M-230 第二離宮の客人
夕食後のコーヒーを楽しんでいると、アレク達がたくさんの紙包を抱えて帰ってきた。
半分以上が漁村のお姉さん達のお土産だそうだ。
今回、一緒に来れなかった娘さん達の分まであるんじゃないかな。
「これで明日はここから半島に直行できそうだ。馬車も頼んであるし、クロネル部長と話も済んだからな」
「俺達に付き合わせてしまって申し訳ありません」
「あの島に別荘を持つ権利で帳消しだ。リオの方はあの漁村をよろしく頼むぞ。人間族が少ないとは言え、あれではあんまりだからな」
「俺よりローザが憤慨してましたよ。たぶん王宮としても無視できないでしょうね」
中間搾取ならバレないかもしれないけど、最初から5割の税ではなぁ。小さな漁村なんだから、村の総収入だってそれほどないと思うんだけどね。
「たまには皆で遊ぶのも良いな。次の休暇も楽しみにしているよ」
「今度はベラスコ達も呼びましょう」
アレクが返ってきたから、いつの間にかコーヒーがワインに変わっている。
休暇中だからね。少しぐらい飲み過ぎても問題はあるまい。
夜が更けたところで、プライベートに向かう。
俺が起きる頃には、アレクは出掛けてしまうに違いない。
「困った兄さんだけど、周囲には気を配れるのよねぇ」
フレイヤがぽつりと呟いたけど、俺には良い兄さんだと思えるな。
3日と一緒にジャグジーを楽しんだけど、明日は離宮に泊めて貰えるようだ。
マイネさん達にとっては、しばしの休暇になるのかな。
翌日。クルーザーの鍵を管理事務所に預けると、ヒルダ様が用意してくれた馬車に乗り込む。
前後のシートに3人ずつ座れそうな立派な馬車だから、マイネさん達も一緒に乗って貰う。
自分達で馬車を頼もうとしていたからだけど、メイドさんは一緒に乗ることは無いんだそうだ。
そんな無駄なお金を使わせることは無い。十分に乗れるんだからね。
「姉さん達が聞いたら驚くにゃ」
「妹にも自慢できるにゃ!」
そんなことを言いながら、窓からの景色を眺めている。
マイネさん達のお姉さんや妹さんも王宮で働いているらしい。身元がしっかりしているからなんだろうな。
王宮から離れて俺達と一緒だということには余り気にならないらしい。
王女付きのメイドから貴族の筆頭メイドになることは、メイド仲間達に誇れる話になるらしい。
王宮の門で近衛兵に馬車が止められたが、御者は近衛兵らしく軽く門番に挨拶すると馬車の中の俺達を確認せずに石畳の道を進んでいく。
警備上、あれで良いのだろうか? ちょっと考えてしまうな。
やがて、馬車が進路を変えると前方に第二離宮が見えてきた。あの島の別荘に良く似た姿だ。
やはり別荘は第二離宮をモデルに作られたんだろう。
馬車がエントランス前に到着すると、ヒルダ様が階段の上で出迎えてくれていた。
馬車が停まると直ぐに降り立ち、エミーとフレイヤの手を取って下ろしてあげる。
マイネさん達は、ピョン! と飛び降りて馬車の後ろに向かった。荷物を受け取っているのだろう。
第二離宮付きのメイドさんの何人かが、手伝いに向かったようだ。
エミー達とゆっくりと階段を上がり、ヒルダ様に挨拶する。
エミー達にはハグしているけど、さすがに俺に対しては握手になるようだ。
「良くいらっしゃいました。リオ殿達ならばいつでも歓迎いたしますよ」
「申し訳ありません。他に頼るとなると限られてしまいますので、今回も酔え惜しくお願いいたします」
笑みを浮かべながら頷いているところを見ると、内情は重々承知と言うことなんだろう。
ヒルダ様の案内でそのままリビングに向かったのだが、今日は来客がいたことに少し驚いてしまった。
何時もならヒルダ様だけなんだが、あまりじろじろ見るのも失礼だろう。
こういう時は、こっちから挨拶だろうな。
先ずは騎士の礼を取れば良いか……。
「お初にお目に掛かります。この度、辺境伯を拝命いたしましたリオと言います。ヴィオラ騎士団に席を置く騎士でもありますから、貴族と言うより一介の騎士として遇して頂ければ幸いです。隣は、妻のエミー、そしてフレイヤです。供に陸上艦に乗っております」
簡単な紹介だが。エミー達が名を呼ばれた時に、丁寧に頭を下げていたからこれで問題は無いだろう。
俺の挨拶が終わると、女性が立ち上がりドレスの裾を持って頭を下げた。
「トリスタン伯爵の妻、オリビアと申します。夫よりリオ殿の御噂を色々と聞かされておりましたが、今日いらっしゃるとお聞きしたものですから、ヒルダ様にお願いしてここにおりました」
トリスタンさんの自慢の妻なんだろうな。美人だし、快活そうな雰囲気が伝わってくる。
ヒルダ様に勧められるままソファーに腰を下ろしたのだが、こんな時の話題はどうするんだろう?
やはり天気の話でもした方が良いのだろうか?
「レクトル王国から頂いたクルーザーで島から昨日帰ってきたところです。何分海に浮かぶ船を操るのは初めての団員で航海したのですが、穏やかな海のおかげでどうにか無事に帰ってこられました」
「船員を雇わなかったのですか?」
オリビアさんばかりか、ヒルダ様まで驚いている様子だった。
やはり、船員を雇うべきだったのかな?
「リオ殿が所有するクルーザーはそれほど小さなものではなかったはず……。騎士団とはそれほどの能力があるのでしょうか?」
「指揮は騎士団長のドミニクですし、機関関連は同盟関係の騎士団であるガリナム騎士団の団長とフレイヤが行っていました。舵輪を握っていたのはエミーとローザですよ。周辺の監視はマイネさん達が行ってくれましたから、俺は船尾の甲板でコーヒーを楽しむことができました」
「それでローザが船を強請っていたのですね。初心者でも乗りこなせる船と言うことでしょうか?」
「かなり自動化されているようです。確かに船員を雇う方が確実でしょう。出来ればそうしたいところですが、あまり利用することもなさそうです」
年に数回の航海ならば、貸し出した方が良いのかもしれない。
その辺りは今後の検討課題だな。
「リオ殿にトリスタン殿が訪ねて来る予定ですよ。午後になるでしょうね。エミー達については私達に任せてくださいな。早い時期に2人のサロンが作れるよう指導いたします」
オリビアさんもサロンを持っているのだろう。
他のサロンの参加者でもあり自分でもサロンを開く立場と言うことだろうか。そうやって人脈が広がるということなんだろうが、俺達の活動を左右されることは無いと信じよう。
「最初はヒルダ様のサロンでよろしいですね? 私のサロンはその2日後ということで」
「よろしくお願いしますわ。話題は窮学生への援助でお願いいたします」
「一括ではなく、個人への援助でしたね? 承知しております。すると明日は?」
「サロンでの作法ぐらいは教えませんと……」
「3人程加えてもよろしいでしょうか? 私を頼る他家のご婦人方ですの」
作法を教えると言っても、数人一緒ならフレイヤも少し気が楽になるんじゃないかな。オリビアさんの頼みというよりは心配りなんだろう。
「色々ありますからねぇ……。数人なら理想的ですね」
果たしてどんなご婦人なんだろう? 少なくとも貴族を夫に持つご婦人なんだろうけどね。
頂いた島の話や、領地の開拓に付いて話をすると、オリビアさんが興味深々に話を聞いてくれた。
たまに質問が入るんだけど、まるで自分達の領地でも開拓を始めようと計画している感じだな。
「需要を考えての開拓ということまでは考えておりませんでしたわ。農園を作れば商会がやってくるぐらいに考えておりました」
「土地柄にあった作物を作れば良いと考えてしまうと、商会から買い叩かれてしまいます。市場の動きを先読みしての栽培と言うことになるんでしょうが、あまり利益を出さずに安定した収入を俺達は考えることにしました」
薄利多売で稼ごうというんだから、それも問題はあるんだが相手が限定されているなら商会ギルドも文句は言わないだろう。
それに領地の取引には照会の介在を挟むことで非難を低減できそうだからな。
「消費地を1つ持っておるということは、大きな利点ですね。でもしばらくは対応できないということであるなら、その間の供給を肩代わりさせていただくことは可能でしょうか?」
トリスタンさんの役職は国王陛下の相談役と言ったところだろう。となるとオリビアさんの要求は、サロンでの影響力を持ちたいということになるのだろうか?
だが、それなら別の場でそれを言うはずだ。
この場での発言と言うことは……、ヒルダ様のサロンと言うことか?
確か奨学金を個人に支給して人材育成に努めていると聞いたことがある。俺達の計画に参加することで、かなりの資金が調達できると考えているのかもしれない。
「需要と供給のバランスに市場の動向を踏まえた計画的な作物生産をすることになるでしょう。俺達だけで出来る戸とは思っておりません。それらをまとめ上げる組織が必要だと考えています」
「でしょうね……。リオ殿の計画に沿うなら、商会ギルド、農園の代表者、それに消費地の代表者を集める必要があると思います」
かなりの博識だ。トリスタンさんにはもったいないご婦人だと思うな。是非ともヴィオラ騎士団に参加して欲しいぐらいだけど、トリスタンさんの立場を考えるとそうもいかないんだろうな。
待てよ……。オリビアさんのサロンを使うことで、それができるのかもしれない。
ヒルダ様の福祉政策に必要な資金はオリビアさんのサロンが受け持っているんじゃないか?
「あまり利益は無いと考えていますが、協力して頂けるのでしょうか?」
「利益は大きいと思っています。中間搾取が無いのですから農園からは通常よりも高い値段で買い取り、市場には安く提供できるでしょう。それが2割程度であっても、両者にとってはありがたい話です。その手数料は微々たる額であっても、取引量が多ければそれなりの金額になるでしょう。
塵も積もれば……、と言うことかな。
どちらかと言うと、西へ向かう騎士団に生鮮食料を届けたいだけなんだが、開拓団が本格的に生産を始めたならかなりの生産量になるのは間違いないところだ。
その時になって、商会ギルドと諍いを起こさないように早めに手を打つことも必要だろう。
流通に関しては全て誰かに任せるつもりだったから、渡りに船と言うことでもあるんだが……。
「流通について再度打ち合わせをしたいのですが?」
「喜んでまいりますわ。その時には2人ほど同席させても構いませんか?」
「お願いします。オリビア様の都合に合わせたいと思います。連絡いただければこちらから伺います」
ヒルダ様まで笑みを浮かべて頷いている。
やはり俺が来ることを知って、早めにオリビアさんに連絡したに違いないな。