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M-217 舵輪を握っているのは誰だ


 バルシオスは順調に進んでいるようだ。

 ブリッジにいると、何となくストレスが溜まりそうだから、1階に下りることにした。

 俺を見てカテリナさんが笑みを浮かべている。


 とりあえずコーヒーが欲しいところだ。調理室を覗いてみたら誰もいない。

 自分で、コーヒーを作ると、ポットごとカテリナさんのいるテーブルに向かう。

 自分のコーヒーカップにコーヒーを注ぐと、残り少なくなったカテリナさんのカップにも注いであげる。


「ありがとう。2人とも、双眼鏡を下げて出掛けたわよ。途中で合わなかったかしら?」

「会いませんでしたが……、見張りをしようということなんでしょうね。とりあえずは動きましたけど、今度はちゃんと止められるのかが心配です」


「何とかなるんじゃないかしら? それにアレクの別荘なんでしょう? 衝突しても問題は無いと思うけど」


 ひょっとして、ブリッジの連中は全委員そんな考えでいるのだろうか?

 一口飲んだコーヒーがやけに苦く感じる。もう1個砂糖を入れておこう。


「学生達と一緒に極めて行く感じになるけど、取り掛かりに悩んでいるの」

「学府で教えるとなれば、参考となる図書も必要になるんでしょうね。本ということにはならないでしょうが、やはり『力学』辺りから入るのが良いんじゃないかと思いますよ」


 カテリナさんが、首を捻って俺を見る。

 初めて聞く言葉なんだろうな。


「結構役立ちますよ。実験もいろいろとできますし学ぶには最適でしょう」

『ニュートン力学の資料をリバイアサンのプリンターで出力しました。マスターのプロジェクターに転送しましたから、カテリナ様のプロジェクターでも再現できます』


「ありがとう。それでどんな学問なの?」

『質量、運動量、力等について学ぶことになります。カテリナさんは、重さは絶対だと思いますか?』


 重さは変化する。質量は変化しないんだよな。

 その違いは、質量に重力加速度が影響するからだ。この惑星だって赤道付近と極地では違ってくるだろう。


「重さは一定でしょう? そうでなければ金貨が生まれないもの」


 金貨に含まれる金の比率は厳密だ。その為に重さが一定なんだよな。

 重さが変るとしたら、商取引が混乱してしまうだろう。


「重さは一定ではないんです。俺達に掛かる重力で変わってきます」

「『重力』? ……なるほど、おもしろそうね。数学が関係するらしいから、学生を数学の試験で選別しましょう。疑問は後で答えてね?」


 とりあえず頷いておこう。俺だって良く分かってないけど、アリスなら問題ないはずだ。


「魔道科学とは異なる学問……。その先にあるのは何かしら?」

『終わることは無いようです。どこまでも真理を求める遥かな旅が始まります』


 極めることはできないってことか……。

 どんどん枝が増えていくみたいだ。


「たまに導師達を集めることも、意味があるということかしら?」

『相互に関連すると思います。それに、それを形にすることも』


 研究成果の応用というのは、簡単にはいかないだろうな。

 だが、その実験を通して少しずつ暮らしが便利になるかもしれない。

 魔道科学が駆逐されるとは思わないけど、案外両者が融合することもあり得る話だ。

 アリスが長距離通信に御用しているぐらいだからなぁ。


「こちらにいたんですか?」


 エミーが階段を下りてきた。

 俺がブリッジにいた時には、舵輪を握っていたはずだ。ドミニクはマニュアルを見ているだろうし、魔道機関の稼働状況はレイドラが担当していた。フレイヤはあちこちの操作盤を飛び回っていたはず……。


「エミーは舵輪担当だったよね。ここにいるってことは?」

「ローザがどうしてもやりたいと言って……」


 余計心配になってきたぞ。

 なんか、左右に動いているような気もしてきた。

 船酔いしそうな揺れだけど、酔うよりも心配が先になる。


「だいじょうぶなのか?」

「真っ直ぐ進むだけですから」


 テーブルのコーヒーポットを持って調理室に向かう後ろ姿を見てると、背中に冷たい汗が流れてくる。


「そんなに心配しないでもだいじょうぶよ。なるようにしかならないわ」


 カテリナさんの言葉を聞いて余計に心配になってきた。

 明日の王都に「辺境伯一行が遭難」なんて見出しが付いた新聞が目に浮かんでくる。


 やはりブリッジに行こう。

 万が一の時には、アリスに助けてもらうことだってできそうだ。


 ブリッジに入ると、笑みを浮かべて舵輪を握っているローザが正面の窓ガラスに映っていた。

 よほど気分が良いのか、時折舵輪を回してるんだよなぁ。あれで、船が揺れていたに違いない。


「状況は?」

「問題なし! 現在位置は目的地の中間点の手前よ。岸近くを進むから位置確認が感嘆だわ」


「ローザ様! 2時方向に海鳥が群れていますよ! 漁船も集まっているみたいです」

「右じゃな!」


 近くに行ってみるつもりなんだろうか? 猟師さん達の邪魔をしなければ良いんだけど……。


「はい! コーヒーよ。さっきマイネさん達が持って来てくれたの」

「そのマイネさん達は?」

「あの扉の向こうにいるわ。小さなデッキがあるみたい。そこで双眼鏡で周囲を見て貰っているわ」


 見張り台に行ったのか。リンダは場所を譲ったのだろう。ブリッジの窓に張り付いて前方を見ているようだからね。

 少なくとも、周辺監視は問題が無いみたいだな。


 手持ちぶさたのフレイヤと一緒に、ブリッジの後方に置かれたベンチでコーヒーを頂くことにした。


「兄さんが驚くんじゃないかな?」

「それを期待してるんだろう?」


 笑みを浮かべたところを見ると、その通りに違いない。

 全く子供じゃないんだから、もう少し慎ましさを持って欲しいと思うけど……、無理なんだろうな。

 なぜか溜息が出てしまった。


 最初はどうなるんだろうかと心配だったけど、さすがは騎士団員と言うところだろう。

 バルシオスは順調に東に向かって進んでいる。

 左舷に陸地が見えるから安心できるのだろう。さすがに大海原に船出しようとは考えていないと思うんだけどね。


「そろそろ半島が見える頃よ!」

「了解! 左舷の監視を強化します!」


 リンダがブリッジの左手にある扉を開けて、何やら話している。

 マイネさんがいるのかな?

 ネコ族だからねぇ。ヴィオラの監視台に登っていたのもネコ族のお姉さん達だったな。


「陸地が突き出してるにゃ!」


 左手の扉を開けて顔を出したのはマイネさんだった。


「了解! ローザ様、岬の根元方向に進路を変更!」

「了解じゃ! 我も1隻強請ってみようかのう……」


 何か恐ろしいことを考えてるような気がしてきた。

 ゆっくりとバルシオスが左に船首を向け始める。慣れてきたのかな? 良い感じに向きを変えている。


 だんだんと半島の姿がはっきりと見えてくる。

 

「ところで、アレクの別荘はどの辺りにあるの?」

「確か、袂の漁村から1時間も掛からなかった気がする。もっと近づいたら速度を落として岸沿いに確認することになりそうだね。目印は、海に浮かぶようなデッキと2階建ての別荘だ」


 釣りをするために大きなデッキが作られているからなぁ。さすがにあの半島に別荘を作るような貴族や金持ちはあんなものは作らないだろう。


「北上を始めたら、右舷で監視して欲しいわ」

「了解だ。前もって知らせておけば旗位立ててくれたかもしれないね」


 突然の訪問だからねぇ。次回からはきちんと教えておいた方が良いだろうな。


 半島に1kmほどに近付くとバルシオスの速度が落ちる。さすがに歩くよりは速いけど、半島に沿って北上を始めたから別荘の形がブリッジでも分かるほどだ。

 

 バッグから小型の双眼鏡を取り出して最初に見えた別荘を見ると、窓辺でこちらを眺めている男女までがはっきりと見える。

 次の別荘も違うようだな……。

 

 半島の先端より4つ目の別荘が見えた。

 デッキが大きく海に張り出しているし、パラソルの下で飲んでいるのはアレクに違いない。

 2人の女性がデッキの手摺りに持たれて、バルシオスを眺めているようだ。


「あの、パラソルが見えますか! あの下で飲んでるのがアレクで間違いなさそうです」

「目印ってことね。ローザ様、分かりますか?」


「あれじゃな。悪癖じゃが、確かに目印に違いないのう」


 今度は停船作業だ。

 ドミニクが、何度も読み返していたマニュアルを再度確認している。


「魔道機関出力をアイドリングに変更。スラスターの魔道機関を起動。ただしコンタクトは別途指示する」


「「了解!」」


「バルシオス進路を1時方向に変更。300スタムで0時に舵を戻せ!」

「了解じゃ。もっと近づいても良いのでは?」


「アレクがいるってことは海底の起伏があるってことなの。岩礁があるかもしれないわ」

「それもそうじゃな。でも別荘までどうやって向かうのじゃ?」


「船尾に魔道機関を搭載したボートがあるみたい。それを使いましょう」


 手漕ぎのボートじゃなかったんだ。

 ちょっと距離があるなと思っていたんだけど、オールを漕がずに済んで良かった。


「これぐらいで良いじゃろう。進路変更0時じゃ!」

「了解。リオ、船首に向かって合図したら投錨してくれない?」


「了解!」と返事をして、ブリッジを後にする。

 ブリッジを出る前に、ドミニクがカギを渡してくれた。

 気が付かなかったな。これが無いと機動しないんだよね。


 甲板に出ると、直ぐ右手に別荘が見えた。

 数人が小さなデッキに集まって俺達に手を振ってくれている。

 軽く手を振って応えると、船首に向かった。


 微速前進と言うよりは惰性で進んでいるように思える。

 ゆっくりとだが、着実にアレクの別荘が近付いている。既に300m程に近づいたから、アレクも何事かとデッキの先でこのクルーザーを眺めている。


 3人に手を振っていると、ガクンと船が停まった。

 転びそうになったけど、どうにか耐えた感じだな。スクリューを後転させてブレーキを掛けたみたいだ。

 

「投錨して欲しいにゃ!」

「分かったよ!」


 ミイネさんの声に、役目を思い出す。

 錨を巻き取る装置の傍にある箱を開いてカギを差し込む。矢印が下になっているスイッチを押すと、ガラガラと錨が降りて行った。

 

 これで役目は終了だな。

 ブリッジに戻ろうと船内に入ると、階段からレイドラとフレイヤが降りてくる。


「手伝って!」

「良いよ」


 返事はしたんだが、何を手伝うのか言ってくれ手も良さそうだと思うけどなぁ。

 2人に付いて下階に続く階段を下ていく。通路が前後に延びているけど、部屋は外側になるようだ。

 内側の窓の外は反対側の船体が見えるから、明り取り用の窓ということになるんだろう。


「ここが機関室ですから、この突き当りの扉でしょう」


 レイドラが、手元のパンフレットのようなものを見ながら確認している。配置図ってことかな?

 扉を開けて、2m四方ほどの大きさのデッキに出ると、直ぐ隣にボートが吊り下げられてあった。

 桟橋以外に停泊する時のために標準装備されているのだろう。

 数人程が乗船できそうだ。これでアレクの別荘に向かう手筈なのかな。

 どちらかと言うと、アレク達を乗せてきた方が良いかもしれないぞ。


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