M-213 想像していた晩餐会とは違ってた
晩餐会の時刻が近付いてきた。
ワインを2杯ならば、まだお腹には余裕がある。
「さて、そろそろ時間じゃな。迎えは来ておるのか?」
「外で先ほどから待機しておるようです」
扉の近衛兵に国王陛下が確認を取った。
満足そうに頷いているから、ちょっと心配だったのかもしれない。だけどどこの貴族の子供なんだろう。
今日の仕事をきちんとこなしたなら、両親も満足してくれると思うんだけどね。
「またゆっくりと話そうじゃないか。行くが良い。場所は確保されているはずだ」
「それでは失礼いたします」
俺が席を立つと、エミー達も腰を上げる。優雅に国王陛下達へ頭を下げたところで、部屋を後にした。
外で待っていてくれたのは、俺を案内してくれた少年だ。
俺に頭を下げて「ご案内いたします」と大きな声を出す。
右足を引いてくるりと向きを変えたのは、練習した成果かもしれない。思わず笑みが浮かんでしまうんだよなぁ。
少年の後に付いて、再び中央の回廊を目指す。
中央回廊に出るとエントランス尾方向に向かって歩き出す。エントランスホールが大きくなったところで、話し声が聞こえてきた。
その扉の前で少年が停まると、扉を叩く。
「リオ辺境伯ご夫妻をご案内しました」
「御苦労!」
少年の声にこたえる声がして扉が開く。
室内はシャンデリアで真昼のような明るさだ。
「席までご案内いたします!」
「ありがとう。よろしく頼むよ」
俺に小さく頷くと、壁に沿って時計周りに壁沿いを歩く。やがて1つのテーブルに着いたのだが……。
「ヨォ! 遅かったな。先に始めてるそ」
既に酒を飲み始めたアレク達がいた。
ドミニク達が困った表情をしているんだけど、サンドラ達は注意しないみたいなんだよなぁ。隣のベラスコも顔が赤いぞ。
「ここになります。ネーム・プレートがありますからそこに座って頂ければ問題ありません。晩餐会は深夜まで続きます。国王陛下が退席した後であれば自由に退席してもだいじょうぶです。出口の近衛兵にお名前を告げれば、私が馬車の手配をしますのでごゆるりとお過ごしください」
「済まないね。ところで、お父さんの名は?」
「ケーニアスと申します」
少年が俺に頭を下げて帰っていった。
「ケーニアスって!」
去っていく少年の後ろ姿を見てフレイヤが呟いた。
「マクシミリアンさんのお子さんだったとはねぇ。昨晩来たときに教えてくれても良かったと思うんだけど」
賢そうな少年だったから、マクシミリアンさんも可愛がっているに違いない。
色々と世話になったんだから、何かプレゼントをしたいけど……。
『サバイバルナイフならいくつかありますよ』
『あれだけかと思ってたけど?』
『最初に持っていたナイフはこの世界で再現したものです。オリジナルは保管してありますから手放しても問題はありませんし、それなりに手が込んでいますから少年への贈り物としては最適と推察します』
腰のベルトが少しきつくなった。
ベルトに直接送ってくれたらしい。
だけど、これでは食事をあまり取れなくなりそうだから、ベルトを少し緩めておく。
「そんなに食べるつもりなの?」
「だって、料理がたくさん出て来るんだよ。食べないと損する気がするんだよなぁ」
フレイヤが呆れた顔をしてるんだよね。
誰も気にしていないと思うんだけどなぁ。
やがて国王陛下御一行が部屋に入ってきた。
俺たち全員が席を立ち拍手で迎える。
何か言っているんだけど、あまり聞こえないな。既に酒を飲んで騒いでいるからだろう。
突然騒ぎが収まり、静かになる。
「乾杯!」の言葉と共に国王陛下がグラスを高く掲げると、それまで以上の大声で皆が一斉に「「乾杯!」」とグラスを掲げる。
再び賑やかな話声が周囲を取り巻く。
そんな中、最初の料理がたくさんの調理人によって運ばれてくる。
いよいよ晩餐会の始まりだ。
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「まだ出てくるのね?」
「今度は何かな? 肉、肉、魚だったから、また魚かな?」
「何でしょうね? どうやらデザートに差し掛かったようですよ。プディングのようです。頂きますか?」
「とりあえず1皿を確保して!」
さっき取り分けて貰った大きな唐揚げの魚を食べてるんだけど、ちょっとした口直しになるんじゃないかな
残したら申し訳ないから全部食べてるんだけど、まだまだ入りそうだ。
アレクが呆れた表情で見てるけど、最初に取り分けてもらったオードブルを肴にまだ飲んでいる。
本当に酒豪だよなぁ。ベラスコは潰されてテーブルに突っ伏しているけど、ジェリルの方は気にしないで料理を頂いているみたいだ。
何時もの事って感じだな。
それにしても次から次へと料理が出て来るな。
礼式に則った晩餐かと思ったけど、どうやら俺の取り越し苦労のようだ。
貴族を始めとした招待客の中には上品に食べている人もいるようだけど、大部分の連中はそうでもない。
どちらかと言うと騎士団の宴会に近いんじゃないかな。
「父王陛下が退席したようです。もうしばらくしたら私達も退席しましょう」
「そうだね。あまり長くいると地が出てしまいそうだ。フレイヤもそれでいいかな?」
「早くこのドレスを脱ぎたいわ。腰がキツクて、あまり食べられないの」
「迎賓館のリビングで少し摘まみましょう。私も同感だわ」
ドミニクも嘆いてるようだ。
それなら、その前にあのケーキを頂くとするか……。
ケーキを頼むついでに、ベラスコの様子を見てみる。完全にダウン状態だ。さて、どうやって運んで行こう。
サンドラ達は、アレク相手に状品位飲んでいるから問題はないけど、ジェリルがベラスコを心配そうに見てるんだよなぁ。
「部屋に戻るかい? ベラスコが問題だが、何とか運んで行こう」
「リオさんに迷惑を掛けてしまいます……」
「同じ騎士仲間だろう? ちょっと待っててくれないか」
俺は未だ歩けるな。良し、酔ってはいないようだ。
出口に向かって歩いて行くと、ちょっと呆れた表情で会場を眺めていた近衛兵に話しかけた。
「友人がダウンしてしまったんだ。運んでくれると助かるんだが?」
「承知しました。どなたをどこに運べば良いでしょう」
どうやら酔客の面倒も近衛兵の仕事らしい。
ベラスコの名を告げて、一緒にジェリルを部屋へ案内して欲しいと頼み込む。
俺に騎士の礼をすると、待機していた兵士の1人が直ぐに部屋を出て行った。
後は任せておけそうだな。
席に戻る前に、ジェリルに迎えが来ることを告げると、何度もお礼を言われてしまった。
良い女性じゃないか。ベラスコには出来過ぎじゃないのか?
「運んでくれそう?」
「うん。どうやらそう言う客もいるようだね。近衛兵が責任をもって2人を運んでくれそうだ」
やがて、2人の近衛兵に肩を支えられてベラスコが部屋を出て行った。
その後ろをジェリルが付いていく。
アレクが呆れた表情で眺めていたけど、2人目にならないで欲しいな。
「さて、もうケーキは良いでしょう? 私達も帰りましょう」
「さすがに、しばらくはケーキは食べられないね。ドミニク達も一緒だよね」
ドミニク達が頷いたのを見て、席を立つ。
先に戻るとアレクに告げると、エミー達を連れて、海上を出ることにした。
「リオだ。迎賓館に戻りたい。連れも一緒だから手配をお願いしたい」
「了解です。このままエントランスにお進みください。軽いお飲み物が準されているはずです。準備ができましたら係の者がリオ殿に声をお掛けします」
「ありがとう」と言って開けてくれた扉を出ることにした。
まだ騒ぎは続いているようだ。さすがに料理は尽きたようだけど、酒は未だに運ばれているんだよなぁ。
「足元に注意するんだよ。普段は履かない靴なんだから」
「大丈夫……、と言いたいところだけど、さすがにこれは履きなれないわね」
そんな彼女達の先を歩くことにした。
本来なら手を添えてあげたいんだが、人数が多すぎる。絶対に恨まれるに決まってる。
前を歩くなら、転びかけても支えるぐらいはできるだろう。
何とかエントランスホールに到着すると、帰りの客が結構いるようだ。
少年達がやって来て、それらの客を馬車へと案内していく。
そんな客層を眺めていると、あの少年がやってきた。
「お待たせしました。ご案内いたします」
「ありがとう」と言葉を掛けて少年についてホールを出て階段を下りる。この辺りは問題だな。
1人ずつ手を取って下ろしてあげることにした。
馬車への乗車は、少年が手を取ってあげている。最後まで世話を掛けてしまうな。
レイドラを最後に馬車へと乗せたところで、少年に振り返った。
「今日はありがとう。君の父上にも世話になっているけど、君の親切も忘れないよ。ささやかだけど、これを受け取ってくれないかな?」
腰のベルトからサバイバルナイフをケースごと取り出して少年に向ける。
それを見て目を輝かせているところを見ると、やはりこれで正解だったようだ。
「よろしいのですか! このような大きなナイフは初めて見ました」
「騎士団の騎士だからねぇ。俺が昔使っていたものだけど、今は使わなくなったんだ。握りの後ろを捻ってごらん」
柄の中が空洞になっている。釣り針や、傷薬が出てくるのを見て、目を丸くしている。
「それ1本で、助けが来るのを待つことだってできるんだ。いつも身に付けていたものだよ」
「ありがとうございます! こんなナイフなら友人達にも自慢できます」
嬉しそうに、何度も頭を下げているけど、将来的には俺の上になるんだろうな。
片手を振って笑みを浮かべると、馬車に乗り込んだ。
俺達の馬車を最後まで見送ってくれるんだよなぁ。色々と教えられたのかな?
「さすがはマクシミリアンの息子さんですね。将来が楽しみです」
「良い子だったわね。レイバンもあのくらい大人しければ良いんだけど……」
良くできた弟だと思うけどなぁ。アレクもあれくらい分別が欲しいと思うんだけど、まだ飲んでいるんだろうか?
10分も掛からずに迎賓館へと到着する。
待っていたメイドさん達がエミー達の手を引いてくれたから、最後に残ったレイドラの手を取って階段を上る。
上り終えたら、小さく頭を下げてくれた。
男嫌いは変らないようだけど、感謝はしてくれるんだよね。
自室に戻ろうとしたけど、今頃はドレスを脱ぐためにメイドさん達が頑張っているに違いない。
リビングの端にあった椅子に腰を下ろして、一服を楽しもう。
さすがにソファーで一服する度胸は無いけど、このテーブルだったら俺にも弁償できるんじゃないかな。
「戻ったわね?」
「先ほど戻りました。カテリナさんは出なかったんですか?」
近くの椅子を持って来ると、テーブル越しに腰を下ろす。直ぐに俺のタバコの箱から1本取り出したので、ライターで火を点けてあげた。
「色々と用事があったのよ。……そうだ! 先ずはこれね」
バッグから取り出したのは、クルクルと巻いた紙だった。
はい! と渡されたので広げて見ると王立学府からの委任状だった。
「教授ではなく、博士よ。私と同列になるわ」
「名誉という冠詞が付いてますよ。同列にはなりません。内容的には新たな学課のアドバイザーと言うところですね」
「でも本当に作るんでしょうか?」
「既に動き出したわよ。先ずは生物学から始めるみたい。化学は導師も興味深々なの。案外導師が率いることになるかもしれないわ」
「そうなるとカテリナさんは物理と言うことになるんですか?」
「リオ君が教えてくれるでしょう? 疑問はアリスが答えてくれるだろうし、カンニングしながら試験を受ける気分だわ」
そうは言っても、奥は深いと思うんだけどなぁ。
どんな学科になるか俺にも分からないんだけど、学府内の反響は大きなものになったようだ。
選抜試験まで計画していると聞いて、こっちが驚く番だった。