M-246 西へ向かう足掛かり
「ハーネスト同盟の艦隊は相変わらず北上しているな」
『まだ星の海の中ほどです。まだまだ北岸が見えるまでには日数が掛かるでしょう。時速10km程度ですから、数日は必要です』
見つけられないのはこちらにとっても都合が良いが、向こうよりも探査性能で勝っているアリスの方もまだ見つけることができないようだ。
「午後の探索は趣向を変えて、北の回廊を探ってみようと思ってるんだが?」
『新たな拠点と言う事でしたね。了解しました。現在の地図より精度を上げられるように飛行コースを選択します』
アリスが説明してくれた、地図作りのためのコースは2往復行うものだった。
回廊の南北間の距離はおよそ200kmだから、50kmずつ北に移動するのだろう。
高度3千mと言っていたから下界のながめも良いんじゃないかな。
午前中の探索を終えると、昼食を取って今度は北の回廊に向かう。
2度の往復を終えると、ほとんど日が暮れかかっている。
慌てて、ヴィオラとリバイアサンの周辺偵察を終えると、情報をそれぞれの艦に送ってリバイアサンへと戻ってきた。
既に皆は夕食を終えている様で、ソファーでワインを楽しんでいる。
ちょっと遅くなってしまったなぁ。マイネさんに申し訳ないところだ。
「夕食にゃ!」
「申し訳ない。どうしてもやっておきたかったことがあったんだ」
「仕事はきちんとしないといけないにゃ。でもその前に時間配分もした方が良いにゃ」
そうだよなぁ……。頷くばかりで、言葉が出ない。
そんな俺に、マイネさんがワインをたっぷりグラスに注いでくれた。
仕事を頑張っている御褒美かな?
思わずマイネさんに顔を向けると、笑みを浮かべてウインクしてくれた。
さあ、食事にしよう。
朝と昼食はサンドイッチだったからね。先ずはマイネさん特性のシチューを堪能しよう。
たっぷり食べ終えたところで、ワイングラスを持ってソファーに向かう。
フレイヤの隣に腰を下ろすと、カテリナさんが俺に顏を向けてくる。
「遅かったのは理由があったのかしら?」
「星の海の北の回廊の地図を作ろうと思って、何度か往復してきたからですよ。ハーネスト同盟軍が星の海の南を遊弋しているんでは、西への足掛かりは北の回廊になるでしょうし、騎士団が回廊を進むうえでも性格な位置測定ができるようにしておきませんと」
「そう言えば方位局を作るような話もしてたわね。それとも関係するのかしら?」
「それもあるけど、一番の目的は途中に最低でも2カ所の砦が必要だと思うんだ。魔獣のリスクが極めて高そうだから、逃げ込める場所が無いとどうしようも無くなってしまう」
急にフェダーン様が真剣な表情で俺に顏を向けてきた。
「良い場所を見付けたのか?」
「これから探すことになります。星の海の中の島にも方位局を作れたなら、北の回廊のどこでも自艦の位置を確認できるようになります。偵察艦隊からの魔獣の状況も確認できるなら、騎士団が安心して西に向かえるでしょう」
うんうんと笑みを浮かべて頷いている。
やはり、狙ってるみたいだな。
「リオ殿の情報は我等も確認できると良いのだが?」
『地図情報として、記憶槽の中に収納してあります。「星の海の北回廊」として表示してありますから、指揮所の仮想スクリーンで確認できます』
「王子の実績作りということですか?」
「分かるか? 次期国王ともなれば実績を作っておくに越したことは無い。ハーネスト同盟軍が慌てて引き上げなければ、良い実績になったにだが……、あの通りの結果だ」
「騎士団にとっては喜ばしいことではありますが、かなりの大事業になりそうですよ」
「構わん。戦をするより遥かにましであろうよ。それに魔石の採取量が増えるなら、王国の民の暮らしにも役立てることができる。戦よりも遥かに民にとって喜ばしいことになるであろう。
それにだ。北の回廊を利用する騎士団は中規模より上ばかりになるであろう。零細騎士団でさえも、星の海の東で今までより魔獣を狩る機会が増えることになる」
そうなると、砂の海を遊弋する艦隊がいくつか欲しくなるな。
俺達だって、星の海の西には興味があるからなぁ。リバイアサンを向かわせたいところだ。
「さらに言うなら、星の海の西にも拠点が欲しい。良い場所を探してくれるとありがたいな」
「砦を3つですか! 1個艦隊では足りなくなりそうですけど」
「機動艦隊を2つ作ろうと思っている。現用の艦隊規模ではなく、巡洋艦1隻に小型空母が1つ駆逐艦3隻程で十分であろう。索敵が出来れば交戦することは無い」
改良型の飛行機が8機もあれば十分だろう。周囲200kmの索敵が十分に可能だ。ハーネスト同盟艦隊を見付けたなら、いち早く離れられるということか!
「ウエリントン王国だけではないということですか……」
「ブラウ同盟の3王国の共同事業と言うことになる。騎士団としても一度王国を離れれば2か月は帰ることが出来まい。
そのための補給と修理、魔石の売買、休息などで十分に利益を得られるであろうから、無駄な投資と言うことにはならないはずだ」
そうなると星の海の西に作る拠点は、工房都市ほどの大きさが要求されそうだな。
桟橋も、軍用と騎士団用に分けることになるだろうから、長大なものが必要になってきそうだ。
隠匿空間ほどの大きさになってしまいかねない。そんな場所があるんだろうか?
『堅固な城壁と桟橋、それに居住区と倉庫が必要でしょう。3d0目の脱皮を終えたスコーピオにレクトル王国の長城が破られたことも考慮すべきと推察します』
「北の城壁を越えるものになるということか! 確かにチラノの大型種の話も聞く。となると、星の海の北西部に拠点を設けることは、夢でしかないということか……」
「いえ、現実的になったと考えるべきね。それほど大きく作ることも無いように聞こえたんだけど、アリスは既に腹案を持っているんでしょう?」
カテリナさんの言葉が終わらぬ内に、仮想スクリーンに鳥観図が現れた。
小山のような場所に作られた城壁はかなり厚さがありそうだな。城門に向かって斜路を上る陸上艦と比べると、横幅が10mを越えているように思える。
その城壁は台形の土台の上に作られており、土台の周囲には深い空堀が作られている。
岩山を削って作っているように見えるが、城壁の中には陸上艦が片側に3隻ほど止められる桟橋が3つあるだけだ。全ての施設を桟橋の中に設けるということになるのだろうか?
「中々頑強な砦のようだが、この砦を作れる岩山を既に見付けたということか?」
『岩山は作れば良いのです。魔法で砂を石化することができるはずです。奥行き20スタム(30m)程を石化して、その中に空堀で出た土砂を入れれば、それなりの強度を持った岩山を作れるでしょう。高さは20スタム(30m)以下で十分と推察します。
桟橋は3つありますが、地下室を作ることで大きな倉庫群を持たせることができるでしょう』
「考えたわねぇ。それで斜路があるのね。東西にあるなら出入りも楽になるでしょうし、桟橋の幅を広げれば、居住空間も十分に担保できるわ。たぶん王国周辺の軍の駐屯基地とそれほど製作費が変らないと思うし、騎士団の出入りが主目的なんだから、商会ギルドからの拠出も期待できそうね」
「なるほど、その辺りはヒルダに任せることになりそうだが、カテリナはこれが現実的だと推薦するということで良いのだな?」
「十分すぎるほどよ。工兵部隊を派遣すれば、1年も経たずに作れそうね。でも、更に考えがあるんでしょう?」
まだ不足ってことか?
もう1度じっくりと鳥観図を眺めてみる……。
「武装ですか。耐えるだけではもったいないですね。それに、王国からかなり離れた位置に作ることになりますから、大型飛行船の係留施設も欲しいところです」
うんうんとフェダーン様達が頷いている。
「兄様。戦機だけでは不足ということじゃろうか?」
珍しくローザが問い掛けてきた。
確かにその手もあるんだけど、砦の防衛に裂きたくはないな。軍としても、戦機の戦力は機動艦隊の中で重要視されているはずだ。
「防衛だけだから、駆逐艦の砲塔を4隅に設けるだけでも十分じゃないかな。スコーピオ戦に備えて獣機の武装も強化したから、至近距離なら十分戦えそうだ。口径6セム(9cm)程度の大砲なら、移動もできるだろう。城壁の上はかなり広そうだからね」
「そういうことなら、1個中隊程度の守備隊と言うことになるだろう。獣機があればロケット弾も使える。それで脅して、尚且つ近付くようなら大砲で倒すことも可能であろう。カテリナ、詳細図を描いてくれぬか?」
「良いけど……、発案はアリスよ?」
「アリスに対価を渡すことはできぬが、リオ殿に渡すことで協力を得られるか?」
『ウエリントン王国には、マスターが色々とお世話になっておりますから、対価は必要ありませんが、方位局の設置をお願いいたします』
かなりの代償に思えるんだけどなぁ。
だけどフェダーン様は笑みを浮かべてワインを飲んでいる。それぐらいは容易いということになるんだろうか。
「代償にもならんな。方位局はある程度標準化することで容易に建てられるであろう。無人化も可能だと考える。少しずつ数を増やすことで自艦の位置が正確に分かるのであれば、ブラウ同盟、コリント同盟の施策としても十分だ。代価はヒルダ達と考えてみよう。次の休暇が楽しみだ」
方位局のネットワーク化を考えているのだろうか?
無人化はそれほど難しくは無いだろうし、壊れても他の方位局を探すことができるなら影響は軽減できる。
とは言え、あまり多いと受信機の方が問題になりそうだ。チャンネル数がそれだけ沢山になるってことだからなぁ……。
その辺りもアリスと考えることになりそうだ。