M-258 設計を進めよう
別荘のリビングでドミニク達が優雅に紅茶を飲んでいた。
時計を見ると、すでに11時近くになっている。朝食の片付けが終わっていないようだから、2人が起きてから間がないようだ。
「起きたみたいだね?」
「そう、いつまでも寝ていられないわ。隠匿空間の経営会議にも出ないといけないし、マリアン達との調整もあるのよ」
忙しいそうだな。そう言いながらも俺にもたれかかってくるんだから困った団長だ。
「今のところヴィオラ騎士団に大きな問題はないんだけど……」
「アレク達の騎士登録が残り3年を切っているのよ。アレクは獣機に乗ると言ってくれてはいるけど、ヴィオラもガリナムも獣機はトラ族ばかりだから」
「それなら、リバイアサンで活躍して貰えば良いんじゃないかな。カテリナさんが獣機を改良しようとしているから、その先行試作機のテストもお願いできそうだ。それに、リバイアサンで水棲魔獣を狩るなら獣機で十分だからね。ましてや次の航海以降はローザ達が乗船して来るか微妙だからね」
「戦姫の訓練と言うことね。動くと良いわね」
3人が集まって、小声で話を始めた。
俺だけしかいないんだから、普通に話せば良いと思うんだけどなぁ。
「確かに良い案ね。母さんの成果次第になりそうだけど、まだ2年はあるからじっくりと見守りましょう」
ドミニクが俺にキスをするとレイドラを伴ってリビングを出て行った。
会議ばかりで苦労するなぁ。俺には団長は無理だ。
残ったクリスが俺の隣にやって来て腰を下ろす。方に手を回して俺の顔を覗き込んできたけど、マイネさん達が何時リビングに入ってくるかと冷や汗が流れてくる。
「今日は、私の方は暇だからリオと一緒よ。何をするの?」
「設計を進めようと思ってるんだ。アリスが手伝ってくれるから、全体を眺めてたまに指摘をするだけで済むんだけどね」
「指揮官みたいな感じのようね。私の事は気にしないで始めていいわ」
と言っているけど、俺にべったりなんだよなぁ。
飲み物をお願いすると、笑みを浮かべてソファーから腰を上げてドミニク達のカップをトレイに乗せてキッチンに向かったようだ。
さて、始めよう。
バッグからプロジェクターを取り出して、仮想スクリーンを作る。
「先ずは、王国の工廟に頼む戦闘艦の設計を確認したい。既に修正敷いたんだろうけど、画像と共に仕様諸元の仮想スクリーンを作ってくれないか?」
『2つの画像を表示しました。基本仕様に変更はありませんが、3隻で作戦行動を行うのであれば、1隻に飛行機の搭載をしてはいかがでしょうか? 周辺監視が格段に上昇しますし、魔獣の早期警戒の目的にも合致すると推察します』
その考えは俺も持っていたんだが、駆逐艦に搭載すると2機がやっとだろう。しかも艦内に収容できそうもないから諦めたんだが……。
「露天搭載になるのかな? 嵐を考えると止めた方が良さそうに思えるんだが」
『艦内には無理でも甲板を広くして、離着陸台を鋼板で覆うことができそうです。形状はこのようになるのですが……』
画像が切り替わり、新たな戦闘艦が姿を現した。
艦橋が船尾に下がり、艦橋の半分ほどの高さから艦首に向かって三角柱が横に伸びている。
さすがにこれでは砲塔は搭載できないようだ。艦橋の横に張り出すように小さな砲塔が作られている。
搭載できる飛行機は2機だが、爆装できるから単艦での戦闘力はかなりあるに違いない。とはいえ接近戦は僚艦に依存ということになりそうだな。
「どれぐらいの飛行回数が望めるんだ?」
『魔気のカートリッジを20本搭載できます。1回の飛行時間を30分程度に限れば、1哨戒航海には十分と推察します』
2機同時に運用しなくても良いってことだろう。上空に上がって周囲を見通すだけでも安心できることは間違いない。
1日に1回の長距離哨戒も可能だから、かなり有効に使えそうだな。
「あら! 始めたの? マイネさんが淹れてくれたわ。かなり砂糖が入ってるわよ」
「ありがとう。俺は甘党だからね」
クリスがマグカップに灰皿をテーブルに置いてくれた。自分用のコーヒーを隣に置くと、俺に抱き着くようにして仮想スクリーンを眺めている。
「邪魔はしないから、続けていいわよ」
そう言ってるけど、気になるんだよなぁ。
『嵐に遭遇した場合でも、艦首を風の方向に向ければ耐えられるでしょう。この艦隊の課題は故障時になりますが、操船と駆動に関わる装置を二重化することで対応できるでしょう』
「砦に戻れない場合は、本来の艦隊の出番になりそうだな。それは仕方がないと考えるしかなさそうだ。1航海日数は10日以上あるんだろう?」
『1航海を10日としました。食料と燃料は3日の予備を持ちます』
「使えるかどうかは、フェダーン様次第だが、これの詳細設計を進めて欲しい。確認するが、この世界の技術で製作できるんだろう?」
『基本は駆逐艦ですから問題はありません。既存艦と異なり木製部分が少ないだけです』
「なら問題ないな。次は俺達の第二戦闘艦の方だが、フェダーン様が先行試作を行うよう指示があった。急にできるとも思えないけど、かなり先の戦闘艦との共通点があると思う。それを加味して、設計の見直しを行ってくれ。詳細設計まで進めて王都の工廟とリバイアサンの工場で製作する部材を区分してくれないかな」
『了解です。外殻は工廟で作れますね。内部の構造体も可能です……』
画像が一旦真っ白になると、次に赤で側面図が描きだされていく。
基本となる構造体は王都の工廟で作れるらしい。だんだんと赤の線が増えていくのをタバコに火を点けて見守っていくことにした。
「これって、あの戦姫が設計を進めているということなの?」
「そうだよ。アリスが行っている」
「さっきの会話はまるで友人同士のようね。戦姫だと分かっていても戸惑ってしまうわ」
「俺は人間だと思ってるよ。姿が違うだけだ」
俺の最初の友人だ。それだけ大事な存在でもある。
「ちょっと妬けるわね。私達と同じ何だから」
「確かに俺にとってはアリスもクリス達と同じだよ。それは理解してほしいな」
画像はかなり緻密になってきた。ゆっくりと画像が回りだしたのは3Dで設計を進めているからなのだろう。全ての構造体の形状は、アリスが強度計算を同時に行っているはずだから、後に見直す必要はないだろう。
『王都に依頼する部材を記載しました。続いて、リバイアサンの工場で作る部材を記載していきます』
アリスの言葉が終わると同時に、今度は緑の線が画像に加えられていく。かなり細かな線もあるのは、ケーブルを示しているのかもしれないな。
たまに拡大して描かれているから、微細な部品もリバイアサンで作ることになりそうだ。
「驚くばかりだわ。王都の工廟の技術者でもこんなに簡単に描くことはできないわよ」
「たぶん100人いてもアリスの速度に追従できないと思うよ。だけど、俺の取っ手は大事な友人だ」
奇異な存在ではない。天才的な思考の持ちぬ主であり、それを形にできる存在でもある。
2杯目のコーヒーを飲み終える頃になって、アリスの作業が終了したようだ。
何度か画像がクルクルと上下左右に回っている。
『詳細設計終了です。6割を発注できそうです。リストと個別の設計図書をファイルに収容しました』
「ご苦労様。明日は通信機と方位局の設計をお願いするよ。概念図を纏めておいてくれないか?」
『了解しました。カテリナ様から私宛てに依頼があるのですが、それも一緒に勧めてよろしいでしょうか?』
「アリスの判断で構わないけど、何を依頼されたんだい?」
『獣機の外骨格に強度計算です。獣機に搭載する魔道タービンの出力に応じて、いくつかのパターンがありました。獣機の改良を進めたいようですね』
「リバイアサンには戦機でなく獣機を置きたい。カテリナさんの思惑が上手くいくことに期待したいところだね」
仮想スクリーンが閉じられると、クリスが深いため息を吐いた。
かなり緊張しながら見ていたのだろう。
「ドミニクが私よりも全体を見ていると言っていたことがあるけど、改めてリオの能力を知った感じよ」
「騎士では無いかもしれないけど、一応ヴィオラ騎士団の騎士だよ。そう思ってくれるだけで十分さ」
俺の能力はたかが知れている。凄いのはアリスだ。アリスがいるからこそ、俺の能力は必要に応じて変えることができる。
アリスが隣にいてくれたならと何時も思うけど、それは無理な話だ。
現状に満足してはいけないんだろうが、こればっかりは無理だろうな。
クリスの手を取って立たせると、俺達の部屋に向かった。
まだ誰も帰ってこないなら、しばらくはクリスと楽しめそうだ。
相変わらずカテリナさん謹製の薬を服用してるけど、絶対にあの薬のせいに違いない。
「誰も戻らないのよねぇ……」
俺に体を寄せて、耳元でささやくんだから困った人だなぁ。
「でも、何時帰ってくるか分からないのも困るんだよなぁ」
俺に返事に、小さな笑い声を上げている。
正午を告げる鐘の音が聞こえてきた。
急いでベッドから起きると衣服を整える。クリスも体を起こしたが、そのままシャワーを浴びに向かった。
軽く汗を流してメイクを整えるのだろう。
「先に行ってるよ」と声を掛けると、ガラスの向こうでクリスが手を振ってくれた。
リビングに顔を出すと、まだ誰も帰ってきていないようだ。
ほっとしたところで、ソファーに腰を下ろす。
タバコに火を点けると、困った顔をしたマイネさんがやってくる。
「誰も帰ってこないにゃ。1時間待って帰らない時は、リオ様とクリス様にだけ昼食を運んでくるにゃ」
「休暇中だからのんびりしてるんじゃないかな。途中で食べてくることもありそうだから、それで良いと思うよ」
困った連中だとマイネさん達には思われているに違いないな。
とはいえ、元々がこんな感じだったんだろう。
航海中はきちんとした暮らしだし、常に緊張した状態が続く。
休暇中ぐらいは、時間を気にせず気ままに暮らしたいということなんだろう。