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M-238 再び学府へ


 買い物に出掛けた翌日は、ヒルダ様の下でフレイヤ達が作法の教授を受けている。明日には再びサロンへと出掛けるみたいだ。

 新しいドレスをお披露目するのかな?


 俺は邪魔にならないように第二離宮の応接室に籠って、西への進出を本格的に考えることにした。


『やはり拠点が必要です。星の海の北端は北緯55度を超えている場所もあります。北の大山脈の尾根の先端が北緯60度を超えている場所がたくさんありますから、大型魔獣と遭遇するリスクはかなり高いものと推察します』


 アリスの言葉に俺も頷いてしまった。

 かなりのリスクだろう。騎士団の多くは単独航行をするから大型のチラノタイプの肉食魔獣が現れたら、簡単に壊滅してしまいそうだ。


「魔石通信機の改良品は、軍以外にも出回っているだろうから、連絡ぐらいは出来そうだけど、自分の位置と魔獣の位置の確定には、方位信号を出せえる施設が必要になりそうだ。東西の星の海の長さは2千kmを越えるんだよなぁ。2カ所でも不足するんじゃないか?」


『星の海の島にもいくつか設置することになるのではないでしょうか? 500km程度の通信距離を考慮すると、このような位置になると推察します』


 目の前の仮想スクリーンに5カ所の方位電波を放つ拠点が表示された。

 一番近い場所は、南西500kmになるから、確実に星の海の中になるだろう。


「無人化することになりそうだね。動力は魔道機関で賄えるだろうか?」

『魔道通信機は魔気を媒体とする通信手段ですが、その原理は振幅変調の電波と類似していました。改良型の通信機は、電波に変換すること、出力を上げることだけですから極めて容易に更新できます』


 通常の通信機の改良と方位角を測定できるアンテナを設けることになるのか……。八木アンテナを使えば良いんだろうが、電波の周波数が高くないとアンテナそのものが大きくなってしまいそうだ。


「魔道機関で発電機を回して電気は作れるとしても、アンテナの方が面倒じゃないのか?」

『100MHzであれば波長は約3m。5素子のヤギアンテナであれば見張り台の上に設置できます。見張り台で給電線に設けたSWR計で最大感度を見ながら、アンテナの方位を変えられるようにするだけで十分でしょう』


 各拠点ごとに少しずつ発信する電波を変えれば、それで十分ということか。

 となると、通信機の受信周波数は少なくとも6つ以上ということになる。ダイヤル可変ではなく、選択式にした方が扱いやすくなるんじゃないかな。

 

「改良型通信機とアンテナの設計図をプリントできるように纏めてくれないかな?」

『了解です。SWR計も含めた、図面に仕上げておきます』


 隠匿空間と、軍の駐屯地を使えば星の海の東も位置情報が掴めるだろう。軍用に使っているんだが騎士団にも早めに開放すべきだろう。

 フェダーン様との調整をした方が良さそうだ。


「電波を出すだけの無人局は問題ないが、やはり拠点は必要だろう。隠匿空間が他にもあれば良いんだが、龍神族でさえ情報は無さそうだな」

『1個艦隊以上を一時避難できる大きさが欲しいところです。星の海の北端から山裾まではおよそ500kmあります。1個艦隊をいくつかに分けて運用しないとリスクを低減できないでしょう』


 北の回廊を守る艦隊は1個艦隊が良いところだ。回廊の長さが2千kmを越えるのも問題だな。

 大型の中継点と小さな砦が必要になるんじゃないか?


「星の海の調査をした時に、山裾を通ったことがあるけど、画像は残ってるかな?」

『残っています。撮影映像を元に地形図を作りました。仮想スクリーンに表示します』


 仮想スクリーンが横幅3mほどに拡大された。高さも2m近くありそうだ。

 ソファーから立ち上がって、ゆっくりと尾根を調べていく。

 結構深い谷間があちこちにありそうだ。


「これ以上精度を上げようとすると、1度往復するだけでは駄目なのか?」

『高度5千mでの撮影画像を元にしてます。移動速度も速かったこともありますから、単純に高度3千mを時速500kmほどで往復すれば、地形図の精度を4倍まで上げられます。現在の解像度は地上50m程ですが、10mまで上げることができるでしょう』


 星の海の哨戒の帰りに、何度か通るだけで良さそうだな。

 尾根の谷間を利用すれば、1方向だけの壁で拠点を作ることができそうだ。

 どこに作るかは、それを利用するフェダーン様達に考えて貰えば良いだろう。


「やはり北の回廊は大変だな。南ならそうでもないんだろうけどね」

『ハーネスト同盟が敵対しなければ問題はないんでしょうが、現状では仕方がないでしょうね』


 困った隣国だな。

 同盟内が揉めているようだが、帝国の遺産の探索の手を緩めることは無いようだ。一発逆転を狙っているとしか思えないんだが、それはリスクがあり過ぎる。

 短絡的な思考の持ち主が政権を握っているのかもしれないな。

 案外次の世代になれば、付き合いが少しはマシになるってこともありそうだ。


『騎士団は砦や拠点を利用するだけでしょうから、ブラウ同盟が本当に北の回廊の開拓を行うかどうかですね。リスクに合わせた開拓となるとかなりのコストが掛かりそうです』

「ハーネスト同盟に対しての示威行為とも取れるんだよなぁ。そっちがその気ならブラウ同盟は北を回るということであるなら、見掛け倒しの開拓になりそうだ」


 やはり王国の本音を確認したいところだ。

 敵を欺くなら、先ずは味方から……、という言葉もある。

 普段口に出して言っていることが、必ずしも本音とは限らないということは俺だって知っている。


 とりあえずは、方位局を作る図面と北の回廊の詳細図があれば、良いということだろう。

 ブラフの可能性もあるが、北の回廊の詳細図はヴィオラ騎士団の魔獣狩りに役立つはずだ。


 突然、扉が開かれた。

 ちょっと乱暴な開き方だからメイドさんとは違うなと扉に顔を向けると、息を整えているカテリナさんが立っていた。


「どうぞこちらに、どうしたんですか? そんなに慌てて」

「リオ君……、暇よねぇ。暇なんでしょう?」


 言葉使いとは違って顔に笑みが無い。ちょっと怖くなる表情なんだよなぁ。

 ここで、今は忙しいと言えるんだろうか?


「ちょっと付き合って!」


 俺のところにやってくると、有無を言わせず腕を握る。そのままグイッ! と持ち上げられたんだけど、意外に力持ちだと感心してしまった。

 

「ちょっと待って下さい!」


 急いで仮想スクリーンを作っていたプロジェクターをバッグに仕舞いこむ。

 そのまま、拉致されるように向かった先は、王宮に隣接して建てられた王立学園だった。

 一昨日来たばかりなんだけど、何か問題でもあったんだろうか?

 カテリナさんの運転は、ブレーキを使わずにアクセルだけで操作しているよう思えるほど乱暴なんだよなぁ。

 振り落とされないようにしっかりと自走車のフレームを握って、運を天に任せることにした。


「ここよ。付いてきて!」


 止まったのは2階建ての建物だ。石造りで何の飾りも無い建物だが、これが学生達の学び舎なんだろうか?


 カテリナさんの後に付いて、2階の1室に入る。

 どうやら実験の最中のようだ。何を確認しているんだろう?


「連れてきたわ。さて、貴方達の実験結果の疑問が分かるはずよ」


 十数人が一斉に俺に顏を向ける。どうやら疑問が出たのは良いんだが、その原因が分からないということかな?


「彼等は化学を志した学生よ。錬金術からの転校生が多いんだけど……」

「中々理想的ですね。作るのは薬と言うことでしょうか?」


 学生が用意してくれた椅子に腰を下ろすと、学生も椅子を持ち寄って俺達の周りに腰を下ろし始めた。


「薬だけでなく、火薬も作っているのよ。もっともリオ君が用意してくれた火薬は再現できていないわ」


 あれはニトロ系だからなぁ。ここで作ろうと試行錯誤したらとんでもないことになりそうだ。複製魔法で十分だろう。


「リオ君を呼んだのは、彼等の素朴な疑問に誰も答えを出すことができなかったの。それは……」

「このビーカーをご覧ください。こちらは水に溶けていますが、こちらは溶けずに下に溜まってしまいました。溶けるものと溶けないものがあるのは分かっていますが、それが何故かを誰も答えを出せませんでした。王立図書館の錬金術の文献を探してみましたが、その理由がどこにも記載されていませんでした」


 なるほど、早速常識の検証から始めたみたいだな。

 溶けなかった物をよく見ると炭のようだ。炭を溶かそうという考えはおもしろい。俺だって常識的に無理だと思うぐらいだ。


「そう言うことか……。その前に、君達の知識を少し確認したい。ほとんどの物質には、3つの形態を持っている。それは知っているかな? 理解しているかということではなく、知っているか? ということだが」


 学生達が隣同士で小声で話を始めたようだ。

 

「アンレと言います。リオ閣下の問いの答えは、個体、液体、気体という形態でしょうか?」

「知っているんだね。なら、俺が言うことも理解できるかもしれない。君達が炭を溶かそうとしていた水は液体だ。これは分かるね。そして炭は個体。そもそも混ざることは無いということになるんだが、溶けたというビーカーは塩辺りじゃないかな。何故塩は溶けて炭は溶けないのか。それはこの水に秘密がある。それと、炭はあるてえ井戸純度の高い単一元素だが、塩は違う。他の物質と結合した化合物だ。水も化合物なんだ……」


 化合物にはそれぞれの特徴がある。水に溶けるということもその性質の1つでしかない。

 単独の元素で見ずに溶ける物はあるんだろうか? あまり覚えていないけど無かったんじゃないかな。


「純度の高い元素は案外手元にあることも確かだ。金、銀、銅、鉄、鉛に硫黄もそうだな。それとこの炭だ。100種を超える元素があるんだが、それを全て見付けるのも君達の仕事になるだう。だけど鉛よりも重い元素を扱う時には注意して欲しい。特に鉛の重さの5割増しにもなるような金属元素には注意が必要だ。かなり危険な代物だと思ってくれれば良い。

 それで、話を少し戻そう。

 水も2つの物質が結合してできたものだ。その1つは、空気よりも軽い物質だし、もう1つは、空気にも含まれる重要な元素だ。俺達はそれを呼吸することで生きてるぐらいだからね。

 ここは実験室だから、ちょっとした実験をしてみようか?

 誰か、レモンをたくさん買ってきてくれないかな。2カゴぐらい欲しいんだが?」


 女性が立ち上がると、隣の男性も席を立った。仲が良いようだ。思わず笑みがこぼれてしまう。

 2人に銀貨数枚を持たせて、ついでにお菓子を買ってきてもらうことにした。

 残った学生達には銅の針金と銅と亜鉛の薄い板を長達して貰う。学園内の工房にあるらしいからタダで済みそうだな。


「後は、ビーカーを10個以上と大きな水槽、それに試験管を2本だな。水もポットで運んできてくれ」


 学生達が慌ただしく準備を始める。

 小さなテーブルにコーヒーを出してくれたからありがたく頂いたが、どちらかと言うと灰皿が欲しかったな。


「カテリナさん、ここは禁煙なんですか?」

「気にしないで良いわよ。火薬を調合する時は全員から取り上げるけど、今はごらんのとおりだから」


 カテリナさんが席を立って、部屋の隅から灰皿を持ち出して来てくれた。ここの様子は良く分かってるみたいだな。

 案外、カテリナさんもここで学んでいたのかもしれない。


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