M-271 サザーランドで何が起きたか(2)
「それでは、そろそろ始めましょう。かなり長くなりますから、質問があればすぐに問いかけてください。
先ずは、サーゼントス王宮を上空20ケムから写した映像です。
王宮からやや南に数ケム離れた位置が爆心地になります。丸い穴の直径はおよそ1ケム、爆発に伴う熱線により10ケム以上離れた森で火災が起こっています……」
「酷い被害だな。王都の人間で助かった者は半数ほどに達しないんじゃないか?」
トリスタンさんの呟くような声に、フェダーン様が首を振る。
「トリスタン……、そう思うか? 私も最初はそうだったが。リオ殿、あの部分を拡大して見せるが良い」
王宮近くの石畳を拡大する。そこは瓦礫ばかりでどこにも人は写っていないように見えるのだが……。
「この映像を見た時に、私が不思議に思ったのがこの影だった。よく見ると、あちこちに影がある。サザーランド王国が石畳の石を故意に変えたか、はたまた何かの影が映っているのかと思っていたのだが、そのような影を作る物はどこにも映っていない。トリスタン……、これは人物の影なのだ。一瞬にして熱に焼かれた人物がその熱源によって石畳に影を残したそうだ」
「なんだと!」
何人かが立ち上がり、仮想スクリーンに近づいていく。
「言われてみれば人の形に見えなくもない。これは足の形がはっきり写っているな……。だが、このように一瞬にして人の姿を石畳に影を残すほどの高熱を作ることができるのか? 鉄でさえドワーフ族が溶かして形作るのに苦労しているのだぞ」
席に戻ったトリスタンさんが、鋭い目を俺に向けて言い放った。
「その理由が、ここに学生を呼んだ理由でもあるのです。魔道科学では不可能でしょう。ですが純粋な科学であれば可能だからです。
古代帝国の兵器を発掘してその調査を行う。それ自体は間違いではありません。それによって魔道科学も発展するはずです。
ですが、サザーランドはあえて禁忌の兵器を暴発させてしまった。
その威力は、太陽をその場に出現させたよりも大きかったかもしれません。ですが一瞬であり、長続きしなかったことでこれぐらいの惨状で済んでいるのです」
「太陽がその場で現れたなら、あのような現象になるというのか?」
信じられない表情をしていた国王陛下が問いかけてきた。
「国王陛下の言う太陽は多分表面の温度でしょうが、せいぜい数千度です。鉄が溶ける温度の数倍ですから、さすがにこのようなことにはなりません。
大洋の中心核付近で行われている原子融合による温度は鉄の溶ける温度のおよそ1万倍……、それぐらいの高温にさらされたはずです」
「古代帝国はそのような兵器で戦ったということか……。かつて栄えたと言われる中緯度付近が砂に覆われるわけだな」
「そのような高熱を出す兵器であれば、先ほどの惨状も理解できます。ですが、リオ殿は飛行船による偵察さえも許可しなかった。どうにか助かった人達にも救援の手を出すことも許さぬ剣幕だったと聞いております。それだけの報いを受けたのですから、悔い改めることも出来るでしょう。まだ何かあるということですね?」
「その理由を説明するのは簡単ではありません。この画像を見てください。爆心地を中心として色分けしてあるのですが……。
赤い場所にいた人達は、爆発と同時にこの世界から姿を消したはずです。突然の死ですから本人が自覚することもない。ある意味幸せな人達だとも言えます。黄色の部分は……」
俺が話を進めると、木々室に重い沈黙が訪れる。
避難民の拡大映像では、「ヒィ!」と声を漏らすほどだった。
「かなり酷い火傷ですから、すでに亡くなったと思います。苦しんだのは1日程度でしょう。あのように歩けたのは、すでに痛感覚がマヒしているからだと思います。
問題は、この緑地帯にいた人達です。まだなくなったとは思いませんが、すでに異変は始まっているでしょう。ゆっくりと体が溶け出していきます。それも痛感がある状態でです。それが進行して痛感がマヒするまでの10日間近くは拷問の日々を送ることになります。
生きたまま体が融けていくんですから、むごい話です。果たして彼らに慈悲の一撃を与え続けられる兵士がいるでしょうか。『殺してくれ』と懇願する老若男女に槍を振るい続けるなら精神を病んでしまうでしょう」
「少なくとも10万人はいるだろう。本当に助ける方法はないのか?」
「この世界にはありません。老師がかつて言ったことがあります。『リオは別の世界から空間魔法でやってきたのかもしれない』と……。
その世界なら、あるいは方法があるかもしれませんが、爆発前の姿に戻ることはないでしょう。彼らはすでに人間としての姿を保つことができないのです」
「なら、緑の区域については助けることが可能だということか?」
トリスタンさんが青白くなった表情を俺に向けて確認するように問いかけてくる。
「生き残ることができるのは、半数というところでしょう。たとえ生き残っても、子孫を残せない可能性が高いです。病気に対する抵抗力も弱まるでしょうし、他の王国の領民の平均寿命に達せずに亡くなるのではないかと推測します。
ここで一旦休憩しましょう。刺激の強い話ですから、温かな飲み物を飲んで気を静めてください」
最後の言葉を聞いて、直ぐにヒルダ様が侍女に飲み物を替えるように指示を出している。俺にとっては飲み頃なんだけど、人によっては温いと感じるだろうからなぁ。
タバコに火を点けて皆からの質問を待っていると、おずおずと学生の1人が片手を上げた。
「質問をよろしいでしょうか? 今までの話を聞くとまるで悪魔の兵器ではないかと思える次第です。その影響が広範囲に出ることが分かりました。
助けようのない人達であるなら、その痛みを止めてあげるのも人の道であると考えます。仲間からの話を聞くと、リオ殿が救援物資の移動までも止めているようだと聞いております。その理由は何でしょうか?」
多分、国王陛下達も同じ思いなんだろう。学生の話を聞いて大きく頷いている。
次に話そうかと思ったけど、この場で離しておいても良いかもしれない。
「座ったままで失礼するよ。その問いは、影響がまだ終わっていないということなんだ。先ほどの地図の色を見たろう? あの赤い部分と黄色の部分はまだ近づくことさえできないだろう。
アリス。確認できた線量マップと、核種分析から得た同位体の減衰を計算した現時点の線量マップを表示してくれないか」
仮想スクリーンが2つ出現して、それぞれに線量マップが表示される。
「3日前に比べて、だいぶ範囲が縮小されてはいますが……。今でもこの色が付いた区域に行くのは、自殺行為に近いところがあります。緑の区域辺りなら短時間の立ち入りは可能でしょうが半日も滞在すれば責任を持ちかねます。
それと、もう1つ。アリス、あれから雨は降っているかい?」
「昨日、半日程度の降水があったようです。降雨量を推定したところ10mm程度かと」
「爆発時に大量の塵が上空に舞い上がりました。雨があったらしいですから、そのうちのかなりの部分は地表に落ちたと考えられます。それでもサザーランドの国境付近では優位な値が観測できたでしょう。
なぜ雨に拘るかというと、雨によって地表に落ちた塵が、新たな危険区域を作ったということになるからです。この推定した色が変化します。緑であっても赤になる可能性があるのです。
それぐらい、あの爆発は恐ろしい……。こんな状況である場所に支援物資を送るというのは、死にに行けと命じるようなものです。
とはいえ、食料よりは痛みを無くす麻薬を送るぐらいの措置はしたいのが人情でしょう。地上からではなく、飛行船による緑地帯への麻薬を入れた小包みを大量に投下するぐらいの措置であるなら、飛行船乗員への健康被害は無視できるでしょう。
ですが、飛行船を何度も派遣する時には、その都度乗員を全員変えてください。また帰ってきた飛行船については郊外で船体を水洗いしてください。水洗いをする人間はいくら暑くとも雨具を着用させ、防毒マスクを着用させる。洗い終えたなら装備を全て穴に投棄する……。これぐらいはしないといけないでしょう」
新たに運ばれてきたコーヒーに、誰も手を付けようとはしない。俺の話を真剣な表情で聞いているばかりだ。
やっと国王陛下がカップを手にして一口飲んでいるけど、手元が震えているようだ。
「それで、飛行船を引き返させたんだな。そのまま向かえばむごい死を与えることになるということか……。フェダーン。リオには感謝するしかないな」
「ある程度の理由は私も聞いたのですが、そうなると救援物資の受け渡しも苦労することになるでしょう。小包みに中身と使い方を書いて落とせば良いでしょうが、そもそも麻薬は禁制品です。療養所内の在庫は毎年確認しておりますし、それほど量があるとも思えません」
「コリント同盟はどうでしょう? ブラウ同盟と異なり魔獣の被害が多いと聞きました。その結果麻薬を使う機会も多いように思います」
「直ぐに手配させるのだ。人の苦しむ姿を見て何もせぬようなら国王の資格はないだろう。ここまでは状況を理解したつもりだ。この状況を見て、リオは何を考える?」
「サウザンド王国は壊滅……。先のナマコやムカデの被害は少なくはありませんでしたが、領民の8割程度は難を逃れたに違いありません。今回の爆発でサウザンド王国で暮らす半数以上が何らかの影響を受けたように思えます。もはや王国の再建は不可能。隣国であるウエルバン王国に多数の難民が流れているようですから、ウエルバン王国としては国内の治安維持に躍起になっているはずです。場合によっては難民を武力で追い返す可能性もあるでしょう。非情に思われますがウエルバン王国に難民が流入した場合は、それによる食料不足が著しくなり、下層民の餓死者が出てくる可能性があります」
「餓死するならと、反乱を起こしかねないな……。追い返すことになるということか」
トリスタンさんが腕組をして唸っている。
1個のパンを奪い合う民衆が目に浮かぶのだろう。それもむごい話だよなぁ。
「リオが瞬時に亡くなった人達が幸せだと言ったのは、そういうことか……。後になればなるほど惨くなってくるのだな」
「ブラウ同盟の名で難民の集まった場所に食料投下を行うぐらいしか、手段がありません。避難民の数は10万人を超えるでしょう。飛行船で1度に運べる物資は爆弾20発分程度です。食料を奪い合う光景が目に浮かびます……」
それが分かっていてもブラウ同盟は食料援助を行うに違いない。
その食料で生き残れる人間はいると信じて行うのだろう。何もしなければどれだけの民衆が亡くなるのか……。
生き残ったわずかな人達が再び立ち上がる日を信じての事だろう。