M-255 隠匿空間で休暇を取ろう
隠匿空間の手前にリバイアサンを停泊せると、リバイアサンのドックに停泊している輸送艦や軽巡洋艦、戦機輸送艦を総動員して隠匿空間へと乗員を輸送する。
いつの間にか500人を超える乗員になっていた。
魔獣狩りを主体にするならこれで十分なんだろうが、スコーピオ戦のような大量魔獣を相手にするときや、戦に協力するとなると、更に300人程度の増員が必要になってしまう。
とはいえ、そんな機会が早々あるとも思えないから、そんなことがある場合には必要に応じた人員を増やせば良いのだろう。
それに、1度に全員を運べないのも問題だ。
人員輸送に特化した船を、用意しておく必要があるかもしれないな。
「戸締りはお願いね!」
「ああ、ちゃんとしておくよ。泥棒が入らないとも限らないからね」
海賊がいるぐらいだから、泥棒もいるらしい。
だけど、騎士団にちょっかいを出す泥棒はいないとアレクが教えてくれたんだよなぁ。
捕まえたら王都の警邏に突き出さずに、荒野の掟で裁かれるらしいからだろう。
水筒1つで、砂の海に置き去りにされるんだからなぁ。助かる人はいるんだろうか?
全ての制御を生体電脳に委ねたところで、アリスに搭乗してリバイアサンから上空に転移する。
解放された出入り口が無いんだから、泥棒が入りる手立てはないと思うんだけどねぇ。
既にリバイアサンの乗員を乗せた陸上艦は、隠匿空間に入ったようだ。
ヴィオラも狩りを終えて隠匿空間で休憩を取っているようだから、10日間程の休暇が取れるかもしれないな。
隠匿空間に入ると、ヴィオラのカーゴ区画にアリスを留める。
外に置くわけにはいかないからなぁ。ヴィオラにアリス専用の固定台が今でもあるから助かってしまう。
ヴィオラを下りて、ログハウスに向かう。
桟橋に停泊した陸上艦からも、続々とリバイアサンの乗員が下りてきている。
「リオさ~ん!」
俺を呼ぶ声に振り返ると、ジェリルと肩を並べてベラスコが笑みを浮かべながら俺に手を振っている。
片手を上げて立ち止まると後ろの連中も一緒に俺に近付いてきたが、ジェリルの反対側にいる女性は誰なんだろう?
「おひさしぶりですね。若手を連れてきました。リオさんには一度合わせてあげたかったですからね」
「なら、あそこでコーヒーでも飲もうか。俺も今リバイアサンから下りたところなんだ」
桟橋近くの喫茶店も規模が大きくなっていた。店を大きくしたというよりは、桟橋のエントランス広場にパラソル付きのテーブルセットを増設した感じだな。
結構客が席についているが、まだ少し空いているようだ。
空いたテーブルセットに腰を下ろし、足りない椅子を近くの席から運んで座ると、店員のネコ族のお姉さんが近付いてきた。
「コーヒーを頼む。出来れば大きなカップが良いな。ついでに灰皿もお願いするよ」
お姉さんのメモをちらりと見て、代金を確認すると銀貨を1枚手渡した。
笑みを浮かべて店に戻って行ったから、お釣りはチップと理解してくれたようだ。
「ガリナムに搭乗してるんですよ。ヴィオラⅡとⅢでは紛らわしいんで、クリス艦長が乗るヴィオラⅡをガリナムと呼んでるんです」
「ベラスコ達5人が搭乗してるのかい?」
「ええ、ジェリルは知ってますよね。俺の左がカルマ、その並びでドレッドにアデリーです。お前等、この人がヴィラ騎士団の騎士の2番目に位置するお方だからな。
リオ辺境伯と言う領地を持った貴族なんだから、一歩引いて話をするんだぞ」
そんなことを言うから、急に畏まってしまったじゃないか。
あまり脅かすのも良くないと思うけどなぁ。
「リオだ。辺境伯と言うことは考えなくても良いぞ。同じ騎士団の騎士と考えてくれ。ベラスコだってこの通りだし、筆頭騎士のアレクは知っていると思うけど、彼にはいつも世話になりっぱなしだ。
それで、ベラスコ、狩りは上手くいったのかい?」
お姉さんが運んでくれたコーヒーを飲みながら、ベラスコ達の狩りの話に耳を傾ける。
毎朝定期的にヴィオラの周辺の状況を伝えていたから、ドミニク達も狩りの対象魔獣以外の魔獣に出会うようなことは無かったようだ。
とはいえ、上空から見ただけだからなぁ。砂に身をひそめる魔獣は監視のしようがないのが現状だ。
体温が高ければそれなりに分かるらしいが、ジッと身を潜めているならば動体感知も不可能だ。
「陸上艦が2隻ですからね。戦機も数がありますからチラノ数匹なら何とかなりますね」
「あまり慢心は良くないぞ。もっとも、アレクが一緒だから目を光らせているんだろうな」
「そうなんです。この頃は俺達に狩を任せてくれるんですが、何時も後ろで銃を構えてくれてます」
世代交代に向けて、次の筆頭騎士を育てているってことなんだろう。
ベラスコなら問題なく筆頭騎士になれそうだな。
リバイアサンでも獣機を使って魔獣狩りをしたと言ったら驚いていた。
戦機はリンダの1機だけで、俺とローザは戦姫だからなぁ。戦姫が戦機数機に相当するということならかなりの戦力になるけど、ローザは獣機の後ろで指示をしていただけだったからね。
「リバイアサンの火力があれば獣機だけでも狩りができるんでしょうか?」
「あれは戦闘用だろうな、狩りには向いてないよ。水棲魔獣がたくさんいる島を見付けてね。そこにリバイアサンのドックを開いて獣機で狩りをしたんだ。魔獣からの高さがあるから、獣機が立つ位置は安全だ。ローザの指示でかなり刈り取ったよ……。こんな感じだ」
プロジェクターを取り出してテーブルの上に仮想スクリーンを作り出し、狩りの様子を映してあげる。
若い連中が、食い入るように見てるんだよなぁ。
まだまだ血気盛んと言うことなんだろう。
コーヒーを飲み終えたところで、ベラスコ達と別れてログハウスに向かう。
のんびりと歩いて行こう。
ログハウス周辺は立ち入り禁止なんだけど、遠巻きに散策用の道が作られている。途中に茶店まであるのが笑ってしまうんだけど、結構人気があるらしい。
たまに散策者とすれ違う度に、帽子を軽く上げて挨拶し合う。
見知らぬ者同士ではあるけど、この隠匿空間を利用する者同士であることは確かだ。
それぐらいの挨拶があったほうが、田舎暮らしをしている様で親近感が出てくるからね。
誰が最初に始めたのか分からないけど、いつの間にか広がってるんだよなぁ。
ログハウスに向かう真っ直ぐな道を1人で歩いて行く。成り行きを見ている人達もいるようだけど、以前注意でもされたのかな?
ログハウスの木製の階段を上り、玄関を開けて中に入る。
いつの間にか絵が増えているし、絨毯まで敷かれている。あまり利用しないんだからほどほどで良いと思うんだけどねぇ。
廊下を歩き、突き当りの扉を開く。
大きなリビングは、俺のお気に入りだ。窓際のソファーに皆が集まっているようだ。
窓の外はゆったりと弧を描く池があるし、池の向こうは小高い盛り土に低木が茂っている。
あの向こう側に畑が広がっているなんて、誰も思わないだろうな。
「遅かったんじゃない?」
「ああ、途中でベラスコ達にあったんだ。彼も頑張ってるようだね」
エミー達の表情が和らいだのは、納得してくれたということかな?
「あれ? ローザはいないんだね」
「5つの王国が戦姫とその騎士を連れてきたらしいの。カテリナさんと一緒に出掛けたけど、リオには何も言ってなかったわよ。たぶん今夜にでも紹介があるんじゃないかしら?」
ローザ並みに動けると良いんだが、そこまで動けなくとも砲台代わりになるぐらいにはしたいものだな。
戦姫の鼓舞の元なら戦機も士気が高まるに違いない。
「次の航海に、ローザ達は同好できるのかしら?」
「戦姫の指導があるだろうからむりだろうね。あの島の狩りなら、俺が後ろにいるから出来るんじゃないかな」
「それなんだけど、だいぶ魔石が取れたみたいね。1度の狩りで400個とはねぇ」
クリスが感心した顔で俺を見ている。
狩ったのはローザが指揮した獣機の連中で、俺は見ていただけなんだけどなぁ。
「また狩れるのかしら?」
「何度かは可能だと思います。俺達を脅威と認識するようなら、逃げ出してしまうでしょうけど、リバイアサンで近付いても逃げないような魔獣ですから」
「100個は隠匿空間の維持費に回して貰ったわ。残りはマリアン達に預けてあるから、リバイアサンの維持費にして頂戴」
「ありがとうございます。また、狩りをして資金を稼ぎますよ」
300個でも中位魔石があるから、金貨50枚を超えてるんじゃないかな。軍からの特許料やフェダーン様達の滞在費、それに軍の指定する哨戒航路でのハーネスト同盟軍の偵察料などを含めれば何とか大赤字にはならないだろう。
カテリナさんから貰っている薬の特許料の一部は俺のプール金になっているらしいけど、今のところは手を付けずに済んでいると、エミーが教えてくれた。
金貨数百枚になっているらしいんだが、詳細な金額は教えてくれないんだよなあ。
手元にある革袋の中の金貨2枚と銀貨十数枚が俺の貯えだと思えてくる時もあるぐらいだからね。
「ところで休暇は?」
「10日間の予定よ。のんびり過ごして頂戴。あちこち飛び回っていたんでしょう?」
ドミニクの言葉はありがたいけど、2、3回はハーネスト同盟艦隊の様子を見てこないといけないだろうな。アリスを使えば2時間程度だから散歩気分で出掛けてみよう。
「家の農場に居たネコ族の小母さん達がいるのよね。明日は訪ねてみようかしら」
「お土産が無いんだけど……」
「ちゃんと用意してあるわ。星の海でカニがたくさん釣れたでしょう?」
そんなに獲れたのか?
そうなると、隠匿空間で専用の釣竿を作ることになりそうだな。
「ヨォ! 揃ってるな」
アレクがサンドラ達を連れて入ってきた。直ぐにマイネさんがブランディーのグラスを運んできたけど、俺の前には置かなくても良いんだけどなぁ。
「だいぶ、ベラスコ達も様になってきたぞ」
「さっき、ベラスコ達に会いましたよ。既にベテランの顔になってますね」
「ああ、あれなら心配ないだろう。後2年で筆頭を譲りたいな」
だんだんと賑やかになってきた。サンドラ達はエミー達と別のソファーに移動してガールズトークを始めたみたいだな。
ここに残ったのはドミニク達と俺達だけだ。
コーヒーから酒に飲み物を変えて、次の計画について話を始める。