M-210 着飾って出掛けよう
「とんだ災難だったな。胸を突き抜けたようだが午後の叙勲式には出席できるのか?」
着替えを済ませて、フェダーン様と一緒にコーヒーを飲んでいる。
浴室で着替えたんだが、鏡を見ても背中に傷跡が無かったんだよなぁ。
片手剣を4本刺されても、直ぐに治るんだから俺を形作っているナノマシンはかなり優秀なんだろう。
問題は血液が1ℓ以上失われてしまったことだが、アリスの話では水分を補給すれば直ぐに血液を作ることができるらしい。
血液はどうやら俺の体内を循環しているわけでもないらしい。傷つけられた場所に集まって、体外に流すということだから、偽装用と言うことにようだ。
とはいえ量が量だから、フェダーン様も心配してくれているのだろう。
「欠席したいところですが、そうなると王宮内で誰かが責任を取らなくてはならないように思えます。あまり動かずに壁にもたれています」
「そうしてくれると助かる。国王陛下もあまり波風は立てたくあるまいからな。だが、国王陛下は激高するであろう。できれば、穏便に済ませたいところだ」
神殿を破壊することもできないだろうし、宗教界に治政者が口出しするのも問題になるってことかな?
だけど、非は神殿側だからなぁ。厳しく罰して欲しいんだけど、やり過ぎは要注意ってことになるんだろう……。
「この件ですけど、俺と神殿間で和解することで手を打っても良いように思えます。
神殿側が、今回の謝罪と治療費を出すということで穏便に済ますことができませんか?」
「金で解決ということか?」
意外なことを聞いたという感じで、フェダーン様が俺に視線を向けてきた。
「頂く予定の西の領地の開発費が足りないんです。ごらんのとおり俺は無事ですから、それで解決できるならありがたいんですけど……」
フェダーン様の厳しかった表情がだんだんと笑みに変わってくる。
「なるほど……。それなら、国王陛下も納得してくれるだろう。未然に防げなかった王宮の警備の責任も、担当者への厳重注意で済ませられるに違いない」
既に12時近くになっている。
フェダーン様もドレスを着るのかな? 「後は我に任せるが良い」と言い残して迎賓館を去って行った。
直ぐにエミー達が入ってきたけど、いつの間にかカテリナさんが来ていたようだ。
「いきなりフェダーンが近衛と共にやってきたのには驚いたけど、……終わったのね?」
「誰も同席してなくて良かったですよ。銃を使ったのは久しぶりです」
「これで、教団からの干渉は無くなったはずよ。さて、どれだけの和解金を積んでくるかしら?」
「これで開拓を進められます。少し痛かったのは俺が我慢すれば良い話ですし」
ニコリと笑みを浮かべたかと思ったら、いきなり俺の傍にやって来てシャツの背中をめくりあげる。
セクハラじゃないのか!
思わず後ろを向くと、カテリナさんが真剣な表情で背中を眺めていた。
「それにしても凄い体質ね。【サフロ】を常時発動している感じなのかしら」
シャツを元に戻して、タバコに火を点けた。
首を傾げているから、何か考えているんだろう。そろそろ準備を始めないといけないんじゃないのかな?
さて俺も着替えを済ますか。
礼服を着こんで戻ってきたら、リビングには誰もいなかった。ドレスを着るだけでなく、メイクや宝飾品を何にするか悩んでいるのかな?
その点、男性は楽なものだ。
13時を少し回ったところで、フレイヤ達が続々とリビングに集まってきた。
元々が美人だからなぁ。ドレス姿は誰もが似合っている。
俺が見とれているのを知って、フレイヤ達も満足そうな顔をしてるんだけど、アレクとベラスコはどこに行ったんだろう?
「アレク達は?」
「下で一服してるみたい。馬車が来てるみたいだから、そろそろ出掛けましょう」
だよねぇ。ここはちょっと俺も居づらいところがあるもの。
女性達はのんびりと下りてくるだろうから、少し先に下りて行こう。
転ばないように手を取ってあげたいところだが、そんなことをしたら手を差し出さない女性達に恨まれそうだからね。
エミー達には後で謝っておこう。
「あれ? リオさんだけなんですか」
「もうちょっと掛かりそうだね。馬車が来てるのは理解してるみたいだから、階段を転げ落ちないようにゆっくり歩いて来るんじゃないかな」
「これも窮屈だが、サンドラ達よりはマシか。晩餐会の酒に期待したいところだな」
アレクの傍若無人ぶりをどうやって抑えようか?
まあ、酒を渡しておけばとりあえず大人しくしてくれるだろう。
緊張して、足をガタガタ震わせているベラスコの方が心配になってきた。
「だいじょうぶか?」
「何とか……、です。ナイフやフォークがたくさん出て来るんですよね?」
「周囲の連中に笑みを浮かべながら仕草を真似すれば十分だろう。俺は最初から最後まで同じナイフを使うつもりだ」
「開き直ってますね。俺にもその度胸があれば良いんですけど」
魔獣相手にはアレクも驚くほどの活躍をするらしいんだが、根は案外小心者なんだよなぁ。お相手のジェリルがフレイヤみたいな性格らしいから、彼には丁度良いんじゃないか。
2人を見ていると、世の中上手くできてると思ってしまう。
「どうやら、下りてきたぞ。……皆上手く化けたもんだなぁ」
「あまり大声で言わない方が良いですよ。サンドラ達の目がきつくなってます」
アレクにベラスコが注意してるけど、ベラスコも同罪に思えるんだよなぁ。
俺は何も言わないでおこう。笑みを浮かべていれば勝手に解釈してくれるだろう。
「お待たせ! さあ、早く行かないと遅れてしまうわよ」
どうにか出掛けられるみたいだな。
その格好だから、歩くのも問題があるのだろう。豪華な馬車3台に乗り込んで王宮に向かうことになった。
王宮の豪華なエントランス前に到着すると、エミー達が降り始めた。
すかさず着飾った近衛兵士官がサンドラ達のところにやってきたのは、招待客の確認と言うことなんだろう。
長いリストで確認して、待機している近衛兵を呼び寄せている。
どうやらエスコートをしてくれるらしい。
身ぎれいにしたまだ少年のようだから、今回のために貴族の子供達が集められたのかもしれない。
「リオ閣下でありますな。謁見の間は席次が厳格ですので、ご案内をいたします」
「ありがとう。アレク達も一緒で良いのかな?」
「別の兵がご案内いたします」
男爵位を貰っているからなんだろうか?
騎士は貴族と同格と聞いていたけど、爵位の有無で場所が異なるらしい。壁の端で良いんだけどなぁ。
俺を案内してくれるのは、まだ10歳を超えたぐらいの少年だった。
ちょっと緊張しているのを見ていると、俺の緊張がほぐれていくのが分かる。
エントランスの広間から奥に通じる大きな回廊を真っすぐに歩くと、リバイアサンのプライベート区画の入り口にある扉と同じ具来大きな扉があった。
さすがに青銅ではなく木製だが、補強している真鍮製の枠は全てピカピカに光っている。
その両脇に控える近衛兵は左右に2人ずつ。更にリストを手にした文官が扉の前に立って、俺達に視線を向けている。
「リオ男爵をお連れ致しました!」
「御苦労。……確認できた。位置は左の44番になる。最後まで案内するのだぞ」
本来なら騎士の礼をするのだろうが、少年は頭を下げている。
そんな仕草に笑みを浮かべた近衛の2人が俺達の前の扉を開いてくれた。
雑踏の音が聞こえてくる。
かなり大きな部屋だな。獣機の訓練位はできそうだ。
少年が気後れすることなく歩き出したので、俺もその後に続いて中に入ることにした。
直ぐに周囲の視線を感じる。
俺を初めて見る者もいるのだろう。これだからなぁ。王宮を避けたくなってくるんだよね。
赤い絨毯の先に、3段の階段がありその上が王座と言いうことになるのだろう。
そこから扉まで等間隔で列柱が左右に並んでいる。その列柱に沿って着飾った者達が並んでいるのだが、まだ国王陛下がやってこないから、少し乱れているな。
たまに会う知り合いもいるのだろう。御婦人方はおしゃべりに余念がない。
それよりも真ん中付近にまで歩いてきたけど、良いのかな? もっと扉に近い場所だと思っていたんだが……。
ゆっくり歩いていると、目の前にフレイヤとエミーが現れた。
派手なドレスだと思ってたけど、この中に入るとそうでもないようだ。ちょっと気が付かなかったからね。
「こちらになります。場所は左の4本目の列柱から4番目の位置になります。立つ位置は足元の絨毯にカードの模様がありますね。リオ閣下の立ち位置はトリケラの3本角になります」
そう言うと俺に頭を下げて去って行った。
さすがにここではチップのやり取りはしないようだな。念のために銀貨を数枚ポケットに入れては来たんだが。
「凄い人出ね。これが上流階級の人達なんでしょう?」
「そうなるのかな? ちょっと委縮してしまうけど、この場に出ることが大事らしいよ」
エミーはお隣のご婦人と何やら話をしているようだ。本来なら一段高い席に座ることになるんだろうけど、降嫁したことから王女としての地位は無くなったってことなんだろう。
だけど、ずっとここで立ってなくちゃならないのかな?
俺はともかく、女性達が気の毒になってしまう。
「静粛に!……国王陛下がお来席になります!」
甲高い文官の声に、広間が急に静かになった。
さすがに上流階級の人達は違うなあと感心していると、右手より近衛兵が入ってくる。
続いて入ってきたのは王子や王女達だ。ローザもしっかりとドレスを着ていたから思わず笑みが零れてしまった。
その後ろから緋色のマントを羽織り宝石が散りばめられた王冠を被った国王陛下が現れた。最後は3人の御妃様だ。
フェダーン様のドレス姿は初めて見る気がするな。
玉座に国王陛下が座ると、一段下の席にお妃様達が座る。
その左右に座ったのが王子や王女達だ。王子は俺より年上に見えるけどまだ会ったことがない。聡明そうな顔をしているから、ウエリントン王国の将来は明るく思えてくる。
玉座に座った国王陛下が立ち上がると、一歩前に進み出た。
「諸賢、勇士諸君。今回ウエリントン王国は未曽有の危機に瀕したことは承知のことだと思う。東のレッド・カーペットそして西の歯―エスト同盟軍による侵攻は、皆が想像する以上の危機であったことは確かだ。
その危機に際して、貴族の招集を行い西に相対することとしたのだが、長く続いた安寧に溺れた者達がいたことは、我の不徳と言うことにも繋がるのであろう。
賢明な諸君達であるなら、招かれなかった者がどういう者達であるかを知っているであろう。
次の機会にも、同じ顔が揃うことを願うばかりだ。各自の勤めに励むようお願いしたい。
さて、この未曽有の危機に際して、ウエリントン王国の名を高めた人物、そしてその危機を救った者達にはそれなりの褒賞をせねばなるまい。
皆を長く立たせておくのは、忍びないからのう……。早めに済ませて乾杯をしたいところだ」
最初は難しいことを言ってたけど、最後は砕けすぎてるんじゃないか?
とはいえ、早めに乾杯は俺も賛成だ。
国王陛下が玉座に着くと、文官が左手より現れて暖の下で深々と頭を下げる。
小脇に抱えているのは褒賞を与える対象者のリストと言うことなんだろか? 結構長くなる気がしてきたな……。