M-022 大きなマーケット
再び動けるようになってから数日は、前と同じように収穫物を集める仕事が続く。午後の釣りも慣れたものだ。
夕暮れ近くになるとネコ族の少年達がやってきて、釣果を分けあっている。自分達で釣りをしないのが不思議な気がするんだよなぁ。たまにネコ族の男が2人ほど俺の隣で釣り竿を並べるんだけどね。
釣りから帰って来た俺をフレイヤが呼び止める。
とりあえず水場で手足を洗ってリビングに向かうと、1通の書状を手にフレイヤが内容を説明してくれた。
「やっと新たなヴィオラの艤装が終わったみたいなの。この間の海賊戦から艤装の一部を変更したみたいね。今度のヴィオラは個室がたくさんあるみたいよ」
個室があっても、割り振りではじかれる可能性は考えていないみたいだ。それに個室をどのように考えるかで違ったものになりそうな気もするな。2段ベッドに薄い板を張っただけでも個室と呼べなくもない。
「それで、出発は?」
「5日後の夜に東の石塔を通ると書いてあるわ。予定通過時刻は22時らしいわよ」
「土産を買う場所もないからなぁ。それに時計も欲しかったんだけどね」
俺の話を聞いて、フレイヤがニコリと笑みを浮かべた。
どうやら購入できる場所が近くにあるらしい。確かに周囲は農場だらけだけど、必需品を購入する店が無いと困りそうだ。
「明日の午後に出掛けましょう。ソフィー達も連れて行きたいわね」
「となるとレイバンも一緒だね。欲しいものを1つだけ買ってあげればいいかな」
さんざん世話になったんだから、それぐらいは許される範囲だろう。朝から一生懸命に働いてるんだからね。午後はシエラさんが勉強を教えているらしい。この世界にも学校はあるんだろうけど、農業区画の場所によっては通うのが難しいのかもしれない。
夕食時にフレイヤが買物に弟達を連れて出掛けると話したから、レイバン達は大喜びだ。欲しいものを1つだけと念を押しているけど、まさか買ってもらえるとは思ってもいなかったようだな。前にも増して喜んでいる。
「あまり散財しないでくださいな。ソフィーの一件で私共はどんなに感謝してもしきれません」
「だいじょうぶです。騎士団の収入はそれなりですし、この1ヵ月は全く支出は無かったんですから」
まさか新しい3輪自走車が欲しいとは言わないだろうしね。
金貨も2枚残っているから、かなり無理な要求でも何とかなるんじゃないかな。
翌日、簡単な昼食を終えたところでレイバンの運転する三輪自走車の荷台に乗り込んだ。ベンチシートにはソフィーが座っている。
さて、どこに向かうんだろうと考えていると、三輪自走車が東に向かって走り出した。
いつもより速度が上がっているようにも思える。
「それにしても、これは貰っといて良かったの?」
今朝、シエラさんから渡されたものは銀時計だった。やはり時計はあったんだ。それにしても緻密な彫刻が施されてずっしりとした銀の時計は、かなりの値打ちものだと俺には思える。
「シエラ母さんがくれたなら問題はないわよ。イゾルデ母さんとすでに合意ができているはずだわ。ソフィーを救ってくれたお礼のつもりなんでしょうけどね。
その時計はお父さんの形見なの。でも農場の暮らしではあまり必要ないわ」
「それなら余計に貰っちゃまずいんじゃないか?」
「母さん達にとっての父さんの形見は私達兄弟ということなんでしょうね。その危機を救ってくれたのだから、次に大切な……、と続いたんじゃないかしら」
その意を汲んでくれというのだろう? なら大切に預かってソフィーが嫁に行くときに渡してあげればいいか。
アレクに渡したら、飲み代として置いていきそうだ。
俺達を乗せた3輪自走車は、東の林に来ると今度は南に移動した。この道の先はT字路になっている。いつもは右に曲がるけど、左に曲がると通りに出るんだろうか?
案の定、左の曲がって少し進むと通りに出る。王都に荷を運ぶための幹線道路の1つらしい。道幅だけで三輪自走車が10台ほど並んで競争ができそうな感じだ。
「ここからあの石像の近くに行くのよ。その手前を今度は右折、そしたらマーケットよ。」
「大きいのかな?」
「花の種から、小さな大砲まで売っているわ」
何だそれ? と言いたくなる品揃えだ。
まさか大砲は冗談だとしても、そんなお店があるとは思わなかった。
俺のお土産は蒸留酒を10本ほどにワインが12本というところだ。個室と聞いたから寝酒用に少し高価な酒が欲しいところでもある。
フレイヤ達は何を買うんだろう。フレイヤにも1つぐらいは買ってあげようと決めてはいるんだが、その場で言えばいいだろう。今言うと、高価な物を強請りそうで怖くなる。
「ほら、あれよ!」
「あれって、倉庫じゃないのか?」
どう見ても倉庫にしか見えない。高さは10mほどだが横幅は30mはありそうだ。奥行きは、どう見ても1kmを越えているんじゃないか?
「お店はあの中にあるのよ。このまま三輪自走車で入って行けるわよ」
ある意味、ドライブスルーということになるんだろうか? 買った品物を直ぐに荷車に積めるから便利なシステムではあるんだが……。
さて、建物の中に入って行くと、いくつものカウンターが片側に並んでいる。買い物客を相手に商人達が自分達の提供する商品の説明に余念がない。
1つのお店に少なくとも5台は三輪自走車が止められないんじゃないかな。人気のある店の近くには、行列までできている。
そんな車列を避けながらレイバンが向かった先は……。
「新しい釣り竿だって?」
「前の竿が折れちゃったみたい。リオは竿なんかどうでもいいんでしょうけど」
俺には少し理解できるな。趣味なんていうのはそんなものだ。
レイバンが選んだのは3スタム(4.5m)の長さの釣り竿だった。ついでに小型のタックルボックスと、標準的な仕掛けを3つほど買い込んであげた。フレイヤも小さなタモ網を買ってあげたようだ。
次はソフィーになる。姉さんのフレイヤと違って少し物静かな感じがするから、どんな品物を強請ってくるか興味深々だ。
「ここよ!」
ん? 三輪自走車が停まった場所は、ちょっと違和感のある店先だった。
「いらっしゃいにゃ。誰を撮るのかにゃ?」
お店の奥から出てきたのは、ネコ族のお姉さんだった。
一体何のお店なんだろう? きょろきょろと辺りを眺めたんだがよくわからないぞ。
「リオ兄さんと一緒に撮ってくれないかしら」
ソフィーの言葉にお姉さんが俺の顔を見ると、ニタリと意味ありげな笑いを浮かべる。
「そしたら、2人でこっちに来るにゃ!」
言われるままに、三輪自走車の荷台から降りると店の奥へと進んでいく。
扉が開かれ、そこにあったのは博物館にでも置いておいた方がいいようなカメラだ。レンズとカメラボックスが黒い蛇腹で繋がっている。
「銀板だから2枚映して、銀貨3枚にゃ。季節外れだから1枚サービスするにゃ」
カメラの前にある椅子にソフィーが座り、その隣で俺がポーズを取る。
昔の記念写真とはこんなものだったに違いない。
ピカッと光ったのは何かを燃やしたみたいだな。火薬とはちょっと異なる感じがする。
「私の宝物だから、お姉さんにも上げないわよ」
「欲しいと言ってないじゃない。次は私の番ね」
フレイヤも俺と一緒の写真を写す。最後には4人で集合写真だ。これならリビングに飾っておいても問題はないんじゃないかな。
完成までに時間が掛かるらしい。3時間ほどで何とかなるというお姉さんの言葉を信じて、フレイヤの買い物に向かう。
フレイヤは新しい帽子をいくつかと、サングラスにゴーグルを買い込んでいる。冬には雪も降ると言っていたから、俺も冬支度を考えておいた方が良さそうだ。
急遽、同じ店で俺の冬用衣服をいくつか見繕ってもらった。
本格的な冬の前には何度か工房都市にも足を運ぶだろう。足りないものはその時にも買えるはずだ。
フレイヤの買い物と一緒にお金を払うと、もっと高いものを買えばよかったなんて後ろから呟いている。
最後の酒屋に向かってお土産を買い込んだ。新しく買い込んだ魔法の袋に全て納まるから荷物にならないで済む。
写真が仕上がるまで、近くで見つけた茶店でコーヒーを楽しむことにした。
そういえば、コーヒーをヴィオラでも飲みたいんだよね。
お店に相談すると、簡単なコーヒーセットを購入できるらしい。紙のフィルターがたくさんあるから、ドリップということになりそうだ。ついでに砂糖も1箱買い込んだ。
ゆっくりとコーヒーを楽しんだところで、写真を取りに戻る。
木の枠に納められた俺とのツーショットの写真を貰ってソフィーは笑顔になる。フレイヤが睨んでいるけど、本人は気にならないらしい。
4人で写した写真はレイバンが大事そうに受け取っている。みんなの嬉しそうな顔が見られたなら、銀貨10枚程度は安いものだ。
写真は銀板写真らしいから長く持つだろう。
母屋のリビングの窓際で、イゾルデさん達をいつまでも見守ることになりそうだ。
どうにか、お土産を手に入れたところで出発を待つことになる。
いざ出発という時には大きなカゴにたくさんの果物を持たされてしまった。艦首の高台で皆で食べるには多すぎると思うんだけど。
そんなカゴをいくつか三輪自走車の荷台に詰め込んで、俺達は納屋に向かう。納屋の前にある広場にアリスを具現化するためだ。
戦機が来ると聞いてイゾルデさん達も広場にやってきている。
レイバンが作った篝火が周囲を照らしているけど、イゾルデさん達はどちらの方角から戦機が来るのだろうと、しきりに周囲を眺めているようだ。
「アリス。出てこれるかい?」
『マスターの手前で良いですね』
念を押したかと思うと、目の前の空間が歪みだし、そこからアリスが俺の前に足を踏み出した。
「女性型なのね。初めて見る戦機だけど、気品があるわ」
「その上で、リオさんがお話ししてくれた機動ができるなら、フレイヤも安心ね。アレクだけでは心配だったけど」
2人のご婦人が、俺とアリスを見ながら囁いているのが聞こえてくる。
片膝を着いて両手を広げて地面に下ろす。その片手にフレイヤが自分のトランクと果物や野菜の入ったカゴをのせている。
手伝った方がいいだろうな。よいしょ! と残ったカゴを乗せたところで、小さなバッグを手に、フレイヤと一緒にもう一方の手のひらに乗った。
アリスの手がゆっくりと上がり、胸部装甲板が開いたところで、コクピットに乗り込む。
フレイヤの家族達が手を振って見送る中、アリスはゆっくりと地面を離れていく。
ご婦人達が驚いているけど、他言することはないだろう。
アリスが東に向かって進み始める。地上はどこまでも農場が続いている。地上から10mほどの高さを進んでいるようだ。遠くに石塔が見えるが、俺達のヴィオラはまだやってきていないようだな。