M-232 王宮の思惑
「フェダーン様にマクシミリアンが出した案件だが、国王陛下はそのままサインをしたぞ。これで俺も安心できる。王子との関係も良好だからな。安心して隠居ができると言っていた」
「まだまだ早いと思いますよ。ハーネスト同盟との関係をある程度整理してからにして頂けると助かります」
俺の要望には笑みを浮かべただけだった。
それぐらいは分かっているということなんだろう。互いに対立した状態で王冠を引き継ぐようでは俺達が困りそうだ。
「リオ殿にはこれからも期待している。本来ならもっと援助をしてやりたいところだが、他の貴族の目もあるからな。
休暇が終われば本業に戻るのだろうが、定期的に星の海の監視をしてくれないか?
ハーネスト同盟内は少し混乱しているが、魔も無く静まるだろう。その後向かうとすれば星の海に違いない」
東に食指を伸ばすことは、戦力的に無理ということか。
戦力を貯えながら、帝国の遺産を探すとなれば面倒な話だな。
もし、ハーネスト同盟軍が星の海に向かうのであれば、パルケルスの弟子がいることが確実視できるだろう。
その位置が分かっているのだろうか?
前回は広い範囲で調査をしていたが、機動要塞ほどの物でなければ、案外記録が残っているのかもしれないぞ。
「カテリナさんや導師も注目していますから、いずれは監視を行うことになると思っていましたが……。それほど早くに調査を再開するでしょうか?」
「リオ殿と神殿が一時険悪になったが、おかげで神殿の情報を俺達が見ることができるようになった。その中に、水上航行が可能な新造陸上艦隊の情報があったぞ。
出来次第、と言うことになろう。やはり何らかの情報を持っているに違いない」
「カテリナさんの調査では2人程、パルケルスの弟子が行方不明と聞いています。闇に葬ることはできないのですか?」
扉を叩く音で、俺達は会話を中断する。
良いコーヒーの香りが部屋に漂う。やはりここのコーヒーが一番だな。
メイドさんが扉を閉じて、通路を歩く足音が遠ざかるのを待っていたようにトリスタンさんが口を開く。
「2度試した……。残念ながら、失敗だった」
「ハーネスト同盟に潜ませた暗部は全滅です。情報がかなり制限されてしまいました」
トリスタンさんの言葉に、若い士官が言葉を添えた。
となると、星の海に出てくる艦隊そのものを破壊したくなるが、それは俺の仕事ではないだろうな。
やはり監視に留めておけば十分かもしれない。
そこに必ずあるとも限らないし、動かせるとも思えない。
もしも彼等が見つけたなら、アリスが脅威を評価してくれるだろう。ブラウ同盟軍の手にあまり代物なら、その時に破壊しても十分に間に合うだろう。
「了解しました。毎日とはいきませんが、監視頻度を高めて情報を送りましょう。送り先は?」
「フェダーン殿で良いだろう。直ぐに王宮に連絡が届くはずだ」
それなら今までと同じじゃないか。
カテリナさん達も動いているけど、トリスタンさん達も動いていたようだ。フェダーン様経由で国王陛下の耳に入っていたのかな。
「そしてこれが報酬になる」
ズシリとした革袋がテーブルに乗せられた。
「この依頼に報酬はいらないように思いますが?」
「例の男爵の迷惑料として貰ってくれ。リオ殿のことだ、彼等に漁船ぐらい用意してやろうと考えているだろうと国王陛下が言っておられたぞ」
開発費に使えと言うことかな?
それならありがたく頂こう。開発は、その土地にどれだけ資金を投入できるかで結果が違ってくる。
神殿から頂いた慰謝料を使おうとしていたが、これで当座の資金ができた感じだ。
「これで12騎士団に顔向けできます。兵士と違って退役した騎士団員員の年金は現役組の稼ぎ次第ですからね」
「騎士団が得る魔石が王国を支えていると言っても良いぐらいだが、魔石の値段は変らぬからな」
「おかげで物価も安定していると聞いたことがありますよ。それなりに魔石の需要は増えているにも関わらずにです」
「100年ほど前に比べると、商会に渡る魔石の数が減っているそうだ。それだけ魔獣を狩っているのかもしれんな。それもあって西への出口を模索しているのがフェダーン様達なのだが」
現状の暮らしに満足することが無いのが人間だ、と聞いたことがある。
騎士団の数昔から比べて増えたに違いない。
俺達のように、北に向かう騎士団も数が増えたようだ。
そこで騎士団の喜怒哀楽が始まるんだよなぁ……。
「北のルートはかなり危険ですよ。出来れば星の海の南を通るルートを確保したいところです」
「だが、そこにはハーネスト同盟の艦隊がいる。さすがに国境線を伸ばした付近にまでは余り出てこないようだが、騎士団が国境線を越えたなら容赦はしないだろう」
南のルートでさえも安全でないということになると、陸上艦を改造して星の海を進みたくなるが、ハーネスト同盟軍の調査船の何隻かが星の海で魔獣にやられている。
作ったとしても、安全なルートを開拓するのはかなり面倒な事になるんだろうな。
現実的に考えれば、大型魔獣と遭遇する可能性のある北のルートを開発するということにならざるを得ないということなんだろう。
監視網を作って、魔獣との遭遇率を下げえることぐらいしか思い浮かばない。
「俺の領地経営については、国王陛下も手を出したいということでしょうか?」
「意向を汲んでくれるだけでいい。先ずは12騎士団、行く行くは零細騎士団の受け口となってくれれば幸いだ。
土地が足りなくなることは無いぞ。マクシミリアンの土地の一部分はその為にリオ殿に経営委任が行われる手筈だ」
そこまでするのか!
よくもマクシミリアンさんが了承したものだと感心してしまう。
待てよ、マクシミリアンさんの飛び地は、マクシミリアンさんの名を使いたかっただけなんじゃないか?
他の貴族と違って王国軍の1艦隊を預かっているぐらいだからな。派閥争いに明け暮れる人物ではないだろうし、フェダーン様もかなり信頼しているようだ。
本来の任務は、西への備えの統括者と考えれば納得できるな。
同じように領地を賜った新任男爵も、マクシミリアンさんと縁のある人物であることは間違いない。
だからこそ、退役軍人の斡旋にも好意的だったのだろうし、フェダーン様もマクシミリアンさんの出した防衛計画書をそのまま受け取ったに違いない。
訓練所とは名ばかりの、新型機の習熟訓練所になる予定だからなぁ。
もう少し早く気が付いていたら、もっと無理を言ったんだけど……。
「実質の領地が増えますが、税金の使い方はこちらの勝手でよろしいのでしょうか?」
「それで十分だ。だが私兵はそれほど置けぬぞ。だがいざとなれば義勇兵の徴募はリオ殿の思いのままになる」
笑いたいのを必死で堪えているのか、咥えたタバコがピクピクと震えている。
「それでは、後は我等で対応します。休暇で訪れる近衛兵の宿も無いような場所ですが、それで大丈夫なのでしょうか?」
「フェダーン様が工兵を1個大隊派遣するそうだ。資材込みでだぞ。各領地に、家族向けの兵舎を100戸ずつ作ると言っていたな。それが出来てから送り出すつもりだ」
その前に男爵の方から代官の話が来たなら、現在調整中と応えておくか。
トリスタンさんの話振りからすると、そんなことが起きるのはかなり先のようだ。少なくとも半年程度の余裕があるんじゃないかな。
「先ほどのお金は、ウエリントン王国に席を置く騎士団のために使わせて頂きます」
「リオ殿達も人で不足の筈だ。そこまでするつもりなのか?」
「俺達のことは何とかできそうです。飛行船や新型飛行機を欲しがる人達がたくさんいるみたいですからね」
売る相手はウエリントン王国だけとは限らない。ハーネスト同盟軍の手に渡らないようにすれば良いだけだ。
コリント同盟とブラウ同盟だけでもかなりの数を作ることになりそうだ。
それだけ、俺達に特許料の一部が舞い込むことになる。
さらに、新型獣機が世に出たなら大変な反響を呼ぶんじゃないか?
コーヒーを飲み終えた頃を見計らって運ばれてきたワインで、新たな国境の守りに乾杯を捧げると、トリスタンさん達は帰っていった。
とりあえず資金とフリーハンド、それに人的援助が約束された感じだな。
工兵を頼もうとしていたんだが、すでに手配してくれていたし、宿舎の数も願ったりの数だ。足りなければ自分達で作っていこう。それぐらいは何とでもできそうだ。
問題は、開拓団の数だが、宿舎の数を考えると数百人と言うところになるだろう。
俺の領地以外はそれで最初の鍬を入れることになりそうだが、騎士団が作る開拓団の数はどの程度になるんだろう。
次は、12騎士団と話し合わねばなるまい。
そろそろ連絡しておいた方が良いのかもしれないな。
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「やはり動いていたみたいね。2度の暗殺失敗ともなれば、暗殺計画は失敗ということになるんでしょう。となると、星の海の陸上艦を狙うしかないんじゃない?」
「それも、規模を拡大した暗殺と言いませんか? 俺としては、このまま泳がせるのも手ではないかと思ってるんですが」
カテリナさんが戻ってきたところで、トリスタンさんとの会談の経緯を話してあげたんだが、カテリナさんも暗殺をしたがっているんだよなぁ。
やはりこの世界に害をなす存在ぐらいに考えているのかもしれない。
師であるパルケルスは殺してもいいような魔導師だったらしいけど、弟子が必ずしもそうだとは限らない。
俺達が困るのは、古代帝国の遺産をハーネスト同盟軍が戦に持ち出しかねないということだけだ。
できれば、俺達でそれを奪うことができないだろうか?
その方が色々と役立ちそうな気がするんだけどなぁ。
「奪えるの? それが可能なら一番良い手なんだけど、陸上艦は一隻じゃないと思うわよ」
「どんなものかは分かりませんが、彼等が直ぐに中に入れるとも思えません。発見からハーネスト同盟王国のどちらかの王国に移動するまでは結構時間も掛かりそうです。運良く起動すれば良し、暴走したらハーネスト同盟そのものが瓦解することも考えられます」
起動させても、操ることができるかどうか怪しい限りだ。
アリスや俺のような物理科学を学んだ者でないと、絶対に無理だろう。
マニュアルがあるとも思えない。
「暴走させるの?」
「出来れば乗っ取ろうと考えてます。動力機関がリバイアサンと同じなら、王都ぐらい吹き飛びますよ」
「私も、操つれるとは思ってはいないわ。でも、危険だと判断したらすぐに破壊した方が良いわよ」
「そこまで興味はありませんよ。でも、少しでも帝国の事が分かればと思っています」
生体電脳は使わない記憶を自ら消去していくらしい。もし、生体電脳で無く無機物で構成された電脳ならば、かなりの知識を記憶槽に保管しているかもしれない。
俺にとっては新たな兵器よりも、その知識が欲しいところだ。