M-224 島が見えた
「次は南の島の別荘ね。王族専用ってことなんだから、きっと立派に違いないわ」
「でも、利用することはほとんど無かったはずです。定期的に掃除部隊が出掛けていたはずなんですけど……」
バルシオスは元々完成後にはレクトル王国の王子の御座船になる予定だったらしい。あっさりと俺に譲ってくれたけど、さすがは王族の作らせたクルーザーだけのことはある。ジャグジー完備とはねぇ……。
エミーとフレイヤが一緒に入っているんだが、明日訪れる南の島で盛り上がっている。
良い島らしいけど、生憎と位置が悪い。
ガルトス王国の国境線から30kmも離れていないんだよなぁ。北西に漁村があるということは漁村はもっと国境に近いということになるんだろう。
別荘を作るより砲台を作るべきだったんじゃないかな。
「島の開発もするんでしょう?」
「開発したいところだけど、生憎と距離が離れすぎてるよ。強いて言うなら騎士団専用の保養施設にしたいね。国境線近くの開墾をすることで、農作物が収穫できる。
王都で補給するよりも安く補給ができるなら、騎士団はやってくるんじゃないかな」
開発できない時には、アレク達が漁船に乗り込んで周辺で漁をしてくれるに違いない。
隠匿空間に輸送すれば、それなりに売れると思うな。
将来的には高速輸送艦を運用することになるかもしれないが、それまでの僻地間の荷物の大量輸送となると飛行船に頼ることになるだろう。
今でも爆撃用の飛行船は3t近い積載量がある。10t近い輸送力があるなら、魚でも野菜でも隠匿空間へまとめて送ることができるはずだ。
「将来を考えるのは楽しいね。でもそのためには、色々とやることがあるんだよなぁ」
「そう悲観しないの。私達が苦労すればするほどに、子供達に良い暮らしを残せるんだから」
相変わらずフレイヤは前向きだなぁ。エミーも笑みを浮かべて頷いているから、思いは同じということになるんだろう。
「でも、私達の子供は何時頃になるんでしょうか?」
「まだまだ先で良いんじゃないかな。アレク達だってまだみたいだからね」
咄嗟に誤魔化してしまったけど、たぶん子供は無理だろう。
カテリナさんには悪いけど、後で相談してみよう。何とか方法を見付けてくれるかもしれないからね。
ジャグジーを出ると、プライベートデッキでワインを楽しむ。
今夜は月が出ていないから、満天の星空だ。王都は亜熱帯でもあるから、バスローブだけで丁度良いんだよなぁ。
翌朝。慌ただしい朝食が終わると、俺とアレクを残して女性達がブリッジに向かった。
運を天に任せるしかないから、俺達は船尾のデッキにベンチを持ち出して、成り行きを見守ることになった。
既にアンカーを上げたから、そろそろ動き出すんじゃないかな。
「おっ 動き出したな。スラスターがあるとその場で回転できるとは凄いな」
「舵輪を握ってるのはローザですよ。左右に振られますから酔わないでください」
酒には酔わないけど、船酔いは別だからなぁ。
どうにか回頭が終わったらしい。今度は南に向かって進んでいるようだ。
少しずつ半島が遠ざかっていく。近付く時には微速だったが、既に巡航速度に達しているんじゃないかな。
今度は余り左右に振れないようだ。
ローザがきちんとタリンを握っているに違いない。
夕暮れ前には島に到着したいが、その辺りの事はドミニクも考えているだろう。
全く状況が分からない島の桟橋に、初心者ばかりの連中で横付けするような無茶はしないだろうからね。
「ここまで大きくはなくとも、積んであったボートより大きな船が欲しいところだな」
「釣り船ってことですか? 島と漁村の連絡用に、この船では大きすぎますからねぇ。1隻作ることを提案してみましょうか?」
「出来れば選定を任せて欲しいところだ。島への連絡と言うからには、10人程が乗船出来て、外洋を勧める船で良いってことだな?」
とりあえず頷いたんだけど、アレクが笑みを浮かべてるんだよなぁ。
絶対に曳き釣りをしようと考えてるに違いない。
まあ、それでも十分だろう。漁港と島の桟橋を往復できれば良いんだし……。
「たぶん許可が下りると思いますが、操船が1人で出来ないと困りますよ」
「漁船並と言うところだな」
アレクが操船するとは思わないから、サンドラかシレインが操れる程度尾船と言うことになるはずだ。それならフレイヤでも何とかなりそうだな。
ブリッジの人数が増えたからだろうか、交代で船尾のデッキへ休憩を取りに下りてくる。
エミーの次に現れたのはローザだった。サンドラに舵輪を預けてきたようだ。
「陸上艦の舵輪を握らせてもらったこともあるのじゃが、クルーザーは少し違うのう。直ぐに向きが変わるのじゃ」
マイネさんが運んでくれたジュースを飲みながら、嬉しそうに教えてくれた。
「今度は海上に投錨するんじゃなくて、桟橋に泊めるからね。上手くやってくれよ」
「もちろんじゃ。我に任せるが良い」
そんなことを言ってるから、アレクが噴き出しそうな表情で笑いを堪えているんだよなぁ。
「ところで、王宮の話を覚えておるか?」
「色々あったけど……」
「新たな戦姫の騎士じゃ! 場合によっては5機がリバイアサンにやってくるぞ」
ローザの言葉に、アレクが驚いている。
ドミニクには話してあったけど、アレクには未だだったな。
「だが、他の王国の戦機は動かないんじゃなかったか?」
「我のようには動かせずとも、指を少し動かせる程度の者がおるようじゃな。我並とはいかずともカテリナ博士の尽力で魔撃槍を撃てるぐらいにしたいのじゃろう。それだけでも戦機2機には匹敵するであろう」
戦力化できるということで、国民に希望を持たせたいのが本音だろうな。
まかりなりにも、ローザ並みに動かせるようにあれば戦機1個分隊並に活躍してくれるに違いない。
「同盟国と友好国であるなら、それも可能ってことだろう。カテリナさんは、それなりの魔導師でもある。案外予想以上に動かせるようになるんじゃないか?」
「我もそう思う。となると、彼等の指導は誰が行うのじゃ?」
俺ってことか? 2人の視線が痛いんだよなぁ。
だけど、俺にだってやることがある。それに使えない機体をリバイアサンに乗せるのも問題だ。
「指導はローザが適任だろう。コリント同盟からやってくる者は、それ程長くは滞在できないだろうが、ブラウ同盟の2機は場合によっては同盟艦隊に所属することになるんじゃないかな。
そうなれば、フェダーン様のことだ。同じ戦姫を駆るローザが、彼等を率いることになると思うよ」
「彼等を指導して、率いることができると!」
「ああ、ローザならできるとも!」
たぶん一緒にリンダのような従者がやってくるだろう。リンダの助言の下でローザが訓練を指導することで軍も納得するんじゃないかな。
そうなると戦機と戦姫が増えることになる。隠匿空間の防衛力が数段上がるに違いない。
嬉しそうに頷いているけど、ローザの指導力がこれで分かるだろう。
そろそろお相手を見つける年頃なんだけど、そんな動きが無いんだよなぁ。末の王女だから中々手放せないのかな?
このままだとフェダーン様の右腕になりかねないから、早く嫁ぎ先を決めてあげても良いと思うんだけどねぇ……。
「ローザもたくましくなってきたな。嫁いだ後も戦姫を乗ることになるんだろう」
テーブルを離れて再びローザがブリッジに向かって歩き出した。その後ろ姿を見ながらアレクが呟く。
世代交代の時期と考えているのかな?
魔道科学のおかげで肉体の不老化を行うことは出来ても、確実に歳は重なっていく。
戦機の乗る限界である30歳前に騎士を辞めるのが、騎士団の暗黙の了解なのだろう。
だけど、カテリナさんがやる気を出していたからなぁ。獣機を長く乗ることになるんじゃないか。
獣機を降りたとしても、アレク達ならヴィオラ騎士団の士官として活躍できるだろう。
本人達は、のんびりと島で釣り三昧を決め込もうなんて考えているようだが、そうは問屋が卸さないぞ。
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日が傾き始めた頃、サンドラ達が降りてきた。
前方に島が見えてきたと教えてくれたんだが、これで何個目の島の発見なんだろう?
見付ける度に教えてくれるんだけど、そのたびに違う島だったんだよなぁ。
「今度は間違いないのか?」
「レイドラが海図で調べてた結果でも、目標の島に間違いないわ。10ケム(15km)ほど北に小さな漁村があるのも双眼鏡で確認済みよ」
今度は本当らしい。
どうにか夕暮れ前に到着できそうだ。だけど上手く桟橋に接岸できるのだろうか?
まあ、なるようになるしかなさそうだけどね。桟橋が壊れたらそのまま投錨してボートで岸に向かえば済むことだ。
アレクと2人で船首に向かって甲板を歩く。
バルシオスはカタマラン構造だから、船首も横長の甲板になっている。
甲板の後ろに長椅子が3個ほどあるのは、ここで日光浴をするつもりなのかな。
甲板の手摺りに寄り添って、前方を眺めると確かに島が見える。
まだまだ先のようだな。1時間は掛かりそうに思える。
「サンドラが漁村が見えたと言ってたが、ここからではまるで見えんな」
「陸地の方には集落すら見えませんね。やはり辺境と言うことなんでしょう」
既に、陸地は俺達が貰った領地になっているはずだ。
本当に何もない荒れ地が広がっている。
森ぐらいはあるんだろうが、少なくとも海岸地帯にはなさそうだ。
タバコを1本楽しんでいる間に、だいぶ島が大きくなってきた。
陸地の方は荒地だけど、島の方は木々が生い茂っているようだ。植林したわけではないのだろうが、だいぶ植生が違って見える。
「緑が多い島なら周囲は良い漁場と聞いたことがあるぞ」
「島の周辺は漁船でも近付けないようです。王族の別荘と言うことなんでしょうけど、少しやり過ぎかもしれませんね」
「漁船に偽装して、王族を捉えようとする輩を排除したいが為なんだろうな。俺達の領地となれば少しは緩めなければならんぞ。……そうだな。島への上陸と島から100スタム(150m)の接近を禁じれば良いだろう。あまり近づけば漁船が暗礁に乗り上げるかもしれん。島の周辺は案外危険なんだ」
思わず天を仰いでしまった。
ブリッジの連中はそんなことなど一切考えていないんじゃないか?
だんだん大きくなる島を眺めていると俺の不安も大きくなってくる。
船尾のベンチでワインでも飲んでいよう。
暗礁にぶつかっても、船尾なら助かる確率も高いに違いない。