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M-273 サザーランドで何が起きたか(4)


「子が親に似るのは、そういうことなのか……」

「たった1つの細胞から私達は形づくられたのですね。不思議な話ですが、小さな傷が自然に治るのは、私達が本来持っている体の複製によるものですか……。治療魔法の『サフロ』はその働きを活性化させるものだというのは納得できる話です」


「その働きをするのが、僕たちの体を構成する細胞と呼ばれる小さな集合体の中の染色体ということですか。それが放射線によって破壊されるとなれば、新陳代謝に伴って失われる新たな細胞を作ることが出来なくなる……。それが、リオ閣下の言われる地獄ということですね」


「ああ、まだ意識がある状態でそれが起きる。皮膚が剥がれ落ちても新たな皮膚は生まれないんだ。どんどん体そのものが崩れていく……」

「治ることはないなら、せめて早く殺してやりたいところだが、『助けてくれ』と懇願する一般人を槍で付ける兵士はいるだろうか……。ヒルダよ。麻薬の手配はよろしく頼むぞ」


「人間はある意味強い生物です。その災厄で生き延びる者達もいるでしょう。そうなれば彼らは安心して生きられるのでしょうか?」

「どれだけの放射線を浴びたかによって結果は違ってきます。爆発した地点から離れるほど、人体に受ける放射線量は少なくなります。1年経って、まだ生存できていたならもう少し長く生きられるかもしれませんが、重い内臓疾患に生涯悩まされることになるかと……」


「人間を人間たらしめる骨幹を破壊するなど、言語同断だな。反応弾の開発に関わる行為は神に敵対する行為だと、知らしめねばなるまい。ブラウ同盟の各王国を説得し、融合弾開発を未然に防止するための新たな盟約を作ることにしよう。それで、十分か?」

「思い罰則を定めて頂きたい。飛行船10隻を用いた爆撃でさえ、あの爆発に比べれば被害が軽いのです。開発に関わった人物、資金提供者、開発行為を見過ごした国家についても重罪を適用しても十分かと」


「リオの言葉は、そのまま伝えるぞ。あまり怒りを見せぬリオが我を前にして怒り狂っていたと言えば、ブラウ同盟、その東のコリント同盟の王国でさえ、真剣にこの問題に取り組むだろう。

 学生諸君もそれでよいな。リオが新たな学問をこの世界に作るということに最初は驚いたものだが、その学問は必ずしも我等の未来を明るくするものではないということらしい。いや、正しくは使い方次第で世界を暗黒にできるということか。

 学問に対して、前向きになるのは良いだろう。だが、良心に恥じる行為は学院を追放するだけではないということをここに宣言しておく。

 研究事項と実験は全て事前に新たに設ける監察部に提出して許可を得ること。これが未然の防止になる。

 次に、監察部へ未提出の実験を行った場合は、軍事裁判にかけることにする。情状酌量などということはない。行為と結果でのみ判決が下される。その時の弁護人は弁護士ギルドからではなく、その時の国王が軍より選ぶ。

 実験により人的被害あるいは生産物への被害がないのであれば、死刑になることはない。鉱山での労働で己の行為を一生涯悔めば十分だろう。

 万が一、人的被害あるいは生産物に広範囲の被害を出したなら、実験結果で亡くなった人物が1人でも、極刑を科す。

 軽々しく新たな学問を許可してしまったが、場合によってはワシが糾弾されることにもなりそうだな……」


「いずれ来る変革を乗り越えるには、こうする外にないでしょう。穏やかな滅びを迎えるのも選択の一つでしょうが、それに逆らい未来を拓くのが人間ではないかと……」


 今後、生態系に大きな揺さぶりがあるかもしれない。

 座して滅びを待つというのも選択肢の1つだけど、それは子孫の未来を閉じることにもつながりかねない。

 ほんの少しでも可能性があるなら、それを追い求めるのが人間だと思うんだけどなぁ。


「それにしても、学問が武器に繋がるというのは恐ろしくもあります。それをどこまで監察部が見抜けるかも問われそうですね」

「とりあえず導師に頼んでみようと思っている。まだまだ長くこの王国を見守ってくれるに違いない」


 どうかな? 一緒になって実験に参加するかもしれないぞ。

 そんな事態にならないように、導師とは密に連絡を取っておいた方が良いのかもしれない。


「あえてリオ殿に、その任を負わせないのはなぜでしょうか?」


 フェダーン様が余計なことを言いだした。

 ますます仕事が増えてしまうじゃないかと、フェダーン様に困った顔を向ける。


「さすがにそれは止めておくべきだろう。リオなら、その実験をせずとも結果が分かるはずだ。それでは人は育たんぞ。何度もつまずいてこそ進歩がある。導師にしても迷うことはあるはずだ。とはいえ、その結果が他者へ影響を与えるか否かぐらいの判断は付くのではないか?

 それで十分だと思う。とはいえ導師でさえ判断に迷うことがあるなら、リオに相談すれば良い。影響の度合いぐらいは教えてくれるだろう」


 実験の危険性について警告すれば良いってことだな。それぐらいは判断できそうだし、俺が迷うようならアリスが判断してくれるだろう。


「民を信じる国王陛下には、頭が下がります」


 お俺の言葉に国王陛下が苦笑いを浮かべている。


「さて、夜も遅くなった。かなり難しい話であったが、明日の貴族への概要説明には十分だ。リオが顔を出さずに済むようにしたい。とはいえ、返答に窮するようなことがあれば、答えを用意してもらいたい。明日はこの離宮で休養することだな。

 学生諸君は、このまま寝られるかな? 自分達が学問を進める上でやってはいけないことが少しは理解できただろう。上手い具合に、明日はここにリオがいるぞ。

 寮に戻ったなら仲間と熱い討論ができるだろう。明日の昼過ぎに離宮を訪ねることを許すぞ。新たな疑問にリオは答えてくれるに違いない」


 全員の視線が俺に集まってくる。トリスタンさんはあきれ顔だし、フェダーンさんは苦笑いしているな。学生達は嬉しそうに目を輝かせているから断ることも出来そうもない。


「了解しました。明日はここで待機しております」


 俺の返事を聞いて国王陛下が笑みを浮かべて頷くと、席を立った。

 かなり長い説明をしてしまったが、どうやらお開きになってくれた。


 会議室に残ったのは、俺とフェダーン様にヒルダ様の3人だ。

 ヒルダ様が俺達をリビングに案内してくれると、テーブルの上にサンドイッチが用意されてあった。


「12時を過ぎています。軽く摘まんでお休みください」

「ありがとうございます。上手く説明できない自分を恥じているところです」


「そうでもないぞ。国王陛下はしっかりと、明日の貴族達に対して王国の立場を告げることができるだろうし、学生達の暴走を防ぐ手も打っていた。形を整えるのは我等の仕事になるだろうが、方針がしっかりしているならそれほど難しくはない」

「そうですね。監察部といっても導師1人ではないでしょうから、その辺りはフェダーンに任せますよ。災いを未然に防げるなら国庫の支出は無駄ではありません」


「せっかく王宮から飛び出した導師が、再び学府に戻ることになりそうだな。まぁ、本人でなくとも代理で良いのかもしれん。導師の同志であるなら問題は無かろう。北の回廊計画にも導師は絡んでおる。あまり王都に滞在させるわけにもいくまい」


「世界が大きく動き出しましたね。ウエリントン王国をよろしく頼みましたよ」


 ヒルダさんの頼みは俺に対してなんだろうか、それともフェダーン様かな。

 とりあえず小さく頷いておくことにしよう。


 3人で王国と同盟の未来にワインを掲げたところで、リビングを辞して用意された脚室に入る。

 軽くシャワーを浴びたけど、今夜は珍しく1人だけで寝られる。クイーンサイズのベッドがやたらと大きく感じてしまうが、たまには良いかもしれない。

今頃皆はどうしているんだろうか?

 別荘に着いているのかな? それとも王宮が用意した船で宴会でもしているのだろうか?

ヴィオラ騎士団の評判を落とすようなことをしていなければ良いのだが……。


 翌日はさすがに遅い目覚めになってしまった。

 いったい何時まで起きていたんだろう? ヒルダ様の美容を損ねるようなことになれば、俺が怒られそうだ。

 フレイヤが用意してくれた半ズボンに襟付きのシャツを着る。胸にヴィオラ騎士団のエンブレムがあるんだが……、小さな妖精が一緒だから、これって俺の紋章なのかな?

 ドミニクが大きな笑い声を上げて、ヴィオラ騎士団のエンブレムを俺の男爵紋章の使用を認めてくれたけど、それならこの妖精を消して欲しかったところだ。

 何時の間にか広がっているようで、今ではエミー達も、この紋章を着けている。


 顔を洗って眠気を覚ますと、リビングに向かった。

 ここで待っていれば朝食にありつけるはずだ。


「あら、もうお目覚めですか?」

「ヒルダ様こそ、ゆっくりとお休みになって欲しかったです。せっかくの美貌が睡眠不足で台無しになったりしたなら国家の損失ですよ」


 俺の言葉を嬉しそうに聞きながら、ヒルダ様がソファーに腰を下ろした。

 俺達2人が据わったのを見たネコ族のお姉さんが、コーヒーを運んできてくれた。

 俺は大きなマグカップにコーヒーだけど、ヒルダ様は高価そうなティーカップで紅茶を飲んでいる。


「昨夜はかなり衝撃的なお話を伺いました。そこまで酷い兵器があったとは……」

「できればこの世界で使われることが無いようにしたかったのですが……。少し、考えが浅すぎました」


「個人の力には限りがあります。あまり自身を攻めることはしないでください。将来のリオ殿が今日は大勢訪ねてくるでしょう。お菓子を沢山準備してあげないといけませんね」


 学生達が来ると言っていたけど、昨夜より増えるってことか?

 

「甘いものは俺も大好きですから、余ることはありませんよ」


 俺の言葉に、コロコロと靴元を隠して笑い声を上げている。

 学生達もそうなのかな? 場合によっては奪い合いになりかねない。こんな時にも早い者勝ちは適用されるんだろうか……。


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