M-026 救難信号
『ヴィオラが渡河を始めます。予定時刻通りですから1330時には北の緑地帯を抜けることができるでしょう』
「そうなると、こいつらを狩ることになるのかな?」
『緑地帯を出たところで自走車を出動させるようです。「このまま狩りの時間まで周囲の索敵を続けるように」との通信でした』
渡河地点から北北東に35km。そこにいたのはモノリーズと呼ばれるサイに似た魔獣だったが、最初の狩りで遭遇したものよりも体が大きいようだ。
アレクが体の大きさで得られる魔石の数や質が異なると言っていたから、ラゼール川の南で狩ったモノリーズより獲物としては上になるのだろう。数も18頭だからアレク達なら垂涎ものだ。
とはいっても、アリスの報告してくれた体の大きさは2周りほど大きいんだよなぁ。無事に狩れるんだろうか?
『たぶん同じ方法で狩るのでしょう。成功率80%、被害推定は獣機2台の大破です』
「怪我人を出したくはないな。ヴィオラの武装が強化されているとフレイヤが言っていたけど、その辺りも加味してるの?」
『単純に砲の数を左右2門増やしただけのようでしたが、仕様の確認はしていませんでした。補正してみます』
どうやら外形だけでシミュレーションしたようだな。
次にアリスが出した成功率は99%、被害無しとの評価だった。増えた舷側砲4門は何と魔撃槍だということだ。
ある意味、戦機1機にも相当するんじゃないかな。ヴィオラ騎士団は想像以上に蓄財していたようだ。
それなら少し安心してみてられるかもしれないな。俺達の立ち位置は遊撃隊のようなものだから、ヴィオラを背にして魔獣を叩くということはしばらくは無いだろう。
ヴィオラが無事に渡河を終えて北の緑地帯を進み始めた。俺達はヴィオラの進行に合わせて哨戒範囲を北に移動する。
北北東のモノリーズは相変わらず同じ場所にいるし、モノリーズの群れから一番近い群れは西に向かってゆっくりと移動している。
距離が30kmほど離れているし、同じモノリーズだから俺達の狩りの獲物を横取りしようとすることもない。
ヴィオラから新たに送られてきた通信文には、前回同様の「そのまま周囲の監視を継続せよ」との電文だった。やはりアレク達で狩りを行うことを考えてるんだろう。
ヴィオラが緑地帯を抜けたところで一時停止をすると、自走車を発進させて再び動きだした。このままいけば夕暮れ前に狩が始まりそうだ。
モノリーズの群れの周囲を、直径20kmほどの円を描くように地上を滑空モードで周回を始める。
地上1mほどの高さを時速60kmで滑空するなら、砂塵はほとんど上がらない。
狩りが始まればもう少し周回半径を小さくした方が良いかもしれないな。
『北西の群れに変化があります。急に移動方向を南西に変えました。速度も15km/hから50km/hに上昇中』
監視範囲のギリギリにいた群れだな。アリスの分析ではアウロスではないかと言っていたが、攻撃を仕掛けるということになるんだろう。
俺達の監視範囲から直ぐに消えてしまったから、その後にどんな物語があったのかはわからない。
やはり広範囲に周辺監視ができるということは、ドミニク達に大きな安心感を与えることになる。
モノリーズの手前3km付近でヴィオラが停止する。戦機が素早く降り立ち、獣機が後に続いてヴィオラの北側に溝を掘りだした。
『ヴィオラから通信。『1540時にモノリーズを誘導せよ。300スタム(450m)地点で右へ離脱、船首付近で遊撃に参加』以上です』
「前回と同じだな。モノリーズの狩りは、このパターンなのかもしれないね」
1540時まで30分ほど間がある。ヴィオラ周辺では獣機がまだ動いているから、予定時刻まで作業が続くんだろうな。作業の見切り時刻が予定時刻でもあるのだろう。
周回範囲を狭めながら速度を上げる。少し砂塵が上がるが遠方から見れば自走車の上げる砂塵に見えなくもないだろう。
『周囲に脅威無し。予定時刻まで3分です』
「始めるか。武器は前回と同じでいいだろう。炸薬を変えたらしいから、少しは派手に炸裂するんじゃないかな」
『了解です。群れの前に姿を現して2発。後ろに下がりながら1発でしたね』
そんな感じだったかな? 銃の弾丸が4発しかないのも問題なんだよな。
予定時刻30秒前で一気に群れの南側に飛び込んだ。群れから300mほどの距離もない。俺達の出現にモノリーズが頭を一斉にこちらに向けた。
そのタイミングでトリガーを引く。
何とも情けない炸裂だが、前から比べると少しはマシだ。野獣の前で爆竹を鳴らした感じにも思えるんだけどね。
群れが一斉に動き出した。さらに群れの手前に弾丸を放つと、俺達に向かってモノリーズが足を速める。
「さて、後退だ。なるべく距離を離さないでくれよ」
『150mの距離を保ちます。ヴィオラまで2.4km。このままでいけば10分程度でヴィオラの砲撃圏内に到達します』
「ヴィオラに誘導開始と到達時刻を連絡してくれ」
色々とやることがあるな。
誘導はアリスが予定通りに行ってくれるから、たまに後ろを見てモノリーズがちゃんと付いてきてるかを確認する。
距離が150mというのは、かなり心臓に良くない。怒り狂ったモノリーズの顔がはっきりとわかるんだから。
ヴィオラまで1.5kmとなった時、銃を後ろに向けて炸裂弾を放った。
直接的な効果はほとんどないけど、モノリーズが追い掛ける速度がさらに上がったようだ。
それに炸裂弾が派手に火の粉を散らすからヴィオラからでも視認できたはずだ。
もう1発残った弾丸は1km手前で放てばいいだろう。
ヴィオラまで1kmの距離に近づいた時には舷側の大砲が全てこちらに向いていることが分かった。アレク達も土塁の端で魔撃槍を構えているのが見える。
後ろに向かって最後の弾丸を放ち、なおもヴィオラを目指す。
全周スクリーンに表示されたヴィオラとの距離が450mになった時、ジョイスティックを左に倒した。
目の前の光景が90度近く横になる。進行方向に向かって足を蹴りだすような形でアリスは方向を変えたようだ。後ろの方で派手な炸裂音が聞こえてきたから、一斉射撃が行われたに違いない。
「助っ人に来ましたよ」
「リオか。いつもご苦労だな。だが、あらかた片付いたからお前の出番は無しだ」
船首部分の土塁の端を守っていたのはカリオンだった。土塁にもう1つ魔撃槍を立て掛けている。
『弾丸を補給して偵察を続けるよう指示が入っています』
「解体だからなぁ。ちゃんと弾丸を用意してるみたいだよ」
弾丸を補給して偵察を続けるとカリオンに伝えると、今度はヴィオラを起点に周回を始める。
弾丸はクリップ式で銃に収納するのだが、アリスが勝手にやってくれてるから俺が指示する必要もない。
1周回ったところで、危険が無いことをヴィオラに伝える。
18頭の解体だから時間も掛かるんだろう。騎士団の魔の時間とも言われる時間帯だ。
そろそろ作業が終わるのだろう。獣機達がヴィオラに引き上げていく。アレク達がヴィオラの周囲を歩いているのは、獣機の安全を確保するためなんだろう。
『マスター、救難信号らしきものを受信しました』
「だが、ヴィオラは現在停止中だ。俺達が駆けつけるのは問題だぞ」
とりあえず、通信を傍受したことだけをヴィオラに伝えることにした。ドミニクとしても現状で俺を出すことは出来ないだろう。
発進地点をアリスが推定したのだが、ここから100km近く離れているようだ。
魔石通信機の通話距離は10km程度らしいが、光信号のような形で通信を行うと少し通信距離が延びるらしい。
荒野で救助が来るとは思えなくとも、可能性を信じて通信を送っているのだろう。
となると、あの突然方向を変えて動き出した群れが怪しくはある。獣の暴走でも被害が出るようなことをアレクが教えてくれたけど、魔獣ともなれば壊滅してもおかしくはないんじゃないかな。
日暮れが始まる少し前にヴィオラが東に向けて動き出した。
速度が半減しているのは夜を迎えるからだろう。
そろそろ俺達の帰還指示が来るんじゃないか。
『ヴィオラから通信です。「周囲30KSt(45km)を周回して状況を報告せよ」とあります』
「帰還前の再確認というところかな。さっさと終わりにしよう」
アリスの速度を一気に150km/hまで上げると半径10kmの円を描いて周囲を探索する。
東に動かない群れが2つあるから、たぶん草食魔獣ということになるんだろう。ラザール川の緑地帯付近にいるようだ。方向はヴィオラから見て南東方向だから最接近時でも20km以上の距離を確保できそうだ。とりあえず数時間は平和ということになる。
状況をヴィオラに報告したところ、新たな任務を指示された。
救難信号を出した騎士団の状況確認ということになる。必要なら戦闘参加も可能というから、未だに魔獣との闘いが続いているなら助けられそうだ。
「了解したと連絡してくれ。一気に向かうぞ。夜だから空を飛んでいけそうだ。武装はレールガンを装備」
すぐにアリスが地上を離れる。上空200mほどの高さに上がると信じられない速度で西南西に飛び始めた。
『現在時速600km/h。ヴィオラへの報告を完了しました。レールガン装備完了です』
さらに速度が増しているように思える。全周スクリーンの手前に作った仮想スクリーンには目標地点の周囲の状況が映し出されているが、どうやら陸上艦が2隻いるようだ。戦機の数は10機を超えているんじゃないか? そうなると獣機だけで40機はあるだろう。
そんな騎士団を蹂躙しているのは3つの魔獣の群れだ。
3つの群れの数はそれほど多くはない。せいぜい10頭ぐらいに思える。だが、それで救難信号を発するとなると……。
『この小さな群れは草食魔獣と推測します。この群れを狩る途中で、この2つの群れが襲撃したのではないでしょうか?』
「肉食魔獣が乱入したってことか。それも2つなら確かに危機的状況になるんだろうな。現在も救難信号は出てるのか?」
『依然として。どうやら戦機も4機が大破したようです。獣機の損害は十数機を超えています』
介入するしかなさそうだ。
「騎士団の標準魔石通信で回答してくれ。【我、ヴィオラの騎士なり。騎士団の約定に基づき介入する】以上だ。周回しながら肉食魔獣を倒していけば何とかなりそうだな」
『了解です。……通信発信。始めますよ』
2つの陸上艦を起点に1.5kmほどを周回しながら肉食魔獣を狩ればいい。弾速を落として、射線上に騎士団の連中がいないことに注意する必要があるな。
トリガーを俺が引いても、アリスが射線とタイミングを補正してくれるはずだ。
上空から地上滑走状態に移行すると、俺達の狩りを始めることにした。
最初の魔獣が頭部に弾丸を受けて転倒する。直ぐに2頭目に照準を合わせていると襲撃を受けていた騎士団から返信が来た。
『【感謝する】だけですね。やはり混乱してるのかもしれません』
「混乱だけじゃないと思うな」
2頭目が転倒した。次々と魔獣を刈り取っていく。
後から襲ってきた魔獣はアウロスのようだ。やはり前回倒したアウロスよりも一回り体が大きい気がするな。
『残り4頭です。モノリーズなら残してもだいじょうぶでしょう』
「さっさと片付けて戻るとするか」
数分もかけずに残ったアウロスを刈り取ったところで騎士団から通信が届いた。
『救援を感謝して一献を共に傾けたいとのことです。ブリアント騎士団と名乗っています』
「俺達の方だって心配だからね。早めに戻ることにしよう。【砂の海であれば、当然のこと。王都での再会を心待ちとしたい。ヴィオラ騎士団】と伝えてくれ」
あまり長居はしたくない。さっさと帰った方が良いに決まってる。まだ夕食だって食べてないんだからね。
再度の通信でブリアント騎士団に俺の名を告げると、俺達はヴィオラ騎士団に向かって飛び立った。