M-277 大事なことを忘れてた
「ところで、リオ君は何時まで休暇を過ごすつもりなの?」
フレイヤ達の誘いをどうにか断って、今日こそはハンモックで昼寝を楽しもうとしていた時に、カテリナさんが問いかけてきた。
「皆と一緒に、最後まで過ごそうと考えてましたが?」
久しぶりの休暇だからね。それぐらいの恩恵は合ってしかるべきだ。
「休暇が終わったなら、軍の拠点に集合することは理解してるでしょう? そこから星の海を横断するのよ」
思わず頭の中が真っ白になった。
確かに、そんな話をフェダーン様から聞いたな。ファネル王子殿下へのレクチャーだと思って聞き逃していたこともあるけど、あの工程を守るとなれば隠匿空間の南に停泊しているリバイアサンを軍の拠点に移動しなければならない。
リバイアサンの移動速度を考えると……、あまり時間が無いように思えてきたぞ。
「とりあえずは自動航行で軍の拠点近くまで移動させれば良いと思うけど……。ここから軍の拠点までは早くとも3日は掛かるでしょうから、王都の港に到着してから直ぐにリバイアサンに向えば軍の拠点に問題なく到着できるはずよ」
「そうですね……。失念してました。すぐにリバイアサンに向かいます。夕方には戻りますから、皆にはちょっと出かけたと伝えてください」
急いで着替えると、直ぐに外に出た。
アリスでなら一瞬で行けるんだけど、リバイアサンは戦艦並みの速度だからなぁ。
早めに動かして軍の拠点近くに移動しておかないと俺が糾弾されそうだ。
『アリス。リバイアサンまでお願いするよ!』
『了解しました!』
直ぐに目の前の空間が歪むと、アリスが姿を現した。早速コクピットの収まるとアリスが亜空間移動を行う。
距離に関わりなく動けるのが嬉しいんだけど、座標が明確でないと移動することができないそうだ。
どんな便利なものでも、欠点のようなものがあるというのが良くわかる話だな。
亜空間から抜け出ると、そこはリバイアサンのアリス専用駐機台の上だった。
さて、どうやって自動航行をさせれば良いのだろう?
『制御室に移動してください。艦長席で自動航行の指示と,航行ルートの設定を行います』
「音声入力ということはないんだろうね?」
『キーボード入力に近いですが、それは私がアシストします』
そういえば、前にも隠匿空間近くまで自動航行させたことがあったな。
今回はかなり長距離になるのと、途中で他の騎士団の陸上艦に遭遇する頻度が高くなる。
衝突を回避できるような自律機能があれば良いんだが……。
制御室に入ると、艦長席に腰を下ろす。
中々良い座り心地だ。いつもはここにエミーが据わるのだろう、かすかにエミーが使っている柑橘系の降水の香りがする。
『マスターの体を一時的に制御します』
「ああ、お願いするよ……」
俺の意思と無関係に腕が制御卓に延びると指先がキーボードの上を踊り出す。
仮想スクリーンがいくつか立ち上がり、目の前の仮想スクリーンには目で追えないほどの速さでスクロールされていった。たまに画面が止まるのは、プログラムの選択を行っているようだ。
『ところで、どのように進ませますか?』
「なるべく他の騎士団の邪魔はしたくないな。そうなると星の海を進ませるのが適当だろう」
仮想スクリーンが新たに立ち上がり、地図が表示される。
この地図は、アリスが作ったものなんだろうな。かなり空白部分が残っている。
地図上に太い点線で、リバイアサンの進むコースが表示されたが、少し遠回りして欲しの海を南下するようだ。
星の海で活動してるのは、ハーネスと同盟ぐらいだから特に問題はないだろう。
大河の手前で東に移動して、軍の拠点に向かうことになるのだが渡河地点はかなり東寄りだ。
これだと北東方向から軍の拠点に接近することになるだろう。
「コースはこれで良いだろうけど、大河の周辺と軍の拠点近くは陸上艦が多いんじゃないか?」
『全日程では8日掛かります。休暇の残りを考えますと、大河を渡河した頃にマスターがリバイアサンに戻れば問題はないと思います。一応、陸上艦との距離が30kmいかになるようであれば、停止します』
相手陸上艦が去るのを止まって待つわけだな。
それなら問題はないだろう。だけど、相手が信号を送ってきた場合はどうなるんだろう?
『「現在作戦途上。安全な公開を祈る」と自動返信します。信号は監視所からの発光信号ですから十分視認は可能でしょう』
「了解だ。隠匿空間の指揮所に連絡してくれ。リバイアサンを動かそう」
『指揮所に連絡。指揮所からの返電を確認。「安全な公開を祈る」とのことです。それでは動かします』
足元から小さな振動が伝わってきた。
俺1人だから気が付いたものの、ここに大勢が詰めていたなら分からないだろうな。
『終了です。すぐに戻りますか?』
「せっかく来たんだから、少しゆっくりしていくよ」
誰にも邪魔されることが無いからなぁ。
プライベート区画に移動して、ワインのボトルを手に風呂へと向かった。
誰もいないんだけど風呂にはお湯がしっかりと張ってある。
大理石の彫像と観葉植物の緑がなかなか良い感じだ。
大きく手足を伸ばしながら、ワインをラッパ飲み……。これが本当の休暇かもしれないな。
いつもなら、突然やってくるカテリナさんもいないし、フェダーン様の姿に慌てて風呂を退出することもない。
『よろしいですか?』
「ああ、良いよ。何かあったのかな?」
『長距離通信機の組み立て図と部品の用意が出来ました。出力が大きいですから、風力発電とバッテリーを組み合わせることになります』
「これで王宮との相互通信ができることになるね。フェダーン様にどこに設置すれば良いのかを確認することになりそうだけど、通信機本体の組み立てはカテリナさん達で可能なのかな?」
『実体図付きですから問題ないでしょう。ガネーシャ様が行うかもしれませんね』
2人ともできそうなら、砦に1つ設けることも出来そうだ。リバイアサンの通信機はかなり帯域が広いから長波の通信に何の問題もない。
風呂から上がると、リビングの隔壁を開いてデッキの上で一服を楽しむ。
だいぶ日が傾いてきた。
そろそろ帰らないと、夕食抜きになりそうだ。
「アリス、そろそろ帰ろうと思うんだけど……」
『了解しました。ワインのボトルはバーカウンターの裏手の籠に入れてください。
後の始末は私がしますので駐機台に移動してください』
リビングから階段に向かっていると、先ほどまでいたデッキがゆっくりと閉じていく。
この部屋の照明もアリスが消してくれるんだろうな。
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「いったいどこに行っていたの! 皆、探していたわよ」
帰ってくるなり、フレイヤから厳しい叱責を受けてしまった。
とりあえず正直に話したんだけど、「それもそうね……」と皆が納得しているところを見ると、誰も気が付いていなかったようだ。
カテリナさんの指摘で大急ぎで対応してきたけど、そうでないとやはり問題があったに違いない。
「まあ、リバイアサンが近くまで来てくれるんなら問題はないんじゃないか? もっとも俺達は、拠点から隠匿空間に向かうことになるんだが」
「私達も、魔獣狩りをするんでしょう?」
「リバイアサンを砦建設現場からあまり動かせないから、視認できる範囲にやってきた魔獣を狩るぐらいになりそうだ。その代わりブラウ同盟軍から、たっぷりと契約金を頂いているよ」
「1か月程度過ぎたところで、砦に向かうわ。軍の護衛付きだけど、2日は掛かりそうだからリオ君の護衛もお願いするわよ」
「ローザ達の訓練ですね。了解です」
「我等も、行けるのか!」
急にローザとちびっこ組が騒がしくなった。
安全な隠匿空間で戦姫の機動がある程度できるなら、外に出しても問題はないだろう。谷の奥なら、より実践的な荒野での動きの訓練が出来そうだし、場合によっては手負いの魔獣を狩って魔獣との戦いを体験させることも出来そうだ。
「もちろん皆が一緒だ。だけど1つだけ約束して欲しい。ローザの言いつけをしっかりと守って欲しい。自分では行けると思っても、ローザが引け! と指示したら必ず下がること。それができない時にはたとえ戦姫の動きが一番でも、直ぐに王国に送り返すよ」
「大丈夫です。僕達の指揮官ですから!」
指揮官ねぇ……。男の子の言葉に、ローザが嬉しそうに笑みを浮かべている。エミーがそんな妹に微笑んでいるのを見て、皆の顔にもいつの間にか笑みが浮かんでいた。
「そうだぞ。ローザは戦姫部隊の筆頭なんだからな。俺と同じで苦労はするだろうが、頑張るんだぞ」
アレクの言葉に、皆がアレクに向かって苦笑いを浮かべる。
頼りがいのある筆頭なんだけど、あまり筆頭らしくないんだよなぁ。アレクのような筆頭にならないようにと皆が考えているのが良くわかる。
「そろそろテーブルに移動して欲しいにゃ。今夜はベラスコ様が提供してくれた魚にゃ。
じっくり炙ったし、ソテーもなかなかにゃ。カルパッチョという食べ方をリオ様が教えてくれたけど、これは好き嫌いがあるかもにゃ」
マイネさんの説明を聞くと、全てマイネさんは味見して確かめたんじゃないかな?
大きなタイだったからなぁ。どんな料理でも美味しく頂けるに違いない。
席に着くと、大皿に載せられた料理をさっそく取り分けて頂くことにした。
カルパッチョはワインによく合うな。
生魚だからだろうか? 手を出すのは俺1人だ。
アレクは相変わらず魚嫌いが治らないようで、一人で分厚く焼いた肉を食べていた。
「結構美味しいわよ。兄さんは食べないの?」
「フライを1切まで成長したんだぞ。数年経てばもう少し何とかなるだろうな。だが、リオの真似はできそうもない」
生魚を食べるというのは、この世界でも珍しいのかな?
岩ガキは生食するんだから、魚も生で食べられると思ってたんだけどなぁ。