M-252 魔物を引き上げる
島で狩りを行ってから6日目に、飛行船に乗って導師がリバイアサンにやってきた。
オルネアとその周囲に散在する魔物、それに島で見つけたヘビについてカテリナさんが詳しく話をしてくれたらしい。
明後日にはいよいよ魔物を引き上げる計画だったから、どうにか間に合った感じだな。
「あの先端のカゴのような物で引き上げるということか?」
「はい。下ろす時には先端が開いていますが、引き上げると開いた爪が閉じますから、それで何とか引き上げられると考えているんですが……、まあ、やってみないと何とも言えませんね」
石炭の荷済みに使うようなバケットだからなぁ。だが、オルネアの周囲に散らばっている魔物の全長は5m程度だ。6m四方もあるバケットなら掴むことができると思っているんだが、ダメな場合はあるしと潜ることになりそうだ。
「短期間で4種も帝国の遺産が見つかるとは……、星の海と、西の大地は鬼門かもしれぬな」
「出来れば、そっとしておけと?」
「その方が、この世界の人間にとっては良いように思える。だが、我等に害なす者達がそれを利用しようとするのであれば、先に見つけて処置することが賢明であろう。調査して役立たぬのであれば破壊は致し方ないかもしれん」
「ヘビにしてもオルネアにしても大きすぎますし、引き上げるのは困難です。調査した後に破壊を考えています」
俺の言葉に深く頷いてくれた。
調査の方法が少し問題だけど、アリスは搭乗することができると言ってくれた。
中に入って当時の技術を調査し、持ち帰れるものなら持ち帰ってこよう。
引き揚げ作業は、ベルッド爺さんが指揮を執るようだ。
オルネアの沈んでいる真上にリバイアサンを移動して、ドックの装甲板を開き斜路を伸ばす。
斜路から出てきたのは戦機輸送艦だ。多目的に使えるとベルッド爺さんが喜んでいたからなぁ。20mほどの鉄骨のクレーンを付けてある。そのワイヤー先端に大きなバケットが下がっていた。
リバイアサンがゆっくりと移動しているのは、音響探査で魔物が沈んでいる個所と、クレーンの位置合わせをしているのだろう。
何が起こるか分からないから、ローザとリンダがドックで状況を監視しているし、砲塔群にも今日は火器担当を張り付けているらしい。
俺も、アリスに搭乗しての待機だ。
ここで、状況を仮想スクリーンで見守ることにしよう。
『マスター。今なら、気付かれることなくオルネアに移動できますよ』
「亜空間移動で中に入るのかい? できるなら早い方が良いな」
『それでは移送します』
アリスの言葉が終わらない内にコクピットの内部がグニャリと歪んだかと思ったら、真っ暗闇の中に立っていた。
【シャイン】で光球を作り、周囲を眺める。
それ程大きな部屋ではないな。椅子の残骸があるところを見ると、待機室のようにも見える。
『そのまま扉を出て、直ぐ左の部屋に入ってください。端末があるかもしれません』
アリスの指示に従って、部屋を出ると回廊のすぐ隣の部屋に入ってみた。
動力が止まっているようだから、扉を力づくで開けるのが面倒だな。どうにか開けたんだが、ここは制御室なのか?
スクリーンが4つに、端末と操作卓が置かれている。転がった椅子の残骸からすれば2人がここで何かの制御を行っていたことになるな。
『マスターの制御を一時拝借します。端末の前に立ってください』
両手が俺の石に関係なく端末に延びて、素早い動きでキーを打ち始めた。
数分ほど作業が続くと、目の前のスクリーンにが明るくなった。
起動したのか?
『魔道機関で枢要部だけが生かされていたようです。記憶槽の情報をリバイアサンに転送します』
「リバイアサンの情報を補完できる物がありそうかい?」
『分類と解析が必要ですが、オルネアの記憶槽は生体機構を使っておりません。クリスタルを利用した半導体メモリのようです』
正確な記録ということか……。
大戦の様子が少しは分かるかもしれないな。
「それで、オルネアを動かすことはできそうかい?」
『動力炉はトリチウム融合炉です。既に燃料は枯渇していますから動き出すことはありません』
「このまま、ハーネスト同盟に手渡しても問題はないかな?」
『書類等は既に形を持っていませんから、オルネアの主砲を使われることはないでしょう。12基の地対地誘導弾を持っていますが、液体燃料が全て漏洩しているようです。
弾頭はそのままですから、転用は可能です。
ですが、燃料気化爆弾ですから、改めて作った方が間違いはないでしょう』
目新しいことは無いということか……。
それならこのままにしておいても問題は無さそうだな・だけど弾頭部分は生きているらしいから、下手にショックを与えるとドカン! と行きそうだ。
ブービートラップみたいなものだから、ハーネスト同盟軍の対応が楽しみだ。
『コクピットに戻します!』
次の瞬間、俺の体はアリスのコクピット内に納まっていた。
オルネアはリバイアサンよりも後期らしい。科学技術の使われ方は。リバイアサンよりも劣るし魔道科学はまだ泰明期のままらしい。
「魔物に期待と言うことかな?」
『既に2体を回収しています。私の方でも調査を進めてみます』
アリスなら、あのクレーンモドキを使わずとも回収できたんだな。
結果論ではあるけど、せっかくベルッド爺さん達が頑張ってくれたんだから、このまま回収できるかどうかを見守っていよう。
最初の1体を回収できたのは、それから1時間も経ってからだった。
ちゃんとバケットの爪で掴んでいるんだから、この時代の技術も馬鹿にはできない。
直ぐに獣機が自走車の台車に乗せると、どこかに運んで行った。
カテリナさん達の研究室と言うことになるんだろう。
たまに、バケットから魚が引き上げられるようだ。トラ族の男達が槍で突いて回収している。
食べられるのかな? 魚が豊富なら、釣りも楽しめそうだ。
夕暮れ前に作業を終える。
回収できた魔物は4体のようだ。どのように分配するのだろう?
全てカテリナさんが独占するとは思えないし、かといって魔物を分解して調べようなんて人物も思い浮かばないんだよなぁ。
夕食の席は何時もの通りだったが、魔物の回収に携わった乗員達にはフェダーン様からワインの特別支給があったらしい。
一緒に騒ごうとしていたローザは、リンダに止められたんだろう、エミーの隣でムスッとした表情で夕食を食べていた。
「兵士と共にありたいという意思は尊重したいが、あえて関係を離すことも必要だ。彼れに氏を命じることもあるのだ。その時の重圧は想像以上になる。心が壊れてしまう者もいるぐらいだ」
「その時は一緒に行動するのでは、いけないのか?」
「指揮官は最後に責任を取らねばならない。中にはそれを別に捕える者達もいるようだが、自分の建てた作戦が失敗した理由を正確に伝えることが大切だ。その為にも先ずは生き残ることを考えよ」
命の大切さは誰も同じだが、場合によっては部下を切り捨てる選択もあるってことになる。ローザはあんな性格だけど、優しい娘だからなぁ。
その時になって、一緒に敵に突っ込んでいきそうなことは確かだ。
そんな状況に立たせられたら、助けに行ってあげれば良いだろう。ローザのことだから、助けを呼ぼうなんてことは考えないかもしれないからリンダに後で耳打ちしておこう。
食事が終わるといつものようにソファーに腰を下ろして、ワインを楽しむ。
話題は、今日引き上げた魔物になるのは当然のことだろう。
仮想スクリーンが開かれて、魔物の状況をカテリナさんが一通り説明してくれた。
「身長3mの人型……、獣機の初期型と考えれば良いのか?」
「獣機ではないわ。重量比率が全く異なるの。戦機は約4で獣機は3以下よ。この魔物は4.5……、見掛けよりかなり重いの。中は金属の塊に思えてくるわ」
回収した魔物の泥や汚れを洗い流したから。金属光沢のある体が作業台の上に乗せられていた。
俺なら、ロボットだと言ってしまいそうな代物だが、この世界には獣機があるから小型の獣機と言うことで納得してしまいそうだな。
「中に人は入れないでしょうね。そうなると操縦はどのように行っていたのでしょうか?」
エミーの言葉に、皆が頷いている。
カテリナさんも困った顔をしているようだ。まだ体を開くことすらできていない状況だからなぁ。
「隙間を詳しく調べている最中なの。表面に魔方陣も刻まれていないから正直困っているのよね。4体回収できたから、1体は破壊しながら調べてみようと思っているところよ」
溜息を吐いてソファーに腰を下ろしたカテリナさんは、一気にグラスのワインを飲み込むと、俺に視線を向けてきた。
笑みを浮かべているのがちょっと怖いんだけど……。
「リオ君が、今日に限って大人しいように思えるんだけど……。何を知ってるのかしら?」
そんなことを言うから、皆の視線が集まってしまった。
ここは正直に話しておいた方が良いのかもしれないな。
「何時までも秘密にしておけるとは思いませんから、2つほど情報を話しておきます。
1つ目は、オルネアですが動くことはありません。動力炉が完全に停止しており、再稼働するには、とある物質を集める必要があるのですが、魔道科学で作り出すことは不可能です。
ただし、ちょっと威力の高いロケットのような物がそのまま残っています。俺達が作ったロケットは個体燃料ですが、オルネアのロケットは液体燃料のようです。燃料が全て漏れ出してましたから使い物にならないんですが、信管は未だに生きています」
「呆れた奴じゃ。魔物を回収している最中にオルネアを偵察していたということか」
「当然、オルネアの技術は持ち帰ったんでしょう?」
「それですが、リバイアサンの方が進んでいるとアリスが言ってましたし、めぼしい技術は見当たりませんでした。記憶槽は生体機構を使っていませんでしたから、リバイアサンの記憶槽にコピーしてあります。アリスが解読してくれると思いますよ」
「オルネアはいらぬということだな。おもしろいトラップがあるようだ。それなら、このまま放置で良かろう」
「2つと言ってたわね。もう1つは何かしら?」
「魔物と呼ばれる機体です。あの中にあるのは金属製の機構とそれを操る無機物の電脳ですよ。カテリナさんがいかに優秀な魔導師であっても、あれを解明することはできないと思います。
再組み立てを前提にした分解はできないと思いますから、早々に表面の金属をはがしてみることをお勧めします」
直ぐに、カテリナさんが立ち上がると駆けだして行った。
自分の研究室に向かうんだろう。導師達もいることだから明日には困惑した表情で戻ってくるに違いない。