M-023 大きくなったヴィオラ
南北に延びる大通りを、新しいヴィオラが南からゆっくりと進んできた。
10分程度は待たされた感じだが、夜遅く上空で待機していたから俺達を見たものは誰もいないだろう。
『ヴィオラとの発光通信が可能です』
「いつでも帰投できると伝えてくれ」
合流は、石塔付近ということだったが、予定箇所より20kmほど南で俺達はヴィオラのカーゴ区画に無事帰投することができた。
アリスからタラップを降りたフレイヤの最初の行動は、タラップを用意してくれたドワーフの若者に、ボトル1本の謝礼でトランクを自分の部屋に運ぶことだった。
すでに俺達の部屋番号は知らされているけど、3桁も番号が振ってある。客船じゃないんだけどねぇ。
ベルッド爺さんを見付けると、魔法の袋から蒸留酒を3本手渡す。思わず目が輝いていているのは、酒好きの特徴なんだろうな。
「すまんな。何もアリスにはしてあげられんのに」
「いつも磨いてくれてるじゃありませんか。アリスも喜んでいると思います」
悪戯が見つかった子供のような表情でベルッド爺さんが頭をかいている。でも、アリスが喜んでいるというのは本当のことだ。
「ほら、ぐずぐずしないで報告に向かうわよ!」
フレイヤに引きずられるようにしてカーゴ区域からブリッジへと向かった。
前の船のブリッジは4階建てだったが、今度の操船楼は5階建てだ。その上各階の広さも5割増しらしい。
階段の上り下りが1階分増えた感じかな。運動には良いかもしれないが、疲れそうだな。
陸上艦が大きくなったから床面積も増えたらしく、団員の要求に応えるべく個室の数を増やすことができたから、団員も喜んでいるに違いない。
ブリッジの3階部分に士官用の個室が作られたのはそんな理由のようだが、種族同士の繋がりもあるようで、生活部を統括する部長は船首部分にネコ族の連中と一緒で、ベレッド爺さん達はカーゴ区画に隣接した区画を使うらしい。
ということは、操船櫓の3階は俺達騎士や操操部と監視部それ火器担当の士官だけになるのかな?
それなら10室もあれば十分ということになりそうだ。
俺達の居住区を通り越して4階に向かう。
ブリッジの中心部にある階段の船首側が陸上艦の操舵室になり、船尾側が幹部の個室と会議室になっているようだ。
「会議室で待っていると言ってたよね」
俺に確認しながらフレイヤが会議室の扉を叩くと、中からレイドラが扉を開けてくれた。
前の陸上艦の2倍はありそうだ。左右にカーテンがあったんだが、今度の会議室は全て板張りだ。アクセントだった陸上艦の絵が1枚増えているから、前に乗っていた陸上艦の絵を張ったんだろうな。
反対側の壁にも扉がある。その両隣に丸い窓があるけど、壁の向こう側に小さなバルコニーでも付いてるのかもしれない。
「元気になって良かったわね。とりあえず座って頂戴」
ドミニクの言葉に従って席に着いたが、この部屋にはいれる人数が倍になる感じだな。
無理すれば10人ぐらいの会議ができそうだ。
「ご心配をおかけしました。とりあえず元に戻りましたからご安心ください」
「心配はしたけど、再び合えて安心したわ。王都で臨検にあったから、貴方達とアリスを別行動としたことは良かったと思うわ」
「臨検ですか?」
ドミニク達が嬉しそうな表情から、臨検の言葉とともに厳しいものに変化した。予想外だったということなんだろうか?
「私掠船の被害が出ていたらしいの。あんな場所に私掠船とは王国としても考えられなかったんでしょうね。全騎士団の確認を行ったらしいわ」
「俺達にお咎めは?」
「私掠船と海賊船の褒賞が入ったわよ。軍からは各自に銀貨1枚。王国からは銀貨3枚だから、ちょっとしたお小遣いね。亡くなった者には銀貨10枚が別途出ているわ」
とはいっても、亡くなった者は帰ってこないからな。
それらの臨時収入を含めて、俺達の給与は神殿の管理する口座に振り込まれたということだ。レイドラが振り込みの控えを俺達に渡してくれた。ボーナス分を含めて銀貨35枚とあるぞ。
「陸上艦が大型化したから乗員も少し増えているし、交代した団員もいるわ。アリスに気が付くのは時間の問題かもしれないけど、今のところは伏せておきましょう」
ドミニクの言葉に、とりあえず頷いておく。
「ところで、船首部分がだいぶ変わってますね」
「そうそう、騎士達の待機所だけど、船尾の甲板になったわよ。船首に大砲を2門設けたから屋根が付いてるの」
「監視部の最上階は変らないんでしょう?」
「今度は1階高くなったから遠くまで見えるわよ。マストの上の監視台も周囲を装甲板で覆ったわ」
マストも太くなったに違いない。大型化しても、それほど揺れないかもしれないな。
フレイヤ達と暮らした日々を簡単に報告したところで個室に向かう。
3階に下りると、船の中心線を通路にして左右に扉が並んでいる。左右10個ほどの扉が付いているけど、扉の横幅は60cmほどだ。体を斜めにして入るってことかな。
「私は船首方向ね。リオは艦尾みたいよ」
階段の踊り場にある案内図の部屋番号とレイドラに貰った部屋の鍵の番号を確認して教えてくれた。
フレイヤのトランクが通路にポツンと置いてあるから、あそこがフレイヤの部屋ってことかな。
「それじゃあ、ここで。楽しかったよ。ありがとう」
俺の言葉に、ニコリとフレイヤがほほ笑む。くるりと俺に背中を向けて、片手を振りながら船首方向に通路を歩いて行った。
さて、どんな部屋なんだ?
船尾の左手が俺の部屋らしい。狭い扉を開くと、中は予想とはだいぶ違ってた。
細長い部屋は横幅は3mはないんじゃないかな。奥行きは意外と長い。さすがに10mは無いだろうけど、奥にはベッドがあるし、その隣には壁に組み込まれたクローゼットがある。手前にはテーブルと椅子が2つ。丸窓が1つ付いているから、昼間なら灯りは必要なさそうだ。それに、入ってすぐの船尾側の壁には高さ1.5mほどの扉がある。
気になって開けてみたら、奥行き2mほどのデッキが作られていた。屋根もあるようだが、これは会議室から出られるデッキの床でもあるんだろうな。
船内は火気厳禁だからタバコを楽しむ場所が決められているけど、ここなら問題ないだろう。荒野を眺めながらの一服はさぞかし美味しく感じるに違いない。隣のデッキとは切り離されているようだ。その上右手には帆布がバルコニーを仕切るような形で張られているからプライバシーの問題もない。
クローゼットを開けると、俺のトランクが入っていた。
艦内で着用する衣服を出して、とりあえず着替えをしておく。まだ、王都を囲む石壁の中だから、刀はしばらくは置いておいてもいいだろう。バッグの裏のリボルバーで十分だ。綿の上下に着替えて、革の上着だけを入り口近くの椅子に掛けておく。
とりあえず、1杯飲むか。
クローゼットの左手には小さなカウンターが付いていた。テーブルの奥行きは50cmほどだけど、その上に扉付きの棚がある。奥行きは30cmほどだが、これならカップをいくつかと、ボトルを何本か置いておけるだろう。ボトルを入れるために穴がいくつか空いている木組みまで作られていた。
蒸留酒とワインを1本ずつ魔法の袋から取り出してその中に納める。
カップはシェラカップしかないんだよな。
カップにワインを注いで、船尾のデッキに出る。
折り畳みの椅子を見付けて、座りながら一服を楽しむことにした。空には満点の星、地上には農場が広がっているはずだけど、道幅が広いから余り良く見えない。
ワインを飲み終えたところで、魔法でカップの汚れを落とす。
後は寝るだけになるんだが、このベッド少し大きくないか? 横にも寝られそうな気がする。
どう見てもアレクの部屋にあったベッド並みだ。あれはクイーンサイズだとイゾルデさんが言っていたからこれもそうなんだろうが、こんなベッドを選んだ奴はかなり寝相が悪いに違いない。
心地よい振動が俺を眠りに誘う。
農場で虫の音を聞きながらの睡眠も良かったが、この振動も良いものだ。
翌日。目が覚めたところで頂き物の時計の蓋を開けて時間を見る。
あまり気にしたこともなかったが、ヴィオラの食事は、ある程度定められた時間のようだ。もっとも、日の出の1時間後の朝食と日暮れ1時間前の夕食が基本だから、季節によっては1時間以上の差がある。
今は秋の終わりということで朝食は7時半となる。現在の時刻は7時前だから十分に時間がある。
着替えを済ますと、タオルを持って階段近くに作られたシャワー室に向かう。
トイレと洗面台、それにシャワーがこの区画にあるんだが、左舷と右舷で男女を分けている。
使うお湯は自分で作らなくてはいけないようだが、前の陸上船よりも便利だ。
再び個室に戻って時刻を確認すると、朝食まで30分も無い。
トントンと扉が叩かれた。フレイヤかな?
「おはよう! 朝食に行きましょう」
扉を開けて顔だけ出している。鍵は掛けてなかったようだ。
「そうだね。ちょっと待ってくれ」
と言っても、用意する物は特にない。
ベルトに付けた小さなバッグに入れてある魔法の袋に、普段使う物はほとんど入れてある。
連れだって甲板に出ると、朝食の配給の列に並んだ。マストから伸ばしたロープに帆布を張ってタープにした下で、ネコ族のお姉さんたちがトレイに朝食を盛り付けてくれるのは前と同じだな。
朝食を受けとって、食べる場所を探していると、近くの木箱をテーブル代わりにしている連中の中から、アレクが俺達を呼び止めた。
アレク達の隣に木箱が1つ空いていたから、トレイを乗せて腰を下ろした。
「昨夜帰ったと聞いたぞ。ソフィーを助けてもらって済まなかった。10日近く寝込んだと聞いた時には驚いたぞ。改めて礼を言わせてくれ」
「咄嗟のことですから、気にしないでください。色々とお世話になりましたからこちらこそお礼を言いたいところです」
「でも、ファルコを切り伏せたそうじゃない。それほどの剣技を持った騎士は早々いないわよ」
「トラ族の戦士でも可能な者は少ないと甲板の連中が話していたな。で、本当のところはどうなんだ?」
カリオンが真剣な表情で聞いてきたということは、信じられない話ということなんだろうな。
「俺もあまり覚えていないんです。剣を抜いて駆けだしたのは覚えてるんですが、気が付いた時にはベッドの上でした」
「私も、あまりのことで目を閉じちゃったから……」
「空間魔法をとっさに使ったということでしょうね。それも呪文も使わずに発動させたんだから凄いわよね」
そんな話をしながら食事をしていると、背中に人の気配が感じられた。
飲んでいたお茶のカップを置いて振り返ると、逆光で顔を良く分からないな。
「失礼ですが、新たな団員ですか?」
アレク達も気になったのだろう。俺達に近付いてきた女性に顔を向けた。代表して問いかけたのは、筆頭騎士であるアレクの役目に違いない。
「船医のカテリナよ。リオ君の診断も私が行ったわ」
俺達の間に割り込むようにして座ると、ポケットから煙草を取り出して一服を始める。俺達の食事は終わっていたから良いけど、先ずは一言断るべきだと思うな