M-225 白亜の神殿?
夕日を浴びながら、恐る恐る桟橋に接岸する作業を甲板で眺めている。
フレイヤから「接岸したらロープを繋いでね!」と仰せつかったからなんだが、アレクも一緒だから停船したらすぐに飛び降りることになりそうだ。
「少し高さがあるんじゃないか?」
「2mはありませんよ。でも上手く飛び降りないと足を挫きそうですね」
王家のクルーザーはこれより甲板が低いのだろうか。
だけど、停船したらフレイヤ達はどうやって下りるつもりなんだろう?
「ん! この舷側は動くようだぞ」
アレクが右舷の舷側板を何やら調べ始めた。
俺も一緒に調べて見る……。どうやら、外に張り出すことができるようだ。
「一旦外に出したところで、横にできるようだ。その上この部分に蝶番が付いているから、上下に動かせるってことだな」
「ひょっとして、これで桟橋に下りるんじゃないですか? 長さも3スタム(4.5m)はありますよ。これってタラップじゃないでしょうか」
普段は甲板の周囲を囲む舷側になるけど、乗り降りの際はタラップにできるように作られているようだ。
船尾や船首の甲板は舷側板が無くて、真鍮のポールに太いロープで囲われていたんだが、船の中央部分に舷側板があったのはタラップを設けるためだったようだ。
「なるほど、良いアイデアだな。となると、停船したらこれを引き出してみるか」
アレクの提案にタラップを見ながら頷いた。
これを使えば飛び降りる必要はないからね。王都の桟橋から乗船する時は桟橋にタラップが置かれていたけど、タラップが置かれていない桟橋もあるってことなんだろう。
タラップを張り出した状態で、停船を待つ。
船が停まったところで急いでタラップを下りると、フレイヤ達が投げてくれたロープを桟橋のロープ止めに巻き付けてしっかりと結び付けた。
「どうにか停泊できましたね」
「ああ、全くだ。だが、良くもリオに渡したものだ。桟橋も立派だが、あれを見ろ!」
アレクが指さした先にあったのは白亜の神殿のような建物だった。
ヒルダ様の住む第二離宮に似ているけれど、さすがにこっちの方が小さいようだ。
建物の周囲を円柱が取り囲んでいるから、住まいは2回りほど小さいに違いない。
桟橋から緩やかな石畳の小道が別荘へと続いている。
数カ所に花畑があるようだな。
定期的に誰かがやって来て手入れをしていると聞いたけど、かなりの頻度で掃除をしていたとしか思えないんだよなぁ。
「泊まれるとは限りませんよ。その時には船室で寝ることになってしまいます」
「泊まれるとは考えていないさ。ベッドに布団があるかどうかも怪しいからな。とりあえず偵察で良いんじゃないか?」
アレクと一緒に別荘へ歩き出すと、後ろから皆が付いてくる。
やはり早く見たいってことなんだろうな。クルーザーにはカテリナさんとレイドラが残ったみたいだ。
あまり興味が無いってことかな?
「さすがは王族の別荘ねぇ。こんな立派なものを作っても利用しないなんて勿体ないわ」
「利用というより、誰かに下げ渡そうとしていたのかもしれんぞ。あまりにも国境に近すぎるからなぁ」
アレクの言葉に小さく頷いた。
何時誰に渡しても良いように維持してきたんだろう。
道の途中の花壇も綺麗に整えられていた。
「母様の離宮に似ておるのう。でもこちらの方が、柱が多いし小さいぞ」
「裏にもあるんじゃないか? 護衛がこの島には必要だろう」
見たところ、そんな建物は見当たらない。
直ぐ後ろが森になっているから、森の中に隠れているのかもしれないな。
別荘なんだから木造で十分だと思うんだけど、神殿に見紛うばかりの大理石作りだ。
エントランス側だけで、20mはあるんじゃないかな。
階段を数段上がった場所から左右に円柱が並んで屋根を支えている。屋根の高さも十mは越えていそうだ。
どう見ても2階建ての高さなんだが、中はどうなっているんだろう?
円柱の間を通って、玄関の大扉が俺達の立ち入りをそこで止める。
「カギ穴が無いんだけど……」
「押せば開くんじゃないか?」
そんな声に両手で扉を押したんだがビクともしない。
「声で開くんです。確か……『主の前に扉よ。開け!』でした」
後ろからエミーの声がすると、扉の中で何かがカチリと音を立てる。
ロックが解除されたのかな?
不意に扉が俺の方に開いてきた。 押すんじゃなくて引く扉のようだが、自動で開くんなら凝ったドアノブはいらないんじゃないかな?
「開きましたね」
「開いたな……」
「少し暗いですよ。明かりはどうやって点けるんでしょうか?」
「離宮と同じにゃ。『オール・シャイン』」
マイネさんが大きな声で魔法を発動させると、別荘の中の明かりに全て光球が灯った。
広域魔法なんだろうな。対象を選ぶんじゃなくて範囲内のランプが全て対象になったようだ。
「ほう、エントランスはかなり大きいぞ。この大きさで平屋というのが凄いな。奥に通路が続いているようだ。さあ、奥に行ってみるか」
アレクを先頭に、奥に向かって歩き出す。
途中の扉を1つ1つ開けて中を確認すると、右手には応接間と、大きな広間があった。
広間の一角にテーブルが作られていたから、食堂も兼ねているのだろう。
左手には客室が3つに調理室とメイド室が作られている。メイド室が3つあるのにはちょっと驚いてしまう。
「ここが浴室で突き当りがプライベートということなんだろう。ベッドのシーツも整えてあったぞ。このままここで休めそうだ」
「調理室の倉庫に食料も入ってたにゃ。今夜はここで泊まるのかにゃ? ご馳走を作り始めるにゃ」
そんな言葉が飛び出してくる。
ドミニクに顔を向けると、俺の視線に気づいて頷いてくれたから、ここは泊まった方が良いだろうな。
「せっかくだから泊まってみるか。クルーザーにカテリナさんとレイドラが残ってるんだが」
「私が呼んでくるわ」
クリスが、片手を上げて名乗り出てくれた。直ぐにエントランスに向かったから、俺達は広間に入って適当なソファーや椅子に腰を下ろす。
床に広がる大きな絨毯に焼け跡を作りたくないから、窓際の洒落たテーブルセットに俺とアレクは腰を下ろすことにした。
「コーヒーで良いでしょ!」
「俺達は酒が良いぞ!」
フレイヤが飲み物を確認する声に、アレクが追加を出す。
俺もコーヒーが良いんだけど、ここはアレクに付き合おう。
「さすが王族の別荘だな。贅沢この上ない。だが、装飾品は無いようだ」
「リバイアサンから持ってきましょう。フレイヤ達が王宮の倉庫の1つをほとんど空にしてますからね」
おかげでリバイアサンの回廊には、絵画があちこちに飾ってある。
窓から見える風景が荒地ばかりだから、ちょっとした目の保養にはなるんだが……。
「そんなことをするから、良いように使われてるんじゃないか?」
アレクの言葉に、返事ができない。確かに色々と援助されてる気がするんだよなぁ。
夕食はマイネさん達と漁村の娘さん達の共同制作の料理が並ぶ。
魚料理は娘さん達の作なんだろう。ローザが大きな口を開けたカサゴの姿揚げをナイフで突いているんだけど、けっこう美味しんだよなぁ。
あまりいたずらしないで欲しいところだ。
「明日は、漁村に向かうのね?」
「一応、リオが新しい領主であることを教えないといけないでしょう? リオだけでも良いんでしょうけど、領主が1人と言うのもおかしな感じね」
「従者ってことか? それなら俺が付いて行ってやるよ。さすがに領主と奥方だけでは向こうも驚くだろうからな」
何か思惑があるんだろうか? アレクが一緒に来るなんて初めてじゃないかな。
まあ、2人なら向こうも構えずに済むだろう。
必要な事項を伝えて、お願いを少し聞いてもらえば済むことだ。
基本は村長の下での自治を認めるんだからね。
アレクの別荘のある半島の付け根にも漁村があるけど、それよりも小さな漁村なのは消費地から遠いために違いない。
魚問屋にしたって、近場の漁村から買った方が輸送コストが安くできるんだから、わざわざこっちの方にまで買い付けには来ないんじゃないかな。
自給自足に近い生活かもしれないから、大型の漁船は無いかもしれない。
アレクが言うように、漁村とこの島を結ぶための小型船は必要になってくるかもしれないな。
「アレクと2人だけなら、アリスで向いますか。何とか2人なら乗れますから、靴底を綺麗にしてくださいよ。汚れはアリスが嫌いますからね」
「戦姫に乗れるなら、靴底をしっかりと洗っておくぞ。交渉事は、リオに任せて、俺は村を見て回ることにするよ。特に船着き場はしっかりと見て来るからな」
単なる興味本位に思えてきた。
とはいえ、船着き場を見て貰えるなら問題は無いだろう。村に下りる前に周囲を一周して画情報も手に入れてこよう。
交渉と言っても、領主が俺になったことを告げれば良いだけだし、労役だって課すつもりはない。
北に騎士団の開拓団がやってくることを教えておけば、魚を売りに行くことも出来るに違いない。
税金は微々たるものだろうから、村に全て還元しよう。
少しは環境整備ができるんじゃないかな。
「海に危険な生物がいないかも聞いてくるのよ」
「それぐらいはやってくるさ。俺だって変な魚を釣りたくないからな」
フレイヤの注意を、上手くかわしているなぁ。
だけど、西の王国にあのムカデが来てたぐらいだから、この辺りにもいるんじゃないか?
アレクが忘れても良いように、俺も聞いてみよう。
のんびりした休暇を過ごすためには、そんなことも考える必要があったんだなぁ……。