M-226 貧村の原因
翌日。朝食を終えたところで、黒のツナギに着替える。
暑いところでこれを着ることになるとは思わなかったが、最初ぐらいはこれで行くしかないだろう。
アレクの方は、良い具合に色が付いた革鎧姿だ。
しっかりと剣を吊るしてベルトには拳銃を納めたホルスターを下げている。
俺もリボルバーを持ってはいるけど、腰の後ろに付けた革製バッグの下だからなぁ。片刃の長剣はやや反りのある品だが、腰の装備ベルトに差しているだけだ。
どう見ても、俺の方が従者に見えてしまいそうだ。
「本当に戦姫を呼べるのか?」
「だいじょうぶですよ。……アリス! 来てくれ」
砂浜で俺とアレクを遠巻きに女性陣が見ている。ドミニクやフレイヤ達は知っているだろうけど、サンドラやローザ達は初めて見ることになるのかな?
俺の呼びかけに、俺の目の前の空間が陽炎のように揺らめく。
亜空間移動はカテリナさんは何度か見ているはずなんだが、今日も後ろで見ているようだ。
アリスの姿が突然陽炎の中から現れた。
肩膝を付くように腰を落とすと、左手を砂浜に付ける。
胸部装甲板が開き、コクピットが姿を現した。
先に手に乗ってアレクに声を掛ける。
「手に乗ってください。それでコクピットに乗れますから」
「タラップがいらないのか。全く便利な戦姫だな」
アレクが呟きながら手に乗ると、ゆっくりと左手が持ち上げられ、コクピット位置まで俺達を運んでくれた。
「先に入ってシートの後ろに立ってくれませんか。それほど揺れませんがシートの両肩を掴めば安定するはずです」
「了解だ! ほう、案外広いんだな。全体が球形なんだな……」
アレクが乗り込んだところで、今度は俺がコクピットに乗り込みシートに納まる。
ゆっくりとコクピットが閉じられて行くと、全周スクリーンに周囲の光景が映し出された。
「こんな感じで外が見えるのか! 俺達の戦機は正面だけの仮想スクリーンだぞ」
「操縦桿は無いんです。このアームレストに付けられたジョイスティックで操作するんですが、どちらかと言うと俺の思考を読んでアリスが動かしてくれます。
アリス。陸の漁村に向かう。高度3千mで周回して俺達の領地の画像を撮影してくれないか」
『了解です。それでは発進します!』
いきなり飛び立った。
それほど加速度が感じられないけど、アレクは驚いて声も出ないみたいだな。
『漁村上空を通過。小さな漁村ですね。戸数は97戸です』
「国境はあの小さな川のようだね。それほど水量もなさそうだ」
『国境より西100kmに軍の施設はありません。150km先に2つ基地を確認しました。座標を確認……、監視所と推測します』
「了解だ。南北に監視所を作っているけど、俺達をそんなに心配しているんだろうか?」
『自分達の考えで相手を測っているのでしょう。大きくはありませんから、何かあれば伝令を走らせるだけなのかもしれません』
下に見えるのは草原と荒れ地が混ざったような土地だ。これを開墾するのは骨が折れるかもしれないが、開墾すれば自分の土地になるなら参加してくれる者もいると思うんだけどなぁ。
「リオ。先ほどから話しているのは誰なんだ?」
「この戦姫、アリスですよ。この戦姫には人格があるんです」
とうとう堪らなくなったアレクが問い掛けてきた。
アレクに理解できるかなぁ。ちょっと心配になってきた。
「リオの女性の親友ともなればフレイヤがやきもちを焼きそうだ」
「何度か乗せてますからだいじょうぶだと思いますよ。それより、領地の周回が終わりましたから、いよいよ漁村に向かいます」
「さぞかし驚くだろうな。戦姫など見たことも無いんじゃないか?」
「攻撃されなければ問題ありません。アレクの方は村の様子を見て来てください」
「ああ、ゆっくりと見てくる。村長の家で待っててくれ。あの村だからなぁ、2時間も掛からん」
確かに小さな村だ。広場は……、無いようだから小舟が引き上げられている砂浜に下りるとするか。
「アリス。あの船が上げられている砂浜に着陸するぞ」
『了解しました。ゆっくりと降下します』
突然現れたら家に閉じこもってしまいそうだ。
確かにゆっくりと下りた方が良さそうだな。
だんだんと漁村が大きくなってくる。
アリスに気がつたらしく、村人達が上空を見上げているようだ。
「だいぶ集まってきたな。さて、歓迎して貰えるかな?」
「あまり歓迎されないと思いますよ。先の領主がどんな治政を敷いていたのか分からないですけど……」
大体領主なんて存在は無い方が良いに決まってるからなぁ。自分では仕事をせずに、領民から税を搾り取って贅沢な暮らしをしているような連中と相場が決まってる気がする。
ショックも無く地上に降り立つと、胸部装甲板が開き、コクピットが解放されていく。コクピットの前に左手が移動してくるのを待って、手の平に飛び乗る。
アレクもシートの奥から這い出すようにして手の平に乗った。
「村長はいるか!……村長はいるか!」
手の平に立ったアレクが両手をメガホンにして大声を上げる。
アリスを取り巻いていた村人の中から1人の老人が転ぶような格好で飛び出してくる。
「ワシが村長ですじゃ。この村を壊すのでしたら、しばらく待ってもらえませぬか……」
思わずアレクと顔を見合わせてしまった。
「アレクが脅かすからですよ」
「俺は村長を呼んだだけなんだがなぁ……」
少しは反省しているようだ。
取りえず交渉の相手が分かったんだから、結果良しということにしておこう。
俺達を地上に下したアリスは直立して待機状態に移行したようだ。
アリスを破壊できる存在はこの辺りにはいないだろうから、アリスの方はこれで良いだろう。
「貴方が、村長ですか。この度、この一帯の領地を賜ったリオと言います。辺境伯の称号を得ていますが、騎士団の騎士ぐらいに思って貰えれば十分です」
「この近辺はコーダ男爵の領地でしたが……、国替えですかな。リオ閣下が新たな領主と言うことは、理解できました。
ご覧のように寂れた漁村でございます。税の方はご手加減のほどをお願いいたします」
どうやら交渉ができそうだ。
アレクと顔を見合わせて軽く頷く。アレクの笑みはどういうことなんだろう?
早く村を見てみたいということなんだろうか?
「出来れば交渉を始めたい。その間に一緒にやってきたアレクを誰かに案内させてくれ。村の状況を見せてやってくれないか?」
「よろしいですとも。隠すような物は何もございませぬ。ドラン! お前に任せる。一回りして見て貰ってくれ」
後ろの村人の中に声を掛けると、中年の男が出てきた。粗末な衣服に古びた靴……。
やはり貧村ということなんだろうな。
「リオ閣下はこちらにいらしてくだされ。粗末な家ですが、立ち話よりはよろしいでしょう」
老人の後ろに付いていく。アレクも先ほどの男と一緒に歩き出したようだ。
砂浜からさほど遠くないログハウスに案内された。
扉を開けた先は土間だった。
見るからに手作り感のあるテーブルに、ベンチのような椅子が2つ。
その片方に座ると、テーブル越しの席に老人が座る。
「前の統治者はかなり税金を要求していたようだな?」
「水揚げの半分を要求されました。ごらんのとおりの貧しい村ですから、5割の税はきついものでしたが、賦役がない分は楽でしたな」
5割は驚く数字だな。食うや食わずで過ごしてきたに違いない。
「税は2割で十分だ。その2割だが、売り上げの2割としたい」
「それでリオ閣下はやっていくるのですか!」
「だから最初に騎士団の騎士だと言っただろう。北の荒れ地で魔獣を狩り、その魔石を売ることで暮らしているんだ。俺達の暮らしはそれで十分に成り立つ。
2割の税も、しばらくはこの村の財源にしても構わん。
3年はそれで良いだろう。4年目には再度相談だ。そのころにはまた別の収入源ができるだろうから、今よりは遥かに収入を増やせるに違いない」
ここで採れた魚介類を、隠匿空間の商会に卸すだけでも利益が出るんじゃないかな。
それにもう直ぐ開拓団もやってくる。彼等のたんぱく源としても使えるだろう。
「引き続き村長をお願いする。税の徴収とその利益を村に使う事。その収支を俺達に報告することで十分だ。
それと、南にある島だが……。王家から俺達に払い下げられた。俺達の別荘地として利用するつもりだが、何時も俺達が住むわけにはいかない。何時、俺達がやってきても利用できるように維持管理をお願いしたい。その費用はこちらで出すぞ」
今度はもっと驚いている。
別荘の管理人と言うことなんだが、それ程驚くことなんだろうか?
「税を全て村に還元という事であれば、我等で別荘を維持しましょう。その代わり……」
老人の願いは、予想通り別荘周辺での漁業だった。
あの島周辺は良い漁場らしいが、近付けなかったからだろうな。予定通り、島から100スタム(150m)までと言う条件を付けて了承する。
「ところで、それだけの税では暮らしにも苦労したはずだ。畑は作ってなかったのか?」
「水の便が悪いのです。芋を作って飢えを凌ぐのが精々でした」
「村から北に2ケム(3km)までの開拓は自由で良い。開拓した土地に税は掛けないが、生産物の売値に2割の税は魚と同じで良いだろう。
東は東の領地境界までは自由で良いが、西は国境から3ケム(4.5km)までに制限する。
西がきな臭い状況だ。万が一の場合は、その場所を通って機動艦隊がやってくるだろう」
「村を守ってくれるのでしょうか?」
「守るのは俺達になってしまいそうだ。少なくとも機動艦隊がやってくるまでの2日間を足止めしたい。その部隊をこの村から北に2ケム(3km)先に置くつもりだ。
ただ部隊を置くのでは勿体ない。彼等に大規模に開拓をして貰うつもりだ。
この村の開拓を北に2ケムと制限したのは彼等と干渉しないためだから、理解願いたい」
開拓団と聞いてちょっと驚いているようだ。
こんな辺境の土地にやってくる物好きはいないと思っていたみたいだな。
「早ければ半年後にはやってくるだろう。彼等が魚を欲しがった時には、売ってやってくれないか?」
「もちろんでございます。ここに来ていただけるならありがたい話でございます」
基本はこれぐらいで良いんじゃないかな。
後に詳しく調整すれば良い。それよりも、村役場を作った方が良いのかもしれないな。
開拓団や騎士団の連中が来るんだから目印となる建物があった方が良いだろう。
マクシミリアンさんと調整して工兵を使わせてもらえたら良いんだけどね。
扉が開き、アレクと案内人が入ってきた。
アレクが俺の隣に腰を下ろすと、腰のバッグからワインのボトルを取り出した。
「手土産はこれ1本だ。コップは無いのか?」
アレクの言葉に、奥からお婆さんが出てくる。棚をゴソゴソあさって4個の木製のコップをテーブルに乗せてくれた。
「先ずは、飲もう。リオが今後の話をしたはずだ。俺達は騎士団だから税は前と比べれば楽になるだろう。上手く使って村を育ててくれよ」
アレクがワインを注いだカップを各人の前に置く。
「さて、リオ辺境伯のために!」
「「リオ辺境伯のために!」」
アレクの言葉に俺達もカップを掲げた。
これで少しは良くなるだろう。アレクの見回りはどうだったかな。
場合によっては初期投資が必要かもしれない。
金貨をたくさんもらっているから、少しは領地のために使っても問題は無いだろう。