M-259 北の回廊作りが始まりそうだ
3時ごろになると、皆が帰ってきた。
クリスも何事も無かったような顔をして、その中に混じるんだから女性は怖い存在だと感じてしまう。
クリスだけが、サンドイッチを摘まんでいたけど一緒にローザも食べていたから、昼食抜きだとは誰も思っていないようだな。
「マイネさんが皆帰ってこないと悩んでたよ」
「向こうで御馳走になったのよ。兄さん達も一緒だったから話が弾んでしまったの」
「私達は、会議途中で食事が出たから……」
俺に言い訳しないで、マイネさんにして欲しいところだ。
そんな俺達にコーヒーを運んできたから、聞いていたかもしれないけどね。
「カテリナさんと相談してみるよ。リバイアサンなら通信手段があるし、魔石通信機の出力を上げればそれなりに連絡できるんじゃないかな」
俺のバングルには通信機能が付いている。アリスが改造してくれたものだが、カテリナさんのバングルも似た機能が付いていたはずだ。
「それで、何か問題が出てきたとか?」
「農園の方は問題ないみたい。畑の収穫に手が足りない時には、元騎士団のお婆さん達が手伝ってくれると言ってたわ。種を1度に撒かずに、一月ほどの間隔を開けているみたいだから、何時も新鮮な野菜を商会に届けていると言ってたわよ。でも、たまに間違えて沢山撒いてしまうらしいの」
それはそれで良いんじゃないかな。結果的に収穫が無い月が出ることがあるなら問題だけど、たまに野菜が安くなるぐらいなら買う方だって嬉しいに違いない。
元騎士団のお婆さん達だって、たまには違った仕事をしたいだろうし、収穫を眺めながらお茶を頂くのも楽しく思えるんじゃないかな。
「隠匿空間の方にも問題はないんだけど、やはり利用者が増加しているようね。事前連絡が無くて突然現れる騎士団もあるようだから、その辺りの対処を検討しることになったの。基本は入国禁止で行こうと思っているわ。
とは言っても、中には陸上艦の破損が酷い時もあるようだから、入り口前で事前審査を考えているわ。審査は軍にお願いするみたいね。
基本的に賛成することを伝えたから、後は事務所と商会ギルドが軍と調整してくれるはずよ」
哨戒艦隊が出来たなら、隠匿空間に来る前に対応が取れそうだな。
尾根の連なるこの界隈は、大型の魔獣が多いから狩る側が狩られる危険性があることを重々承知していなければならない。
「やはり西への入り口として、認められつつあるってことだろうね。先ずは隠匿空間の様子を見て、北の回廊をどのように通過するかを考えてるんじゃないかな」
「陸上艦の修理が可能な最北の地は、想像とは異なるぐらいに思っているでしょうね」
緑の大地だからねぇ……。
ここで英気を養い、一気に突破する……。やはり無茶としか言いようがないな。
10kmほど先に魔獣を見付けても、その魔獣が接近する速度は陸上艦を越える。
陸上艦で見つけた時では遅いんだよなぁ。
自走車を先行させて哨戒するとなると、ほとんど決死隊になってしまいそうだ。
戦車以上に頑丈な車体にするとなると、戦艦のように速度が犠牲になってしまう。
2500kmを越える回廊の魔獣の状態監視が出来ない内は、西に向かうことはできないだろう。
「問題は、フェダーン様達が何時頃から回廊作りを始めるか、ということね」
「少なくとも、砦の場所を確定してからになるだろうね。それは次の航海前に分かりそうだが、建設資材の移動と工兵部隊を守る艦隊の編成が必要だろう。フェダーン様の軽巡と、隠匿空間から駆逐艦を出したぐらいでは全滅しかねない。
最低でも巡洋艦は必要だろうし、駆逐艦も3隻以上必要だ。その上物資輸送艦他を別途作らねばならないから、かなりの艦船を動員しないといけなくなりそうだよ」
ハーネスト同盟の調査艦隊に見つかることは無いだろう。彼等の回廊の意味は無いだろうし、星の海を熱心に調査しているのは帝国遺産の発掘だ。それ以上に視点を広げることはないんじゃないかな。
さすがに星の海の西に作ろうとしている砦については発見されるだろうが、発見してもどうすることもできないだろう。
それなりの艦隊を駐屯させることぐらいはやりそうだし、何と言っても飛行機がある。
滞空時間が2倍ほどあるから、ハーネスト同盟艦隊を砦からの視認距離以前に叩くことが出来るに違いない。
「砦作りの前に、隠匿空間に資材を運ぶでしょうから、何か月か先になるんでしょうね。でもどこに作るのかしら?」
「おおよその位置は分かるよ。ちょっと待ってくれ……」
プロジェクターを取り出して、北の回廊の地図を表示する。
「隠匿空間がここだ。たぶん回廊の西の外れにも砦を作るだろうから、およそ600ケム(900km)おきに3つの砦を作ることになりそうだ。場所は赤く点滅している個所かな。丁度奥幅が狭くて奥行きのある尾根があるんだ。尾根を結ぶように石垣を積めば、魔獣を防げるだろう。山裾からもやってくるだろうが、後方に巡洋艦の砲塔を設けた頑丈な建物を作れば、魔獣を倒せるだろう。
尾根の両側に桟橋を作れば、陸上艦を10隻以上停泊できるんじゃないかな」
「案外簡単なのね?」
「問題は補給だよ。砦間を補給艦隊が定期的に運航する必要がある。将来的には、この星の海の西側にも砦が作られるんだからね。輸送船が2隻と言うことにはならないだろう。数隻を使って生活必需品や、弾薬を運ばないといけなくなってしまうんだ」
「それで戦闘艦と言うことになるわけね? でも軽巡クラスの旗艦が必要じゃないかしら?」
「少なくとも、ハーネスト同盟艦隊はここまでは来ないだろう。軽巡は必要ないと思うんだけどなぁ」
輸送船なら飛行機も上部甲板に簡単なドームを設けて搭載できそうだ。隠匿空間と砦の周囲はそれぞれの持つ飛行船で偵察できるから、飛ばす機会は5回も無いだろう。
そう考えると、旗艦を駆逐艦にして戦闘艦を数隻率いれば輸送船3隻程度は十分に護衛できるはずだ。
「でも、砦を作る時には、リバイアサンを付近に停泊させる依頼がきそうね」
「それはドミニクに任せるよ、でも計画には賛成を表明してるなら、あまり無理は言わない方が良いかもしれないね」
リバイアサンによる護衛業務が金貨10枚と言うことにはならないだろう。それに、将来的にはこの砦の管理を12騎士団に任せるつもりもあるだろうから、彼等も早段階で計画に関わってくるはずだ。
建設時の護衛に関わった見返りとして、砦の管理を任せるということだってあり得ない話じゃなさそうだ。
その時の俺達の仕事は、建設場所から離れた位置での周辺状況監視ということになるんじゃないかな。
どうも、そっちの公算が高いと個人的には思えるんだけどなぁ。
「とりあえずは、休暇後のリバイアサンの航海は現状通りと言う事かしら?」
「そうだね。よほど突発的な事が起こらなければそれで良いと思うよ。王宮の方でもハーネスト同盟の動きを探っているはずだから、現状での奇襲の心配もなさそうだ」
なるほどと言った顔をした途端。今度は休暇の過ごし方に話題が映ってしまった。
色々と忙しい人達だな。
俺の方は、通信網について考えなくてはならない。
やはり方位局は早期に作った方が良さそうだ。
夕暮れが近付く頃に、アレク達が帰ってきた。
直ぐにジャグジーに向かったところを見ると、かなり汗を流して働いてきたんだろう。
さっぱりしたところで、俺を誘って池に張り出したテラスでワインを飲む。
「あれなら、心配ないな。獣機を刈て耕してやろうと思ったんだが、庭いじりがしたい爺さんや婆さんが手伝ってくれるらしい。
農園も楽しかったが、こっちも楽しいと言ってくれたよ」
アレクが呼んだこともあるからだろう。最後の言葉が一番嬉しかったに違いない。
そうなると、新たな領地の方も心配になってくる。
開拓は順調に進んでいるのだろうか?
是非ともうまくいってもらいたいんだよなぁ。騎士団向けの作物を安く供給してもらうつもりなんだから。
「明日は釣りですか?」
「ベラスコを誘ってある。リオは忙しそうだし、竿も3本用意しただけだ。ベラスコに釣れるなら、後でリオも誘ってやるからな」
話を聞くと、海釣りよりも難しそうだ。
獲物は、騎士団の食堂に提供することで話が付いているらしいけど、その報酬がマス5匹でワインが1本と言うことらしい。
池のマスは全てアレクが稚魚を購入しているから、アレクの許可が無いと釣りをすることができないということらしいが、騎士団の事務所に申請すれば1日2人までは許可されるということだ。
もっとも釣り上げるマスは3匹までになるらしい。
それでも、かなり申請する人が多くて、涙を呑んで諦める御仁もいるというんだからなぁ。
「勝手に増えるわけじゃないから、あまり釣れないようならさらに稚魚を運ばないといけない。明日はそれを確認するつもりだ」
「遊漁料を取ろうとは考えないんですか?」
「そこまでするのもなぁ……。本来は養殖して大きくしようとしてたんだが、こんな池になってしまったからな。池から流れでる小川が良い釣り場になるみたいなんだ」
長さ200mにも満たない小川なんだけどねぇ。あの橋が掛かっていた上流辺りで釣るのだろうか?
サンドラ達が退屈しないと良いんだけど……。
「夕食よ!」とフレイヤが俺達に声を掛ける。
リビングに入ると、カテリナさんやローザ達も帰っていた。子供達の陽子が聞けるかな?
今日の夕食は賑やかになりそうだ。
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「最初の注射だけでは分からないということですか?」
カテリナさんの子供達への措置を聞いて、問い掛ける。
「ローザだって、直ぐには効果が出なかったわ。ましてあの子達はローザほど素質があったわけではないもの。3日は掛かるでしょうね。リオ君にも少し協力してもらいたいわ」
何の協力だろう?
俺の考える姿を見た、カテリナさんが笑みを浮かべているから、ちょっと心配になってくる。
「我の姿を、目を輝かせてみていたぞ。じゃが、どうにか戦姫の一部を動かせるだけじゃからのう……。我には迫れなくとも、戦機の新兵ぐらいには動かして欲しいところじゃ」
戦機の新兵? と俺達が悩んでいると、フェダーン様が笑みを浮かべて説明してくれた。
「何とか動かせるが、たまに転ぶ時もある。隊列を作って行進すると、全員が転んだ所を見たことがあるぞ」
そういうことか。ぎごちないを通り越しているから見ているだけでおもしろいってことかな。
だが、それでは砦の守備を任せることはできないだろう。
戦姫の最大の特徴は戦機を越える機動性と作戦遂行時間だからな。
戦機並みに動けないなら、移動砲台的な運用になってしまうだろう。
「アイオラ少尉の報告書が上がってきた。砦の設計図書もだ。コピーはカテリナに渡してあるから、リオ殿も閲覧が可能であろう。
アイオラ少尉は明日王都に出発して国王陛下に回廊計画の報告を行う予定だ。
早ければ、1か月後には資材が隠匿空間に運び込まれるだろう。
資材保管は軍の区画で十分であろうが、2度ほど運べばいよいよ最初の砦を建設することになるだろう」
砦自体はそれほど難しい作りにならないだろうから、兵站を構築することに苦労するだろうな。
まだ高速輸送艦と軽巡洋艦を旗艦とした駆逐艦が護衛に着くのだろう。
建設の速度に見合った物資の輸送計画には、さぞかし頭を捻ったに違いない。