M-027 トリケラを狩る
ヴィオラに戻ると、ベルッド爺さんがドミニク達が会議室で待っていると教えてくれた。例の騎士団の顛末を聞きたいんだろう。
爺さんへの挨拶もそこそこに、船尾の操船楼に向かって駆けだした。
4階の会議室まで駆け上がったところで、息を整えると扉を叩く。
扉の後ろで待っていたように直ぐにレイドラが扉を開けくれた。レイドラが指示した席に座ると、ワインのグラスが目の前に置かれる。
とりあえずは狩りの成功を祝ってグラスを合わせた。
「ブリアント騎士団だったのね。あそこは大規模騎士団じゃなかったかしら?」
「12騎士団の規模では下から2番目になります。巡洋艦改造型陸上艦が2隻、14機の戦機を誇る騎士団ですが」
俺の報告を聞いて2人とも溜息をついている。
やはり大型の肉食魔獣は鬼門ということになるんだろうな。
「リオが駆けつけた時には戦機の三分の一近くが犠牲になっていたってこと? 私達があの規模の襲撃を受けたらと思うとぞっとするわ」
「我がヴィオラにはアリスがおりますから、そこまでひどくはならないでしょうけど無傷とはいかないでしょうね」
「12騎士団を助けたとなれば、騎士団の中でも好感度が上がるでしょう。悪いことではありませんが、リオの秘密に気付くかもしれません」
レイドラが俺に顔を向けて言ったことが一番気になることだ。派手にレールガンを放ったからな。
「今頃かん口令が出ているでしょうね。12騎士団の矜持もあるでしょうから、リオにブリアント騎士団が何らかのお礼をすることで終わりになるはずよ。
それよりもお腹がすいたでしょう? ここに運んでくるように言ってあるから、もうしばらく待ってなさい」
やがて運ばれた来たのはいつもの夕食だった。ちょっと期待してたんだけど、砂の海ではこれが精いっぱいの御馳走なのかもしれないな。
強いて言うなら、いつもの干した杏子のような果物ではなく、メロンのような果物がトレイに乗っていたことだ。ギジェで仕入れてきた生鮮食料の1つなのかもしれない。
食事が終わると、珍しいことにコーヒーがでてきた。ヴィオラに乗船して初めてじゃないかな。
たっぷりと砂糖を入れたコーヒーを味わうのはフレイヤの実家以来のことだ。そういえば、コーヒーセットを買い込んであるんだった。今度作ってみよう。
「リオはコーヒー党なのね。ヴィオラにはあまりいないけど、全くいないというわけではないのよ。次の航海の時にはお茶かコーヒーを選択できるようにしておくわ」
思わずドミニクに礼を言ってしまうほどのグッドニュースだ。
ヴィオラの狩りも上手く行ったみたいだな。 2周り大きなモノリーズだけあって、得られた魔石の数は40個近い数だったそうだ。その中2つも白の中位魔石があったらしいから、次の休暇のボーナスに期待してしまう。
ワインを飲み終えたところで部屋に戻ろうとしたら、明日以降も先行偵察も仰せつかってしまった。
俺はずっとこの仕事になりそうな感じだな。
会議室を出ると1つ下の階にある船尾の自室に向かう。
朝からずっと仕事だったから、だいぶ疲れた感じだ。着替えとタオルを持ってシャワー室に向かい、シャワーを浴びることにした。
このシャワーはシャワーのお湯を入れる容器を天井に吊るして、その下にあるノズルからお湯が落ちる仕組みだ。
実にシンプルで故障なんて起きる要素がどこにも無いのは評価できるのだが、お湯を出す魔法を持たない者はどうなるんだろう?
フレイヤに魔法のリストを貰っておいてよかったと思いながら、シャワーをバケツ1杯分浴びることにした。
部屋に戻ったところで、蒸留酒を小さなグラスに注ぐと、デッキに出てタバコを楽しみながら味わう。
いろんなことがあった1日だけど、これで今日も終わりになるのだろう。
明日の狩りが上手く行くことを、明るい星に祈ったところでベッドに向かう。
翌日は、扉をドンドンと叩くフレイヤに起こされてしまった。時計を見るとすでに7時近い。少し寝坊した感じだな。
扉開け、ぷんぷんしたフレイヤの指示のもとに素早く着替え行って、朝食を取りに甲板へと向かった。
「おはよう。昨日は大変だったらしいな。おかげで狩りは上手く行ったぞ。今日も上手く誘導してくれよ」
「こちらこそ、手伝えなくて申し訳ありません」
アレクに頭を下げた俺を、周囲がおもしろそうな表情で見ている。アレクも少し苦笑い気味だ。
「あまり気にすることはない。リオのおかげで安心して魔獣を相手にできるし、場合によっては間引きしてもらうことだってできるんだからな。
少なくとも砂の海でしばらく狩りが続くだろう。その間はよろしく頼むぞ」
「そうよ。誘導も的確に行ってくれるから、ヴィオラの一斉砲撃が有効に機能してるわ」
サンドラも好意的だな。なら、上手く誘導することに徹していればいいか。
アレクと握手を交わしたところで、カーゴ区画に向かう。
船首方向に向かって歩いていくと、アリスの周囲がにぎやかだ。ベルッド爺さんの主導で若いドワーフ達が出撃の準備をしている。
「おはようございます」とベルッド爺さんに声を掛けると、びっくりしたように体を震わせて後に体を向けた。
「リオじゃないか。年寄りは驚かす相手ではなくて労わるもんじゃ。それで炸裂弾はどうじゃった?」
「前よりはいい感じですが、やはり炸薬不足はどうしようもないですね。2発で注意を引いてこちらに誘導したんですが」
「誘導用として口径を大きくする外なかろうな。設計を進めておるんじゃが、採用はドミニク次第じゃ」
ちょっとした朗報ということなんだろう。
ニコリと笑顔をベルッド爺さんに向けると彼の肩を叩いて急いでコクピットに納まる。ベルッド爺さんにそんな親し気な行為をするものは誰もいないからね。
雷が落ちる前に出掛けた方が賢明というところだろう。すでに開きかけた舷側に向かってアリスを移動する。
ヴィオラを飛び出したところで、ドミニクからの哨戒区域が指定されてきた。その地点を中心にして周辺も調べることが今日の仕事ということになりそうだ。
「どんな感じだい?」
『少し静かですね。南の緑地帯方向にいくつかの群れがいますが、砂の海は平穏です』
魔獣の移動速度は結構早いらしい。1日中まったく動かなかった群れが翌日には100kmも先に移動しているようなことはよくある話だとアレクが教えてくれた。
まぁ、ここはゆっくりと周回して哨戒をすればいいだろう。
「ヴィオラを起点として30kmの距離を周回しよう。砂の海には魔獣が豊富らしいから、その内に現れるんじゃないかな」
『まだ朝が早いですからね』
それだと魔獣が俺と同じに朝寝坊になってしまう。
まぁ、その内に現れるだろう。狩りの容易な相手だといいんだけどね。
何度かヴィオラの周囲を回っていると北東方向より近づいてくる群れを確認した。
すぐにヴィオラに向かって符丁暗号を送ると、視認距離まで接近して群れの正体を確認する。
今度の相手はトリケラタイプだが、拡大した映像には頭部に立派な角が3本あるのが確認できた。まさしくトリケラだ。
『体長20m。標準的なトリケラです。体重は30t近くあるのではないでしょうか』
「数は11頭。進行方向とヴィオラとの最接近時刻を伝えればいいだろう」
アリスが通信を送ってからしばらくしてヴィオラからの通信が届く。やはり狩るつもりのようだ。となると獲物の周囲を一度見る必要が出て来るな。
『単独の群れですね。周囲に肉食魔獣の群れは存在しません』
「それもヴィオラに伝えるべきだな。それで狩りの準備は始まってるのだろうか?」
『すでに最接近場所近くで罠を作っているようです。時間は2時間ほど裕度がありますから』
2時間は以前と比べて長いんだろうな。
今の内にということで、アリスの手の上に乗りタバコと水筒に入れたお茶で小休止を取る。
部屋の中で楽しむよりも、タバコは広い場所で楽しむのが一番だ。
できればもう少し涼しいといいんだが、内陸性気候と砂の海とまで言われる土地だから暑さが半端じゃない。それでいて夜は毛布が無ければ震えるぐらいに冷える。
コクピットに戻ると、アリスが狩りの開始時刻を教えてくれた。1120時なら20分前になるな。再度目標の周囲を一周して他の群れが近くにいないことを確認する。
『この群れが気になりますね。狩りの開始時刻から3時間後に2kmまで接近します』
「群れは4頭のアウロスだ。いざとなれば介入すればいい。他の群れが無ければこのまま狩りを進めるんじゃないかな」
一応、ヴィオラに連絡をしたんだが、帰って来た返事は「続行」とあった。
最接近の距離は近いけれど時間的余裕があると考えたんだろう。
前回は新しいヴィオラの一斉砲撃を見逃したけど、今回は見ることができそうだ。獣機も4機増えたみたいだから楽しみでもある。
『開始1分前!』
「群れの前方に出るぞ!」
ジョイスティックの動きに合わせてアリスが地表を滑空する。ちょっと距離があるから200km/近く出ているんじゃないかな。
そんな高速で移動しながらも、5秒前にはトリケラの群れから100スタム(150m)の距離で相手に向かって銃を向ける。
狩りの開始時刻と同時にトリケラの足元に炸裂弾を放った。
驚いてこちらに目を向けたところを狙って再度炸裂弾を放つ。
ゆっくりと後ろに後退すると、群れが俺達に向かって足を進める。後は、追い付かれないように群れを誘導するだけだ。
1kmほど群れが追い掛けてきたところで、さらに炸裂弾を放つ。途端にトリケラの足が速まった。
アリスがヴィオラに連絡を入れているはずだから、皆がトリガーに指を掛けてトリケラが射程に入るのを待ち構えているに違いない。
残った1発を適当に撃い終えた時には、全砲門がこちらに照準を定めている姿が全周スクリーンでもはっきりと見えた。
「アリス、左だ!」
途端に体が左を向き、視界に地面が近づいてくる。足が宙に浮いたような形で速度低下を抑えながらほとんど直角に進行方向をアリスが変えた。
座席から半身を乗り出すようにして後ろの状況を見ると、ヴィオラが砲煙で霞んでいる。トリケラの半数近くが倒れたようだが、なおも怒り狂ったようにヴィオラの方向目がけてトリケラが突っ込んでいった。