M-257 散歩に出てみよう
やって来た子供達は、最年長でも13歳。一番下は11歳ということだった。
魔獣相手に戦闘ができるのか……。はなはだ心もとない限りだ。
それでも、「王国の期待があることを分かっている」とフェダーン様が話をしてくれたんだよなぁ。
「子供を戦場に送るようでは、その国は終わりだ」とも聞いたことがあるんだけどねぇ。
ともあれ、人間同士の戦に参加させることは、いくら何でもフェダーン様が許さないだろう。
魔獣を相手にできるぐらいの期待操作ができると良いのだが、こればっかりはやってみないと分からないんだよなぁ。
「今日は午前中に注射を1回。その後は、ローザとリオ君の活躍する映像を見せるつもりよ。午後はローザがピクニックに連れて行くと言ってたわ。体力作りも必要な年頃だから丁度良いわ」
「先ずは座学と言うところだな。戦姫の指や手を動かせる程度と言うことだから、カテリナの施術が終わるまでは、のんびりとさせるつもりだ」
9時に軍の駐屯地に向かうと言っていたから、もうもうしばらくすると4人とも出掛けるのだろう。
「ローザ、相手は子供だからね。おだてると、その気になってやる気を出すと思うんだ」
「そうやって能力を伸ばすのじゃな。我も同じようなことを考えていたのじゃ。だいじょうぶじゃ、しっかりと魔獣狩りができるように仕込んでやるぞ!」
ローザの言葉にカテリナさん達が必死に笑いを堪えている。
それは、少し前のローザに対する教育と同じということなんだろう。
「それで、リオ君は何をするの?」
「戦闘艦の設計を進めないといけませんからね。砦の方は任せられましたが、方位局の方も考えないといけません。魔石通信機の改良もありますから、あまりのんびりできないところが辛いところです」
発電機と送信機それにアンテナを鉄柱に納められれば良いんだが、あまり不徳なるのも問題だろうし、頑丈に作らないと水棲魔獣に壊されてしまいそうだ。
頑丈であれば、星の海の東に広がる砂の海にも適用できるだろう。会話型ではない、電信信号で特定の信号を送るだけなんだが、送信出力が小さいと遠くから受信できないだろうからなぁ。
受信のアンテナの指向性もある程度必要だろう。見張り台の上に付けるとしても、大きなものでは動かせなくなってしまいそうだ。
「自艦の位置測定であったな。あまり値段が高くなるようでも困るぞ」
「その辺りは考えています。アンテナ込みで金貨1枚程度であれば問題ないと考えているんですが……」
「軍が導入した魔石通信機は、金貨5枚を超えているわ。そんなに安くできるのかしら?」
「通話型ではなく、初期の魔石通信機と同じであるなら騎士団でも使いこなせるでしょう。自らの位置が分かり、周辺の魔獣の状況が分かれば十分な筈です」
軍による飛行船の訓練に合わせて、確認できた魔獣を飛行船から発信しているのだが、飛行船の位置がかなり怪しいことになっているらしい。
上手く位置が確認でいたなら、魔獣の情報は騎士団にとってもありがたい話だ。
「システムについては、後で詳しく教えて頂戴。フェダーン、そろそろ出掛けましょう」
「時間か。子供達を待たせるわけにもいかんな。ローザ、出掛けるぞ!」
3人が、連れだってリビングを出ていく。
エントランスの前には、すでに迎えの自走車が来ているんじゃないかな。
全員が動かすことができるようになれば良いんだけどね。
「まだ起きてこないにゃ。リオ様だけに朝食を持って来るにゃ」
「そうしてくれるとありがたいな。さすがに昼前には起きて来るだろうと思ってるけど」
思っているだけで、確実性はないんだよなぁ。
朝食が終わったなら、散歩でもしながらアリスと設計を進めよう。
フルーツサンドを何時ものコーヒーで楽しんでいると、エミー達がやって来た。フレイヤも一緒だが、まだ眠そうな顔をしているな。
「「おはよう!」」と互いに挨拶を交わすと、俺の隣に座りテーブルのサンドイッチを摘まみ始めた。
俺のだ! と言えないところが辛いところだ。
可哀そうに思ったのか、直ぐに大皿でマイネさんがサンドイッチを届けてくれた。
「エミーと農場に行ってくるね」
「出来れば青いトマトが欲しいな。全くの青じゃだめだよ。そうそう、アレクも農場に行ってみると昨夜言ってたね」
「畝作りを戦機で手伝おうなんて考えてるのかもね。状況を見て来るわ」
しょうがない兄さんだと思っているようだけど、それだけ身内思いなんじゃないかな。
ネコ族のおじさん達と一緒に、畑を耕すぐらいはやるかもしれない。
それは決して悪いことではないはずだ。
騎士団に入らない少年時代を、思い起こしたいだけかもしれない。
マグカップの残りのコーヒーを飲み終えたところで、フレイヤ達と別れて散歩に出掛ける。
いろんな施設が出来たけど、あまり歩くことがないから丁度良い。
先ずは時計回りに、散策コースを歩いてみよう。
緑の多いヴィオラ騎士団の区画に、散策コースを作って、コースに限っての入域を隠匿空間への来訪者に分け隔てなく開放することにした。
途中に茶店を出したいとの商会の申し出を受けて、ログハウスから西に数百m離れた位置に30m四方の土地を貸すことになった。
ログハウスと東屋を合わせたような茶店だが、案外人気があるようだ。
お菓子とお酒以外の飲み物を提供してるようだが、お土産用に木彫りの魔獣まで売り出したらしい。
チェインでバッグなどに下がられるような5cmほどの人形なんだけど、お店に卸すと直ぐに無くなってしまうほど人気があるらしい。
それを作っているのが、ヴィオラ騎士団を引退したネコ族の人達らしい。意外な収入源ができたことを、隠匿空間の事務所の所長が喜んでいたとドミニクが教えてくれた。
そんなこともあって、隠匿空間の収支は黒字になっているんだろう。
黒字はそれほど多くはないとのことだが、俺達は騎士団だからねぇ。ここでの商売で儲けようなんて、誰も思っていないだろうな。
散策路は、ログハウスから200m程離れると池沿いに歩くことができる。直ぐに低木の林に入ってしまうのだが、ログハウスから散策する人たちが見えないようにするための工夫のようだ。
小さな林を抜けると、農園が広がっている。
野菜や果物を作っているようだが、面積は200m×500m程になるとのことだ。
小さな小道の奥に低木に囲まれたログハウスが数軒建てられていた。
納屋もあるのだろう、アレクは3家族と言ってたからなぁ。
この辺りは別荘から眺める低木の茂った山の裏手になるんだが、起伏に沿って果樹が植えられている。
たまにもぎり取る不届き者がいるらしいけど、1個程度なら見ないふりをしてあげたいところだ。
北緯50度を過ぎたカ所で果物が実ってるなんて、普通では考えられないところだからなぁ。
散策路をそのまま西に歩いて行くと、小川に橋が架かっている。川幅が2mにも満たない流れだが木製の橋から、川面を覗くと泳いでいる魚が見られる時もあるらしい。
残念ながら今日はお休みのようだ。そのまま橋を通り過ぎると、茶店にの前に出る。
田舎じみた木製の縁台が3つほど置かれ、厚手の布が敷かれていた。
生憎と先客が居たけど、端の1つが空いている。
演台に腰を下ろすと、ネコ族の小母さんがお茶を運んでくれた。メニューを聞いて、団子とコーヒーを頼む。
数分後に出てきたのは、揚げたての丸いパンのような代物だった。揚げパンの横に付いていたジャムを付けて頂くんだろうけど……、これのどこが団子なんだろう?
悩みながら頂いたんだけど、味はドーナッツそのものだな。
子供が作る泥団子に似ているから団子と言うことなんだろうか?
「お隣をよろしいですかな?」
「ええ、どうぞ!」
声を掛けてきたのは、壮年の軍人2人組だった。
端に移動して、2人が楽に座れるようにする。ネコ族の小母さんに俺が食べている物を頼んでいるようだけど、甘いものが好きなのかな?
「毎日、散歩を欠かさないのですが、貴方を見掛けたのは初めてです。ヴィラ騎士団が昨日入港したと聞きましたから、その後関係ですか?」
「いと言おう騎士として働いています。しばらく荒野を動いていましたから、この隠匿空間は我等にとってありがたい場所なんです」
「そうでしょうね。軍の方はどこの基地も似たような場所になっていますから……。初めてここを訪れた時は我が目を疑いましたよ。それからは毎日この散策路を一周するのが日課になっています」
それなりの役職についているんだろうな。
激務から解放されたわずかな時間、草や木々が育つ緑の大地を歩くのは心の健康に良いに違いない。
リバイアサンにもそんな施設が必要かもしれないな。
「たかが緑、されど緑ですからねぇ。砂の海にも緑はあることにはありますが、それは危険な場所でもあります。でも、ここなら安全ですよ」
「畑の野菜を見るのも楽しみですよ。たまに新鮮な野菜が食堂に出ると、どの辺りで採れたのかと思いを寄せてしまいます」
そんな人がたくさんいるんだろうな。開放するけど邪魔をするなと、池の周囲を結構低木で囲っているんだけどねぇ。
それが返って人気を呼んでるみたいだ。
団子を食べ終えたところで、「お先に!」と挨拶をしてその場を去ることにした。
散策しながら設計を纏めようかと思っていたが、やはり無理だな。
早めに帰って、ソファーで検討した方が良さそうだ。
散策路の終わりは、隠匿空間の出入り口である青銅製の塔を制御する石造りの建物の近くを通ることになる。
隣の連が作りの建物はカテリナさん達の研究所だ。小さなログハウスが新たに建てられたのは、休憩所なのかもしれないな。周囲が花畑に囲まれているから、周りにうまく調和している。中でどんな研究が行われているか、誰も知らないだろうな。
十字路に出た。まっすぐ行けば陸上艦の専用通路を越えて軍や商業ギルドの区画に行けるし、右に行けばヴィオラ騎士団専用桟橋に出る。
専用桟橋と言っても、商業ギルドの多目的桟橋に近いこともあり、隠匿空間に入る騎士団の連中は結構桟橋にやってきているようだ。
ヴィオラ騎士団のプライベート区画に入らなければ特に問題はないだろう。
陸上艦という閉鎖的な空間で長期間過ごしているから、隠匿空間であちこち巡って羽を伸ばしたいだけなんだろうから。
さてそろそろ別荘に戻ろうか。さすがにドミニク達も起きたに違いない。