ。怪我は反省に繋がるが死んではそれまでだ」
物理の方は、悩んでるな……。面倒でも最初は原器ということになりそうだ。その原器をどのように決めたかが明確なら、後に訂正することも容易だろう。曖昧な原器ではその後の実験の再現性が取れなくなりそうだ。
『この際ですから、MKS有理系を進めては如何でしょうか? マスターも単位変換に悩まずに済みます』
「それも選択肢の1つだけど、この惑星の外周がMKSの値とあっているか分からないよ。まだ球体だと知っている者の方が少ないんじゃないかな」
生活するうえでは、自分達が球体に住んでいようが平面に住んでいようが関係ないからなぁ。
地図を作って初めて知ることになるはずだ。
この惑星の正確な地図はまだ存在していない。大まかな地図はあるんだけど、かなり誤差があるからなぁ。
学生の質問書は結構面白い。それなりの頭脳を持っているから、結構質問の切り口が鋭く思える。
かなりの秀才が揃ったとみるべきだが、あの中に天才はいるんだろうか?
案外、角を隠しているのかもしれないな。
その内に頭角を現して来そうに思えてきた。