M-237 たまには3人で
「学府の学生達にも好評だったわね。後でたくさん問い合わせが来ると思うわよ」
「ある程度の仕分けをお願いしますよ。星の海の哨戒をしながら内容を見ています」
学府からは自走車に乗って王宮に戻る。
カテリナさんは上機嫌だし、俺もとりあえずの仕事を終えたことに満足した気分だ。
王宮の門で、第二離宮に向かうことを告げると、俺の名を確認してそのまま自走車で向うことができた。
さすがに門から歩くとなると少し遠いからなぁ。
夕暮れに染まる第二離宮のエントランス前で車を降り、運転手に銀貨を握らせる。そんな値段ではないだろうけど、これが貴族と言うことになるらしい。
出迎えてくれたメイドさんの案内でリビングに向かう。
扉を開けて目に着いたのは、疲れた表情のフレイヤ達だった。今日は作法の練習だけだったはずなんだが、ヒルダ様の教えは結構きついのかな?
「あらあら、だいぶ疲れた様子ね。ヒルダ、あまりきつくしないでやってね」
「反復練習は基本ですよ。何気ない仕草が一番大事なんですから」
確かにそうだけど、ちょっと可哀そうになってきたな。
それでも俺がソファーに座ると、左右にエミー達が腰を下ろす。
運ばれてきたコーヒーを頂きながら、カテリナさんが、ヒルダ様に学府での出来事を話していた。
「さすがですね。大勢を前に自分の考えを述べられる人はそうそうおりません。リオ様はそれが出来たのですね」
「おかげで明日は朝から学生が押し寄せて来るわ。申し訳ないけど、私はこれで失礼っするわね」
自分の家に帰るのかな? ドミニク達が驚くんじゃないか。
俺達に軽く手を振ってカテリナさんがリビングを後にした。
「明日の予定が無ければ、俺の方が片付いたから買い物でも行かないか?」
「「良いの(ですか)!」」
同時に大声を出したから、「ゴホン!」とヒルダ様が軽く咳をしている。
全く、直ぐにボロが出てしまう。ヒルダ様の方が苦労してるんじゃないかな。
「そうですねぇ。あまりやり過ぎるのも問題でしょう。明日は、3人で楽しんできなさいな」
「申し訳ありません。こちらの方がお世話になっているのに」
「そんな気遣いができる殿方であることが、嬉しく思います」
さて、今夜は3人で予定を考えれば良いな。
残り1週間ほどだから、少しは楽しまないといけないだろうし、リバイアサンに戻ったなら、しばらくは休むことなどできないだろう。色々と買い込んでおかないとね。
ジャグジーで汗を流し、テラスに出てワインを楽しむ。
庭から聞こえる虫の音が良い感じだな。フレイヤは煩いと言ってるんだけど、俺にとってはシンフォニーでもある。
「本当にリオはこの庭が好きみたいね?」
「落ち着くんだ。それに夜の虫の音は俺の心を静めてくれる」
「煩いだけに思えるけど……」
「私は好きですよ。母様といつもここで楽しんでいました。庭をン見ることはできませんでしたけど、虫の音は前と同じです」
「今は私と一緒よ。そうだ! 明日は花の種を買いましょう。隠匿空間はあちこちに花畑があるけど、リバイアサンは殺風景だもの」
あれだけ絵画を飾ってあるんだから殺風景ではないんだろうけど、農園出身のフレイヤにとっては生きた草花を愛でたいということなんだろう。
それはそれで良い感性の持ち主と言えるはずだ。それなら、虫の音も愛でて欲しいところなんだけど、農園にとって鳴く虫は害虫なのかもしれないな。
翌日。いつもより入念にメイクを施した2人を連れて馬車に乗る。
いつもはドレス姿だったりツナギを着ている2人だが、卿は俺と同じようなシャツに短パン姿だ。
帽子を被ってサングラスをしているから、これからどこかにスポーツに出掛ける3人連れと思われるに違いない。
俺だけ護身用に装備ベルトを着けているから、ちょっと浮いてる感じもするな。
「王都の商店が集まった繁華街に向かうわ。陸港の商店街より品揃えが良いと、サンドラが教えてくれたの」
「何を買うか決めてるの?」
「向こうで見ながら決めるの!」
フレイヤがエミーと顔を見合わせて頷いている。
たくさん買い込みそうだな……。とりあえず金貨は20枚近く持っているから大丈夫だろう。
数階建ての立派な建物が通りの両側にずっと奥まで続いている。
そんな通りの一角で馬車を下りた俺達は、すぐ前の建物に入っていく。正確にはフレイヤの後に付いていくことになった。
最初の店は、洋品店のようだ。
ドレスがずらりと並んでいる。そんなドレスに見向きもせずにフレイヤが店員に何か話を始めると、ちょっと驚いた様子の店員が俺達を案内してくれた。
階段を登って、3階に向かうことになったのだが……。
「ここになります。いずれも王国の名だたるデザイナーの作品です」
「試着は可能かしら?」
「お手伝いします」
フレイヤ達がドレスを眺めている間、俺は何をすれば良いんだ?
ふと、通りに面した壁に扉があることに気が付いた。扉を開けると、ちょっとしたベランダが作られている。小さなテーブルセットの上には緑のタープが張ってあるから、ここで休憩していよう。
「外にいるからね!」
「良いわよ。リオには退屈でしょうから」
さてどれぐらい掛かるかな?
椅子に腰を下ろすと、テーブルの上の灰皿に気が付いた。
思わず笑みがこぼれてしまう。どうやら、ここにやってくるのは俺だけではなさそうだ。
それなりに活気があるから、通りからの話し声も聞こえてくる。3階だから風もあるし、結構涼しく感じるな。
「どうぞ!」と言って、ネコ族のお姉さんがコーヒーを運んできてくれた。アイスコーヒーだから嬉しくなってしまう。
「ありがとう、やはり男性も来ることがあるのかい?」
「途中で皆、ここに逃げて来るにゃ。男性には退屈みたいにゃ」
思った通りだ。まだまだフレイヤ達の買い物は続くんだろうな。
バングルでも小さな仮想スクリーンを作り出すことができる。俺の買い物リストをながめて、今日中にどこまで買い物ができるかとため息を漏らす。
やはり俺の買い物は陸港になってしまいそうだな……。
1時間半ほど掛けてフレイヤ達がドレスを2着買ったようだ。俺の手を引いて次の店に向かう……。
宝飾店に靴屋、バッグに帽子と買物が続いていく。
一度も俺に支払いをさせてないんだが、そんなにお金を持っていたんだろうか?
「母様が朝方カードを渡してくれました。全て王宮から出して貰えます」
「良いのかな? 王国の財源は国民の税金だと思うんだけど」
「母様の資産からですから、王宮の管理費ではありません。私への贈与だと言ってました」
個人でも資産家だということかな?
後でお礼を言わないといけないだろう。だけど、それならエミーだけの為に使うべきだろう。
そんな俺の問いに、「同じ妻同士ですから」と言われてしまった。
フレイヤの手持ちはそれほどないから、フレイヤにとってはありがたいことなんだろうけどね。
洒落たレストランで、かなり遅めの昼食を頂く。
この後の予定はどうなってるんだろう?
「眼鏡屋さんに向かいます。サングラスはいくつあっても良いですし、双眼鏡が欲しいんです」
「サングラスは俺も欲しいな。今度は自分の物も買えそうだ」
とは言っても、お洒落グッズの1つでもある。TPOを気にして、何個か手に入れるに違いない。
俺は、1つあるから予備が欲しいだけなんだけどねぇ……。
買い物の最後を締めくくるのは、ガラス工芸店だった。
皆で飲む機会が多いこともあって、グラスセットをいくつか買い込んでおく。
飲む酒でグラスを買えるというのも面倒な話なんだよなぁ。真鍮製のシェラカップモドキがあれば事足りると思っているのは、俺とアレクぐらいかもしれないけどね。
色々と買い込んだが全て王宮の第二離宮へ届けてもらうことにしたようだ。
ヒルダ様のところから去る時には、大荷物になりそうにも思える。マイネさん達が呆れかえるんじゃないかな。
どうにか第二離宮に帰った時は、正直ほっとした気分だった。
疲れた様子の俺に、ヒルダ様自らコーヒーを入れてくれる。飲むにつれ、ちょっと鬱になっていた頭がだんだんと晴れてくる感じだ。
「ありがとうございます。いつも美味しく味わえるのが一番です。それと過分な配慮を頂きありがとうございます」
「気になさらずとも良いですよ。リオ様に関わる投資でだいぶ潤っていますから、少しは還元しませんとね。私では使い切れません」
ん? それってカテリナさんの作る薬に関係してるに違いない。
あまり嬉しくない話だが、それ程売れてるんだろうか? 俺以外ではアレクとベラスコで実験したみたいなんだけど……。
「製薬工房が新たに出来たぐらいです。それでも需要に追い付いていないようですね」
「国王陛下も四半期ごとの出生者数を聞いて笑みを浮かべています。王国の人口が増えることは施政者の喜びですからね」
媚薬が旨く働いているってことなんだろうな。
次は何を市販するんだろう? 何度か薬の色が変わっていることを考えると、今販売している薬以外も何か考えているに違いない。
「たぶんエミー達に振舞わされたはずです。自分の物はお買いにならなかったんでしょう?」
「一応、少しは買えましたよ。後は出向前に陸港で手に入れられるものばかりですから」
そんな俺の言葉に笑みを浮かべる。やはり……、と言う感じだな。
「リオ様宛に、ワインを送りますから、エミー達と楽しんでくださいな」
「ありがたく、頂きます。結構消費が多いんでマイネさん達が苦労してるみたいでしたから」
あらあら……、と言う顔になったけど、量を増やそうなんて考えていないだろうな。リバイアサンに店を開いている商店に頼めば、時間は掛かるけど手に入れることは可能だ。あまり不要な出費は控えて欲しいところだ。




