M-265 ロケット弾の飛距離を伸ばす方法
2日に1度、リバイアサンとヴィオラの周囲を偵察して、魔獣の状況とハーネスト同盟の調査艦隊の様子を探る日々が続いている。
リバイアサンもヴィオラも飛行機を搭載しているから、周囲100kmほどの状況は分かっているようだからその先を教えてあげるだけで済んでいる。
調査艦隊はどうやら1艦隊を星の海から後退させたようだ。
例の円筒形の物体を無事に発掘して軍の工廟で調査するのだろう。
カテリナさんにダウジングを使っていると聞いた時には「そんな馬鹿な!」と思ったけれど、魔道科学の発達したこの世界ではそれなりの効果があるってことになるんだろう。
「なるほど、帝国の遺産は持ち帰ったということだな」
「大型ではありませんから、飛行船での偵察ではどうなっているのかも分からないでしょうね。現在は国交も無いようですから、ハーネスト同盟軍そのものの動きに留意する必要があろうかと……」
プライベート区画のリビングのソファーには俺とフェダーン様だけだ。
テーブル越しのソファーに腰を下ろして、コーヒーを飲みながら状況を整理する。
「とはいえ、まだ2艦隊が残って調査を継続している。引き続き状況は見て欲しい」
「了解です。ところで話は変りますが、戦闘艦の方は順調なんでしょうか?」
「2種とも半年後には完成するであろう。問題はメイデンの駆る戦闘艦の複製版だな。部品が足らぬと言っておったが、作っておるのか?」
「工作工場で順次製作しています。あまり大きな設備ではありませんから、時間が掛かりそうですね」
陸上艦の部品でさえ作れるのだが、生憎と使う合金が特殊な金属材料になってしまうらしい。
星の海の泥から抽出するとアリスが教えてくれたけど、本当にこのリバイアサンの能力には驚いてしまう。
「カテリナが面白いことを言っていたぞ。ロケット弾の燃料を増加しても、増加分に見合った飛距離が得られないらしい」
「結構バランスが難しいと思います。単に飛距離を伸ばすなら方法はいくらでもあるんですが、燃料というか推進薬を増やすというのは対策としては余り良くありませんね」
俺の話に、フェダーン様が笑みを浮かべた。
ひょっとして、俺を誘導したのか? 全く困った人だなぁ。
「いくらでもあるというが、私には想像すらできぬ。少し教えてくれぬか? たまにはカテリナに私が教えても良いであろう」
何時もの立場を逆転したいということかな?
それなら、少しは教えないといけないだろう。
「現状のロケット弾に羽を付けるだけでも、遠くに飛んでいきますよ。羽と言ってもこんな形になるんですが……」
プロジェクターを取り出して、長さ1m程の翼を重心付近に設ける。この場合に重要なのは羽の断面と少し上向きに取り付けることにある。
「アリス、どれぐらい延びるかな?」
『計算では現状の2ケム(3km)を5ケム(7.5km)に伸ばすことが可能です』
「これだけでか! 艦砲並みの飛距離までいけるのか」
「計算値ですから、実際に作れば4ケム(6km)程度じゃないかと。次に、ロケットのお尻に付いている噴射口の改良と燃料搭載量を増やす方法です」
ロケット弾の推力は噴出力で決まる。どれだけの推力でどれだけ持続するかで飛距離が決まるんだよなぁ。
単純に考えればロケットを束ねれば良いということになるんだけどね。もっとも踏査射する炸薬量が同じになるからあまり使えないだろうな。
「射出時にアシストする補助を点けることもできるでしょうね。でも、ロケット弾は現状で十分だと思っています。
小細工をして飛距離を伸ばしても、目標に命中させるとなると別の機構が必要になるんです。
それなら大量のロケット弾を一度に放つことで、面の制圧を考えた方がよろしいかと」
「なるほど、遠距離の目標は大砲を使い、近距離にロケット弾という考えだな。基本は変わらぬか……。されど、ロケット弾に翼を付けるというのはおもしろいな。獣機の操作する簡易発射機で試してみるのも面白そうだ」
作る気だな。カテリナさんが作っているという推進薬を増加したロケットに付けると10kmぐらいは飛びそうだけど、命中はしないだろうなぁ。ジャイロとラダーを教えても良さそうだけど、そうなるともう少し炸薬だって増やしたいところだ。
『アリス、作れそうかな?』
『見通し距離での照準修正を考慮すると、飛距離15~20kmで十分だと推測します。装薬量を100kg程度にしたロケットを設計します』
「アリスに射程10ケム(15km)のロケットの設計をしてみます。装薬量は巡洋艦の砲弾程度になりますが、着弾誤差は2スタム(300m)ほどはありますよ」
「十分だ。国境の守りには使えるだろう。艦隊戦には向かぬな」
笑みを浮かべているけど、防衛戦に使えるとも思えないんだけどなぁ。誤差が半スタム(75m)程度なら便利に使えそうだけど、騎士団には現状のロケット弾で十分だろう。
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哨戒に出て10日過ぎに、カテリナさんから迎えに来るようにと連絡があった。
飛行船で来ると言ってたんだが、俺をタクシーと勘違いしてないか?
とりあえず隠匿空間のカテリナさんの研究所まで迎えに行くと、導師と共にカテリナさんが迎えてくれた。
「久しいのう。元気で何よりじゃ」
研究室の会議室には、導師の弟子も同席していた。
カテリナさんの妹弟子になるんだろう。人の道を外れないでいて欲しいな。
コーヒーを飲みながら、しばらく雑談が続く。
アリスの新型ロケットと発射装置の設計図をしばらく見ていたけど、導師に渡している。
リバイアサンでは無理だと感じたんだろう。
導師もいろいろと忙しそうだけど、休むことを必要としない体のようだから、少しぐらい負荷が増えても問題ないらしい。
「ほう……。やはり我等とは発想が異なるな。これが自然科学ということなのだろう。しかし、飛距離が10ケム(15km)というのは信じられん。
リオ殿であればこそこれを形にできるということか、新たな学科の教材にも使えそうじゃ」
揚力、ジャイロ効果、ロケットの推進力辺りになるのかな?
アリスの計算式も一緒に送ってあげよう。
「導師の方は飛行船作りで色々とお忙しいと思いますが、よろしくお願いいたします」
「何の。弟子達がそれなりに成長しておる。わしの代では無理であろうが、孫弟子の時代には学府との連携が出来よう。それが楽しみでもある」
人間からホムンクルスのような体になったと聞いているけど、寿命はどうなるのだろう? 面と向かって聞くこともできないが、相当伸びているんじゃないかな?
「フェダーン殿の要望は北の回廊の偵察と必要であれば攻撃となっておった。攻撃はロケット弾で良かろう。乗員3人じゃが、2日は飛べる。これでリオ殿の思いに適うかな?」
「十分です。現在地の確認手段は地図となるでしょうが、魔道通信機の搭載は必ずお願いします」
導師が頷いてくれた。ヘルメットで表情は分からないんだが、たぶん笑みを浮かべているに違いない。
「カテリナがリバイアサンに向かうとして、子供達の健康状態を確認する術はあるのか?」
「軍医に説明してあります。万が一異常があるようであれば直ぐに戻ります。ローザが面倒を見てくれていますから、心配はご無用かと」
2杯目のコーヒーを飲み終えたところで、カテリナさんと一緒にアリスでリバイアサンに戻ってきた。
誰もいないからと、早速ベッドに誘われてしまった。
「ちゃんと飲んでいるんでしょう?」
「一応は飲んでますけど……」
「なら、良いわ。次の調薬も出来ているから早めに飲み終えてね」
まだ作ってるのか? 俺にも実入りがあるから、ありがたいとは思うし、アリスも飲むように言ってくれるんだけど……。
「女性用も作ってみたの。案外使えそうね。フレイヤ達にも分けてあげようかしら」
「ほどほどにお願いしますよ。相手をするのは俺なんですから」
笑みを浮かべて俺の耳元に顔を寄せてくる。
ジャグジーで汗を流し、デッキで体を乾かすと、直ぐにカテリナさんが出て行った。
メイクを直すのかな? それともガネーシャ達の様子が気になるのか。
部屋に戻って着替えを済ませると、何時ものソファーでタバコに火を点ける。
色々と気になることがあるが、一番はハーネスト同盟の調査艦隊が発掘した帝国の遺産だ。
形だけでも知りたいところだが、どこに持ち去ったのか全く分からない。
3日も開けたのが問題だったかと、今更後悔するばかりだ。
そういえば、持ち帰ったロボットをカテリナさん達はどうしているんだろう?
獣機の改良が一気に進むような話をしていたが?
『外骨格の駆動装置と制御に応用しているようです。形状記憶合金の特徴に気が付いたようですね。バネの弛緩と収縮を使い外骨格の駆動に試行錯誤しているようです』
「上手くいきそうかい?」
『ヒントが掴めればカテリナ様なら十分に可能だと推測します。質問があれば答えようと思っていますが、いまだに自分達で努力しているようです』
魔導士ではなく魔道師であり学府の博士号を持つ人だからなぁ。
先ずはとことん自分達で行ってみるのだろう。
ある程度実験の結果が出たところで、アリスに確認しようとしているのだろうか?
アリスも待っているようだから、早めに方向性だけでも持った方が良いと思うんだけどなぁ。