M-218 意外と嬉しそうだ
ボートを下ろして、俺とフレイヤが乗り込んだ。
船外機付きだけど、魔道機関で動くんだろうな。全く上手く活用されていると感心してしまう。
ボートも木造だけど、厚く塗装がされているからしばらくはこのまま使えるに違いない。
「兄さんを迎えに行きましょう!」
「俺達が分かったみたいだけど、釣りの邪魔をしたから怒ってるんじゃないかな?」
「たぶん乗ってくると思うわよ。上手く交渉してね」
俺がやるのか?
実の兄さんなんだから、フレイヤが適任だと思うんだけどなぁ。
直ぐにアレクの別荘のデッキに到着した。階段近くにボートを止めて、しっかりとロープでハシゴに結わえたから流されることは無いだろう。
直ぐに、フレイヤがハシゴを登っていく。俺も顔を見せに行くか……。
「どこの貴族かと思っていたが、リオ達だったか!」
「せっかくの休暇を邪魔して申し訳ありません」
「それは構わんが……、先ずは飲め!」
グラスに注がれたワインを飲み始めると、サンドラ達はフレイヤを囲んでバルシオスを眺めながら話し込んでいる。
「領地の視察に行くと思ってたんだが?」
「あのクルーザーを頂いたんで、それで行こうということになったんですが……。操船の練習を兼ねてアレクの別荘を訪ねようということになったみたいです。
どうです。一緒に王族専用だった島に行ってみませんか?」
誰も釣りなどしたことが無いだろうという話をしたら、途端にアレクの目が輝きだした。
これなら同行することは確実だろう。
「せっかく来たんだから、出発は明日以降で良いだろう。全く獲物が無ければクロネル部長が涙を流しそうだ」
ヴィオラ騎士団の食料事情って奴だな。
確かに問題だろうな。楽しみにしてる団員だって多いんだから。
「ドミニクが乗船してますから、調整して貰えるとありがたいですね」
「なら皆を運んで来い。今夜は宴会だ!」
2階も往復して、バルシオスから女性達を運ぶことになってしまった。
アレクの別荘は客室が3つだから今夜は雑魚寝になりそうだけど、ひょっとしたら夜釣りってことになるかもしれない。
この別荘は漁の時間で生活してるようなものだからなぁ……。
「へぇ~、立派な別荘ねぇ」
カテリナさんが感心している。
いつの間にか全員が水着なんだよなぁ。フレイヤも急いで着替えたらしい。用意が良いのは認めるけど、俺の水着は用意してくれたんだろうか?
「ほら、ほら、何時までツナギを着ているつもり? ここに来たらこれが正装よ」
「着替えて来るよ。それで、今日は何時から釣るんだろうね?」
「22時過ぎだとシレインが教えてくれたわ。その前に下げ潮があるらしいけど、あまり釣れないみたいね」
とりあえずフレイヤから水着を受け取り、着替えに向かった。
前に来た時には1日4回怒る潮の動きに合わせて釣りをしたんだが、確かに引き潮時には当たりがあまり無かった気がする。
水着になったところでデッキに向かうと、アレクとシレインだけがパラソルの下にいる。皆はどうしたんだろうと思っていると、海の方から声が聞こえてきた。
どうやら泳いでいるらしい。
あまり騒がれると、今夜の釣果に影響するんじゃないかな。
「フレイヤが村の娘さんを連れて、買い物に向かった。少しはリオに振舞わなくてはな」
「あまり気にしないでください。でも村の娘さんはどうしましょう?」
「あの船だ。一緒に連れて行ってやろう。クルーザーなんて一生乗れないだろうからなぁ」
そう言うことか。アレクはそんなことに気が付くんだよなぁ。
「まだまだ現役なんでしょうが、引退後は島の管理でもしませんか?」
「釣果次第だ。別荘があって、宿泊所ができるなら確かに管理人がいるだろう。漁村を上手く使うんだぞ。僻地の漁村だから、上手く交渉すれば隠匿空間への出荷もできるだろう。問屋を通さずに済むからかなり安く手にはいるはずだ」
アレクの経営に対する知識は、実家の農園で培ったものに違いない。
親が商人だという騎士団員はいないのかな?
いてくれると助かることは間違いないんだけどねぇ。
「騎士団の領地が互いに離れているのが問題です。国境近くの領地は漁村の村長に委任しようかと考えてるんです」
「土地を開発しないのか?」
「12騎士団に話を付けてきました。退役したトラ族とネコ族を紹介して貰うつもりです。開拓した土地を得る条件で西の守りを固めて貰います」
「トラ族なら来てくれるだろう。若いトラ族の求人は多いんだが、中年を過ぎると途端になくなるそうだ。ネコ族も同じらしいぞ」
アレクも賛同してくれる。
実家でも、元騎士団員のネコ族の人達がいるからだろうな。いつも賑やかだけど、きちんと仕事をしてくれる種族でもある。
「だが、楽しみでもあるな。島となれば、大物も期待できそうだ。場合によってはこの別荘を手放して島に別荘を構えるかな」
「別荘の1室を提供しますよ」
「リオの別荘となれば、色々と来客が来そうだからなぁ。やはり自由に暮らせる場所が良いな」
この半島は別荘地として値上がりが続いているらしい。アレクはそんな需要が出る前に手に入れたそうだから、高値で売れるってことかな?
アレクが退団しても近くに住んでくれるなら、俺としてもありがたい話だ。
だけど、かなり先になるんじゃないか?
アレクのような騎士は早々見つからないだろう。
騎士を引退したとしても、ヴィオラかリバイアサンで指揮を執ることになると思うんだけどね。
「結構深いのね。起きに向かって溝が延びているから、魚もやってくるんじゃないかしら」
カテリナさんがエミーと共にハシゴを登って来た。
フレイヤ達は未だ遊んでいるのかな?
エミー達の椅子を運んでくると、シレインがワインのグラスを手渡している。
「夜になったら、釣りが始まりますよ。ヴィオラ騎士団で頂く坂の多くはここでアレク達が釣り上げてるんですからね」
「凄いわね! そんなに釣れるものかしら?」
「そこは腕が良いと褒めて欲しいところだな。それほど多くは無いが格安でクロネル部長のところに運んでいるよ」
その対価がワインであることは黙っているみたいだな。
「私でも釣れたんですよ。ローザと一緒に初めて魚を釣ることができました」
「隠匿空間の池にマスを離したと聞いたわよ。今度はマス釣りをしてみなさい」
マスだと! 思わずアレクと顔を見合わせてしまった。
マスとなれば餌釣りは禁止したいところだ。毛ばりを自分で手で巻いて、その成果を確認せねばなるまい。
「何本か用意しておくぞ!」
「よろしくお願いします。でも、かなり繊細な釣りだと聞いたことがあるんですが」
「少なくとも王都周辺では無理だ。砂の海に流れる河でマスを釣る連中がいるらしいが、護衛が待機してなければ不可能だとも聞いている」
要するに酔狂な貴族趣味ということになるのだろう。
そこまでして釣れるとは限らないんだから困った話でもある。
長城近くにマス専用の釣り堀があるらしいんだが、水温の維持に苦労しているらしい。
それでも、黒字らしいから釣り人が目標にする獲物の1つがマスなんだろうな。
「そんなに嬉しいの?」
「願っても無かったことだからなぁ。当然、騎士団専用なんだろう」
「クロネル次第だと思うけど……」
アレクの目が光ったように見えた。
交渉では有利と考えたんだろうな。どうなるかは来年には分かるだろう。
食材をたっぷりと買い込んだサンドラ達が戻ってくると、マイネさん達と漁村の娘さん達が料理を始めた。
マイネさんは料理上手だから、アレク達も今夜は満足できるだろう。漁村の娘さん達も普段食べることができない料理を今夜は味わえるはずだ。
夕暮れが始まる前にデッキにテーブルと椅子を並べる。
魔法で作った光球をいくつものランプに入れてデッキに並べる。
これだけでもリゾート雰囲気が出て来るから不思議なものだ。
『マスター、フェダーン様より連絡です。マクシミリアン様がお会いしたいとのことです』
『例の話だね。マクシミリアンさんとしても、他の士官達と打ち合わせをする上でもう少し詳細を詰めたいということなんだろうな。それにフェダーン様に具申しなければならないからね。さもないとただの訓練施設になってしまいそうだ』
問題は、場所と時間だよなぁ。
俺達がここにいるとは、フェダーン様だって気が付かないだろう。
俺だけで良いのだろうか? 貴族と会う時は女性同伴と聞いたけれど、俺だけならどこにでも行けるからねぇ。
『フェダーン様には、この場所にいることを伝てくれないか。それと時間と場所は今夜ドミニク達と相談したい。向こうとしては早く会いたいってことなんだろうけどね』
『了解です。軍経由で連絡いたします』
「どうした?」
「ちょっと考え事をしてました。色々とありますからねぇ」
「それだけ頼られているんだ。ちゃんとするんだぞ」
まさかアリスと話をしていたとは言えないよなぁ。
アレクは、そう言ってくれたけど、アレクの目にも色々使われてると見えるんだろう。
納得してくれたならそれで良いんだけど、やはりそういう目で見られてるんだと思うとちょっと悲しくなってくる。
テーブルの上に、敷いたのはシーツじゃないのか?
アレクに言わせると、まだ使ったことが無いものだから問題ないとのことだが……。
あまり気にしないでおこう。
でも白いシーツが乗っただけで、上品な席に見えてくるから不思議なものだ。
最初テーブルに乗せられたのは、果物を入れたカゴだった。
ローザが重そうに運んできたんだよね。その後ろからエミーが食器を入れた手籠を持って来た。
テーブルの上に食器を並べ始めたから、邪魔にならないようにアレクと場所を移動する。
「マイネ達が来てくれたから期待してしまうな」
「特上のワインを持って来たそうですよ」
アレクが笑みを浮かべているけど、アレクにとっては味より量なんだろうな。
たぶん途中でブランディーのような蒸留酒を飲み始めるに違いない。
ずらりと料理が並べられたところで、俺達の夕食が始まる。
マイネさん達や漁村の娘さん達も恐縮した面持ちで同席してるんだけど、騎士団は何時もこんな感じだからね。
同じ団員同士、仕事や役割はあるんだけど食事は全て同一だ。
リバイアサンではマイネさん達が食事を作ってくれるけど、材料自体は同じだということだ。
それも、そろそろ終わりにすべきだろうな。食事は皆で食堂を利用した方がマイネさん達も苦労しなくて済むだろう。
夜釣りが始まるまで、5時間はありそうだ。
それまでにたっぷり食べて、飲んでおこう!